学位論文要旨



No 116840
著者(漢字) 磯部,直樹
著者(英字)
著者(カナ) イソベ,ナオキ
標題(和) 活動銀河核から噴出する宇宙ジェットにおけるエネルギー分配のX線観測による診断
標題(洋) X-ray Probing into Energetics Associated with Astrophysical Jets from Active Galactic Nuclei
報告番号 116840
報告番号 甲16840
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4103号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高橋,忠幸
 東京大学 助教授 須藤,靖
 東京大学 教授 高瀬,雄一
 東京大学 助教授 手嶋,政廣
 東京大学 教授 星野,真弘
内容要旨 要旨を表示する

宇宙に存在する天体の中心からは、細く絞られたプラズマ流がひじょうに高速で噴出していることがあり、「宇宙ジェット」と呼ばれている。ジェットは、銀河系内の原始星やブラックホール連星から活動銀河中心核まで、様々なスケールで観測されている現象である。しかし、ジェットはそもそもどのようにして駆動されるのか、ジェット中の正電荷は陽子かそれとも陽電子かなど、ジェットに関してはさまざま事柄が、現代宇宙物理学の未解決問題のままである。

 一般的にはジェットの形成には磁場が重要であると考えられることが多いが、どの程度の役割を果たしているかについては、いまだに決定的な観測事実があるわけではない。たがって、ジェットの場所で粒子と磁場のエネルギー密度(以後、それぞれueとumとする)を測定し、ジェットのエネルギー収支を調査することが、ジェットの謎を解くための大きな手がかりとなるはずである。

 電波銀河は、ジェットを持つ活動銀河を横から観測した様な天体と考えられており、ジェットの研究に最適な実験室の一つと考えられる。特に、ジェットの終端衝撃波と考えられるホットスポットやその周囲に広大に広がるローブからは、ジェットによって供給された相対論的な電子と磁場による強力なシンクロトロン放射(SR)が検出されており、これまで電波観測による研究がさかんに行われてきた。しかし、SR電波の強度はueとumとの積に比例しているため、SR電波の観測だけではこれらを独立に求めることはできない。そこで従来はエネルギー等分配(ue=ue)や最小エネルギーなどの仮定のもとでueやumを評価してきたが、これらの仮定には必ずしも物理的な根拠があるわけではない。

 いっぽう、相対論的な電子はソフトな光子を逆コンプトン(IC)散乱することでX線やγ線を生成するはずである。そして、IC X線の強度はueとソフト光子のエネルギー密度の積に比例する。特に、ローブの様な広大な領域では宇宙マイクロ波背景放射(CMB)がソフト光子となる。CMBのエネルギー密度uCMBは正確に分かっているため、ローブからのIC X線を検出することができれば、SR電波との比較によりueとumを正確に求めることができる。このようなIC X線は古くから予言されていたが、従来の検出器では感度が不足していたため、最近まで検出できなかった。1995年、金田らとFeigelsonらがそれぞれ独立に、「あすか」衛星とROSAT衛星を用いて、電波銀河Fornax Aのローブから世界で始めてIC X線を検出した。その後も田代ら(1998)が「あすか」により電波銀河Centaurus BのローブからもIC X線を検出し、X線を用いたueとumの測定が徐々に可能となってきた。そこで本論文では、様々な電波銀河のローブからIC X線を検出し、系統的なueとumの測定を世界で始めて本格的に行うことを目的とする。

 ローブからのIC X線の特徴は、表面輝度の小さい広がった放射であること、SR電波と同じスペクトル指数を持つ硬い放射であることである。また、しばしば電波銀河の中心核からの明るいX線の混入が問題となる。したがってIC X線の検出には、広いX線帯域において、高い感度、広い視野、低バックグラウンド、適度なエネルギー分解能と角分解能を備えた検出器が必要である。昨年まで稼働していた「あすか」衛星に搭載されていたGIS検出器はこの条件をほぼ全て満たす理想的な検出器の一つである。ただし、「あすか」GISを利用してもローブからのIC X線の検出は非常に困難である。時に「あすか」GISの空間分解能(約3分角)でローブと中心核を正しく分離するには、ローブの大きさが十分に大きくなければならない。そこで我々は、おもに電波強度が十分大きくローブのサイズが5分角以上である、というような条件で「あすか」の公開データをすべて調査し、条件を満たす二つの電波銀河NGC 612と4C 73.08を選出した。

 「あすか」GISでは空間分解できないような、より小さなローブを持つ電波銀河に対しては、0.5秒角というかつてない高い角度分解能を持つChandra衛星搭載のACIS検出器が理想的である。しかし、「あすか」に比べて有効面積が小さいわりに、バックグラウンドが高く広がったX線の検出には不向きな可能性がある。そこで、我々は注意深く様々な電波銀河を調査し、我々の目的に最適な観測天体として電波銀河3C 452を選択し、Chandra衛星で80 ksecにわたる観測を行なった。また、すでに公開されているデータをすべて調査し、電波強度が十分に大きいローブを持つ電波銀河Pictor Aを選出した。

