学位論文要旨



No 116851
著者(漢字) 寺田,幸功
著者(英字)
著者(カナ) テラダ,ユキカツ
標題(和) 強磁場白色矮星に立つ高温プラズマにおける共鳴光子の非等方的な伝播過程
標題(洋) Anisotropic Transfer of Resonance Photons in Hot Plasmas on Magnetized White Dwarfs
報告番号 116851
報告番号 甲16851
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4114号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中川,貴雄
 東京大学 助教授 茂山,俊和
 東京大学 教授 佐藤,勝彦
 東京大学 助教授 森,正樹
 東京大学 教授 山崎,泰規
内容要旨 要旨を表示する

 強い磁場を持つ白色矮星(Magnetized White Dward; MWD)に物質が降着すると、白色矮星(WD)の表面付近で形成されるショックによって重力ポテンシャルが解放され、数十keV程度のプラズマで満たされた降着円筒が作られると考えられている。このプラズマからは、熱的な電子による制動放射に加え、鉄などのイオンから放射される輝線とがみられる。典型的な降着円筒では図1に示すように、プラズマは、Compton散乱に対しては光学的に薄いが、輝線に作用する共鳴散乱に対しては光学的に厚くなっている。このように光学的に薄い素過程と厚い素過程とが共存するプラズマでは、光学的に厚い極限(黒体輻射)や薄い極限のプラズマに比べ、複雑な輻射の輸送が効くので、その放射機構を理解するのは容易ではない。しかし、ひとたび輻射輸送が把握できれば、それはプラズマを診断する上で強力な道具となるはずである。本論文では、白色矮星の降着円筒を伝搬する共鳴光子に異方性を与える、新しい素過程を提案し、それを計算機シミュレーションおよびX線衛星による観測を用いて検証する。

 X線衛星「あすか」による観測で、MWDと主系列星との連星系であるpolarから、ひじょうに強力な高電離鉄のKαラインが発見された(Terada et al. 1999; Ishida et al. 1998; Misaki et al. 1996)。POLE(Pole-on Line Emitter)と名付けられたこれらの天体は、図2に示すように、鉄Kαラインの等価幅(equivalent width : EW)が4000eVにも達するほど強い。これは、重元素の存在比に換算すると、太陽組成の3倍に相当する。polarの典型的な値は太陽の0.5-1倍程度であるので、これはとても非現実的な値といえる。

 我々は、POLEに見られる強力な輝線の源は、重元素比が高いといった各々の天体の個性にあるのではなく、polar一般に生じる普遍的な物理過程によるものだと考えた。POLEに特有の性質として、常に降着円筒の真上から観測される幾何学的な配置を持つ点に注目し、「ある機構で輝線がその方向に強調され、見掛け上EWが大きく観測されたに過ぎない」という仮説を立てた。そこで、輝線の光子のみに働く素過程として共鳴散乱に着目し、次の二つの効果が生じる可能性を新しく提案した。その一つは、幾何学的な効果で、光学的に厚い共鳴線でみると円筒の表面付近しか観測されないため、円筒がコインのように平坦な形状をもつと、真上から見たとき、輝線が強くなると期待される。しかし、この機構では、角度で平均した強度に対し、輝線の強度を高々2倍までしか強めることができないため、さらなる機構が必要とされる。それが、ドップラーシフトをもたらす速度勾配の方向に共鳴散乱の断面積が小さくなるという物理的な効果である。模式的に図3に示すように、降着円筒は上下方向に強い速度勾配があるため、共鳴光子が縦方向に進むと、ドップラー効果により共鳴条件から外れ、逃げやすくなるはずである。我々は、この二種の効果を相乗することで、共鳴光子が縦方向にコリメートされると考えた。

 このアイディアを検証するため、本論文では、降着円筒における共鳴光子の伝搬をモンテカルロシミュレーションを用いて計算し、定量的に共鳴光子の異方性を評価した。典型的な場合、図4に示すように、He-likeな鉄のKα共鳴線の強度は、円筒の真上の方向では、角度平均した値に対し2-3倍まで増加する事がわかった。H-like鉄Kα線に対しても同様の結果が得られている。これらの値は、POLEにみられた輝線の強度を説明するのに十分な値である。

