学位論文要旨



No 116866
著者(漢字) 松本,縁
著者(英字)
著者(カナ) マツモト,ユカリ
標題(和) 太陽フレアのX線およびガンマ線による研究
標題(洋) X-ray and Gamma-ray Study of Solar Flares
報告番号 116866
報告番号 甲16866
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4129号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 井上,一
 東京大学 助教授 須藤,靖
 国立天文台 助教授 関本,裕太郎
 東京大学 教授 久保野,茂
 東京大学 助教授 半場,藤弘
内容要旨 要旨を表示する

 太陽フレアは、磁場エネルギーを爆発的に解放し、粒子を加速し、コロナプラズマを加熱して宇宙空間に噴出させる現象である。加速された電子はプラズマと衝突し、非熱的制動放射する一方で、加速された陽子や重元素はイオンと衝突して、γ線ライン、中性子、πメソン等を生成する。このように、太陽フレアは、同時に電子やハドロンの加速が見られる、宇宙の中で稀な舞台である。

 1980年代、SMM衛星によって150以上ものγ線太陽フレアが観測され、粒子加速やγ線放射の理解が深まった。そして1990年代、「ようこう」衛星による高空間分解能の軟X線、硬X線撮像が可能になり、磁気リコネクションの描像が明らかになってきた。本論文では、「ようこう」に搭載される硬X線望遠鏡(HXT)とγ線分光計(GRS)を用い、硬X線像とγ線スペクトルのデータを同時に扱うことにより、γ線の放射のメカニズムを、世界で初めて空間的に研究する。

 GRSは、立教大学によって開発された装置で、2組のBGOシンチレータを用い、0.3-100MeVのγ線が検出可能である。我々は、1997年以降に1年ごとに行なわれている軌道上キャリブレーションデータを解析し、同時にγ線ラインの顕著な大フレアを用いることで、10年でエネルギーゲインが低下したGRS 2台の新しいChannel-Energyの関係を決定した。これは、1997年以降から現在まで起こった太陽フレア解析のサポートとなる。またHXTは、14-23-53-93keVの4エネルギーバンドそれぞれで、すだれコリメータを用いたフーリエ合成法によりイメージングを行なう。100keVまでの硬X線の領域で、5秒角という高い空間分解能は世界初である。

 我々は、「ようこう」打ち上げ後から現在まで過去10年間に起こったX線フレアの中をサーチし、38個のγ線フレアを見つけ、これらの統計的解析を行なった。軟X線からγ線までの7つのエネルギーバンド毎のピークカウントの相関図から、HXT-M2およびHXT-Hバンドつまり、30keV以上の硬X線は、γ線と比較的よく相関していることがわかった。このことから、30keV以上の硬X線とγ線はほぼ同じ放射起源を持ち、空間的にも同じ場所から放射されると考えるのが自然である。したがって、HXTのM2およびHバンドで得られる画像を、γ線放射の画像と考えることができる。

 上記の38個のγ線フレアの中で一つ、X線とγ線強度の時間変動が大きく異なる1998-August-18フレアに我々は注目した。フレア時間の前半ではX線のみが放射されており、途中でγ線が鋭く強く放射される。γ線放射時に、硬X線イメージでどの領域が明るくなるかを調べることで、そこがまさにγ線放射領域であり、γ線放射メカニズムにせまることが可能となる。

 HXT画像から、γ線ピークとともに光るループトップF領域が見つかった(図1)。そこで硬X線画像で定義した領域ごとの明るさの時間変動を求めたところ、図2のようになり、ループトップF領域の時間変動がγ線の鋭いピークをもっともよく反映しており、画像合成の際の洩れ込みに対しても有意な増光を示した。F以外にも増光を示すD,Gすべてを含めたループトップ領域、そして、A,B,Cを含むフットポイント領域に大きく分け(図5)、2領域のHXT Hバンドのライトカーブを求めた結果、図3のようになった。フットポイント領域ではgradual成分が卓越するのに対し、ループトップ領域ではimpulsive成分が有意に見られる。

 γ線time profileから分離したimpulsive成分とgradual成分(図4)についてスペクトルを調べたところ、前者は光子指数1.4とハードな、後者は指数2.2とわりとソフトな放射とわかった。そこで先のHXT画像から分離した、ループトップからのimpulsive成分とフットポイントからのgradual成分を、2つのγ線成分とともにwide-bandスペクトルの形で表示したところ、図6のようになった。このように硬X線での2つの成分はγ線の2成分とよく対応しているので、ループトップ領域からはimpulsiveな硬い放射(index〜1.4)が、フットポイント領域からはgradualな軟らかい放射(index〜2.2)が起こっていると示唆される。

 1998-Aug-18フレアの中で、γ線放射が起きていない時でも、硬X線だけが強く増光する時があり、このときの硬X線は、光子指数3.5のsteepなスペクトルを示す。これを上の2成分に加えた、次のような3成分の解釈を提唱する。ループトップで衝撃加速された電子は、エネルギーの一部をループトップで放射し、これがimpulsiveな硬い放射(index〜1.4)に対応する。残りのエネルギーはフットポイントで放射されるが、制動放射の非等方性と光球での多数回のコンプトン散乱の結果、gradualな軟らかい放射(index〜2.2)として観測される。また、ループトップでの2次加速を受けずに、リコネクションポイントから直接落ちてきた電子が、フットポイントから硬X線のみの光子指数3.5のsteepな放射を起こす。このように考えると、他の多くのフレアの硬X線からγ線にかけての挙動を、統一的に説明できる。