 我々は以上4つの電波銀河のX線データの解析を行なったところ、すべての電波銀河のローブから広がったX線を検出することができた。その一例として、3C 452の解析結果を示す。図1はChandra ACISで得られた3C 452のX線イメージである。3C 452の中心核を含むいくつかの明るいX線点源に加えて、ローブを埋め尽くすように広がった暗いX線が検出されているのがわかる。そこで、点源を正しく取り除いて求めた広がった成分のX線スペクトルを図2に示す。我々は、さまざまなモデルでスペクトルのフィッティングを行なったところ、5 keV以上までのびるハード成分(図中の青)と熱的なプラズマによるソフト成分(図中の緑)の和で、観測されたスペクトルを良く説明できることがわかった。特に、ハード成分のスペクトル指数がSR電波のスペクトル指数と非常に良く一致していることから、このハードがIC X線であると結論した。

 そこで、これらすべてのローブについて、SR電波とIC X線の強度の比較からueとumを計算した。その結果を図3に示す。明らかに、エネルギー当分配はまったく成立しておらず、多くのローブでueはumの10倍以上にもなっている。これは従来の電波観測だけを用いた方法では、ueを少なくとも数倍は過小評価しており、X線を用いなければ正しいエネルギー評価は行なえないことを示唆している。またほとんどすべてのローブでum〓uCMBとなっており、ローブ中の電子は主にIC散乱でエネルギーを放出していることがわかる。

 ローブに存在する電子や磁場はもともとジェットによって中心核から供給されたと考えられる。そこで我々は、中心核のX線ルミノシティLxとローブのue,umの関係を調査した。ue,um自身はLxとはっきりした相関を示さないものの、ローブ全体の体積Vで積分した電子と磁場の全エネルギーueV,umVはLxときれいに相関していることを発見した。これを示したのが図4である。明らかに、ueVはLxにほぼ比例するように増加しているが、umVはほぼ一定である。このうち、ueVの振舞いについては、次のように理解することができる。すでに述べたように、ローブ中の電子は主にIC散乱でエネルギーを放出し続けている。したがって、IC散乱による冷却時間ををTICとすると、〓で表されるようなパワーがジェットからローブに常に供給されていなければならない。ここで、κはジェット中の陽子がジェットの終端衝撃波で得るエネルギーを電子の得るエネルギーで規格化したパラメタであり、通常はκ=1と考えられている。我々はそれぞれのローブの対して実際にLkinを求めたところ、図5のようになった。つまり、Lkin〜1042-44 erg s-1であり、LkinはLxにきれいに比例している。この比例関係は、中心核が質量降着によって輝いていると考えれば、ジェットのエネルギー源も中心核への質量降着であることを示した重要な観測事実であると考えられる。

 ローブの電子のエネルギーから推定したLkinを、実際にジェットが持ち出していると考えられるパワーLjetと比較することは、非常に重要である。電波銀河をジェットの正面から観測したような天体であると考えられているブレーザーは、この目的に非常に有効な天体である。ブレーザーの時間変動は非常にはやいことから、比較的ジェットの根本に近い領域が観測されているものと考えられる。特に、最近のX線やγ線の観測でIC放射のスペクトルが得られているブレーザーについては、SR放射のスペクトルとの比較から、Ljetを見積もることができる。我々は、窪(1999)による結果をもとにブレーザーのLjetを推定したところ、約Ljet〜1042-44(1+η)erg s-1であった。ここで、ηは陽子の質量の効果を表すパラメタであり、ジェットが陽子を含んでいればη〜2000、含まなければη〜0である。もし、η=2000とすると、LjetはLkinより、はるかに大きな値になってしまうが、η=0であればLjetとLkinはほぼ一致する。このことは、ローブが電波銀河やブレーザー、つまりジェットを持つ活動銀河中心核に共通に見られるものであれば、ジェットにはあまり多くの陽子が含まれない方が好ましい、ということを示唆していると考えられる。

 以上は、個々のローブで平均したueとumをもとに議論してきたが、ueとumの空間分布を調査することも重要である。uCMBは空間的に極めて一様であるため、ローブからのIC X線の空間分布から電子の空間分布を求めることができる。またSR電波とIC X線の分布の比から、磁場の空間分布ことができる。そこで、もっとも質の良いIC X線のデータが得られた3C 452のローブについて、その軸に沿った電子と磁場の分布の推定を行った。その結果、電子はローブを比較的一様に満たしているのに対して磁場はローブの周辺に向かって強まっていることがわかった。これを分かりやすく示したのが図6である。ローブの中心付近ではue≫umであるのに対して、ローブの端の近くでは〓であることがわかった。なぜこのようないわば電子と磁場の住み分けが生じるのかは、今後の課題である。

図1:Chandra ACISによって得られた電波銀河3C 452の0.3-7keVのX線カラーイメージ。

比較のために、1.4GHzの電波のイメージを等高線で重ねてある。

図2:Chandra ACISによる、3C 452の広がったX線源のスペクトル。

破線、スペクトルのフィットに用いたモデルを示す。

図3:ローブにおけるueとumの関係。

Fornax A(Kaneda et al. 1995)とCentaurus B(Tashiro et al. 1998)も同時に示した。2本の緑の線は、uCMBを表している。

