学位論文要旨



No 116839
著者(漢字) 石澤,淳
著者(英字)
著者(カナ) イシザワ,アツシ
標題(和) 高強度短パルスレーザーによる固体界面プラズマからの高次高調波の生成
標題(洋)
報告番号 116839
報告番号 甲16839
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4102号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小林,孝嘉
 東京大学 教授 戸塚,洋二
 東京大学 教授 高瀬,雄一
 東京大学 助教授 山本,智
 東京大学 助教授 酒井,広文
内容要旨 要旨を表示する

 固体界面プラズマからの高次高調波は、偶・奇数次の高調波生成やレーザー照射強度に比例する変換効率などが理論的に予測され注目されている。また、高輝度かつ波長可変なコヒーレントX線光源として期待されている。

 本論文は、固体界面プラズマからの高次高調波発生メカニズムを解明するために、空間分布特性、励起レーザー偏光依存性、変換効率、高調波ブルーシフトの研究を行ったものである。

 第1章では、高次高調波発生メカニズムとその研究背景について述べる。

 第2章では、本研究で使用した実験装置の説明を行う。

 第3章では、固体界面プラズマからの高次高調波空間分布について述べる。励起レーザーは、Chirped Pulse Amplification(CPA)Nd : Glass laser system(パルス幅2.2ps)を使用した。その励起レーザーを3×1014〜1×1015 Wcm-2の強度でアルミ蒸着ターゲットに照射した。3〜5次高調波のdivergenceは励起レーザーの絞り角とほぼ同程度で発生することが確かめられた。その高調波横モードは励起レーザーの横モードに良く似ていることが明らかになった。3次高調波の2次元空間分布像を図1に示す。励起レーザーの照射強度を1014Wcm-2から増していくと、指向性良く反射方向に発生していた高調波のdivergenceは徐々に大きくなる。さらに、1017 Wcm-2の照射強度において、高調波はほぼ等方的に発生していることを角度分布測定により確かめた。次に、高次高調波空間分布のパルス幅依存性について観測を行った。その結果、パルス幅の短い励起レーザーを用いた場合、高調波は指向性良く発生していることが確認された。これらは、レーリー・テーラー不安定性によるリップリングが成長するため、高調波のdivergenceが増加すると考えられる。また、高調波のdivergenceは、高調波の次数に反比例するという新たな知見を得ることが出来た。これは、摂動的手法を用いて定性的に説明することができる。

 第4章では、高次高調波の励起レーザー偏光依存性について述べる。計算機シミュレーション結果は、P偏光で入射した場合がS偏光で入射した場合よりも高調波強度が1桁以上大きいと予想している。CPA Nd : Glassレーザー(パルス幅2.2ps)の励起レーザーを3×1014〜1×1015Wcm-2の強度で照射した結果、高調波強度は、励起レーザーの偏光がP偏光>S偏光>円偏光、の順に強いことが確かめられた。また、P偏光で入射した場合はS偏光で入射する場合より、高調波強度は約2倍程度であることが明らかになった。さらに、サブピコ秒の励起レーザーを使用した場合、照射強度の増加に伴い、励起レーザー偏光の違いによる高調波強度の差が小さくなることが確かめられた。これは、レーザー生成プラズマ内で発生する自発磁場によるファラデー効果より、レーリー・テーラー不安定性による臨界電子密度界面におけるリップリング成長の影響が大きいことによると考えられる。

 第5章では、固体界面プラズマからの高次高調波の変換効率について述べる。6×1014Wcm-2の強度でシングルパルス励起(パルス幅2.2ps)した結果、2次と4次の高調波強度の比I4ω/I2ωは約0.25であった。この値は、シミュレーション結果より大きい値である。この結果は、高調波の次数増加に対して変換効率が非常に緩やかに減少していることを意味する。また、パルス幅2.2psの励起レーザーの照射強度を6×1014から1×1017Wcm-2まで上げたとき、3次高調波の変換効率は約4×102倍、4次高調波は約7×102倍、5次高調波は約6×103倍と増加することが分かった。異なるパルス幅2.2psと100psの励起レーザーを使用した場合、高調波の変換効率はパルス幅2.2psの方が良いことが分かった。これはパルス幅の短い方がプレプラズマの生成が少なく、より急峻な電子密度勾配が形成され、自由電子運動の非線形性が高くなるからであると考えられる。この実験結果は数値計算結果と一致する。

