学位論文要旨



No 116853
著者(漢字) 那珂,通博
著者(英字)
著者(カナ) ナカ,ミチヒロ
標題(和) 特異カラビヤウ多様体と共形場理論のADE分類
標題(洋) Singular Calabi-Yau Manifolds and ADE Classification of CFTs
報告番号 116853
報告番号 甲16853
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4116号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 加藤,光裕
 東京大学 教授 藤川,和男
 東京大学 教授 柳田,勉
 東京大学 助教授 松尾,泰
 東京大学 講師 和田,純夫
内容要旨 要旨を表示する

 近年の超弦理論の著しい進展により、6次元あるいはそれよりも低い次元で重力相互作用を含まない非局所的な理論が存在することが明らかになってきている。この6次元の非自明な理論は5-braneと呼ばれる超弦理論の非摂動的振舞いの中で際だった特色をもつソリトンの力学のdecoupling limitに関係していると期待され、Little String理論と呼ばれ興味を集めている。この理論はADE型の単純リー群で分類される孤立特異点を持ったカラビヤウ多様体を考え、decoupling limitと同時に孤立特異点が発生するようにモジュライ変数を調節する極限を考える。この際、2個の変数の適当な組合せを固定させておき、double scaling limitと呼ばれる極限を取って得られる理論も重力相互作用を含まない非局所的な理論となる。この定義により強結合極限でLittle String理論が回復できる。この理論はカラビヤウ多様体が特異点直上にあることから質量スケールを持たない非自明な共形場理論になっていると考えられる。このクラスの理論は従来の2次元とは異なる豊富な物理的内容を秘めた理論と期待されるがその性質は殆んど明らかにされていない。

 これらの理論に関する理解を深めるために、AdS/CFT対応を応用したholographic双対な記述を考えることが有用であると考えられる。これの意味するところによれば、複素2次元カラビヤウ多様体としてのK3曲面の特異点z1N+z22+z32=0で得られる境界の理論としての物理的内容がR5,1×Rφ×S1×LG(W=z1N+z22+z32)上の超弦理論(bulk theory)と双対関係にある。ここで、LGとはziをsuperfieldとし、WをsuperpotentialとするN=2 Landau-Ginzburg有効場の理論を指し、この超弦理論におけるdilaton場はRφ方向の座標φを用いて〓と記述できる。このとき弦の結合定数gs=e−Q/2φはφ→−∞で発散してしまうが、これはもともとの境界の理論が特異的なカラビヤウ空間を用いて定義されたためと考えられる。カラビヤウ空間の定義多項式をz1N+z22+z32=μと複素変数μにより変形して特異点を解消すれば双対なbulk理論でも結合定数の発散を抑えることができるであろうと考えられる。具体的には特異点を解消する変数μは双対なbulk理論では世界面の作用にμに比例したリュービル相互作用項を加えることに相当し、これにより結合定数の発散を抑えることができる。これとは別にここで登場したcylinder型の時空Rφ×S1をcigar時空に同定できるSL(2,R)/U(1)コセットに基づく風間−鈴木模型に置き換える処方も提案されているが、等価な記述であると考えられている。

 このような立場を踏まえて、高次元の非自明な共形場理論を研究する手段が従来の世界面の2次元共形場理論により提供される。このプログラムに従ってLittle String理論等の解析を進めることは現在現在進行中であるが、まだ充分な技術はないように思われる。そこでまず、この設定を簡単化してしまうと、特異性をもったカラビヤウ多様体上の弦理論の振舞いを2次元の共形場理論で調べていると読みかえることもできる。このような立場を取ってしまえば、2次元共形場理論で特異性を持たないカラビヤウ多様体を記述するというこれまでに何度も議論されて来た設定と非常に良く似た状況になっている。