 実験的に共鳴線の異方性を検証するために、「あすか」、RXTE、BeppoSAX衛星を用いて、X線での分光観測を行った。polarは、その自転周期に応じて降着円筒を見込む角度が変化することを利用して、輝線の等価幅の変動を調べたところ、V834 Centauriおよび、AM Herculisという二つのpolarにおいて、鉄のKα輝線の等価幅が、降着円筒を上から観測するフェーズで有意に強くなっている事が分かった。前者のスペクトルの変化を図に示す。He-likeな鉄輝線が〓倍、変動している。さらに、「あすか」とBeppoSAX衛星で複数のpolarを観測したところ、He-likeな鉄のKα輝線の等価幅が、降着円筒を上から覗く場合に強くなっている結果を得た。個々の結果は統計的に有意でないものの、9天体の全体として90%の有意度で1.8±0.7倍の変動が検出された。

 これらの結果は、X線領域で、観測的に共鳴散乱の効果を示した最初の例となる。また、この異方的な放射機構により、POLEからの強力な輝線の強度も、他のpolarと矛盾なく理解することが出来る。さらに、本論文では、共鳴線の異方性を利用して、polarの降着円筒のプラズマ物理量や形状を一意に決定する新しい手法も紹介する。これは、次世代のX線衛星ASTRO-E IIの観測でより有効なプラズマ診断法となるはずである。

図1:宇宙におけるプラズマの大きさと密度。

Compton散乱に対する光学的厚みが0.1,1,10となる境界、および、太陽素成比を仮定した場合の鉄輝線の共鳴散乱に対する光学的厚みが1となる境界も示す。

図2:AX J1842-0423の「あすか」によるX線スペクトル。

ただし、縦軸は検出器の応答を除いていない。光学的に薄い熱的な放射で説明できる連続成分に加え、6.6-7.0keV付近に、高電離した鉄からのKα輝線が見える。

図3:降着円筒の模式図。

連続X線は等方的に放射される一方で、光学的に厚い共鳴線は、円筒の形状と、ドップラー効果をもたらすプラズマ流の速度勾配とによって異方性をもった放射となる。

図4:降着円筒における鉄輝線の放射伝搬の計算結果。

ショック直後の温度16keV,密度7.7×1015cm-3、速度9×107cm s-1として、縦の勾配はAizu解を採用し、He-likeな鉄Kα線の共鳴線および異重項間遷移線の角度分布を計算した。真上がθ=0°に相当する。

図5:Polar, V834 Centauriの「あすか」によるX線スペクトル。

降着円筒を真上から覗いたフェーズ(左)と、横から覗いたフェーズ(右)を示す。低エネルギー側から順に、中性の鉄の蛍光線(6.4keV)、He-likeに電離した鉄イオンの輝線(6.7keV)、H-likeな鉄の輝線(6.9keV)が見える。He-likeな輝線が有意に変動している。

図6:「あすか」とBeppoSAX衛星による観測で得たpolarの鉄Kα輝線の等価幅を、降着円筒を横から観測した場合(縦軸)と上から観測した場合(横軸)とで比較した図。

前者に比べ後者が1.5-2倍になっている。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、強い磁場を持つ白色矮星(Magnetized White Dwarf; MWD)上に形成されるプラズマからのX線放射を理解するうえで共鳴散乱が重要な役割を果たしていることを初めて指摘し、それをX線天文衛星による観測と計算機シミュレーションにより検証したものである。

 X線衛星「あすか」は、MWDと主系列星との連星系(polarと呼ばれる)のいくつかから、非常に強力な高電離FeのKα線を検出した。等価幅で4000eVにも達するほどに強いFe Kα線である。これが光学的に薄いプラズマからの熱放射であると仮定すると、Fe元素の存在比が、太陽組成の3倍にも達することになる。一方、polarでの典型的な重元素比は太陽での値の0.5-1倍程度である。したがって、この3倍という値は、非現実的に高い値である。

