学位論文要旨



No 116850
著者(漢字) 谷畑,千春
著者(英字)
著者(カナ) タニハタ,チハル
標題(和) ブレーザー天体の多波長観測によるジェットの活動性の研究
標題(洋) Multi-frequency Study of the Jet Activity in Blazars
報告番号 116850
報告番号 甲16850
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4113号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 坪野,公夫
 高エネルギー加速器研究機構 助教授 永江,知文
 東京大学 教授 吉澤,徴
 東京大学 助教授 相原,博昭
 宇宙科学研究所 教授 平林,久
内容要旨 要旨を表示する

 活動銀河核のもつジェットは宇宙における相対論的速度までの粒子加速の現場である。ジェットのエネルギーは、中心にある巨大ブラックホールに質量が落ち込むときの重力エネルギーが源になっているとされているが、実際のジェット生成や加速機構といった根本的な問題の解明は依然大きな課題である。ブレーザーとよばれる天体は、活動銀河核の中でもジェットが視線方向に位置するため、ビーミング効果により加速された電子からの非熱的放射だけを増幅して観測することができる。それゆえ、ジェット内の加速機構を探るうえで最適な実験環境といえる。

 ブレーザーに特徴的な激しい時間変動は、こうした加速機構と密接に関係しており、ジェット内部で起きている現象を直接反映すると考えられている。本研究は、この時間変動に着目する。そして特に、ブレーザーの中でも粒子加速が効率的に働くことにより、TeVガンマ線領域までスペクトルがのびる天体(TeVブレーザー)に対する、過去に例のないX線長期観測の結果を用いて、時間変動を支配する機構を探ることを目的とする。

 ブレーザーからの放射は、電波からガンマ線という20桁にもわたるエネルギー範囲に及ぶ。多くの多波長観測やそれにもとづく理論研究から、ブレーザーの放射スペクトルはジェット内で加速された電子からのシンクロトロン放射及び逆コンプトン放射で説明できることがわかってきた。一方で、時間変動についてはこれまでも多く観測されているものの、観測時間が短いことや統計が乏しいなどの理由から、それらから導かれる観測量はほとんどなかった。そのため、これまでの議論は多くが一様な領域からの定常的な放射を仮定しており、時間変動について言及するものは数少ない。

 本研究では、まずASCA衛星を用いて、最も明るい3つのTeVブレーザーに対してそれぞれ7-10日間という長時間におよぶX線連続観測を行った。この結果、3つのブレーザー全てにおいてフレアと呼ばれる現象が毎日のように連続的におきているということをはじめて実際に示す結果を得ることに成功した。観測された光度曲線を図1に示す。

 光度曲線と構造関数を用いた解析から、これらのブレーザーにはみな一日程度の典型的な変動のタイムスケールがあり、それより早い変動のパワーが非常に少ないことが明らかになった。このことは過去の断片的な観測から示唆はされていたが、単独の連続観測によりこれを実証したのは始めてである。また、ジェット内で考えられるさまざまなプロセスの変動時間を比較し、このような一日程度というブレーザーの変動のタイムスケールは、これまで考えられていたような電子の加速や冷却の時間よりもむしろ、領域の大きさや衝撃波の通過といったジオメトリに支配された変動時間によって決まっているということを示した。

 長期観測の中でもとくに、Mrk421という天体に関しては(図1の右の光度曲線に対応)、ASCA衛星の長期連続観測を中心として、電波や可視光、他のX線衛星や地上TeV望遠鏡を含む多波長で同時観測する大キャンペーンの中で観測が行われた。本論文では、SAX、ASCA、RXTE、という3つのX線衛星間の詳細なキャリブレーションを行い、極紫外領域のデータを与えるEUVE衛星のデータを合わせることで、0.1-25keVという広いエネルギー範囲での放射スペクトルを求めた。得られたX線スペクトルとそれを含めた多波長スペクトルを図2に示す。図中の2つの山が、ジェット中で加速された電子分布からのシンクロトロン放射(低い方)、また逆コンプトン放射(高い方)に対応するが、シンクロトロンスペクトルの高エネルギーピークの形がこれまでにない精度できまっているのがわかる。

