学位論文要旨



No 116863
著者(漢字) 藤,博之
著者(英字)
著者(カナ) フジ,ヒロユキ
標題(和) 対称積空間上の開超弦理論
標題(洋) Open Superstring on Symmetric Product
報告番号 116863
報告番号 甲16863
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4126号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 風間,洋一
 東京大学 助教授 須藤,靖
 東京大学 助教授 筒井,泉
 東京大学 教授 江口,徹
 東京大学 教授 藤川,和男
内容要旨 要旨を表示する

本博士論文は、対称積空間上の開弦理論を考察し、開弦場の理論に対する模型の構築を論じる。対称積空間上の閉弦理論は、弦の多体系を表すことが分配関数等の性質により知られている。こうした考察を開弦理論へ拡張することにより、開/閉弦の多体系を第一量子化の立場から記述できると予想される。この予想が成立することを確かめる為に、本論文では分配関数を計算することでそのスペクトルを考察し、さらに相互作用の正しさを確かめる為に、タキオンの4点関数を計算した。

 先ず、対称積空間上の共形場理論と弦の多体系との対応は、行列弦理論の立場から説明することができる。11次元超重力理論を古典極限に持つM理論の定式化は、ゲージ群U(N)の0+1次元超Yang-Mills理論を基に行列理論によって行われる。特に、M理論を円周上にコンパクト化して得られるTypeIIA型超弦理論の立場から考察すると、行列理論はD−粒子の多体系を記述することが分かる。そこで、超弦理論間の双対性を用いてこの理論を考察すると、D-粒子は弦に写され、その結果双対な理論は弦の多体系を記述することができる。この双対変換により、理論はゲージ群U(N)の1+1次元超Yang-Mills理論によって記述され、さらに赤外極限においてこの理論は対称積空間SNR8上の共形場理論に帰着する。こうして作られた理論は行列弦理論と呼ばれ、対称積空間上の共形場理論と弦の多体系との対応によって理論が研究される。また、相互作用は共形場理論への摂動によって記述され、物理的には弦の繋ぎ替えとしての解釈を持つ。

 この性質を確かめる為に、対称積空間上の閉弦の分配関数は以下の様に計算される。対称積空間SNMは置換群による軌道体M〓N/SNを表す。よって閉弦理論のヒルベルト空間は、周期的境界条件に伴うツイストによって決定される。このツイストは置換群に属しており、各ツイストセクターは弦を繋ぎ合わせて作られた長い弦であると、物理的に解釈される。このヒルベルト空間は置換群の既約分解に伴い、その共役類の元をツイストとする部分ヒルベルト空間へ分解される。一方経路積分の無矛盾性から、時間方向のツイストは共役類に対する中心化群の要素に属さなければならない。この時間方向のツイストの作用は、同じ長さの弦同士を入れ替え、さらに各弦を回転させる作用と物理的に解釈される。これらの既約分解されたヒルベルト空間に基づいて分配関数を計算すると、世界面のモジュライが変化した一体系の分配関数となることが示される。この性質は、同じ世界面を張り合わせることによって、長い弦に対応する一枚の大きな世界面が作られていると物理的に解釈される。さらにこれらの既約な分配関数を足し上げると、長い弦の一体系の分配関数が指数関数の肩に乗った形となることが分かる。これは場の理論に於いて、繋がっていない真空のファインマン図を足し上げると一粒子既約な真空のファインマン図を足し上げたものを指数関数の肩にのせたものになるという性質の弦理論版であると理解出来る。また、様々なツイストを持つセクターを足し上げることにより、弦の場の理論で必要となる世界面のモジュライの積分が、Nが大きい極限で自然に再現されることも示される。また、こうした性質を持つ分配関数は、離散的光円錐量子化の分配関数であることが理解できる。

 こうした閉弦の議論を基に、開弦に対する分配関数の計算は、以下の様に行われる。一般に開弦のヒルベルト空間は、弦の端に於ける左向き成分と右向き成分の同一視に伴うツイストにより決定される。可換軌道体に対しては、これらのツイストはノイマン型かディリクレ型に分類され、二種類のセクターが現れる。一方、非可換軌道体に対しては、その離散群に対応する様々なセクターが現れる。特に非可換軌道体である対称積空間の場合に、境界条件を既約分解すると、単に開弦の端となるものと、開弦同士の端を繋ぎ合わせるものとに分類される。こうした境界条件を基に、世界面が円筒、メビウスの帯、クラインの壷の位相を持つ分配関数を計算した。その結果、閉弦の場合と同様に一体系の分配関数を指数の肩の乗せた形になることが示される。特に、向き付けられた短い弦を記述する円筒上の分配関数には、それぞれ円筒、メビウスの帯、クラインの壷、輪環の位相を持つ長い弦の一体系の分配関数が現れることから、この理論が向き付けの無い開/閉弦の多体系を記述することが分かる。

