学位論文要旨



No 116868
著者(漢字) 峯尾,浩文
著者(英字)
著者(カナ) ミネオ,ヒロフミ
標題(和) NJL模型に対する相対論的ファデーエフ法による核子の構造関数と静的性質
標題(洋) Structure Functions and Static Properties of the Nucleon based on the Relativistic Faddeev Approach to the NJL Model
報告番号 116868
報告番号 甲16868
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4131号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 太田,浩一
 東京大学 教授 大塚,孝治
 東京大学 教授 下浦,享
 東京大学 助教授 浜垣,秀樹
 東京大学 助教授 森松,治
内容要旨 要旨を表示する

 量子色力学(QCD)の研究目的は、全てのハドロン現象をクォークやグルーオンの観点から調べることであり、核子の内部構造を、QCDに基づいて調べることは、現在のハドロン物理において重要なテーマの一つである。ドイツのDESY研究所では核子の構造関数に対する測定が行われ、核子の内部構造に関する多くの情報が得られた。また、EMC(European Muon Collaboration)による構造関数g1の測定以来、スピンに依存する核子の構造関数が重要な課題として研究され、アメリカのブルックヘブンにあるRHIC加速器によって、スピンに依存する核子の構造関数が測定される予定である。我々は、低エネルギーQCDの有効理論と考えられる南部・ジョナ・ラジニオ(NJL)模型の枠組で、相対論的Faddeev方程式を使って核子の構造・性質を調べ、さらに有限密度における核子、原子核の構造関数へと拡張して、EMC効果やFermi運動について議論した。また、核子の質量を求めるため、核子をクォーク・ダイクォークの基底状態として記述する相対論的なファデーエフ方程式を、'static近似'を使うことによって解析的に解いた。

 この論文の前半部では、我々は内部構造を持つ2種類のダイクォーク、スカラーダイクォーク(0+,T=0)と軸性ベクトルダイクォーク(1+,T=1)を含んで、スピンに依存しない核子の構造関数を評価し、また、核子の静的性質についても研究した。さらにパイオン雲の効果を取り入れるためにパイオンを放出する親クォークがon-shell上にあると仮定するon-shell近似を使い、簡単な1次元の畳み込みの方法を用いた。ただし、NJL模型はくり込み不可能な理論であるため、運動量の紫外発散を正則化する必要がある。我々はここで、核子中のクォークの光円錐運動量分布を評価するさい、「Brodsky・Lepage(BL)」カットオフを用い、核子の静的性質の評価についても、同等な正則化の方法である「共変な3次元運動量」カットオフを用いている。前者のBLカットオフは、核子に対するクォークの光円錐運動量の割合xについて制限を与え、xに対して簡単な変数変換をすることで、共変な3次元運動量カットオフと同等になることが示されている[1]。核子中のクォークの光円錐運動量分布を実験結果と比較するために、NJL模型で得られたバレンスクォーク及び海クォーク分布を、ある低エネルギースケールQ20で得られたものであると仮定し、Dokshitzer-Gribov-Lipatov-Altarelli-Parasi(DGLAP)方程式を使ってQ2発展させて、実験結果に合わせた経験的なクォーク分布[2]と比較した。また、核子の構造関数に関しても同様のQ2発展を行なって、構造関数の比を再解析された実験データ[3]と比較した。また、核子の静的性質について、核子の磁気能率や軸性ベクトルおよびパイオン−核子−核子の結合定数の計算を行ない、結果として、核子の構造関数の比および静的性質が実験値を妥当に再現するように、軸性ベクトルダイクォークチャネルにおけるクォーク・クォーク相互作用の強さの範囲を決定した。我々の計算では、2〜10%ほど軸性ベクトルダイクォークが混ざっているときにこれらの物理量が非常によく再現できることがわかった。また、我々はFierz変換を通して、相互作用Lagrangianの具体的な形についての情報を得たことになる。軸性ベクトルダイクォークチャネルにおけるクォーク・クォーク相互作用の強さがこの範囲のときの相互作用Lagrangianは、「カラーカレント」型に似ていることがわかった。このときにGoldberger-Treimann(GT)の関係式の破れについても議論し、static近似のもとでは、ダイクォークの直接相互作用する項がカットオフに強く依存するためにGTの関係式が大きく破れていることがわかった。また、この模型は経験的なクォーク分布の主な特徴を良く表しており、パイオンを含んでいない場合にBLカットオフを使うと、我々のQ2発展したクォーク分布は、経験的なクォーク分布と比べてxについての強い変化を見せるが、パイオンの効果によって、この振舞いが緩和され、ゴットフリードの和則の値も、単純な値1/3からより実験値に近づいた。

