学位論文要旨



No 116876
著者(漢字) 幸田,仁
著者(英字)
著者(カナ) コウダ,ジン
標題(和) 渦巻銀河ガス円盤の力学的構造 : NGC3079の弱いバーポテンシャルと大質量コア
標題(洋) Dynamics of the Central Disk in Spiral Galaxies : Weak Bar Potential and a Central Massive Core in NGC 3079
報告番号 116876
報告番号 甲16876
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4139号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中井,直正
 東京大学 教授 中田,好一
 東京大学 教授 吉井,譲
 国立天文台 教授 川辺,良平
 国立天文台 助教授 森田,耕一郎
内容要旨 要旨を表示する

本論文では、バー構造を持つ銀河円盤内部のガス運動と、銀河中心部大質量コアの存在を明らかにする。まずケーススタディーとして近傍円盤銀河NGC3079の観測結果を、バーポテンシャル中でのガス運動モデルで解釈し、それをもとにNGC3079中心部の大質量コア(中心100pcに109M◎)存在を明らかにする。またこの大質量コアがNGC3079特有の性質か、円盤銀河の一般的性質かを明らかにするため、数値実験結果との比較による統計的な確認方法を提案する。

1,近傍円盤銀河NGC3079に見るガス運動と大質量コア

 国立天文台野辺山ミリ波干渉計を用い、COガス輝線により円盤銀河NGC3079の観測を行った。

 (A)観測結果

 得られた位置速度図(PV図)が右図。得られた積分強度図(次ページ左)、速度場(右)、PV図などを総合的に判断し、NGC3079のCOガス円盤中に以下の4つの成分があると結論した。

 1,Main Disk::半径2kpc以上;ガス質量5×109M◎

 2,Spiral Arms/Offset Ridges:Main Disk上を南北にのびる

 3,Nuclear Disk:半径約600pc

 4,Nuclear Core:半径150pc以下;ガス質量3×108M◎

 中心部100pcで速度200km/s

 (B)Weak Barモデルによるガス運動の解釈

 他観測から示唆される弱いバー構造があると仮定し、粘性項を考慮した運動方程式を解いてガスの軌道を評価した。下にモデルのガス軌道(右)、PV図(左)を示す。右図:銀河の長軸は水平、バー長軸は破線。外側軌道の一群はx1軌道、内側はx2軌道(一部内側のx1軌道)。左図:PV図の印は、"・":x1軌道、"□":x1軌道上、急激な曲がりの直後、"+":x2軌道、"○":内側のx1軌道。コントアは観測結果。

 このモデルから、観測された上記1の構造は弱いバーによるガスのx1軌道、上記2はx1軌道の混んだ領域に対応する高密度領域、上記3はガスのx2軌道、であると説明した。この解釈は上記1,2,3の構造について全ての観測結果を整合的に説明し、上記1,2,3が弱いバー構造に起因する構造であると、結論される。

 (C)中心部大質量コアの検出

 しかし弱いバーモデルでは、上記4を説明できない(上図右)。上記1,2,3の構造とモデルとの100%整合性から、NuclearCore中の高速度はバーによる中心方向のガスの流れではないと結論され、中心100pcに109M◎の大質量コアがあると結論される。この質量はNGC3079中心に発見されているブラックホール質量の約1000倍にあたり、銀河中心部大質量コアの確証が初めて得られたことになる。

2,バー銀河に見かけ上、大質量コアを検出する確率

 銀河回転曲線の観測から、中心部大質量コアの傍証はいくつもの銀河で発見されている。しかしバー構造による中心部へのガスの流れと、大質量コアを区別することは一般には困難で、大質量コア存在の確証を得るのは難しい。本論文でNGC3079について大質量コア存在を確認したが、他の銀河1つ1つについて同様に構造を解き明かし、大質量コアの存在を確認するのは困難である。

 そのため将来の観測により、大質量コア存在の一般性に統計的結論を出すことを目的とし、中心コア無しのバー銀河で、見かけ上の大質量コアを発見する確率を計算した。

 (A)数値シミュレーション

 バーポテンシャルを仮定し、その内部でのガス運動を流体力学計算で追い、実際の観測に近い条件下で銀河回転曲線を求め、その中心部に"見かけ上"の大質量コア発見を確認した。バーの強さや、パターン速度を変えて数値実験を繰り返し、"見かけ上"の発見をする確率を求めた。一つの例について、様々な角度から見たPV図が下図。

