学位論文要旨



No 116864
著者(漢字) 堀田,知佐
著者(英字)
著者(カナ) ホッタ,チサ
標題(和) 二次元有機導体のバンド構造と物性
標題(洋) BAND STRUCTURE AND CLASSIFICATION OF TWO-DIMENSIONAL ORGANIC CONDUCTORS
報告番号 116864
報告番号 甲16864
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4127号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上田,和夫
 東京大学 教授 吉岡,大二郎
 東京大学 教授 鹿野田,一司
 東京大学 教授 瀧川,仁
 東京大学 助教授 森,初果
内容要旨 要旨を表示する

 擬二次元有機導体は多様なバンド構造と物性を示すことが知られている。これら有機導体では、分子とアニオンが2:1で組み合わさって電荷移動がおこり、最高占有分子軌道から作られたπバンドは3/4充填となる。分子面上では様々な分子配列が知られており、これらはα、β、θ、κ、λといったギリシャ文字で分類されている。各分子配列では、分子間遷移積分が単位格子内で特徴的な対称性をとり、それがバンド構造の多様性となって現れている。特にBEDT-TTF(ET)分子やBETS分子から構成される数多くの物質では、各分子配列に特徴的な物性が報告されている。これらの多くの物性は圧力や磁場などの外的影響により変化する。例えば、κ-ET系ではモット絶縁体と超伝導が圧力変化によって現れる。α-ET2MHg(SCN)4系では低温で現れる密度波相が一軸圧力下で超伝導へと転移する。更に、λ-BETS2MX4(M=Fe,Ga,X=Cl,Br)系での反強磁性絶縁相や超伝導相などを含んだ多様な圧力温度相図や、β'-ET2X塩におけるスピン密度波の存在も知られている。また、最近ではθ-ET2X系において電荷秩序が現れることも明らかになっている。

 このように各分子配列型によって物性が異なるため、これまでは各物質群に関して別個の議論が行われてきた。実際、現段階までの有機導体の理論的研究は、特定の物質群あるいは分子配列型に焦点をあてたものに留まっており、物質固有のパラメタに支配されがちだった。そのような中で1990年代始めからの木野・福山、妹尾によって2次元有機導体ET2Xの物性を系統的に理解しようとする試みが始められた。彼らの研究により、ET系の各物質群はクーロン相互作用の下でモット絶縁体、電荷秩序などの特徴的な物性を示すことが明らかになった。本研究の目的は、更に物質群の枠を超えて二次元π電子系全体を統一的に扱う枠組みを創ることにある。そのためには、各物質群が、二次元有機導体全体の枠内でどのように整理され、位置付けられるかが問題となる。そこでまず、個々の分子配列を反映した多種類のバンドの形状を共通のパラメタで連続的に捉えることを行う。それらパラメタの大小はバンドの形状を著しく変化させる。バンド形状の変化を考慮しつつ、スピン密度波(SDW)、電荷秩序(CO)やモット絶縁体という有機導体に見られる特徴的な物性の競合を調べ、バンドパラメタと物性の関連を明らかにする。以上の結果を整理することにより、物性が異なるためこれまで別個に捉えられていた物質同士を関連づけることができる。

 具体的には、本研究では、θ、β、κ、λ、α、という五つの分子配列型を取り扱う。まず、各々を特徴付けるパラメタとして「二量体化」と「バンド分裂度」という二つの量を導入し、図1のような分類を行う。その内容は以下のとおりである。最初に、これらの分子配列型を単位格子中に含む分子数が二つ(θ、β型)のものと四つ(κ、λ、α型)のものに分類する。図1の結晶構造に見られるとおり、前者は、各分子軌道を単位とした異方的三角格子モデルで取り扱うことができる。後者も、κ、λ型に見られるような二量体を単位と考えると、後者と同等のモデルで理解できる。この場合、分子単位では3/4充填だった系は二量体単位での1/2充填系に置き換わる。このように、三角格子で理解する上で「二量体化」が必要かどうかが第一番目の分類であり、これによって両者は共通のモデル上での電荷充填量の違いとして捉えられる。

 もう一つの分類は、モデルの異方性に関するものである。二次元有機系で最も単純なθ型は、二種類の分子間遷移積分を含み、それぞれ異方的三角格子の垂直方向と対角方向に対応する。κ型を二量体モデルで表現した場合もこれと同じ構造をもつ。この異方的三角格子の特徴は二種類の分子間遷移積分の大小関係によってバンド構造が劇的に変化する点にある。特に対角方向の分子間遷移積分はバンドをブリルアン・ゾーン中央(Γ点)で大きく分裂させる働きをする。そこで図2(a)のように対角、垂直方向それぞれのバンド分散の大きさに相当するWxとWyという量を導入し、両者の和Wを一定に保つことでWy/Wを、「バンド分裂」に関係するパラメタとして定義した。一方、β型とλ型では、上記のθ型とκ型における二種類の分子間遷移積分が、対角方向に異方性が加わって五種類になったものと理解できる。このことは、θ型とκ型でブリルアン・ゾーン端で縮退していた二つのバンドが図2(b)のように分裂をおこすことに対応する。ゾーン端での分裂の度合いは、対角方向の四種類の分子間遷移積分の値の差分に相当する。そこで、もう一つのパラメタをこの差分と捉え、これをゾーン端での「バンド分裂度」δと定義する。これらのパラメタがフェルミ面の形状を大きく変化させることが示された。