 そして、この論文の後半部で、有限密度における核子の構造関数を,スカラーダイクォークのチャネルのみに限って、評価した。ベンツら[4]によって作り上げられた、核子のクォーク・ダイクォーク構造および閉じ込めの影響を現象論的に取り入れた核物質の状態方程式を用いて、核物質中での核子、ダイクォーク、コンスティテュエントクォークの有効質量を決定した。そのために従来我々が考慮していなかった閉じ込めの影響を、プロパータイムカットオフの方法で非物理的なしきい値を避けることで、現象論的に取り入れた。しかし、プロパータイムカットオフは運動量空間上で、ウィック回転した後に定義されたカットオフであるため、直接クォーク光円錐運動量分布を計算することは、大変難しい。そこで、我々は直接クォーク光円錐運動量分布を計算するかわりにまずモーメントを計算してから、逆メリン変換でモーメントからクォーク光円錐運動量分布を構成する。この方法によって我々の模型では、解析的にクォーク光円錐運動量分布を求めることができる。また、EMCの比、つまり核物質の一核子当たりの構造関数と自由な核子の構造関数の比を、実験に合わせたパラメーター化されたプロット[5]と比較するため、核物質の構造関数を標準的な畳み込みの方法を用いて評価した。

 結果として、核子中のクォーク光円錐運動量分布はバリオン数密度が増えるにつれて、小さいクォーク光円錐運動量割合の方向にわずかに動く、つまり、媒質中で核子が大きくなっていることがわかった。そのため、EMCの比は中間のクォーク光円錐運動量割合x〜0.6において1を下回り、実験のプロットを妥当に再現し、EMC効果を示す兆しになっていることがわかった。しかし、プロパータイムカットオフを使うと人為的にx=1で、核子中のクォーク光円錐運動量分布が有限な値を持ってしまうために、中間のx領域に影響を及ぼしてしまう。小さいクォーク光円錐運動量割合の領域において、実験のプロットと同じふくらみが見られたが、パイオンの効果が入っているかどうかによらず1を上回らなかった。

 これらの仕事の拡張として、static近似を使わないファデーエフ法による記述やoff-shellの効果を考慮したパイオンの取り扱いなどが考えられる。また、EMCの比の改良として、プロパータイムカットオフの代わりに光円錐運動量上で定義されたBLのカットオフなど使うことが考えられる。そのためには、3次元運動量カットオフを用いて、NJL模型で飽和している核物質に対する状態方程式を作り上げる必要がある。

参考文献

 [1]H.Mineo, W.Bentz and K.Yazaki, Phys. Rev. C 60 (1999) 065201.

 [2]A.D.Martin, R.G.Roberts, W.J.Stirling and R.S.Thone, Eur. Phys. J. C 14 (2000) 133.

 [3]W.Melnitchouk and A.W.Thomas, Phys. Lett. B 377 (1996) 11.

 [4]W.Bentz and A.W.Thomas, nucl-th/0105022, and Nucl. Phys. A (2001), in press.

 [5]I.Sick and D.Day, Phys. Lett. B 274 (1992) 16.