 一方これらの分配関数は、閉弦の立場から境界状態を構築することで再導出される。まず、境界条件を既約分解すると境界状態は三つの型に分類され、適当に振動子をまとめることにより、長い弦の立場から以下のように解釈できる。第一の状態は、長い弦の境界状態として解釈できる。第二の状態は、長い弦のcross-cap状態として解釈できる。この状態の存在は、開弦の立場での計算において対称積空間上の短い弦の分配関数に向き付けの有る長い弦の一体系分配関数と向き付けの無い長い弦の一体系分配関数の両方が現れることに対応する。第三の状態は、2つの長い弦の端と端を結ぶ境界状態であり、接合状態と呼ぶ。この接合状態を掛け合わせることにより様々な長さの弦が再現でき、また境界状態をこの接合状態のみで構成することにより、端の無い閉弦が再現される。これは、対称積空間上の短い開弦の分配関数に様々な長さを持つ開弦と閉弦両方の分配関数が現れることに対応する。以上の様に、既約な境界状態を構築することで、世界面の位相の変化を自然に説明することができた。一方、これらの既約な境界状態の直積をとることで作られる一般的な境界状態の間の内積を計算すると、開弦で計算した通り、円筒、メビウスの帯、クラインの壷、輪環の位相を持つ長い弦の分配関数を再現することが示される。

 この様に対称積空間上の開弦理論を考察し、弦の多体系の性質を調べたが、開弦理論として無矛盾である為には、ディラトンのタドポールによる発散が相殺していなければならない。ここでは、向き付けられた短い弦を繋ぎ合わせることで得られる向き付けの無い長い開弦の間でこの発散が相殺する条件を考える必要がある。実際に開弦側で求めた分配関数と境界状態の内積をモジュラー変換により対応させると、弦の端に付随するChan-Patonゲージ群がボソン的弦に対してSO(213)であることが示される。

 こうした弦の場の理論の定式化に対し、相互作用の導入は非常に重要な問題である。一般に弦の場の理論での相互作用の導入は、複雑な定式化が要請されるが、対称積空間上の弦理論では、弦の端の入れ替えを表すツイスト作用素だけで表される。特に、開弦の場の理論の3弦相互作用は、この模型では世界面の境界上で定義されるツイスト作用素によって記述される為、本論文では、こうした作用素による相互作用を考察する。この相互作用が無矛盾に導入されることを示す為に、樹木レベルで4つのタキオンの散乱振幅を計算する。一般に、軌道体上の弦理論の相関関数は、弦の埋め込みを表す場が一価関数となるような世界面の被覆空間上で計算される。対称積空間の場合、この被覆空間は元の世界面のN重被覆によって再現され、各ツイストセクターに対応したモノドロミーを持つように定義される。この世界面から被覆空間への写像は、Mandelstam写像と呼ばれる光円錐弦の場の理論に現れる、弦の相互作用を表す光円錐図から上半平面への写像のうち、弦の長さを離散的に制限したものと一致する。こうした写像を用いて、4つのタキオンの散乱振幅を計算すると、Nが大きい極限においてVeneziano振幅と呼ばれる、弦の場の理論等から計算される振幅に一致することが示される。また、積分領域も光円錐弦の場の理論のおいて3弦相互作用に対応することも示される。以上により、3弦相互作用がこの計算では無矛盾に定義されていることが示された。

 対称積空間上の弦理論による弦の場の理論の記述は、超弦理論に対して拡張することができる。対称積空間SNR8上の閉超弦のヒルベルト空間の既約分解はボソンの場合と同様に行われ、置換群に対しては同じ物理的解釈を持つが、フェルミオンは非自明なスピン構造を持つ為、周期的境界条件をZ2だけ拡張しなければならない。このZ2はヒルベルト空間をNenveu-SchwarzセクターとRamondセクターに分解する。特に経路積分の無矛盾性から、空間方向のツイストが置換群の共役類に属する場合、その中心化群の作用は、同じ長さを持つ同一のフェルミオンセクターに属する閉弦同士の入れ替えとそれらの回転と解釈され、自然な選択律が再現される。これらのヒルベルト空間を基に、閉超弦理論の分配関数を計算するとボソンの場合と同様、長い弦の一体系の分配関数を指数の肩に乗せた形となることが示される。以上により、対称積空間上の閉超弦理論は、離散的光円錐量子化された閉超弦の多体系を表すことが分かる。

 また、対称積空間上の開超弦理論に対する分配関数はボソンと同様に計算される。その結果、閉超弦理論の場合と同様に、世界面が様々な位相を持つ長い弦の一体系の分配関数を指数の肩に乗せた形となることが示され、ボソンと全く同じ分類が行われる。一方、既約な境界状態も、長い弦に対する境界状態、cross-cap状態、接合状態に分類され、一般の境界状態同士の内積が開弦側で計算したものを再現する事も示される。さらに、ディラトンのタドポールによる発散が相殺する条件より、Chan-Patonゲージ群SO(32)が得られる。こうして、対称積空間上の超開弦理論は、開/閉超弦の多体系を記述することが分かる。

