学位論文要旨



No 116874
著者(漢字) 大坪,貴文
著者(英字)
著者(カナ) オオツボ,タカフミ
標題(和) 宇宙赤外線望遠鏡IRTSによる黄道光輻射の中間赤外線観測に基づく惑星間塵の研究
標題(洋) Study on Interplanetary Dust based on the Mid-Infrared Observation of Zodiacal Emission by the IRTS
報告番号 116874
報告番号 甲16874
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4137号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山下,卓也
 東京大学 助教授 川良,公明
 東京大学 教授 村上,浩
 東京大学 助教授 佐々木,晶
 国立天文台 助教授 渡部,潤一
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 宇宙赤外線望遠鏡Infrared Telescope in Space (IRTS)に搭載された中間赤外分光器Mid-Infrared Spectrometer (MIRS)の観測結果から、黄道光輻射の中間赤外波長域(4.5-11.7μm)の強度およびスペクトルを導出し、黄道光輻射の放射源である惑星間塵の性質に関しての研究をおこなった。

 IRTSは日本初の宇宙赤外線望遠鏡であり、SFU-1に搭載された機器の一つである。IRTSには15cmの望遠鏡と4つの観測機器が搭載され,1995年3月29日から4月26日の期間にわたって観測をおこなった。中間赤外分光器MIRSはIRTS搭載の観測機器の一つであり、4.5-11.7μmの波長域を32個の検出器で分光観測した。

 黄道光輻射のような拡散光を調べるためには、正確なキャリブレーションが必要となる。拡散光のキャリブレーションの誤差には、主に検出器の暗電流の不定性が寄与している。本論文では飛翔中の較正用データをもとにMIRSの詳細なデータ整約をおこなった。波長較正、視野較正、暗電流の見積もり、コンバージョン・ファクターに関して詳細に検討し本論文中にその内容をまとめている。暗電流に起因する誤差は〜8%と見積もった。その結果MIRSの拡散光スペクトルはDIRBEの5、12μmのデータと誤差の範囲で一致していることを示し、MIRSのスペクトルの精度は数MJy/sr以内と見積もった。

 これまで中間赤外波長域での黄道光輻射は、IRAS, COBE/DIRBEなどの測光観測が行なわれているものの、スペクトル情報は十分に得られていなかった。一方スペクトル観測は惑星間塵の、特に組成とサイズ分布に関して重要な情報をもたらしてくれる。今回IRTSに搭載されたMIRSは、8'×8'の視野で全天の約7%にわたり、大気圏外で初めて中間赤外波長域(4.5-11.7μm)のスペクトル観測を行なった。本論文では惑星間塵について調べるのに適した4月6日から23日のデータ中で、銀河系内放射の影響が小さく、観測機器が安定しており衛星の操作などによる影響が小さい領域のデータを解析に用いた。

 観測の結果、黄道光輻射の明るさには黄緯に対する依存性がはっきり見られ、黄道面付近がもっとも明るく黄緯が高くなるにつれ暗くなっていく。このことは、黄道光輻射が中間赤外波長域で卓越した明るさであることを示している。一方で、黄道光輻射のスペクトルの形状には、黄緯に対する依存性は明らかには見られず、黄緯が-75°〜75°の範囲で、スペクトルの形はほとんど変化を見せなかった。

 黄道面付近の黄道光輻射のスペクトルには、明らかなスペクトル・フィーチャーは見られず、275Kの黒体輻射のスペクトルで4.5-8μm部分をよくフィットすることができる。だがこの場合、10μm付近に超過成分が見られる。中間赤外波長域では主に地球近傍のダスト(〜300K)からの熱輻射を観測していると考えられるが、実際の観測は視線方向に積分した放射をみているため、単一温度の黒体輻射は良い近似とはいえない。そこで惑星間空間のダストの三次元分布を考慮したモデルに基づいてスペクトルを再現してみた。これまでで赤外波長域でもっとも詳細に全天を観測したものにCOBE/DIRBEの観測がある。その観測に基づいて赤外波長域の空の明るさを再現したモデルにDIRBE IPDモデルがある。このモデルをMIRSの観測領域、観測波長域(4.5-11.7μm)で再現したスペクトルと比べると、MIRSのスペクトルにはやはり9μmよりも長波長側に20%レベルの超過成分が見られる。中間赤外波長域での分光観測の報告例としては、MIRSの他にはISOCAMによる5-16μmでの観測とISOPHOTによる6-12μmの観測がある。ReachらはISOCAMのスペクトルは270Kの黒体輻射のスペクトルでフィットでき、9-11μm領域に10%程度の超過成分があることを示唆している。一方AbrahamらはISOPHOTの観測には超過成分はみられないことを示唆している。MIRSの観測は、ISOCAMの観測結果を支持するものである。