 この強力なFe輝線の源を考えるために、本論文では、X線の放射過程を詳しく検討した。MWDに物質が降着すると、白色矮星の表面付近で衝撃波が形成され、数十keV程度のプラズマで満たされた降着円筒が作られると考えられている。このプラズマが、熱的な電子の制動放射による連続波と、Feなどのイオンからの輝線の源であると考えられている。このプラズマが、光学的に薄ければ、そこから放射されるX線の解釈は容易になる。しかしながら、典型的な降着円筒内のプラズマは、連続波に対しては光学的に薄いが、輝線に作用する共鳴散乱に対しては光学的に厚い。このため輝線に対しては複雑な輻射の輸送が効く可能性がある。

 本論文では、強力なFe輝線をもつMWDが全て降着円筒の真上から観測される幾何学的な配置を持つ点に注目し、「光学的に厚い輝線に対しては、ある機構で降着円筒真上方向の強度が強調され、見掛け等価幅が大きく観測される」という仮説を立てた。このように輝線のみに働く機構として、共鳴散乱に着目し、次の二つの効果が生じる可能性を新しく提案した。

 その一つは、幾何学的な効果で、光学的に厚い共鳴線では円筒の表面付近しか観測されないため、円筒がコインのように平坦な形状をもつと、真上から見たとき、輝線が強くなると期待される効果である。

 もう一つの効果はドップラーシフトをもたらす速度勾配の方向には共鳴散乱の断面積が小さくなるという物理的な効果である。降着円筒は上下方向に強い速度勾配があるため、共鳴光子が上下方向に進むと、ドップラー効果により共鳴条件から外れ、逃げやすくなるはずである。

 このアイディアを検証するため、本論文では、降着円筒における共鳴光子の伝播をモンテカルロシミュレーションを用いて計算した。その結果、He-like FeのKα共鳴線の強度は、円筒の真上の方向では、角度平均した値に対し2-3倍まで増加することがわかった。H-like FeのKα線に対しても同様の結果が得られている。したがって、polarの一部で見られた非常に強いFe Kα線は、異常に高いFeの存在比を仮定しなくても、これらの物理機構を考えることにより、説明することができる。

 この共鳴線の異方性を観測的に検証するために、「あすか」、RXTE、BeppoSAX衛星を用いて、polarのX線分光観測を行った。polarは、その自転周期に応じて降着円筒を見込む角度が変化するため、本論で提案しているモデルによれば、Fe輝線の等価幅が自転周期に応じて変動するはずである。観測の結果、V834 CentauriおよびAM Herculisという二つのpolarにおいて、FeのKα輝線の等価幅が自転周期に応じて変動し、降着円筒を上から観測するフェーズで有意に強くなっている事が分かった。さらに、「あすか」とBeppoSAX衛星で9つのpolarを観測したところ、個々の結果は統計的に有意でないものの、9天体の全体として90%の有意度で、He-like FeのKα輝線の等価福が、降着円筒を上から覗く場合に1.8±0.7倍強くなっている結果を得た。これにより、共鳴線の異方性という考えが検証された。

 さらに、本論文では、共鳴線の異方性を利用して、polarの降着円筒のプラズマ物理量や形状を一意に決定する新しい手法も提案している。さらに、S、SiなどFeよりも軽い元素に対しても、同じ効果が(Feよりは少ないものの)見られることも予言している。これらは、次世代のX線衛星の観測において、有効なプラズマ診断方法となるはずである。

 なお、本論文の研究は、牧島一夫、石田学、藤本龍一、松崎恵一、金田英宏との共同で行なわれている。ただし、観測の提案、結果の解析およびそのモデル化/検証を全て論文提出者が主体となって行なったものであり、論文提出者の寄与は十分であると判断できる。

 本論文は、このようにX線領域での共鳴散乱の効果を観測的に示した最初の例であると同時に、白色矮星の上でのプラズマからのX線放射に対して新しい知見を与えたものであり、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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