No | 116843 | |
著者(漢字) | 小林,兼好 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | コバヤシ,カズヨシ | |
標題(和) | スーパーカミオカンデによる陽子崩壊p→vK+の探索 | |
標題(洋) | Search for Proton Decay p→vK+in Super-Kamiokande | |
報告番号 | 116843 | |
報告番号 | 甲16843 | |
学位授与日 | 2002.03.29 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第4106号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 物理学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 陽子崩壊p→νK+モードの探索をスーパーカミオカンデ検出器により行った。陽子崩壊は、大統一理論により予言される現象で、陽子崩壊を発見することは、大統一理論の直接的証拠となる。陽子崩壊モードは、その理論モデルに強く依存する。本研究で探索したp→νK+モードは、超対称性大統一理論によって好まれる崩壊モードである。 スーパーカミオカンデ検出器は、岐阜県神岡町の地下1000メートルにある水チェレンコフ型検出器で、直径39.3メートル、高さ41.4メートルの円筒形をしており、計50000トンの超純水で満たされている。水分子を構成する陽子が陽子崩壊源となる。崩壊粒子から発生するチェレンコフ光を11146本の光電子増倍管で検出することによりさまざまな物理量を再構成する。反応点、チェレンコフリング数、各リングの方向、粒子ID、運動量、Michel電子数などである。 再構成された物理量を用い、陽子崩壊p→νK+モードの探索を次の3つの独立な方法により行った。 ・p→νK+, K+→μ+νサーチ ・16O→νK+15Nγ, K+→μ+νサーチ ・p→νK+, K+→π+π0サーチ 以下、これら3つの探索方法について説明する。 1 p→νK+, K+→μ+νサーチ ニュートリノはチェレンコフ光を出さない、かつK+もチェレンコフ光を出す閾値以下であるので出さない。よっての崩壊粒子であるμ+とそのMichel電子を検出することにより探索する。K+は止まって崩壊するのでμ+の運動量は236 MeV/cという単一の値をとる。この探索では以下の条件を課した。 ・1μ-likeリング ・再構成されたμ+の運動量が215〜260 MeV/c ・1 Michel電子 ・2の探索方法により検出されない 大気ニュートリノ事象によるバックグラウンドが大きいので、μ+の運動量分布において、信号領域の超過をX2フィットにより求めた。結果は図1のようになった。信号の超過は見られず、この結果からこのモードに崩壊する陽子の寿命の下限値6.1×1032年を得た。 2 16O→νK+15Nγ, K+→μ+νサーチ 1の方法ではバックグラウンドが大きいので、K+→μ+νの崩壊様式に対し、もう1つの探索を行った。これは、酸素原子核内の陽子崩壊を探索するもので、その際、核にできる陽子ホールからでるガンマ線をタグすることによりバックグラウンドを減らすことができる。以下のようなカットをかけた。 ・1 μ-likeリング ・再構成されたμ+の運動量が215〜260 MeV/c ・1 Michel電子 ・dμe<150cm ・g>0.6 ・tμ-tγ<100ns ・7<Nhitγ<60 K+がチェレンコフ光を出さず、かつ、寿命が12nsなので、ガンマ線とμ+の信号をわけることが可能となる。tμ, tγはそれぞれμ、γの検出された時間である。Nhitγは、ガンマ線からくる光電子増倍管のヒット数である。大気ニュートリノの中性カレント事象により、リコイルされた陽子がバックグラウンドとなるのでdμe<150cm, g>0.6のカットをした。図2にこの探索の結果を示した。この方法による検出効率は、8.6%、期待されるバックグラウンドは、0.2事象であったが、データに残った事象はなかった。この結果からこのモードに崩壊する陽子の寿命の下限値1.0×1033年を求めた。 3 p→νK+, K+→π+π0サーチ π+はチェレンコフ光を出すが、その量はごくわずかなのでチェレンコフリングを再構成することはできない。そこで以下のようなカットをかけた。 ・2 e-likeリング ・1 Michel電子 ・再構成されたπ0の運動量が175〜250MeV/c ・再構成されたπ0の質量が215〜260MeV/c2 ・Qin<100P.E., Qout<60P.E., Qout<1.7Qin-25 K+は静止してから崩壊するので、π+、π0は180°反対方向へでる。光電子増倍管を、π0の方向、π+方向、それ以外の3つの領域にわける。π+の方向にある光量をQinでそれ以外の光量をQoutと定義する。この探索による結果は図3のとおりである。この方法による検出効率は、6.7%、期待されるバックグラウンドは、0.7事象であったが、残った事象はなかった。