 黄道光輻射スペクトル中のフィーチャーについて調べるために、惑星間塵の輻射平衡を仮定して均質で球形の物質での輻射スペクトルをモデル計算した。吸収係数は構成物質の誘電率からMie定理を用いてを求めた。ダストの構成物質として4種類(graphite、olivine glass、pyroxene glass、astronomical silicate)、ダストのサイズ分布として2種類(interplanetary分布およびlunar microcrater分布)の分布を選んだ。以上の解析の結果、サイズ分布に関しては、lunar microcrater分布はいずれの物質でも観測スペクトルのフィーチャーを再現することは出来なかった。一方interplanetaryモデルでは、olivine glassだけが、MIRSのスペクトル中のフィーチャーの強度(〜20%)を説明することができた。他の物質ではフィーチャーを再現することはできない。ただし、olivine glassでもフィーチャーの形状を再現することはできなかった。観測スペクトルは10μm付近と11μm付近にピークを持ち、9-12μm全体に渡って、幅広い超過成分を示しているのに対し、olivineのスペクトルは9μm付近にピークを持ち、11μmよりも長波長側では超過成分を示していない。またダストの色温度もMIRSの観測スペクトルのcontinuumの色温度(275K)よりもやや低めである(〜255K)。そこで、olivine glassにgraphiteを混ぜた混合物についてのスペクトルをモデル計算してみた。graphiteとの混合物であれば、温度が上昇し観測スペクトルの色温度に近づけることができる。また、フィーチャーのピークも長波長側に移動し、観測スペクトルに近づく。だがやはり8-12μmでフィーチャーの形状を再現することはできなかった。以上のことから、惑星間塵の主構成要素はolivine galssのような可視域で高い吸収係数を持つシリケイトと炭素質物質の混合物であり、さらに11μm付近のフィーチャーを説明出来るような物質が存在すると考えられる。

 黄道光輻射のスペクトル中に10μmフィーチャーが存在するということは、惑星間塵は彗星のコマや地球の成層圏で採集された固体微粒子、あるいはβPicのような星周円盤をもつ星にみられるようなシリケイトに近い粒子で構成されていると思われる。実験室で計測されたシリケイト粒子の赤外波長域でのスペクトルと比較してみると、黄道光輻射スペクトル中の11.2μmフィーチャーはMg-richな結晶質シリケイトで説明することができる。結晶質シリケイトは彗星のスペクトル中でも確認されている。ただし、結晶質シリケイトだけでは、9-11μmフィーチャーの幅全体を説明することは出来ない。非晶シリケイトならば9-10μmのフィーチャーの裾を説明することができる。フィーチャー全体はこの2種類のシリケイトの組み合わせで説明することが出来る。したがって、結晶質および非晶シリケイトの両方が惑星間空間には存在しており、それらは主に彗星起源であるという説明が妥当であると言える。成層圏で採集された惑星間起源と考えられる微粒子の中には水化物シリケイトが示す6.8μmのフィーチャーが見られるものも多いが、MIRSが観測した黄道光輻射スペクトル中にはこのフィーチャーは有意には確認できなかった。

審査要旨 要旨を表示する

 我々の太陽系の惑星間塵は小惑星の衝突や彗星の蒸発により供給されていることから太陽系形成時の情報を保持していると考えられ、太陽系形成を探る上でも重要な天体である。この惑星間塵は黄道光と黄道光輻射として観測されるが、これまでは測光的観測が中心で、そのサイズや空間分布についてのモデル構築がなされてきた。しかし、そのスペクトルについては、特徴的形状の有無について相矛盾する結果が得られていた。本論文は、このような状況のもと、高感度の分光観測と詳細なモデルにより、黄道光輻射における特徴的スペクトル形状の存在を確認し、惑星間塵の組成について明らかにしたものである。