 本博士論文において、これらの事柄をより詳細に議論し、対称積空間上の弦理論が弦の第2量子化を記述する様子を説明する。

審査要旨 要旨を表示する

 自然界の統一理論の最有力候補である超弦理論における重要な課題のひとつとして、超弦の多体系及びその相互作用の記述の問題がある。もともと弦理論は一本の弦を量子力学的に扱ういわゆる「第一量子化」の立場から発展してきたものであり、そこでの多体系の相互作用は質量殻条件を満たす外線の状態を表す「頂点作用素」と呼ばれる作用素を弦の描く世界面上に挿入するという若干人為的な方法で摂動論的に記述される。後に、より本質的な多体系の記述として、弦自体の場を基本とする「弦の場の理論」が考案され、幾つかの問題の取り扱いにおいて成功を納めているが、無限個の場を同時に取り扱うことに伴う曖昧さ及び超対称性の記述の困難等があり、とりわけ閉弦の場の理論はボゾン弦に限っても未だ満足の行く定式化は得られていない。

 一方、近年弦理論の「双対性」の解明の飛躍的な発展の流れの中で、様々な種類の超弦理論を11次元で定義される「M理論」の視点から統一的に記述する可能性が指摘され、このアイデアの具体的モデルとして、その作用が0+1次元のU(N)超対称ヤン・ミルズ理論で表されるM理論の「行列模型」が提唱されて幾つかの成功を納めてきた。さらにこの模型をU-双対変換を用いて写像すると1+1次元上の「行列弦」模型が得られるが、この模型は低エネルギー極限において、対称積空間SNR8上の共形場理論に帰着し、弦の多体系を記述する新しい方法を与えることがDijkgraaf等によってボゾニックな閉弦理論について示された。

 本論文は、この対称積空間を用いた弦の多体系の取り扱いを、初めて超対称性を持つ開弦理論の場合に系統的に拡張し、その性質を詳細に調べたものである。論文は11章から構成されている:第1章の序論、第2章の閉弦の場合の定式化のレビューの後、第3章から第6章でボゾニックな開弦理論を展開し、第7章から第10章で超対称な開弦理論の定式化を行っている。結果と今後の課題は第11章にまとめられている。

 この方法の根底にある物理的描像は、まずN個の単位となる基本的な短い弦(short string bit)からなる対称化された多体系の配位空間考え、それらの満たす境界条件を対称群の働きによる同一視を系統的に考慮に入れることにより、string bit の連なりとしてNのオーダーの様々な長さの弦(long strings)からなるヒルベルト空間を構成するというものである。この構成法が弦の正しい励起スペクトルを与えることを見るには、系の分配関数を計算することが必要であるが、超対称な開弦の場合には、開弦の端で許される境界条件が2種類あることに加えて、フェルミオンのスピン構造に伴う分類が不可欠であり、これらと対称群の既約な作用を組み合わせて初めて分配関数に寄与する状態とその重みを正しく決めることができる。この計算はボゾニックな閉弦の場合に比して格段に厄介であり工夫を凝らした注意深い考察を必要とするが、論文提出者はこうして得られたlong stringの多体系の分配関数がトーラス、メビウスの帯、さらにはクラインの壺、のいずれのトポロジーの場合にも、予想されるものと一致することを示すことに成功した。

 さらに、この方法の利点として、次の二つの性質が自然に得られることが示された。ひとつには、対称群の作用による開弦のつなぎ合わせ方から自然に開弦と閉弦の二種類が同時に得られることである。もう一つは、「第一量子化」の方法と異なり、個々の外線に対応する頂点作用素の構成なしに、弦の相互作用が弦の端の入れ替えを表すツイスト作用素のみで記述されることである。論文提出者はその例として、具体的に開弦のタキオンモードの散乱振幅をこの方法でN→∞極限において再現することができることを示した。この計算においては、long stringの張力を一定に保ち、その長さをいわゆるlight-cone形式での縦運動量の大きさと同定する、(すなわち全体の長さ(運動量)が保存するプロセスのみに限る)という要請を外から持ち込む必要があることはこの理論形式の若干の難点であるが、開弦を要素的なstring bitからその相互作用も含めて矛盾なく構成できることを示したことは意義深い結果であると言える。

 以上述べたように、本論文は、開いた超弦の多体系を扱う手法を詳細な計算と共に初めて展開したという意味で、高く評価される。尚、本論文の一部は松尾泰氏との共同研究に基づくが、その部分に関しても論文提出者が十分な寄与をしたことを確認した。よって審査員一同博士(理学)の学位を与えるに十分なものと認める。

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