この結果からこのモードに崩壊する陽子の寿命の下限値8.1×1032年を求めた。 以上3つの独立な探索を行ったが、陽子崩壊の証拠を得ることはできなかった。表1にその結果をまとめた。3つの方法を結合することにより、p→νK+モードに崩壊する陽子寿命の下限値2.2×1033年を得た。この結果から超対称性大統一理論のモデルのなかで、minimal SUSY SU(5)モデルは完全に否定され、SUSY SO(10)モデルにも制限を与えた。 表1: 3つの陽子崩壊探索のまとめ、およびその3つの方法を結合した結果。 図1:再構成されたμ+の運動量分布。 点がデータ、点線が大気ニュートリノシミュレーション、線が点線+p→νK+シミュレーションの90%信頼レベルの上限値。 図2:tμ-tγ versus Nhitγ分布。 それぞれ、大気ニュートリノシミュレーション(左)、p→νK+シミュレーション(右)、データ(中)。四角でかこまれた部分が信号領域である。 図3:Qin versus Qout分布。 それぞれ、大気ニュートリノシミュレーション(左)、p→νK+シミュレーション(右)、データ(中)。線でかこまれた部分が信号領域である。 | |
審査要旨 | まずはじめに、この論文はスーパーカミオカンデ実験グループの他の共同研究者との共同研究に基づくものであるので、論文提出者がどのような主導的な寄与があったのか審査委員会において念入りに審査した。その結果、データ解析は論文提出者が単独で行なったものであり、そのための手法もみずから考案していること、また実験装置の保守・改善に対する寄与も十分であることから論文提出者の主導性が十分であると判断した。 本論文は8章からなり、第1章は陽子崩壊に関する導入説明、第2章はスーパーカミオカンデ実験装置の説明、第3章ではモンテカルロ法によるシミュレーションについて、第4章ではデータから陽子崩壊事象候補を抽出する方法について、第5章では観測された事象の再構成の方法、第6章では検出装置の較正について詳しく記されている。そして、第7章では解析結果が、第8章で結論が述べらている。 素粒子の大統一理論では、従来安定と考えられていた物質を構成する粒子である陽子が不安定でありそのうち崩壊して別の粒子群となることが予言されている。素粒子の標準理論はSU(3)×SU(2)×U(1)ゲージ対称性を持っているが、これを含む最小のゲージ群SU(5)にもとづくminimal SU(5)大統一理論が当初GeorgiとGlasowによって提案された。この理論では陽子はおよそ1030年の寿命で主として陽電子と中性パイ中間子に崩壊すると予言される(p→e+π0)。しかし、このモデルは先代のカミオカンデ実験やその他の実験によってすでに否定されている。 その後、素粒子の超対称性理論(SUSY)を取り入れた理論が提唱されたが、その理論では反ニュートリノと荷電K中間子に崩壊するモード(p→νK+)が主となる。また、陽子の寿命はminimal SUSY SU(5)モデルでは1030年以下、SUSY SO(10)モデルでは1032〜34年が予言されている。そのため、最近ではこのモードの陽子崩壊現象が精力的に探されている。 小林氏は、スーパーカミオカンデ検出器によりこの陽子崩壊モード(p→νK+)を調べたものである。スーパーカミオカンデ検出器は、岐阜県神岡町の地下1000メートルにある水チェレンコフ型検出器で、直径39.3メートル、高さ41.4メートルの円筒形をしており、計50000トンの超純水で満たされている。水分子を構成する陽子が陽子崩壊の源となる。崩壊粒子から発生するチェレンコフ光を11146本の光電子増倍管で検出する。陽子崩壊モード(p→νK+)の探索には次の3つの方法が使われた。 1.p→νK+, K+→μ+ν事象の探索 2.16O→νK+15Nγ, K+→μ+ν事象の探索 3.p→νK+, K+→π+π0事象の探索 この中で、2番目の方法は今回新しく導入された方法で、水分子の酸素原子核中の束縛陽子が崩壊したあとにできる陽子の孔による原子核の再配置に伴うγ線を検出することで、バックグラウンド事象の混入を減らすことができる。しかし原子核が多体系であるためにγ線の放出確率の理論的計算の不定性が大きいので、将来実験的に測定し、確定する必要がある。 以上3つの方法による探索の結果、陽子崩壊の証拠は得られなかったことより、p→νK+モードに対する部分崩壊寿命τ/B(p→νK+)に対する下限値2.2×1033年を得ている。この結果は既存の下限値(スーパーカミオカンデ実験による)を約3倍改善している。これにより、minimal SUSY SU(5)モデルを完全に否定し、SUSY SO(10)モデルにも強い制限をつけた。 以上に述べたように、この論文は3つの方法により陽子崩壊のp→νK+モードを探索したもので、その結果素粒子の大統一理論に有意な制限をつけたものである。この論文は、学問的に大変有用なものであり、また論文提出者の独創性も十分であると認められる。 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
UTokyo Repositoryリンク |