 (B)結果

 中心コアなしのバー銀河に、"見かけ上の"大質量コアを発見する確率を、最大約40%と見積もった。バーを持つ銀河の割合は約60%と見積もられているため、ランダムにサンプルした銀河に、バーによる"見かけ上"の中心部大質量コアを誤って検出する確率は、40%×60%=24%であると見積もられる。今後の観測で、24%以上の銀河に中心部大質量コアを検出した場合、大質量コア存在の一般性が統計的に確認されることになる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は申請者が、棒状構造を持つ銀河円盤内部のガスの運動と銀河中心部の大質量コアの存在を論じたものである。その典型例として近傍にある横向円盤銀河NGC3079の高空間分解能観測の結果を棒状ポテンシャル中でのガス運動モデルで解釈し、それをもとにこの銀河の中心部に大質量コアが存在することを示している。また大質量コアがこの銀河に特有の性質か棒状銀河に共通する一般的性質かを判別するために観測結果と数値実験結果との比較による統計的な確認方法を提案している。

第1章では、序として研究の背景と目的が述べられている。銀河の棒状構造中のガスの軌道がガスの粘性がある場合に、無い場合と比較してどのように変化するかを数値実験で示している。次に銀河の質量を考える上で重要な銀河回転曲線について多くの銀河で見られる中心部の急激な立ち上がりが大質量の存在によるものか棒状ポテンシャル中のガスの非円運動による見かけ上のものかという2つの考えがあり、そのどちらであるかを判定することは銀河の構造と質量分布を考察する上で重要であるので、それを検討するのが本論文の目的であると述べている。

第2章では、上記問題を考察するため距離約16Mpcと近傍にあってCO輝線も比較的強い横向円盤銀河NGC3079の結果を報告している。この銀河はバルジの形状等から棒状構造を持つと推定されており、本研究目的に合致した天体である。観測は国立天文台の野辺山ミリ波干渉計を用いて1.9"x1.6"という高い空間分解能で行われた。その結果、分子ガスの強度分布、速度分布、銀河の長軸にそった速度場などから、この銀河の分子ガス円盤中に、1)Main disk, 2)Spiral arms/Offset ridges, 3)Nuclear disk (R<600pc), 4)Nuclear core (R<100-150pc)の4つの主要成分があることがわかった。この観測結果を、棒状ポテンシャルがあると仮定し粘性項を考慮した運動方程式をSPH法を用いて解いた数値実験と比較した結果、上記4成分のうち前3成分は棒状構造に起因する構造であるが、最後の成分は棒状ポテンシャルによる銀河中心部へのガスの流れで生じる見かけ上の効果では説明できないとし、中心約100pc以内にある109Moの大質量コアが実在すると結論づけている。これは中心核にあると推定されているブラックホールの質量より3桁大きく、もっと広がった成分である。

第3章では、棒状銀河に見かけ上、大質量コアを検出する確率を数値実験で推定している。銀河回転曲線から、銀河中心部に大質量コアが存在する傍証は多くの銀河で得られている。しかし棒状構造による銀河中心部へのガスの流れと大質量コアを区別することは一般には容易ではなく、上記NGC3079のような手法がすべての銀河に適用できるわけではない。そこで数値実験により棒状銀河をいろいろな角度から観測した場合に見かけ上、大質量コアを発見する確率を全棒状銀河の約40%以下と算定し、また棒状銀河の割合は約60%であるから全銀河のサンプル中で中心部大質量コアを誤って検出する確率を24%以下と予想している。今後の観測でこれを有為に上回る比率で中心部大質量コアが検出されれば、大質量コア存在の一般性が統計的に確認されると結論づけている。

第4章では、これらの結果をまとめるとともに将来の観測によって上記の結論が確認されることの期待を述べている。

以上要約するに、本論文はNGC3079において高分解能観測のみならず大規模数値実験も組み合わせることによって、棒状構造による中心部へのガスの流れと区別して中心部大質量コアの存在を初めて明確に示したものであり、学位論文として十分評価される。したがって、委員会は全員一致で本論文提出者に博士(理学)の学位を授与できると認める。

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