 PICシミュレーションの数値計算結果は、電子密度勾配長Lが高調波発生効率に依存すると報告している。筆者は、ダブルパルス励起で電子密度勾配長を制御することにより、高調波生成効率を増加させる方式を提唱する。このダブルパルス励起方式のメリットは、プレパルスとメインパルスの時間差と強度比を調整することで電子密度勾配長L/λを制御出来ることである。

 メインパルス照射強度Imに対するプレパルス照射強度Ipの比(Im/Ip)が0.04のときの3次高調波強度の観測結果を図2に示す。ダブルパルス(共にパルス幅2.2ps)の時間差が約5psで照射した場合、3次高調波強度は約2〜3倍増加することが確認された。ダブルパルスの時間差が10ps以上では、時間差が大きくなるにつれて3次高調波強度は徐々に減少することが分かった。4、5次高調波についても同様に高調波強度の増加が確認された。4次高調波強度の増加により、励起レーザーのamplified spontaneous emission(ASE)やペデスタルによって生成されるプレプラズマ中での高調波発生は否定される。それ故、この増加した高調波は急峻な電子密度勾配領域で発生していると考えられる。一方、Im/Ipが0.004は、0.04よりも高調波強度の増加が小さい。これは、高調波強度がダブルパルス励起時に形成される電子密度勾配長に依存しているためと考えられる。そこで1次元流体コードHYADESを使い、本実験条件で生成される電子密度勾配長を数値計算した。Im/Ipが0.04の場合の電子密度分布を図3に示す。ダブルパルスの時間差が大きくなるにつれて電子密度勾配長が徐々に大きくなることが分かった。数値計算結果と本実験結果は非常に良く一致しており、電子密度勾配長が高調波高効率生成に強く依存していることが確かめられた。

 第7章では、本論文を総括する。

 以上、本研究は実験と数値計算により、固体界面プラズマからの高次高調波発生機構が解明され、ピコ秒及びサブピコ秒励起レーザーと高密度プラズマとの非線形相互作用、臨界密度界面の情報、そして高密度プラズマの動的過程の理解に新たな知見を得た。また、新しい現象としてサブピコ秒励起レーザー照射の場合、高調波スペクトルがcollisionless absorptionにより大きくブルーシフトすることが観測され、固体界面プラズマからの高次高調波が波長可変な光源となる可能性がある。

図1:3次高調波の2次元空間分布像

図2:ダブルパルス励起による3次高調波強度第6章では、高次高調波スペクトルのブルーシフトについて述べる。サブピコ秒励起レーザーパルスを用いて、2次、5次高調波のブルーシフトを観測した。2×1017Wcm-2の照射強度で2次、5次高調波はそれぞれ、16A、51Aブルーシフトしていることが観測された。2次高調波ブルーシフト観測結果を図4、5に示す。この高調波ブルーシフトは基本波長のドップラーシフト以上に大きいため、プラズマのhydrodynamicmotionによる原因ではない。また、次数の異なる高調波は波長シフト量も異なるという新たな知見を得た。1次元流体コードHYADESで計算したプラズマ界面の電子温度は800eV以上であった。それ故、sheathがcollisionless absorptionの状態となっており、ブルーシフトに寄与している。

図3:数値計算による固体界面近傍の電子密度分布

図4:2次高調波スペクトルのブルーシフト

図5:励起レーザー強度による2次高調波スペクトルのブルーシフト

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は7章からなり、その内容は、固体界面プラズマからの高次高調波発生メカニズムを解明するという観点から(1)5次高調波(211nm)までの観測を進め、レーリー・テーラー不安定性による空間分布指向性の遷移、(2)パルス幅及び偏光依存性、(3)ダブルパルス励起による高効率発生、更に(4)高調波のブルーシフトの研究からなる。