 カラビヤウ多様体をターゲット空間とする2次元非線形シグマ模型は弦理論としてその振舞いに興味があるが、厳密な計量が知られていないこともあって、そのままでは解析が非常に困難なものである。しかし、これは非常に特別な状況においてはN=2極小模型の直積を用いて代数的に記述できることが知られている。この際、記述しているカラビヤウ空間の同定にはN=2極小模型のラグランジアン記述であるN=2Langau-Ginzburg理論のsuperpotentialが用いられる。このsuperpotentialはADE群の言葉を用いて分類されており、これはN=2極小模型のトーラス上のSL(2,Z)不変な分配関数の分類に正確に一致する。幾何学的な模型を実現するにはN=2極小模型単独では中心電荷を合わせることができないが、直積を用いて適切なオービフォルド化をすれば時空とは本来何も関係のないN=2極小模型からカラビヤウ空間が書けてしまうところが著しいところである。これはGepner構成として知られ、現在では様々な考察から信じるに足る構成法である。

 この特異性のないカラビヤウ空間と同様の目論見で特異性をもったカラビヤウ空間が定式化できるのかを問題にするのは自然である。特に、従来のN=2極小模型に加えてN=2 Liouville理論が存在しているのが新しいところであり、本当にこの共形場理論により、特異性をもったカラビヤウ多様体が記述できるのかは自明ではない。したがってADE型の特異点に退化したカラビヤウ空間上の超弦理論を理解するために、特異性をもった内部空間を2次元共形場理論の言葉で書いて代数的に実現してしまう立場をとるのは意味がある。このような立場では超弦理論の真空解を共形場理論として書き下すことが目的であるため、超弦理論の1ループ振幅を求める。この共形場理論の分配関数は指標公式を用いて書き下せ、弦理論の整合性を保つ上で極めて重要な条件であるモジュラー不変性が課される。この要請により理論のスペクトルを決定できる。このプログラムが実際に遂行され、確かにSL(2,Z)不変なトーラス上の分配関数が存在し、それはADE型のモジュラー不変量を用いて記述された。非常に良い点は、2個の起源の異なるADE分類が同一視するという解釈がここで具体的な模型として実現されたことである。したがって、ADE型の特異性を持つカラビヤウ多様体上の弦理論はN=2超対称性をもつリュービル模型とN=2極小模型を用いて記述できることが信憑性を帯びることとなった。

 さらなる証拠が引続き境界状態を用いた解析により提出されている。リュービル理論の宇宙項に相当する作用素で摂動したときにカラビヤウ多様体の複素構造が変形され、その特異性が解消されることが示されている。また、ケーラー構造に相当するリュービル理論の作用素も同定された。これらはいずれもN=2超共形場理論のmarginal変形とみなせるリュービル理論のスクリーニング演算子に相当する。特に幾何学的に計算された周期積分と境界状態の相関関数が一致し、特異点を解消して生ずるサイクル同士の幾何学的な交差数が境界状態から計算されるindexに一致することが確認された。さらには特異点が発生するところで両者はともに消え、N=2リュービル理論を用いた特異カラビヤウ空間へのアプローチは矛盾のない記述であることが明らかにされた。カラビヤウ空間の特異性をリュービル理論に生ずる時空の特異性に同定することの正当性が確立されたといえる。

 この学位論文では上述のアプローチに対してさらなる証拠を与えるために以下の予想を立てた。先に述べた構成では、カラビヤウ空間のADE型の特異点が共形場理論のモジュラー不変量のADE分類に同定されており、この両者の対応は広く信じられている。モジュラー不変量に現れるADE分類はもともとSU(2)カレント代数に由来するものであるが、N=2極小模型にも引き継がれていた。このADE分類はLG模型を介して自然に実際のコンパクト化内部空間に現れるADE型の孤立特異点に同定されたが、それが本当ならば一見時空とは何の関係もないN=2極小模型をカラビヤウ空間に結びつけたGepner構成が正しく働いているべきである。この思想から、LGポテンシャルの形を参考にD4,E6,E8型の理論がそれぞれA2〓A2,A2〓A3,A2〓A4型のミニマル模型2個のテンソル積で記述出来ると予想した。この予想は特異点の幾何学的考察からは一見不自然に思えるが、LG模型に存在する離散対称性と、直積模型を構成するときに用いるオービフォルド化を考慮すると矛盾のないものになっている。

