学位論文要旨



No 116877
著者(漢字) 小林,千晶
著者(英字)
著者(カナ) コバヤシ,チアキ
標題(和) 銀河の形成と化学力学進化
標題(洋) Formation and Chemodynamical Evolution of Galaxies
報告番号 116877
報告番号 甲16877
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4140号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡村,定矩
 東京大学 教授 吉井,讓
 東京大学 助教授 牧野,淳一郎
 国立天文台 教授 家,正則
 国立天文台 教授 有本,信雄
内容要旨 要旨を表示する

 宇宙には渦状銀河や楕円銀河、矮小銀河といったさまざまな形の銀河がある。そのような銀河の形態の起源を探ることは、現代の天文学の重要なテーマである。近年の観測装置の発達、とくに多天体分光器の発達により、系外銀河の星や球状星団の光学的化学的力学的性質が観測され、銀河の三次元的な内部構造の進化が明らかになりつつある。また、さまざまな距離にある遠方銀河団の観測から、銀河間の相関関係の進化や、銀河と銀河団環境との相互作用の歴史が得られつつある。こういった詳細な観測結果を解釈し銀河の形成・進化を解明するためには、より現実的な数値シミュレーションを行って比較することが必要である。

 そこで私は、ガスと星とダークマターの力学系としての銀河の力学進化と、星が元素合成した結果である銀河の化学進化を三次元N体SPH数値シミュレーションによって同時に解き、楕円銀河の(1)相関関係と(2)内部構造という観測事実を実証的に説明することで、楕円銀河の形成と進化を議論した。

 私の銀河進化モデルは、三次元の流体と重力多体問題を同時に解くことによって、ガス雲からの天体の形成を追う。流体の部分には密度の変化が大きい系の計算に適しているSPHコードを使用し、最も計算時間を要する重力多体問題を解く部分には重力多体問題専用計算機GRAPEを利用する。観測と比較しうる化学力学進化モデルを構築するためには、星形成に付随するさまざまな物理課程を導入することが必要であり、私のモデルでは、放射冷却、星形成、恒星風とIa型およびII型超新星によるエネルギーと重元素の星間空間への還元を導入した。

 楕円銀河に色−等級関係や金属量勾配があることは、楕円銀河の形成時に、ガスが冷却し星形成が行われ重元素が増加するという過程が効いていたことを意味する。楕円銀河の形成説については、(A)ガス雲の散逸的収縮説と、(B)渦状銀河同士の衝突合体説が拮抗している。(A)前者では、楕円銀河は赤方偏移z〜2以上前にバースト的に星形成を行い、一斉に発生した超新星爆発によって銀河風を起こしガスを銀河の外へ放出、後は星生成を行わずに受動的に進化をしたと考える。この説は楕円銀河の色の受動的な進化を説明することができる。しかしCDM宇宙論によると宇宙初期に銀河スケールの天体が単体で存在することは不可能である。(B)後者では、本来宇宙に誕生するのは渦状銀河で、楕円銀河は渦状銀河の衝突合体によって形成されたと考える。銀河団における形態−密度関係を説明しやすい。しかし形成時期がz〜0.5程度と遅すぎ、観測と矛盾する点も多い。

 私は、CDM宇宙論に基づく第三のシナリオ(C)を採用し、GRAPE-SPHコードを用いて、CDMゆらぎを与えた72個の銀河領域の化学力学進化をシミュレーションした。銀河は複数の矮小銀河の連続的な合体によって形成される。合体の歴史はさまざまで、初期条件によって変わってくる。どの場合も大部分の星は最初の爆発的な星形成で100億年以上前に形成される。その結果、72個の銀河領域の82個の銀河と42個の矮小銀河が形成された。z〜3以降に同程度の質量の銀河との衝突合体majer mergerを経験した楕円銀河は約半分の36個だった。

 そして、観測される楕円銀河の二大特徴を再現することに成功した。

 (2)楕円銀河のさまざまな物理量には相関関係があり、これらの傾きをすべて再現した。

 i)最もよく知られた関係はFaber-Jackson関係とよばれる質量−光度関係で、これを再現した。大質量の銀河ほど明るい。ii)この関係に銀河の広がりを表す半径を加えると、分散のより小さい関係、原理平面が現れる。原理平面は質量光度比と光度の関係だと解釈されていて、私のモデルでもそうなっている。iii)majer mergerを経験した銀河は、有効半径が大きく、有効半径内の平均の面輝度が小さくなり、質量光度比が大きくなる傾向がある。よって、観測される原理平面のわずかな分散の起源は合体の歴史の違いである。

 iv)もうひとつの重要な関係は、色−等級関係や吸収線強度と速度分散の関係、つまり大質量の銀河ほど金属量が多いという質量−金属量関係で、これを再現した。v)私のモデルでは星形成は局所的なガスの密度によって決まっていて、大質量の銀河ほどガスの密度は高くなるので、星形成は多くなり、金属量も高くなる。この関係の分散は観測と同様、非常に小さい。