 また、このように広いエネルギー範囲にわたるスペクトルの時間発展を長期にわたりモニタできたのも始めてである。この中で特に、フレア時のスペクトル変化を詳細にたどることにより高エネルギー側から増光するフレアを発見した。このような現象は、フレアはある電子分布による放射の継続的な変化ではなく、新たな放射成分が表れることによっているということを強く示唆する。これは、これまでに考えられていたような単一の領域からの放射だけではブレーザーの時間変動は説明できないということを始めて示した重要な結果である。

 図2にも示したように、ブレーザーのシンクロトロンスペクトルは高エネルギー側にピークをもち、ここでのフラックスがシンクロトロン放射のほぼ全パワーを決める。また、ピークエネルギーはその時の電子の最大エネルギーを反映するという非常に重要な意味を持つ。本研究では、シンクロトロンスペクトルのピークエネルギーに注目し、ピークエネルギーとピークフラックスの関係を求めた。その結果、ピークフラックスは、ピークエネルギーの0.5乗で増えるという関係が示され、今後の時間発展の理論はこの関係を説明しなければならないことを提示した。これも広いエネルギー範囲で統計のよいスペクトルがあってはじめて可能な結果である。

 最後に、以上のように観測から示されたブレーザーの時間変動の性質を説明できる機構について議論を行った。ここで説明するべき主な観測結果は、フレアが日々繰り返し起るということ、オフセットがあること、典型的なタイムスケールがありそれ以下の変動が非常に抑制されていること、およびフレア成分の方がオフセット成分より加速限界が高いこと、である。

 ジェット内の粒子加速は、衝撃波加速によるとするものがほとんど唯一のシナリオであるが、そのためには速度差のあるものが衝突する必要がある。そこで、ジェット中で光速に近い速度で運動する物質が衝突する理論として提唱されている内部衝撃波を考慮した解析を行った。これは、中心核から断続的に吹き出されるジェットの物質(シェル)が速度差をもち、それらが衝突することにより衝撃波が生じ、粒子が加速されフレアが発生するという描像である。本論文では、これをTeVブレーザーに適応した単純化したモデルを提示し、新しく開発したシュミレーションコードを用いて、実際の観測と比較を行った。これは、時間変動を個々のフレアでなく、フレアのシリーズとしてとらえ、これを説明するという始めての試みである。

 この結果、中心からの吹き出し速度のゆらぎが小さいという条件のみで、ブレーザーの時間変動の性質をスペクトル変化も含めて、ジェットの根元から放射の部分まで非常に自然に再現することに成功した。図3にシュミレーション結果の一例を示す。(a)は、ジェット内の物質が衝突し衝撃波が生成する中心核の距離の頻度分布である。また、中心核の距離の関数として、その時の衝突で生じるエネルギーとフレアのタイムスケールを示したのが(b)と(c)である。(d)と(e)に結果として観測される光度曲線とそれから計算した構造関数を示した。初期速度の差(ΔΓ)が大きいシェルの衝突は、散逸されるエネルギーが大きく、また生じる衝撃波の速度が早いために放射時間も短くなる。つまり、フレアとして観測されるものは、ΔΓが最も大きく手前で起きる一部の衝突のみであり、それ以外の衝突による放射が重なり合うことで光度曲線のオフセットをつくることになる。またこのように非常にせまい範囲の変動時間を持つフレアが光度曲線に表れることになり、典型的なタイムスケール以下の変動が少ないという構造関数の性質も非常によく説明する。

 また、時間変動から導かれる観測量として、フレアのタイムスケールだけでなく、フレアと定常成分の相対的な振幅などが非常に有用であることを提案した。これらを用いることで、中心核から噴出される物質は1013cm程度の大きさをもち、それが5分に1度程度の頻度で次々と噴出し、中心核から1017cm程度のところから衝突がおきはじめる、などのジェット内の活動性を反映する量のいくつかが見積もれることを示した。

図1:ASCA衛星を用いて観測したTeVブレーザー、Mrk 501(左)とMrk 421(右)の光度曲線

図2:TeVブレーザーMrk 421のX線スペクトル(左)とそれを含めた多波長スペクトル(右)

図3:内部衝撃波モデルのシュミレーション結果の例。

横軸は中心核からの距離で、縦軸は(a)衝突位置の分布、(b)解放されるエネルギー、(c)フレアのタイムスケール。また(d)光度曲線、とそれから計算される(e)構造関数。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、ASCA衛星によるTeVブレーザーに対する長期観測の結果を用いて、そこから出ているジェットの時間変動の規則性やその加速機構を解明しようとする研究をまとめたものである.