 本論文は全7章から構成されており、まず第1章ではこれまでに行われてきた惑星間塵の研究についてまとめ、黄道光輻射の中間赤外線での分光観測が惑星間塵の組成を知る上で重要な手段であることを指摘している。そして、まだ広い天域での信頼できるスペクトルデータが得られていないことから、IRTS搭載の観測装置MIRSによる分光観測の意義を強調している。

 第2章では本研究に用いたIRTSとMIRSの概要と、打ち上げ後の観測手順をまとめている。MIRSは4.5-11.7μmの波長範囲を32個の検出器でカバーする分光器で、サーベイ観測により8'×8'という中程度の写野で全天の7している。

 第3章では観測時の装置パラメーターや達成性能を導出している。特に本論文の研究対象である黄道光輻射のような広がった天体に対しては暗電流の評価が重要であるが、飛翔中の較正データの詳細な解析からその変動成分を補正し、数Jy/srという小さな誤差に抑えることに成功している。また、検出器感度への放射線による影響も注意深く解析し、その影響の無視できないデータ等を除去して最終的結果としている。そして、その結果をCOBE搭載DIRBEの測光結果と比較し、誤差の範囲内で矛盾のないことを示している。

 第4章では観測結果をまとめている。まず、輻射強度には強い黄緯依存性が見られるが、スペクトルの全体形状は黄緯が±75°の範囲で変化が見られなかったことを述べている。そして、4.5-8μmの波長範囲ではスペクトルが275K程度の黒体輻射でフィットできるが、それより長い波長には超過成分が見られることを指摘している。この結果はISOPHOTの観測結果とは相容れずISOCAMの観測結果と整合性が良い。その上で黒体輻射に代えて惑星間塵の密度と温度の3次元分布モデルを用いたフィットを行い、9μmより長い波長で約20ル形状を導出している。

 第5章では得られた特徴的スペクトル形状の起源物質について論じている。まず、graphite, olivine glass, pyroxene glass, astronomical silicateの4種類のダストについて、2種類のサイズ分布を仮定して輻射スペクトルのモデル計算を行った。そして、観測結果との比較によって、小さなダストが少ないサイズ分布であるinter planetary分布のolivine glassだけが特徴的形状の強度を説明できることを明らかにした。このモデルでも11μm付近の特徴的形状とダストの色温度が再現できないが、色温度についてはgraphiteとの混合物を考えると説明できることを示している。その上で、惑星間塵の主成分はolivine glassのような可視域で高い吸収係数をもつ非晶質シリケイトと炭素質物質の混合物であり、これに加えて11μm付近の特徴的形状を再現できる物質が存在すると結論している。

 第6章では今回の観測・解析結果にもとづいて星間塵の組成について論じている。まず、黄道光輻射スペクトルにシリケイト由来の特徴的形状が見られることは、地球大気上空で採取された惑星間塵や彗星塵の組成・スペクトルと整合性が良いことを指摘している。そして、前章では未同定であった11μmの特徴的形状がMg-richな結晶化シリケートの実験室データで説明可能であること明らかにし、非晶質のシリケートと組み合わせることにより特徴的スペクトル形状全体を再現する事に成功している。

 第7章では本論文の結論がまとめられている。

 以上のように、本論文はIRTS搭載のMIRSによる黄道光輻射のスペクトル観測によって惑星間塵の組成とサイズ分布を明らかにした研究である。特に、広い黄緯にわたって普遍的に特徴的スペクトル形状が存在することを示し、そのスペクトル形状が非晶質と結晶質のシリケートにより再現可能であることを明らかにした点は特筆すべき結果で、本論文の成果は博士(理学)を与えるに十分な内容であると認められる。

 なお、本論文は尾中敬、山村一誠、田辺俊彦、石原大助、K.-W. Chan,T.L. Roelligとの共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析・考察を行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。よって、博士(理学)を授与できると認める。

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