 (2)楕円銀河の光度分布はde Vaucouleurs則に従って一様であるに対し、金属量の動径方向の勾配は多様で、他の物理量と相関しないことを再現した。つまり同質量/同光度/同金属量の銀河でも金属量勾配は異なっている。

 i)銀河の形成時には、金属量の高いガスが中心に流れつつ星形成を起こすので、星の金属量は中心ほど高いという勾配が自然に現れる。初期の勾配はΔ[Fe/H]/Δlogγ〜-1.5から-1.0と鋭い。ii)しかし、その後ガス降着が続き、銀河の外側で星形成が起こると、金属量勾配は少しずつ浅くなり、Δ[Fe/H]/Δlogγ〜-0.5程度になる。また、大部分の銀河の星々が形成された後に他の銀河と衝突合体すると、勾配は1.0から0.5dex程度一気に浅くなる。ただし、衝突した銀河が大量のガスを含んでいて、銀河中心部で大規模な星形成を誘発する場合は、勾配はそんなに浅くならない。iii)典型的な酸素の勾配はΔlog[O/H]/Δlogγ〜-0.3±0.2で、Mg2インデックスによる観測値と一致する。つまり半径が十倍になると金属量は半減する。iv)金属量勾配は、質量にも光度にも金属量にも相関しない。金属量勾配の多様性の起源は合体の歴史の違いである。金属量勾配は、合体を経験しない銀河では鋭く、合体を経験したものは浅い。銀河の酸素、鉄、金属量の勾配は、合体を経験しない銀河と経験した銀河でそれぞれ、Δ[Fe/H]/Δlogγ〜-0.45, -0.38, Δ[O/H]/Δlogγ〜-0.25, -0.24, ΔlogZ/logγ〜-0.30, -0.24である。

 楕円銀河が相関関係に従うという一様性は、星形成の法則がひとつであることと、大部分の星はその後の進化とは関係なしに初期に形成されたことを意味する。金属量勾配にみられる内部構造の多様性は、楕円銀河の進化の歴史がさまざまであることを意味する。金属量勾配の観測値は、合体を経験しない銀河と経験した銀河の割合いは半々であることを示唆している。

 以上のように私は、シナリオ(C)を用いて、観測される楕円銀河の(1)相関関係と(2)内部構造を同時に説明することができた。(A)のようにすべての楕円銀河が単一のガス雲から生まれる必要も、(B)のようにすべての楕円銀河が渦状銀河の衝突合体によって生まれる必要もない。CDM宇宙論が要求する通り、楕円銀河は複数の矮小銀河の連続的な合体によって形成された。合体の歴史はさまざまで、あるものは非常に遠方で形成されたままほとんど進化せず、またあるものは最近に他の銀河と衝突合体した。いずれの場合も、大部分の星は最初の爆発的な星形成で100億年以上前に形成され、質量・光度・金属量といった銀河全体のグローバルな物理量に違いは現れないが、金属量勾配にみられる内部構造には、合体の歴史が反映されている。つまり観測される現在の銀河の金属量勾配から、その銀河の合体の歴史を推測することができるのである。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、楕円銀河の形成過程を力学的化学的見地から議論したものである。1990年代に広く受け入れられるようになった冷たい暗黒物質の存在を前提としたCDM宇宙論では、銀河は小さな塊が集合合体して次第に成長して形成されると考える。本論文では、このCDM宇宙論に基づいて、まず宇宙初期の密度ゆらぎのシミュレーション(CDMゆらぎ)から、将来楕円銀河になると推測される領域を切り出し、その領域の進化を三次元N体SPH(Smoothed Particle Hydrodynamics)シミュレーションによって追跡するという手法をとる。本論文の特長は、重力多体問題専用の高速計算機GRAPEを使用して莫大な量のモデル計算を行い、銀河の内部構造を追跡して、表面輝度分布や金属量の分布(勾配)などを観測と詳細に比較したところにある。

