学位論文要旨



No 116842
著者(漢字) 落合,洋敬
著者(英字)
著者(カナ) オチアイ,ヒロタカ
標題(和) 余次元をもった宇宙 : カルツァークライン的描像からブレーンワールドへ
標題(洋) The Universe with Extra Dimensions : From Kaluza-Klein Perspective to Brane World
報告番号 116842
報告番号 甲16842
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4105号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 川崎,雅裕
 東京大学 教授 黒田,和明
 東京大学 助教授 柴田,大
 東京大学 教授 江口,徹
 東京大学 教授 坪野,公夫
内容要旨 要旨を表示する

 われわれの宇宙は、時間1次元、空間3次元の4次元時空として観測されている。しかし、現在の統一理論の候補である、超弦理論やM理論では、時空の次元はそれぞれ10次元、11次元である。我々には未だ観測できていない空間次元−余次元−が存在するのである。この余次元の影響は、現在の宇宙のような低エネルギーにおいてはほとんど無視されるが、宇宙初期、または高エネルギー天体現象等の高エネルギーでは、無視できない存在になると考えられている。そこで、本論文において、この余次元がどう振る舞い、宇宙論にどう影響するのか、探究する。

 余次元をもった宇宙へのアプローチの仕方は、大きく分けて2つのものがある。第一に、カルツァークライン理論に基づく、カルツァークライン宇宙論である。カルツァークライン理論は、高次元一般相対性理論として、素粒子の統一理論を得ようと提案された。素粒子の内部対称性を高い次元の幾何学的対称性として捉えようというのである。では、なぜわれわれは余次元空間を観測することができないのであろうか?それは、余次元の空間がプランクスケール程度に微小な大きさしかもたないからだと考えられている。カルツァークライン理論は、残念なことに統一理論としては不完全なものである。しかし、その基本的な考え方は超弦理論におけるコンパクト化のメカニズムとして生きている。低エネルギーにおいては、超弦理論の有効理論となっていると考えられる。

 第二に、ブレーン宇宙論がある。超弦理論における非摂動論的アプローチの発展により、標準模型の粒子がブレーンに閉じ込められ、重力のみが時空全体を伝搬するというシナリオが提唱された。そこで、標準模型の粒子が存在しうる3ブレーン(3次元の構造物)の世界面が4次元時空としての宇宙であるという見方が生まれたのである。ブレーンワールドでは、カルツァークライン的描像とは異なり、余次元の大きさが微小である必要はない。なぜなら、重力実験で4次元ニュートン重力理論が確認されているのは1ミリメートルのスケールまでであり、余次元の大きさはそれ以下のスケールでありさえすれば許されるからである。1ミリメートル程度の大きな余次元を導入することにより、階層性問題を解こうとするモデル(Arkani-Hamedら)が提案されるなど、新しいパラダイムが開かれた。

 本論文の第2章では、カルツァークライン宇宙について議論する。その内容について紹介しよう。

 歴史的には、11次元カルツァークライン超重力理論の発見を契機として、Chodos-Detweiler(1980)が5次元宇宙の真空解を求めたことから、多次元宇宙の研究が始まった。この解では、内部空間、外部空間は始め同程度の大きさであるが、内部空間は収縮し、外部空間は膨張する。このことは、内部空間が微小であることをダイナミカルに説明するとして大きく取り上げられた。しかし、この議論は宇宙の初期条件に依存していて、なぜ3次元空間が膨張し、内部空間が収縮する解になるのかについて説明できていない。その逆の解が実現していてもよいのである。

 そこで、宇宙の初期条件を決定する量子宇宙論に基づいて、多次元宇宙の創成について議論する。内部空間が微小になるChodos-Detweilerの解が自然に選択されるのであろうか?では、内部空間,および外部空間の曲率が正で,宇宙定数が正である、Friedmann-Robertson型の計量をもつモデルを考えてみよう。

 まず、Hartle-Hawkingの無境界仮説の枠組みで、ユークリッド的アインシュタイン方程式の解のふるまいを詳細に調べた。すると、3通りの宇宙が創成しうることがわかった。1つは、外部空間が膨張し、内部空間が収縮する宇宙である。2つ目は、内部空間が膨張し、外部空間が収縮する宇宙である。3つ目は、外部空間、内部空間とも膨張する宇宙である。何らかのメカニズムにより、内部空間が安定化して、標準宇宙論に移行するとすると、1つ目の宇宙が宇宙モデルとしてふさわしいと考えられる。また、Euclidアインシュタイン方程式の解を詳細に調べると,"準アトラクター"をもつような構造になっていることがわかった.この"準アトラクター"はユークリッド解を3つの厳密解周辺に集めるはたらきをしている。