 第1章では、高次高調波発生メカニズムとその研究背景について述べている。第2章では、本研究で使用した実験装置の説明を行っている。最も重要なのは第3章以下である。

第3章では、高次高調波空間分布について述べる。CPA Nd : Glass laser(パルス幅2.2ps)を使用し、75°の入射角度でアルミ蒸着ターゲットに3×1014〜1×1015 Wcm-2の強度で照射した場合に発生する高調波のdivergenceを初めて定量的に観測し、3〜5次高調波のdivergenceが励起レーザーの絞り角とほぼ同程度で発生し、高調波の横モードは励起レーザーの横モードに良く一致している。励起レーザーの照射強度を1014 Wcm-2から増していくと、指向性良く反射方向に発生していた高調波のdivergenceは徐々に大きくなり、1017 Wcm-2の照射強度では、ほぼ等方的に発生していることを定量的に確かめた。さらに、高次高調波空間分布のパルス幅依存性について観測から、パルス幅の短い場合に高調波は指向性が良い事を見いだした。この原因は臨界電子密度界面でのレーリー・テーラー不安定性による可能性がある。

 第4章では高次高調波の励起レーザー偏光依存性について述べる。パルス幅2.2psガラスレーザーを使用し、照射強度が3×1014〜1×1015 Wcm-2で発生する高調波は、励起レーザーの偏光がP>S>円偏光、の順に強く、P偏光入射の場合はS偏光入射の場合より約2倍であった。サブピコ秒励起レーザーを使用し、照射強度を1×1017 Wcm-2から徐々にあげていくと、励起レーザー偏光依存性が小さくなる。この原因、レーリー・テーラー不安定性による臨界電子密度界面におけるリップリングの影響が自発磁場によるファラデー効果より大きい事による。

 第5章では、高次高調波の変換効率について述べる。パルス幅2.2psガラスレーザーをシングルパルス励起で6×1014から1×1017 Wcm-2まで上げたとき、3〜5次高調波の変換効率は2、3桁と増加することが分かった。異なるパルス幅2.2psと100psの励起レーザーを使用した場合、高調波の変換効率はパルス幅2.2psの方が高いことが分かった。これはパルス幅が短い方がより急峻な電子密度勾配が形成され、自由電子運動の非線形性が高くなるからである。HYADESコードとPICシミュレーション結果から、パルス幅2.2ps励起レーザーを用いた方が高調波発生効率は良い。

 次に、パルス幅2.2psガラスレーザーのダブルパルスの時間差が約5psで照射した場合、3次高調波強度は約2〜3倍増加することを確認した。4、5次高調波についても同様に高調波強度の増加を確認し、急峻な電子密度勾配で発生していると考える。一方、強度比が0.004は、0.04の場合よりも高調波強度の増加が小さい。そこでHYADESコードを使い、本実験で生成される電子密度勾配長を数値計算で求めた。ダブルパルス時間差が長くなると電子密度勾配長も大きくなることから、高調波高効率生成に電子密度勾配長が強く依存していることを確かめた。

 第6章では、高次高調波のブルーシフトについて述べている。サブピコ秒励起レーザー2×1017 Wcm-2の照射強度で2次高調波は16A、5次高調波は51Aブルーシフトしていることを観測した。このブルーシフトは励起レーザーの基本波長のドップラーシフト以上に大きいため、プラズマのhydrodynamic motionによっては説明が付かない。1次元流体コードHYADESで計算した界面の電子温度は800eV以上であり、collisionless absorptionの状態となっているsheathがブルーシフトに寄与していると考えられる。

 本研究は実験と数値計算により、固体界面プラズマからの高次高調波生成の物理に関する研究を行い、プラズマ界面や電子挙動の情報及び、高強度レーザー・プラズマ相互作用に関する新しい物理を開拓した。

 なお、本論文第3章は、稲場和彦、金井輝人、尾崎恒之、黒田寛人氏、第4章は、稲場和彦、金井輝人、尾崎恒之、黒田寛人氏、第5章は、稲場和彦、金井輝人、尾崎恒之、黒田寛人氏、第6章は、R.A.Ganeev、金井輝人、尾崎恒之、黒田寛人氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析および検証を行なったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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