 活動銀河核のもつジェットのエネルギーは、中心にある巨大ブラックホールに質量が落ち込むときの重力エネルギーが源になっていると思われているが、実際のジェット生成、またジェットの中での粒子加速の機構といった根本的な問題はまだ解決されていない。そこでここではブレーザーに特徴的な激しい時間変動に注目し、そこから加速機構の本質を探ろうとしている。

 本研究では、ASCA衛星を用いて、もっとも明るい3つのTeVブレーザーに対して、それぞれ7-10日間という長時間におよぶX線連続観測を行った。この結果、3つのブレーザーすべてにおいてフレアとよばれる現象が毎日のように連続的におきていることをはじめて示した。得られた光度曲線から、これらのブレーザーはみな1日程度の典型的な変動のタイムスケールをもつとともにそれより早い変動がほとんど見られないことを構造関数による解析から明らかにした。これは、ブレーザーにおける変動のタイムスケールにおいては、電子の加速時間や冷却時間より、むしろ領域の大きさやショックの通過といったダイナミックなタイムスケールが支配的であることを示している。

 長期観測の中でも、Mrk421という天体に対しては、ASCA衛星の他に、電波や可視光、他のX線衛星や地上TeV望遠鏡を含む多波長で同時観測するという大キャンペーンの中で行われた。これらの観測結果の総合的解析をもとに、フレア時のスペクトル変化の詳細な研究がなされた。その結果、高エネルギー側から増光する現象を発見し、フレアは単一の電子分布のパラメータが連続的に変動することで発生するというより、次から次へと新しい放射成分が現れるという描像をはじめて示すことに成功した。

 次に、観測されたX線の光度曲線から明らかになったフレアの対称な形状、立ち上がり立下りのタイミングスケール、繰り返しのタイムスケールなどの特徴を説明するため、ジェット中で光速に近い速度で運動する物質が関わる現象として提唱されている内部衝撃波モデルを考慮した解析をおこなった。これは、中心核から吹き出されるジェットの物質が連続的ではなく断続的であるとし、それらが速度差により衝突することでショックがおき、その結果粒子加速がおこりフレアが発生するという描像である。本研究では、これをブレーザーに適応したモデルを提示し、新しく開発したシミュレーションコードを用いて時間変動の特徴を定量化し、実際の観測との比較をおこなった。その結果、フレアとして観測されているものは中心核近くで衝突したものであり、それ以外の衝突によるものが光度曲線のオフセットを作っているという解釈で観測を説明できることを示した。また、中心核から噴出される質量の初期速度の分布がせまいという条件を課すことによって、ブレーザーの時間変動をスペクトルを含めて再現することに成功した。またこの場合、中心核から噴出される物質は1013cm程度の大きさをもち、それは5分に1回程度の頻度で次々と噴出し、中心核から1017cm程度のところから衝突が起こることなど、ジェット内の活動性を反映する量のいくつかが見積もられた。

 以上のように、TeVブレーザーに対するASCAの長期観測、およびそこで得られたフレアの光度曲線の解析によって、ジェット生成、またジェットの中での粒子加速の機構といった問題にいくつかの手がかりが得られた。特に、フレアの時間変動の観測から、中心核から噴出する物質のいくつかのパラメータを推定できたことは大きな研究成果である。これらは従来ない新たな知見であり、今後のブレーザー研究に大きく貢献する成果であるといえる.

 なお本論文は共同研究として進められたが、論文提出者が主体となって開発、研究を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断される.

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める.

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