 次に、Wheeler-De Witt方程式を数値的に解いて、宇宙の波動関数を求めた。その結果、ユークリッド的アインシュタイン方程式の解析から発見した3通りの宇宙のうち、内部空間、外部空間ともに指数関数的に膨張する解が最も起こりやすいと解釈される。結局、このような簡単なモデルでは、内部空間が微小になる解を得ることは難しいということがわかった。人間原理により、内部空間、外部空間ともに指数関数的に膨張する解は除外され、我々の宇宙が実現しているのかもしれない。あるいは、このモデルは単純すぎていて、ファンダメンタルな理論により導かれる、より現実的なモデルを考える必要があるのかもしれないと考えられる。

 本論文の第3章では、ブレーンワールドについて議論する。その内容について紹介しよう。

 ブレーン宇宙論では、物質は3ブレーンに閉じ込められ、重力のみが余次元方向に伝わることができる。カルツァークライン理論では、余次元空間の大きさはプランクスケール程度であると仮定されるのに対して、ブレーン宇宙論では、重力実験の限界である1ミリ程度以下なら許される。Arkani-Hamedらにより、1ミリメートル程度の大きな余次元を導入することにより階層性問題を解こうというモデルが提案された。さらに、Randall-Sundrum 2モデルでは、コンパクトでない余次元空間でさえ許容される。このように、ブレーンワールドの考え方は、新しいパラダイムを切り開いた。

 ブレーン宇宙モデルは、様々な観点から多様なモデルが提案されているが、宇宙論的な議論によく用いられる、Randall-Sundrumモデル(RS)について簡単に紹介しよう。Randall-Sundrum 1(RS1)モデルは、5次元反ドジッター空間中に、2枚の3ブレーンをおいて構成される。ブレーンにおける境界条件としてZ2対称性を課して、3ブレーンにはさまれた領域のみを考える。このモデルの最も特徴的な点は、ゆがんだ余次元の効果により、自然に階層性問題を説明できることである。Randall-Sundrum 2(RS2)モデルは、5次元反ドジッター空間中に、1枚の3ブレーンをおくことにより、構成される。RS1モデル同様、ブレーンにおける境界条件として、Z2対称性を課す。このモデルでは、5次元反ドジッター空間が余次元を曲げる効果により、4次元ニュートン重力理論が再現される。カルツァークライン的コンパクト化のメカニズムとは異なり、コンパクトでない余次元空間の可能性が開かれたのである。

 本論文では、3つのトピックについて触れる。

 第一に、ディラトン重力理論におけるブレーンワールドについて議論する。超弦理論の有効理論として、ディラトン重力理論が得られるので、ディラトン重力理論に拡張したブレーン宇宙モデルを考えることはたいへん興味深いことである。Randall-Sundrumモデルのような、真空のブレーンと負の宇宙定数のあるバルクの動力学を考えよう。このモデルは、Youmにより、ディラトン結合定数が十分に弱ければ、ブレーンに重力が閉じ込められることが示されている。ここでは、このモデルの動的な解を得て、その時空の構造について調べてみよう。まず、変数分離の方法により、真空のブレーンワールドの厳密解を得た。さらに、その時空構造を調べると、初期特異点をもち、空間的無限遠においても特異点をもつことがわかった。また、ブレーン上の重力の有効方程式を得て、バルクの宇宙膨張に対する影響も評価した。

 第二に、RSモデルの半古典的不安定性について議論する。RS1モデルは、階層性問題を解決する魅力的なモデルであるため、宇宙論的な議論も数多くなされている。しかし、宇宙モデルとして成立するためには、時空が安定であるかどうか注意深く吟味する必要がある。ところで、Kaluza-Klein理論において、その真空が不安定であり、Kaluza-Klein泡時空に量子論的に崩壊することが知られている。RS1モデルにおいても、このような不安定性が存在するのではないかと推測される。実際、RSモデルが崩壊していく先の時空(RS泡時空)を表す厳密解を発見した。さらに、その崩壊確率を評価すると、その崩壊確率は決して小さいものではないことがわかった。結果として、RS1モデルは、RS泡時空に崩壊してしまい、不安定であることが分かった。ただし、超対称性を導入することにより、RS1モデルが安定化する可能性が残されている。