図4:ローブにおける磁場と電子の全エネルギー,ueVとumV,を中心核のX線ルミノシティLxに対して図示した。

図5:ジェットがローブに供給するパワーLkinと中心核のX線ルミノシティLxとの関係。

図6:電波銀河3C 452のローブの軸に沿った磁場Bとue/um比の分布。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は8章からなり、第1章は宇宙ジェットが、物理学としていかに重要な対象であるか、第2章は、これまでの理論的、観測的な取り組みのまとめ、第3章は本研究に用いた科学衛星と観測装置、第4章は観測のまとめ、第5章はASCA衛星による観測および解析の詳細と結果、第6章はChandra衛星による観測および解析の詳細と結果についてまとめ、第7章に得られた結果からどのような宇宙物理的な描像が得られるかの議論が、第8章において本論文の結論が述べられている。

 宇宙に存在する天体の中心からは、細く絞られたプラズマ流がひじょうに高速で噴出していることがあり、「宇宙ジェット」と呼ばれている。ジェットは、銀河系内の原始星やブラックホール連星から活動銀河中心核まで、様々なスケールで観測されている現象である。しかし、ジェットはそもそもどのようにして駆動されるのか、ジェット中の正電荷は陽子かそれとも陽電子かなどは現代の宇宙物理学において未解決のままとなっている。

 電波銀河は、ジェットを持つ活動銀河を横から観測している天体と考えられており、ジェットを直接観測できるため、ジェットの研究に最適な実験室の一つと考えられる。特に、ジェットの終端衝撃波と考えられるホットスポットやその周囲に広大に広がるローブからは、ジェットによって供給された相対論的な電子と磁場による強力なシンクロトロン放射(SR)が検出されており、これまで電波観測による研究がさかんに行われてきた。しかし、SR電波の強度は電子のエネルギー密度(ue)と磁場のエネルギー密度(um)との積に比例しているため、SR電波の観測だけではこれらを独立に求めることはできない。

 本論文では「あすか」衛星やChandra衛星を用いた観測を行い、X線による4つの電波銀河の研究を行った。特に、0.5秒角というかつてない高い角度分解能を持つChandra衛星では、電波銀河3C 452に対し80 ksecというプロポーザル観測を行った。このような長期観測は、異例であり、本論文の大きな特徴ともなっている。

 観測した4つの電波銀河のローブから検出した広がったX線のスペクトルは5 keV以上までのびるハード成分と熱的なプラズマによるソフト成分の和であらわすことができる。ことがわかった。特に、ハード成分のスペクトル指数がSR電波のスペクトル指数と非常に良く一致していることから、このハード成分が宇宙背景放射の光子を逆コンプトン散乱でたたきあげたX線(IC X線)であると結論した。

 これらすべてのローブについて、求められたSR電波とIC X線の強度の比較からueとueを計算した。その結果、エネルギー等分配則はまったく成立しておらず、多くのローブでueはumの10倍以上にもなっているという知見が得られた。これは従来の電波観測だけを用いた方法では、ueを少なくとも数倍は過小評価しており、X線を用いなければ正しいエネルギー評価は行なえないことを示唆していて極めて重要な結果である。またほとんどすべてのローブで磁場のエネルギー密度は、宇宙背景放射のエネルギー密度よりも小さく、ローブ中の電子は主にIC散乱でエネルギーを放出していることが明らかになった。

 ローブに存在する電子や磁場はもともとジェットによって中心核から供給されたと考えられる。本論文では、中心核のX線ルミノシティLxとローブのue,umの関係を調べた。その結果、ローブ全体の体積Vで積分した電子と磁場の全エネルギーはLxときれいに相関していることを発見した。この比例関係は、中心核が質量降着によって輝いていると考えると、ジェットのエネルギー源も中心核への質量降着であることを示した重要な観測事実であると考えられる。

 さらに、ローブの電子のエネルギーから推定したLkinを、ブレーザー天体というジェットを正面から観測していると考えられている天体の多波長観測から計算されるジェットのエネルギーと、比較することで、ジェットは電子陽電子対が、主たる構成要素であるという興味深い結果が示唆される。

 もっとも質の良いIC X線のデータが得られた3C 452のローブについて、またSR電波とIC X線の分布の比から、磁場の空間分布を計算した。その結果、電子はローブを比較的一様に満たしているのに対して磁場はローブの周辺に向かって強まっていることがわかった。なぜこのようないわば電子と磁場の住み分けが生じるのかは、今後の課題である。

 本論文は、相対論的な電子が宇宙マイクロ波背景放射(CMB)のソフト光子を逆コンプトン(IC)散乱することで生成する広がったX線を系統的に観測することで、電子と磁場のエネルギー密度を求め、こうした相対論的な電子のエネルギー収支を求めると共に、中心の活動銀河核との活動性との関係を探ったもので、これまでにない知見を多く含み、博士論文としてふさわしいものである。

 なお、本論文は、牧島、田代、金田、伊予本らとの共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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