学位論文要旨



No 116875
著者(漢字) 加藤,精一
著者(英字)
著者(カナ) カトウ,セイイチ
標題(和) 宇宙ジェットの磁気流体力学シミュレーション : 加速機構、安定性、新しいコードの作成
標題(洋) MHD Simulations of Astrophysical Jets : Acceleration Mechanism, Stability, and New Code Development
報告番号 116875
報告番号 甲16875
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4138号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 井上,允
 東京大学 教授 祖父江,義明
 東京大学 助教授 吉村,宏和
 国立天文台 教授 桜井,隆
 国立天文台 教授 笹尾,哲夫
内容要旨 要旨を表示する

 宇宙ジェットは,原始星・近接連星系・活動銀河核等で観測される普遍的な天体現象の1つである.これらの天体におけるジェットはスケールこそ異なるが,共通な観測的特徴をまとめると次のようになる.

 ・ジェットの速度は中心天体の脱出速度程度

 ・非常に遠方まで細く絞られた構造を保っている(コリメーション,原始星ジェットでは数pc,活動銀河核ジェットでは数kpcの長さになる)

 ・ジェットに沿ってこぶ状の構造(knot構造)が光学,電波観測によって見つかっている.

これらのジェットの根本には降着円盤があると考えられているが,ジェットがどのように加速されるか,どうして遠方までコリメーションを保てるのかなど,基本的な問題の答えはわかっていない.

 このジェットの加速とコリメーションを同時に説明しうる有力なモデルとして「磁気流体加速モデル」がある.Kudoh, Matsumoto and Shibata (1998)ではこのモデルに基づき,幾何学的に厚い降着円盤から噴出するジェットについて2.5次元軸対称非定常シミュレーションにより,非定常の質量降着を含む場合においても定常解(Blandford and Payne 1982)と同様にジェットの噴出点が磁力線に沿った重力と遠心力による有効ポテンシャルによって決定されることがわかった.また,ジェットの速度(Vjet)の初期磁場(Emg∝B2)依存性が

〓となることが見出された.ここで,Mωは質量放出率,ΩFは磁力線の角速度である.

 2章において,我々は幾何学的に薄い降着円盤から噴出するジェットについて,Kudoh, Matsumoto and Shibata (1998)と同様にジェットの噴出点を決めている物理が定常理論と同じであるかを調べ,ジェットの物理量の初期磁場依存性を調べ比較した.さらに今まではっきりしなかったジェットの加速力について詳しく調べた.その結果幾何学的に厚い降着円盤から噴出するジェットの場合と同様に,非定常シミュレーションにおいてもジェットの噴出点が定常理論で決定できることを突き止めた.加速機構に関しては,磁場が弱い場合には中心天体付近でトロイダル磁場が卓越し,磁気圧による加速が優勢であること,また磁場が強い場合には磁気遠心力による加速が優勢であることを見い出した.さらにジェットの物理量の磁場依存性は,幾何学的に厚い降着円盤の場合とほぼ一致した.

 3章では、我々のシミュレーションで得られたknot構造の成因を調査し,それらのknotが磁場のピンチ効果によるソーセージ不安定性によって形成されていることを議論している.

 以上は,軸対称を仮定した2次元のシミュレーションによる結果である.4章では3次元シミュレーションを行い,より現実的なジェット,磁場の構造について調べた.また3次元シミュレーションから得られるジェットの物理量と観測量とを比較し,速度,質量降着率,質量放出率をMHDモデルで説明できることを示した.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は4章より成り、宇宙ジェットの加速およびコリメーションを同時に説明する磁気流体加速モデルに基づき、降着円盤を含んだ非定常数値シミュレーションによる解析を行った論文である。

 第1章は序章で、宇宙ジェットの観測の特徴を若い星形成領域、活動銀河中心核、およびX線連星についてまとめ、それらに対応する磁気流体(MHD)加速モデルの現状について述べている。MHDモデルによってジェットの加速とコリメーションが良く説明出来ることを述べ、さらに本論文の目的である、シミュレーションがまだ十分に行われていない、幾何学的に薄い降着円盤の場合についての検討を行う事についての背景を述べている。

 第2章では、幾何学的に薄い降着円盤の2次元軸対称MHDシミュレーションを、最近開発されたCIP-MOCCT(Cubic Interpolated Propagation/Method of Characteristics-Constrained Transport)法を適用して行った。幾何学的に薄い降着円盤は観測的には宇宙に多く存在すると考えられているが、薄い円盤領域でのシミュレーションの不安定などに阻まれ解析が遅れていた。シミュレーションはさらに降着円盤がケプラー回転でない非定常状態をも扱い、その結果(1)ジェットが噴出する場所は重力ポテンシャルと遠心力ポテンシャルとで定義される有効ポテンシャルで決定され、定常モデルの場合と一致すること、(2)ジェットの初期加速には、磁場が降着円盤に十分巻き込まれる程度に弱い場合は磁気圧が支配的となり、磁場が強い場合は遠心力が支配的となること、(3)ジェットの最終速度は概ねケプラー速度程度だが、磁場強度にも弱く依存すること、(4)幾何学的に厚い降着円盤のシミュレーションによって示された、質量放出率と磁場との関係が近似的に成立すること、などを示した。

 第3章では、第2章で磁場が弱い場合に起こることが示されていた、ジェットのノット状構造について詳細なシミュレーションを行った。その結果、ノット状構造はソーセージ不安定性によって成長し、その伝搬速度は観測と一致することを示した。また、不安定性の条件が磁場のポロイダル成分とトロイダル成分との比で決まることを示した。

 第4章では、初期に降着円盤が力学的平衡にある場合の3次元MHDシミュレーションを行い、非軸対称の効果がジェットの形成に与える影響を調べた。降着円盤が回転することによって、円盤を貫く磁場はねじられるが、磁場が弱い場合にはねじれが特に顕著になる。このように強くねじれた磁気チューブは、kink不安定性に対して不安定であることが知られており、ジェットの構造が壊れてしまうという予想もあった。しかしシミュレーションの結果、少なくとも降着円盤が約10回転する間は、ジェットの構造はほぼ安定であることを示した。ただし、降着円盤の回転速度方向に対する摂動が1%より小さい場合でも、ジェットの構造は非軸対称になり得ることも明らかになった。また、ジェットの速度、質量放出率の磁場依存性は2次元軸対称シミュレーションの場合と本質的に同じ結果となることも示した。

 以上、本論文で論文提出者はMHDシミュレーションによりジェットの加速および伝搬機構を解析して、降着円盤が幾何学的に薄い場合でも、これまで解析されていた幾何学的に厚い円盤と同様にその基本メカニズムを理解できることを示し、さらに定常モデルで論じられてきた加速開始点の条件が非定常シミュレーションにおいても成り立っていることを示す等、加速機構の一般的な性質を明らかにした。これらは種々のスケールで存在する宇宙ジェットを理解する上で、重要な貢献であると考えられる。

 なお本論文の第2章は柴田一成、工藤哲洋氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となってシミュレーションを行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。なおこの内容は共同研究者と共著でAstrophysical Journal誌に掲載されている。

 したがって、博士(理学)の学位を授与出来るものと認める。

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