図1:HXT Hバンドでのフーリエ合成画像。

ガンマ線ピーク(〜22:15:48.5)付近の0.5秒毎のイメージ。A,B,C:フットポイント。D,F,G:ループトップ。

図2:図1の7領域のHXT Hバンドのライトカーブと、GRS 6.5-11MeV time profile。

図3:図5の2領域の、フットポイント領域(上)とループトップ領域(下)の、HXT Hバンドでの明るさの時間変化。

フットポイント領域からの洩れ込む見積もりとして、15,17.5,20%の量を示す(青カーブ)。縦軸の単位cts/sec/SC。

図4:GRS PHで得られたガンマ線のライトカーブ。

A-Bがimpusive成分、B-BGDがgradual成分を表す。

図5:limb(青直線)を用いて、ループトップ領域(左上)とフットポイント領域(右下)に二分割する様子。

図6:硬X線からガンマ線へのwide-bandスペクトル。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文では、「ようこう」に搭載された硬X線望遠鏡(HXT)とガンマ線分光計(GRS)を用い、太陽フレアの硬X線像とガンマ線スペクトルのデータを同時に扱うことにより、太陽フレアにおけるガンマ線の放射のメカニズムを、世界で初めて空間的に研究している。

 太陽フレアは、磁場エネルギーを爆発的に解放し、粒子を加速し、コロナプラズマを加熱して宇宙空間に噴出させる現象である。加速された電子はプラズマと衝突し、非熱的制動放射する一方で、加速された陽子や重元素はイオンと衝突して、ガンマ線ライン、中性子、パイメソン等を生成する。このように、太陽フレアは、電子やハドロンの加速が同時に観測できる、宇宙の中で稀な舞台である。

 「ようこう」搭載のガンマ線分光計(GRS)は、2組のBGOシンチレータを用い、0.3-100MeVのガンマ線が検出可能である。論文提出者は、1997年以降に1年ごとに行なわれている軌道上キャリブレーションデータを解析し、同時にガンマ線ラインの顕著な大フレアを用いることで、10年でエネルギーゲインが低下したGRS2台の新しいChannel-Energyの関係を決定した。その上で、論文提出者は、「ようこう」打ち上げ後から現在まで過去10年間に起こったX線フレアの中をサーチし、38個のガンマ線フレアを見つけ、これらの統計的解析を行なった。まず、軟X線からガンマ線までの7つのエネルギーバンド毎のカウント数の相関が調べられ、これらガンマ線フレアの軟X線からガンマ線にわたる広帯域スペクトルには、軟X線領域の熱的成分、硬X線成分、ガンマ線成分の3成分が存在することが示唆されている。しかし、HXTによる30keV以上の硬X線は、ガンマ線とおおむね相関しており、論文提出者は、さらに、HXTの30keV以上の画像解析を行い、ガンマ線放射の場所の同定を試みた。

 論文提出者は、上記の38個のガンマ線フレアの中で一つ、X線とガンマ線強度の時間変動が大きく異なる1998-August-18フレアに注目した。フレア時間の前半では硬X線のみが放射されており、途中からガンマ線が鋭く強く放射される。このフレアのHXT画像から、ガンマ線ピークとともに光るループトップの領域が見つかった。そこで硬X線画像で定義したいくつかの領域ごとの明るさの時間変動を求めたところ、ループトップ領域の時間変動がガンマ線の鋭いピークをもっともよく反映しており、画像合成の際の洩れ込みを考慮しても有意な増光を示した。画像を、ループトップ領域と、フットポイント領域に、大きく分け、2領域のHXT Hバンドのライトカーブを求めた結果、フットポイント領域ではgradual成分が卓越するのに対し、ループトップ領域ではimpulsive成分が有意に見られることがわかった。

 ガンマ線time profileから分離したimpulsive成分とgradual成分についてスペクトルを調べたところ、前者は光子指数1.4とハードな、後者は指数2.2と比較的ソフトな放射とわかった。そこで先のHXT画像から分離した、ループトップからのimpulsive成分とフットポイントからのgradual成分の強度を、2つのガンマ線成分の強度と比較した。その結果、硬X線での2つの成分の強度はガンマ線の2成分を外挿したものとよく一致することがわかった。ループトップ領域からはimpulsiveな硬い放射が、フットポイント領域からはgradualな軟らかい放射が起こっていることが示唆される。

 論文提出者は、1998-Aug-18フレアの中で、ガンマ線放射が起きていない時でも、硬X線だけが強く増光する時があり、このときの硬X線は、光子指数3.5のsteepなスペクトルを示すことを見出し、これを上の2成分に加えた、次のような3成分の解釈を提唱している。ループトップで衝撃加速された電子は、エネルギーの一部をループトップで放射し、これがimpulsiveな硬い放射に対応する。残りのエネルギーはフットポイントで放射されるが、制動放射の非等方性と光球での多数回のコンプトン散乱の結果、gradualな軟らかい放射として観測される。また、ループトップでの2次加速を受けずに、リコネクションポイントから直接落ちてきた電子が、フットポイントから硬X線のみのsteepな放射を起こす。このように考えると、他の多くのフレアの硬X線からガンマ線にかけての挙動を、統一的に説明できる。

 以上、論文提出者は、本論文において、太陽フレアにおけるガンマ線放射の場所を観測的にはじめて明らかにし、ガンマ線放射に寄与している粒子の加速の場所について新しい制限を加えることに成功した。これは、学位を受けるにふさわしい成果と判断される。本論文に示された観測的研究は、牧島一夫、小杉健郎との共同研究であるが、論文提出者が主体となって、データを解析し、考察を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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