 次に、以上のバンドの形状をもとに五種類の分子間遷移積分を含んだ異方的三角格子上の二次元拡張ハバードモデルを考え、サイト上クーロン斥力Uと隣接サイト間斥力Vを平均場近似によって取り扱う。後者は妹尾により、電荷秩序を記述するために必要な効果であることがわかっている。実際の値はU〜0.7eV、V/U〜0.2-0.5程度だとされている。そこでU/W=0〜1.5、V/U=0〜0.3程度の範囲で変数として取り扱った。Wはバンド幅程度に相当する量である。これらの相互作用の下で、3/4充填系と1/2充填系両方において、バンドパラメタを変化させたときの基底状態の変化を調べたところ、次のことが明らかになった。

 3/4充填系においては、U≠0、V=0の場合、磁気相が出現する。この相はゾーン端での「バンド分裂度」δが大きくなるに従い、安定化する。特にδがバンド幅の0.2倍程度になると擬一次元的なフェルミ面が構成され、スピン密度波(SDW)が出現すると考えられる。実際、δが大きいβ'型の塩においては擬一元フェルミ面が予測されるため、Uが比較的小さい状況ではSDWが出現すると期待できる。有限のVが加わると、磁気相はV>VcrでCO相に置き換わる。このVcrの値は、バンドパラメタWy/Wの特定の範囲において著しく小さくなることがわかった。実際にCOが観測されているのθ-ET系のWy/Wを評価した結果、これらはすべて上記の特定範囲にあることが判明した。COは、ゾーン端での「バンド分裂度」δが大きくなると不安定化する。このことはβ塩でCOが観測されていないことと対応していると考えられる。

 一方、1/2充填系においては、どのバンドパラメタ領域においてもCOは出現しなかった。この場合も、δの有無にかかわらずUを導入していくとU>Ucrにおいて磁気相が出現する。この相は3/4充填系に比べて大きなスピン密度をもち、とくにUがバンド幅の3/4程度以上ではモット絶縁体と見なすことができる。磁気相には三種類の秩序が見られる。このうちWy/W<0.4で安定化する磁気秩序は、とくにδ=0のκ型で安定である。他の二種類は、Wy/W>0.4の領域で安定であり、ゾーン端「バンド分裂」δの値に依存して競合し、δによって安定化する傾向をもつことがわかった。これらの磁気相ではU〜Ucrにおいて、スピン密度の小さな金属状態が出現する。この相は比較的小さなスピンが格子の倍秩序で並んだスピン密度波と考えられる。Uが大きい場合はスピン密度は大きくなり、上記のものと同様のモット絶縁体とみなすことができる。一方、δが大きくなると、バンドは完全に分裂し、Uが小さい場合はバンド絶縁体となることが期待される。これは実際の"δ型"といわれる塩におこる可能性がある。

 実際の各κ-ET塩のWy/Wの値を調べた結果、磁気的相境界に非常に近いWy/W〓0.4の領域に分布することがわかった。κ-ET2X系の実験で見つかった反強磁性モット絶縁体はWy/W<0.4での磁気相と対応しており、このことは木野・福山の結果とも一致する。一方でごく最近、超伝導相の高温側の異常金属相における密度波の存在が示唆される実験結果が報告されている。このことは、上記のようにκ塩が相境界近傍に位置することと関連すると考えられる。もう一つの1/2充填系であるλ型は、κ型にδの効果を加わった結果、より安定な磁気相を持つと期待される。実際、λ-BETS2MX4塩においては、BETS分子を構成単位としていることからETよりも金属的な挙動が期待されるにもかかわらず、圧力や内部磁場により容易に反強磁性絶縁体になることが知られており、計算結果を裏付けるものである。

 以上の結果から、図1に示したような分子配列の分類は、物性を特徴づける有効な手段であることが示唆される。その対応を図3の概念的相図によって示す。θ型は電荷秩序、β型はスピン密度波、κ、λ型はモット絶縁体相上に配置されると考えられる。

 最後に、残ったα型は、λ型と同様、単位格子内に四分子を含む系である。しかし、その分子間遷移積分は、どれも同程度の値をもったものが存在し、一見「二量体化」では理解できない。ところが、一番大きな分子間遷移積分のうち特定のものを選んで二量体モデルに置き換えると、λ型と同様、元のバンド構造やフェルミ面をうまく再現することができる。この観点から、α型は弱く「二量体化」したλ型とみなすことができ、図1のβ型とλ型の中間に配置される。実際、α-ET2MHg(SCN)4系では、β型で得られたようなSDWと思われる密度波相が存在する。ただし、COの存在で知られているα-ET2I3塩の基底状態は、この二量体モデルでは記述できない。これは、CO状態では二量体内で電荷分離が起こるためと考えられる。α-ET2MHg(SCN)4系とα-ET2I3塩の相違点は、Wy/Wの大小であり、Wy/Wの小さい領域では、SDWよりもAFやCOといったクーロン相互作用U、Vで安定化する物性が有利になることがわかる。

 以上、二次元有機導体においては、バンド構造の違いが基底状態の性質の大きな違いをもたらすことが明らかになった。このような観点から物性の整理することは、現在も精力的に進められている擬二次元有機導体の新たな合成・設計の指針となることと期待される。

図1: 分子配列型の分類図。

異方的三角格子型の結晶構造とバンド構造を示す。右側の二つの配列ではX-M-Y縮退していたバンドが左側では分裂している。下側の配列における上半分のバンド構造は上側の配列のバンド構造と対応する。

図2: 異方的三角格子のバンド構造。

(a)δ=0(b)δ≠0。

図3: 二次元有機導体の物性とバンド構造の関係を示す概念的相図。

審査要旨 要旨を表示する

 有機導体は一次元、二次元の低次元強相関系の舞台として活発な研究が続いている。本論文の考察の対象となっている擬二次元有機導体においても、構成有機分子の種類またその構造などによって反強磁性絶縁体や、超伝導などさまざまな物性を示すことが知られている。本論文では、これらの多様な物性を最高占有分子軌道(HOMO)のもつバンド構造に基づいて統一的に理解しようとしている。

 当論文は7章から成っている。二次元有機導体ではさまざまな分子配列をとる構造が知られている。それらは、α型、β型、θ型、κ型、λ型などとギリシャ文字を冠して区別される。論文全体の簡単な導入部である第一章の後、第二章では以上五種類の分子配列を持つ有機導体について、その性質がまとめられている。

 第三章ではHOMO軌道に対するバンド構造が分子間の重なり積分を用いて議論されている。β、θ型は単位胞に二個の分子を含むのに対して、α、κ、λ型では、単位胞に四個の分子を含んでいる。電子数はいずれも3/4フィリングになっている。しかし単位胞に四個の分子を含むものでは、程度の差はあれ分子が二個づつ二量体化している。とくに、強く二量体化しているκ、λ型ではエネルギーの高い反結合軌道は、θ、β型のバンドと良く似た構造を持っている。したがって、反結合軌道のみを考えると単位胞に二個の分子軌道を持つ同一のモデルを考えれば良いということになる。電子数が3/4フィリングであるか、1/2フィリングであるかが二つのグループを分けることになる。では、各グループ内でβ型とθ型、あるいはκ型とλを区分するものは何かということであるが、当論文ではバンド分散の分裂の様子に着目し「バンド分裂度」と呼んでいる。これは分子軌道間の重なり積分の方向依存性を採り入れることに対応する。

 以上のような考察にもとづき、単位胞に二個分子軌道のある三角格子ハバードモデルを採用する。運動エネルギーとしては、y軸方向の飛び移り積分cと二個の分子軌道間の飛び移り積分を考えるが、後者については方向に応じてd1,d2,d3,d4の四個を考える。d1からd4を等しくとるとBrillouin域のX-M-Yに沿った線上で二つのバンドが縮退する。したがって、これらのパラメーターの違いがバンド分裂度を定義することになる。相互作用としては、同一サイトの分子軌道に二個電子が入った時のクーロン相互作用Uと異なる分子軌道間に働くVを考える。

 三角格子ハバードモデルの相互作用項については、平均場近似を採用する。秩序変数としてはスピン密度波と電荷密度波を考えるが、それらの構造については、単位胞が二倍になるものまでに限り、代表的と思われる状態について計算をしている。以上モデルとそれに対して採用する近似が四章で提示され、その結果が五章にまとめられている。3/4フィリングでは、正常相とSDW相のほか電荷秩序のある相が可能であるが、それはバンド分裂度に敏感でその特定の範囲において電荷秩序が起こりやすくなっている。一方、1/2フィリングでは電荷秩序は形成されない。磁気相に関しては二種類のSDW相が見られ、その間に正常相が存在する場合がある。

 計算結果と実際の二次元有機導体の比較検討が第六章でなされている。θ型ET系については、分子の二面体角で整理した良く知られた相図がある。この二面体角はバンド幅の指標として解釈され、インターサイトクーロン相互作用(V)とバンド幅(W)の比(V/W)をかえたときの相図と理解されてきたが、バンド分裂度の違いと考えた方がより詳細な対応関係が成り立つことが指摘されている。これは3/4フィリングの例であるが、二量体化した1/2フィリングの例を挙げると、κ型ET2Xの相図についても、電子相関とバンド分裂度の両者を考えることにより、より合理的な相図が得られることが指摘されている。

 以上見てきたように、本論文では二次元有機導体について、三角格子ハバードモデルを有効ハミルトニアンとして、バンドフィリングとバンド分裂度のふたつを軸に整理したものである。多様な現象が見られる有機導体の系について、新たな視点を導入して整理した功績は大きく、今後の実験的研究の指針としても役立つことが期待される。また、本論文は指導教官である福山秀敏教授との共同研究であるが、本人の寄与は主体的で十分であると認められる。

 よって論文審査委員会は全員一致で博士(理学)の学位を授与できると認めた。

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