 本論文は4章からなっている。第1章では、本研究に用いる三次元N体SPHシミュレーションの概説と、楕円銀河の形成と進化に関する従来の研究がレビューされ、本研究の位置づけがなされている。

 第2章は本論文で用いたモデルの解説である。ガスと星と暗黒物質からなる力学系としての銀河を三次元的に扱い、流体と重力多体問題を同時に解くことによってガス雲から天体の形成を追うことが目的である。流体部分の計算にはSPHコードを使用し、もっとも計算時間を要する重力多体問題を解く部分はGRAPEを利用する。天体の形成に付随する物理過程には、放射冷却、星形成、星風とIa型およびII型超新星によるエネルギーと重元素の星間空間への還元を含めた。Ia型超新星を含めた計算は従来にはなかったものである。

 初期条件としては、標準的なCDMシミュレーションにおいて、z〜23-29にあるCDMゆらぎの1σ-3σの領域から、共動座標で半径1.5Mpc、質量〜1012M〓の部分領域を切り出して用いた。CDMシミュレーションの種(シード)を変えて、上記条件を満たす72領域を切り出し、その領域の進化を現在まで追跡した。本論文では楕円銀河に着目するので、切り出した部分領域には無次元角運動量パラメータλ=0.02に相当するごく僅かな角運動量を与えた。

 天体形成のプロセスは以下のようであった。天体は小さな塊の連続的な合体によって形成される。合体の歴史はさまざまで、初期条件のシードによって変わってくる。どの銀河の場合も、大部分の星は最初の爆発的な星形成活動でz〜2以前(100億年以上昔)に作られる。星形成活動のタイムスケールは1-2Gyrのものがほとんどである。現在において、半径20kpcの球内の星の質量が4.5×107M〓以上になった高密度領域を銀河として同定した。質量が109M〓以下で、有効半径内の面輝度がSBe>24mag arcsec-2であるものは矮小銀河と分類した。この基準で、72領域から82個の楕円銀河と42個の矮小銀河が同定された。比較的最近(z〜3以降)に同程度の質量を持つ銀河との衝突合体、いわゆるmajor mergerを経験した楕円銀河は約半分の36個であった。これら124個のどの銀河もr1/4法則に従う面輝度分布を示した。

 第3章では、前章でできた124個のシミュレーション銀河の性質を調べ、観測との比較が行われている。もっとも注目すべきことは、楕円銀河は、面輝度分布はどれもほぼr1/4法則に従う均質な集団でありながら金属量勾配の強さはさまざまで、その強さが銀河の全光度と相関しないという一見不可解な観測事実を説明したことである。

 銀河の形成初期には、金属量を増したガスが中心に流れつつ星形成を起こすので、星の金属量は中心ほど高いという勾配が自然に現れる。その後ガス降着が続き、銀河の外側で星形成が起こると勾配は少しずつ浅くなる。また、銀河の大部分の星が作られた後に別の銀河と衝突合体すると、相手が大量のガスを含むものでない限り、勾配が一挙に浅くなる。つまり、一般的に言って、金属量勾配は、大規模な合体を経験しない銀河では強く、経験したものでは緩やかであり、合体の歴史の違いによって多様性が生まれるのである。

 質量−光度関係、基本平面関係、色−等級関係、質量−金属量関係など楕円銀河のさまざまなスケーリング則に関する比較も行われており、矮小銀河を除外すれば、ほぼ観測される関係を再現する。しかしながら本論文のシミュレーションでできた銀河の光度は実は現実の楕円銀河の約10分の1しかなく、スケーリング則の再現は光度をその分だけ補正した上でのことである。しかしながら、この問題は使用した粒子数が少ないことなどによるもので、上記の金属量勾配の多様性の起源に関する知見に影響を与えるものではないと考えられる。

 第4章は結論であり、このシミュレーションで得られた知見がまとめられている。

 以上要約するに、本論文は限定的な初期条件の下ではあるが、大規模な数値シミュレーションにより楕円銀河の形成過程を調べ、その星形成と合体の歴史を描き出し、金属量勾配の多様性の起源が合体の歴史の違いにあるということを初めて示したものである。この論文は、今後の楕円銀河の形成過程の研究に大きな飛躍をもたらす足がかりを築いた先駆的な論文と評価できる。したがって、委員会は全員一致で本論文提出者に博士(理学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク