学位論文要旨



No 116846
著者(漢字) 佐藤,政則
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,マサノリ
標題(和) 電子線形加速器のための初期ビームローディング補正の研究
標題(洋) Study of Initial-Beam-Loading Compensation for Electron Linacs
報告番号 116846
報告番号 甲16846
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4109号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 松本,浩
 東京大学 助教授 溝川,貴司
 東京大学 教授 片山,武司
 東京大学 教授 兵頭,俊夫
 東京大学 教授 柿崎,明人
内容要旨 要旨を表示する

 本研究では、電子線形加速器のための初期ビームローディング補正システムに関する開発研究を行った。Super-SOR計画では、光源リングの入射器である電子線形加速器(ライナック)を利用して、ロング・パルス(ビーム・パルス幅2μsec)かつ大電流の電子ビームを加速し、これを金属ターゲットに当てて、大強度かつ高輝度の低速陽電子を発生させることが計画されている。大電流かつロング・パルスの電子ビームは、ライナックの加速管内で高周波エネルギーを大量に吸収し、加速電場を著しく減少させる。このような過渡的現象は、初期ビームローディング効果として知られ、ビーム・パルス内でのエネルギー広がりを引き起こす。このようなエネルギー広がりは、深刻なビームロスを引き起こす可能性がある。したがって、ビームロスを起こさない高品質の電子ビームを得るために、初期ビームローディングの補正が必要不可欠となる。

 このような補正システムとしては、

・トリガタイミング補正方式(加速管がRFパワーで満たされる前に、電子ビームを入射する)

・スタッガード・タイミング補正方式(上の方式において、複数加速管でのタイミングを互いにずらす)

・ΔF補正方式(基本加速周波数よりも、わずかに高い及び低い周波数の補正セクションを用いる)

などが用いられてきた。しかしながら、これらの補正方法では、加速管毎に完全に初期ビームローディングを補正することは、原理的に不可能である。そのために、Super-SORを始めとした将来の大強度ライナックにとって、従来の方法による初期ビームローディングの補正は十分とは言えない。このような理由から、振幅変調方式による新しい補正システムの開発を行った。

 振幅変調方式では、加速管のフィリングタイム(加速管がRFで満たされる時間)の間はランプ波形で立ち上がり、その後は一定のパワーになるようなクライストロン出力を加速管に入力する。電子ビームをフィリングタイム後に入射することにより、加速管内での電場分布は、定常状態の電場分布のまま一定に保たれる。このとき、電子ビームのエネルギーゲインはパルス内で一定となり、エネルギー広がりを完全にゼロに抑制することが可能である。本研究では、このような振幅変調を実現するために、励振系RFを振幅・位相(ΔΦ-A)変調する方式を採用した(図1)。本方式では、クライストロンをドライブするための低電力RFの振幅・位相を同時に変調し、クライストロン出力振幅を目標の波形で出力しつつ、それと同時に位相はパルス内で一定となるように制御する。しかしながら、クライストロンは高ゲインかつ非線形デバイスであり、入力振幅を変調することによる出力制御は非常に困難であると思われ、このような変調方式は採用されることがなかった。しかし、我々は、アンプ系(クライストロン及びプレアンプ)全体の入出力特性を予め測定し、その特性を考慮することによって高精度な出力制御を試みた。本研究では、移相器(Phase shifter)を二台用いた"ΔΦ-A変調器"(図2)と、高速な位相検出のための"I/Q検出器"を開発し、クライストロン出力の制御を行った。これらの装置は、非常に単純な回路構成であるため高い耐久性・信頼性が期待できる。さらに、コンパクトなシステムであるため、既設のクライストロンシステムヘの組み込み及び撤去も容易である。

 ΔΦ-A変調器・I/Q検出器の性能評価を、ローパワー及びハイパワーで行い、満足な結果を得た。ハイパワー試験の結果とSuper-SOR低速陽電子モード(クライストロン出力30MW,平均ビーム電流値300mAを仮定)のパラメータを用いた計算機シミュレーションも行った。この結果、補正前27%のエネルギー広がりを、本システムを用いることにより、0.3%程度に補正可能であることがわかった。

 ΔΦ-A変調器の実用性を確認するために、日本大学原子力研究所のFEL(自由電子レーザー)施設にてビームテストを行った。図3に示すように、本施設はクライストロン2台と4m加速管(110セル)3本から構成される。本実験では、加速管2本をドライブしている2号機クライストロン上流側のIΦAシステムの代わりに、今回開発したΔΦ-A変調システムを設置した。ビームエネルギーの測定は、直線部下流の偏向電磁石(BM4)の励磁電流値を変化させ、ビーム波形をコアモニタ(CM7)で繰り返し観測することによって行った。本測定は、BM4下流のスリット幅を1mmに設定して行ったが、これはエネルギー分解能0.15%に相当する。ビームエネルギーの測定結果は、図4のようになった。補正前(黒)24%であったエネルギー広がりは、本補正システムを用いることにより、補正後(青)には6%程度にまで抑制することができた。この補正後に残るエネルギー広がりは、一本目の加速管における初期ビームローディング効果によるものであり、1号機クライストロンにも同様のシステムを組み込めば、エネルギー広がりを完全に抑制することが可能である。このビームテストにより、本補正システムの有効性・実用性を実証することができた。

 本研究では、ビームエネルギーを評価するための新しい数値計算の方法も考案した。この方法では、加速管中でのRFの伝搬を、マトリックス(パワーフローマトリックス)を用いた単純なアルゴリズムで計算する。そのため、高速な計算が実現できる。Super-SOR低速陽電子モードのパラメータに対して、解析的な式を用いた計算結果と比較したところ、ほぼ完全に一致することがわかった(図5)。これにより、パワーフローマトリックスによるビームエネルギー計算は、有効な方法であることを確認できた。パワーフローマトリックスの方法を応用すれば、任意ビーム波形・任意目標ビームエネルギーに対して必要な加速管入力RFパワーを、簡単に計算することも可能である。

 以上のように、本研究の成果により、現在及び将来のライナックにおける初期ビームローディングによるエネルギー広がりを高精度で補正し、エネルギーの安定した高品質のビームを供給することが可能となる。

図1:励振系RFΔΦ−A変調方式の概念図

図2:ΔΦ-A変調器のブロック図

図3:ビームエネルギー測定実験セットアップ

図4:補正前後のビームエネルギーゲイン(測定値及び計算値)

図5:ビームエネルギー計算の結果(解析的な取り扱い及び数値計算の方法)

審査要旨 要旨を表示する

 本論分は9章からなり、第1章は、本研究の目的である電子線形加速器の初期ビームローディング補正システムの目的と必要性および、当面のアプリケーションについての紹介、第2章は、電子線形加速器の初期ビームローディング発生のメカニズムを電磁気学的に解析し、その影響の定量化について、第3章は、第2章で定量化したビームローディング補正を実際の加速管に適用する為、パワーフローマトリクスという新しい考え方を導入し精密な補正方法の確立について、第4章は第3章で論じた初期ビームローディング補正と従来から行なわれている方法との比較を行い、本方式の優位点についての議論、第5章は、第4章で述べた方式のハードウエアヘの展開および実機の製作について、第6章は、実機製作したハードウエアの低電力および大電力(60-kW sub-booster klystronおよび50-MW klystron)による性能評価試験について、第7章は実機電子リニアックを用いて、ビーム加速試験による実験について、第8章は、本研究の更なる改良について、第9章は本研究の結果について述べられている。

 本研究のポイントは、古くから機論されていた電子線形加速器の初期ビームローディング補正を単純な方式で、大きな改善を可能としたこと、および実際のビーム試験を行い、実証したことが上げられる。

 又、理論的な点で評価できるのは、第3章で述べられた線形加速管のビームローディングで生じるエネルギー広がりの補正を、入力RF電力を時間的に変化させて相殺する、パワーフローマトリクス(RF電力と空胴番号)を考案し導入したことがあげられる。これにより、従来のような線形微分方程式によるマクロな取り扱いから、非常に正確にかつ柔軟にビームローディング補正を可能としたことが上げられる。

 ハードウエアにおいては、従来では複数本の加速管を用いた補正や、周波数の異なった加速管を用いたりする複雑なシステムが一提案されたいた。本研究では、最小基本構成であるKlystron1本+加速管1本からなる、ビームローディング補正システムを考案したことが上げられる。

 実験においては、今までは、ビームローディング補正の実験はあくまで研究の域を出ないものが殆どであったが、ここでは、実機に直ぐに応用可能とするシステムを導入し、その効果を実証したことは評価に値する。

 なお、本研究は、神谷幸秀、中村紀夫、小関忠、高木宏之、原田健太郎との共同研究であるが、論文提出者が主体となって理論の組み立て、実験装置の構築、実機ビーム試験を行なったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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