 この幾何的な考察より示唆される等価性はミニマル模型の指標に関する恒等式に帰着することを見出し、厳密な証明を与えた。指標はFock空間からnull状態の寄与を抜きさって作るため、この恒等式は非自明である。これは漫然とGepnerモデルのような拡張をしただけでは得られないものであり、テンソル積を取る際には時空の超対称多重項を明白にたもったようにやる。こうすることで、D4,E6,E8型のモジュラー不変量のブロック対角な項が時空の超対称多重項に相当することを認識した。この時空の超対称性という大きな対称性こそがスペクトルの表現空間をまとめあげていたのである。最後に特異性を担うリュービル理論のスペクトルの取扱いはここでの結果には効かなかったことを注意しておく。また、ここでの考察はN=2極小模型の恒等式により、任意次元のカラビヤウ多様体に関して成立することも記しておきたい。

 これからの課題としては、ここで行った特異性をもったカラビヤウ空間の2次元共形場理論による記述がその多様体の幾何学的性質を再現する以上の非自明な有用性を持っているのかを明らかにする必要がある。すなわち、Little String理論に対して何か予言ができるのであろうか。それはこれからの研究次第である。

審査要旨 要旨を表示する

 Calabi-Yau多様体をtarget spaceとする超共形場理論は、ランダウ・ギンツブルク模型で記述され、所謂ADE分類が有効である。一方、重力を含まない6次元非局所的理論であるLittle String Theoryのholographic dualと考えられているR5,1×Rφ×S3上のsuperstringを、このランダウ・ギンツブルク模型を用いて、R5,1×Rφ×S1×(ランダウ・ギンツブルク模型)として構成することができる。

 これは、特異点を持ったCalabi-Yau多様体に対応し、このときRφ×S1部分をN=2 Liouville模型ととらえると、Calabi-Yauの特異点を解消するパラメータをLiouvilleの宇宙項の摂動の形でコントロールできる。

 一方、ランダウ・ギンツブルク模型はN=2超対称極小模型で置き換えることができ、そのmodular不変分配関数のADE分類が、ランダウ・ギンツブルク模型のADE分類と対応関係があることがわかっており、従ってCalabi-Yau多様体の幾何学的情報をそこから引き出せることが期待される。

 一方で、特異性のないCalabi-Yau多様体で有効であったGepner modelは、N=2超対称極小模型をテンソル積して得られるものであるが、上記の特異性がN=2Liouville model側でコントロールできることから、ADE型のN=2超対称極小模型とこのテンソル積模型の間に関係があることが予想される。

 本論文は、この関係をN=2 Liouville modelを部分も含めた上で、直接対応関係を示したものである。具体的には、1ループ分配関数間の同等性をいくつかのcharacter間の恒等式に帰着させ、それを厳密証明を与えた。対応する模型としては、D4〜A2〓A2 E6〜A2〓A3 E8〜A2〓A4の場合に具体的に示した。その際、D4,E6,E8側のブロック対角部がGepner model側のspectral flow不変量に対応することを見いだした。

 これらの関係を明らかできたことは、今後、まだ十分にその性質がわかっていない特異Calabi-Yau多様体の幾何学的情報を、解析の進んでいるGepner modelを用いて詳しく調べる道を開いたといえる。また、その結果は、Little String Theoryをdual側から調べることにもなり、弦理論の非摂動的性質の研究にとっても重要な知見を与えてくれるものと期待される。

 なお、本論文6章の内容は、野崎真利氏との共同研究に基づいているが、論文提出者の寄与が十分であると判断できる。

 よって審査員一同は、本論文提出者に対し博士(理学)の学位を授与できると認める。

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