学位論文要旨



No 116867
著者(漢字) 身内,賢太朗
著者(英字)
著者(カナ) ミウチ,ケンタロウ
標題(和) フッ化リチウムボロメータを用いた大深度地下実験室における暗黒物質探索実験
標題(洋) Dark Matter Search Experiment in a Deep Underground Laboratory with LiF Bolometer
報告番号 116867
報告番号 甲16867
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4130号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 梶田,隆章
 東京大学 助教授 手嶋,政廣
 東京大学 助教授 中畑,雅行
 東京大学 助教授 金行,健治
 東京大学 教授 片山,武司
内容要旨 要旨を表示する

 暗黒物質の検出は、素粒子、宇宙物理にまたがる大きな課題であり、直接、間接を合わせて、数多くの実験が現在までに行われている。我々は、フッ化リチウムをターゲットとしたボロメータを用いた暗黒物質検出器を開発、超対称性理論によって予言されている粒子、ニュートラリーノの直接検出を目指して実験をを行った。ニュートラリーノによって予想されるイベントレートは極めて低いため、我々は宇宙線の影響のない大地下深度の実験室である神岡地下実験室で測定を行なった。

 現在世界で行われている暗黒物質直接探索実験は、いずれも暗黒物質と原子核の弾性散乱を利用、原子核に与えられた反跳エネルギーを何らかの方法で捉える、という手法が用いられている。1998年頃からイタリアのミラノ大を中心とするDAMAグループが、暗黒物質の直接検出に成功したと報告している。彼等はNaIシンチレーターによって得られたスペクトルの季節変動を検出の証拠としている。

 ニュートラリーノと原子核の弾性散乱は、スピンに依存しない項とスピンに依存した項の和であり、どちらの項が観測にかかりやすいかは、超対称性理論のパラメータ依存となるため予言することはできない。

 我々は、スピンに依存した相互作用による検出を目指して、フッ化リチウムボロメータを開発した。2000年には、DAMAグループの実験結果をスピンに依存した相互作用によるものと解釈した論文が発表されており、この領域の探索も我々の実験の目的の一つである。

 ターゲット物質とニュートラリーノなどとの弾性散乱による温度上昇を捉える極低温粒子検出器、ボロメータは、低閾値、高分解能、クエンチング無し、という特徴とともに、絶縁体の中から比較的自由にターゲット物質を選べるという特徴がある。我々はニュートラリーノとの反応率が高いと予想されている19Fを含む物質として、フッ化リチウムを選択、検出器とした。図1に我々の検出器の写真を示す。我々は21gのフッ化リチウム結晶を8個用い、2001年11月から測定を行なった。検出器のうちの2つは抵抗温度計のテスト用のために搭載した。

 我々は約2週間の測定で図2に示すようなエネルギースペクトルを得た。得られたスペクトルを解析することで、ニュートラリーノと陽子のスピンに依存した散乱断面積のニュートラリーノの質量に対する制限曲線を得た。得られた制限曲線を図3に示す。各制限曲線の上側が90%の信頼度で排除されている。我々の実験は28GeVc-2のニュトラリーノに対して21pbの制限をつけた。

 我々は更にニュートラリーノと核子とのスピンに依存したカップリングに関する制限を計算、DAMAの結果と比較した。その結果を図4に示す。縦軸はニュートラリーノと中性子とのカップリング、横軸はニュートラリーノと陽子とのカップリングである。赤線の内側がで我々の実験で許される範囲、青線の内側がDAMA実験で許される範囲である。30,50,60,80GeVc-2のニュトラリーノに関しては、DAMA実験の付けた下限値も示している。本実験では15及び100GeVc-2のニュトラリーノに関してDAMAの実験によって排除されない部分の多くを排除している。また、50GeVc-2以上の質量を持つニュトラリーノに関しては、DAMA実験の季節変化で許されたパラメータ領域の一部を排除している。

図1:本実験に用いたフッ化リチウムボロメータ。

無酸素銅ホルダーに、透明なフッ化リチウム結晶が4つ、スプリングピンで取り付けられている。これを2段重ねて使用、合計8個の検出器を用いた。

図2:7個のボロメータで得られたエネルギースペクトル。

本実験の結果を赤、鋸山地下実験室で行なわれたパイロットランの結果を緑で示す。

図3:ニュートラリーノと陽子のスピンに依存した散乱断面積の制限曲線。

各曲線の上側が90%の信頼度で排除されている。

図4:ニュートラリーノと核子のカップリングに関する制限図。縦軸はニュートラリーノと中性子とのカップリング、横軸はニュートラリーノと陽子とのカップリングである。それぞれの曲線の内側が各実験によって許される範囲である。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は9章からなり、第1章は暗黒物質問題、第2章はいくつかの暗黒物質候補のうち特に注目されているニュートラリーノと呼ばれる粒子について、第3章はニュートラリーノ暗黒物質の直接検出の方法、第4、5章はニュートラリーノの検出方法のうち、特に本研究での検出方法、第6章は観測されたデータの解析、第7章は得られた結果の解釈、第8章は今後の研究の行方、第9章はまとめ、が述べられている。

 暗黒物質の問題は素粒子物理、宇宙物理にまたがる重大問題であり、その謎を解明するため、世界中で多くの研究がなされている。本論文では検出が非常に難しいニュートラリーノ暗黒物質を、フッ化リチウムを用いたボロメータで検出を試みた。ニュートラリーノと物質との相互作用で反跳された原子核の持つ運動エネルギーは数十keV程度以下と非常に小さく検出が難しい。そこで本論文ではボロメータがこのような低エネルギーの信号の検出に適してする性質を用いて検出を試みた。更に実際には様々なバックグラウンドが存在するので、地下深くに装置をもって行って宇宙線起源のバックグラウンドを減らし、また、装置にはいろいろな低放射能化の工夫を施した。このようにして実験して得られた結果は今までの同型の実験装置で得られた結果より1桁以上バックグラウンドが低くなった。一方、観測された信号のどの程度がいろいろなバックグラウンドで説明可能かを調べたところ、おおよそ全てがバックグラウンドで説明可能となった。そのため、本論文ではニュートラリーノ暗黒物質が検出された証拠は得られなかった。

 得られた観測結果を用いて、ニュートラリーノと陽子の散乱断面積に関する制限や、ニュートラリーノと核子のカップリングに関する制限を求めた。このうち特に、後者に関しては、今まで排除されていなかったカップリング領域を排除し、暗黒物質の性質に新たな制限を課すことになった。

 なお、本論文の第4章から第7章までは箕輪眞氏らとの共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験および解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できろと認める。

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