 第三に、M理論やRSモデルにおいて重要だと考えられる、AdSp×Sn×Sq-n時空の安定性について調べた。(De Wolfeらによる)初期データを注意深く解析して、〓のときスカラー揺らぎの全質量に下限値が存在しないことを確かめた。また、AdSp×Sn×Sq-n理論をコンパクト化して、AdSpにおける有効理論を構成した。この理論に正エネルギー定理(Townsend)を適用して、安定性について議論した。その結果、q>9のとき量子論的に安定になるとわかった。

 以上において、カルツァークライン的描像からブレーンワールドに渡り、余次元をもつ宇宙について議論してきた。カルツァークライン的宇宙論の章では、高次元宇宙の量子論的創成について考察し、宇宙定数をもつモデルにおいて、ユークリッド解と宇宙の波動関数のふるまいを調べた。ブレーンワールドの章では、ディラトン重力理論におけるブレーンワールド、RSモデルの不安定性、AdSp×Sn×Sq-n時空の安定性について議論した。現時点では、余次元をもつ宇宙のモデルはさまざまな観点から、多様なモデルが構築され、議論されている。さらに詳細な議論を続け、余次元の物理の本質を見いだしていく必要があるだろう。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は4章からなり、第1章は序章で本論文の主題である余次元を持った宇宙を議論する動機と概観が古くからあるカルツァクライン的描像と最近盛んに議論されているブレーンワールドの両方について述べられている。

 第2章ではカルツァクライン理論を紹介した後に論文提出者のオリジナルな研究であるカルツァクライン宇宙の創生について議論がなされている。まず、ハートル・ホーキングの無境界仮説の枠組みで、ユークリッド化したアインシュタイン方程式の振る舞いを詳細に調べ、3通りの宇宙が創生する可能性があることを明らかにした。そのうちの1つは内部空間が収縮し、外部空間が膨張するとい性質を持ち我々の宇宙モデルとしてふさわしいものである。さらに、宇宙の波動関数を求め、3通りの宇宙の創生確率を評価した。結果は、外部・内部空間とも膨張する宇宙の確率が高いという宇宙モデルとしては好ましくない結果になった。このことは多次元宇宙の創生が単純ではなく、もっと基本的な新しい理論に基づいて考える必要があることを示唆している。

 第3章では、プレーンワールドの描像から多次元宇宙の問題が議論されている。まず、最近の理論的発展に基づいて、アルカリハムドらによって提唱された比較的大きなサイズを持った余次元をもった理論、余次元がコンパクトな空間ではないランドール・サンドラムのモデルが紹介された後、論文提出者のオリジナルな3つのトピックスについての研究が述べられている。第一にディラトン重力理論におけるランドール・サンドラムのモデルについてその動力学的解析を行った。このモデルの動的な解を求め時空構造を調べ、初期特異点・無限遠での特異点を持つことを明らかにした。第二にランドール・サンドラムのモデルの量子的な不安定性を議論した。ランドール・サンドラムのモデルにおいてそれが崩壊していく先の時空の厳密解を発見し、2つの時空のユークリッド・アクションを評価することによって崩壊の遷移確率を求めた。その結果ランドール・サンドラムのモデルがここで考えられた不安定性に対して実際上安定であるということを明らかにした。第三にランドール・サンドラムのモデルで重要だと考えられるAdSp×Sn×Sq-n時空の安定性について調べ、その結果、q>9のとき量子論的に安定になることが示した。

 第4章はそれ以前の章の結論がまとめられている。

 以上、本論文は、余次元を持った宇宙モデルに関するいくつかのトピックスについて数値計算も含めて詳しく解析し、多次元宇宙の創生や安定性について新しい知見を示したもので宇宙論における意義は高いものである。なお、本論文第2章の内容は佐藤勝彦教授、第3章は白水徹也氏、鳥居隆氏、井田大輔氏との共同研究に基づくものであるが、論文提出者の寄与が十分であると判断する。したがって、この論文で示された幾つかの具体例を通じて論文提出者の研究に関する資質は十分であるものと判断し、博士(理学)の学位を受けるに値するものと考える。

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