審査要旨 要旨を表示する

 核子の内部構造を量子色力学(QCD)に基づいて研究することはハドロン物理学の重要な課題の一つである.特に近年核子の構造関数が測定され核子内部のクォークやグルオンの運動量・スピン分布に関する多くの情報が得られるようになった.南部・ヨナ・ラシニオ(NIL)模型は最初カイラル対称性の自発的破れの現象を簡単に示す核子場の理論として提案されたものであるが,今日では低エネルギーQCDに対するクォーク場の有効理論として用いられている.本論文は,NIL模型の枠組みの中で,相対論的ファデェーエフ方程式を使って核子の構造とその物理的性質を調べ,有限密度における核子,原子核の構造関数を計算し,EMC効果やフェルミ運動について調べることを目的としている.

 本論文は7章からなり,第1章では本研究全体の動機と背景を述べ,第2章ではNIL模型と相対論的ファデェーエフ方程式およびバリオン状態に対する頂点関数,第3章ではクォーク分布関数,第4章では核子の静的性質,第5章では原子核の構造関数について理論的考察を行い,第6章で数値計算結果を述べている.第7章はまとめと結論である.

 本論文ではNIL模型の相互作用項として,クォーク・クォーク間のスカラー及び軸性ベクトル相互作用をパラメタrsおよびraで特徴づけることにした.核子をクォーク・ダイクォークの基底状態として記述し,相対論的ファデェーエフ方程式の積分核に静的近似を用いることによって解析的に方程式を解いた.ダイクォークとしては0+,T=0を持つスカラーダイクォークと1+,T=1を持つ軸性ベクトルダイクォークの2種類のみに限定してスピンに依存しない核子の構造関数を評価した.またパイ中間子を放出するクォークが質量殻上にあるとする仮定のもとでパイ中間子雲の効果を取り入れた.NIL模型は繰り込み不可能な模型であるからカットオフがパラメタとして必要になる.本論文では核子中の光円錐運動量分布を評価する際,ブロドスキー・レパージュの方法によって正則化し,核子の静的性質の評価では共変3元運動量カットオフを用いた.構造関数の陽子・中性子比,核子の磁気モーメント,軸性ベクトル定数,パイ中間子核子結合定数の計算を行い,これらの実験値を再現するようにパラメタrsおよびraの大きさを決定した.その結果,軸性ベクトルダイクォークが2〜10%程度が混ざったときに最も良く実験値を再現することを示した.このとき,静的近似のもとではダイクォークの直接作用項がカットオフに強く依存しゴールドバーガー・トリーマン関係式が大きく破れることについて検討を加えた.本論文の後半では有限密度における核子の構造関数をスカラーダイクォークのみに限って評価した.閉じ込めのないNIL模型では非物理的な敷居値が現れるが,固有時間法を用いて現象論的にその困難を回避した.核子中の光円錐運動量分布はバリオン数密度の増加とともにクォーク光円錐運動量割合xの小さい方向に動くことを見つけた.これは核子が媒質中で大きくなることを示している.そのためEMCの比はx〜0.6において1を下回り,実験値をおおむね再現し,EMC効果を示す傾向にあることを示した.ただし,固有時間法の欠点のためxの中間の領域で1を超えることがなく,改良の余地が残されていることを示している.

 論文提出者がパラメタrsおよびraの大きさに関して得た結果はNIL模型における相互作用の具体的な形に関して情報を与えたものでいわゆるカラーカレント型に近いことを示している.これによって核子中の軸性ベクトルダイクォークの役割を定量的に定めたと評価される.また,まだかなり荒い近似の範囲ではあるが,EMC効果を調べることによって,原子核内の核子の構造について有意義な情報を引き出し,核物理学に着実な貢献をしたと評価される.

 なお,本論文はヴォルフガング・ベンツ,石井理修,矢崎紘一との共同研究であるが,論文提出者が主体となって実際の計算を行ったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する.

 したがって,博士(理学)の学位を授与できると認める.

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