学位論文要旨



No 116879
著者(漢字) 寺澤,真理子
著者(英字)
著者(カナ) テラサワ,マリコ
標題(和) 超新星爆発でのr−過程元素合成
標題(洋) The r-Process Nucleosynthesis in Supernova Explosion
報告番号 116879
報告番号 甲16879
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4142号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 野本,憲一
 東京大学 助教授 茂山,俊和
 東京大学 助教授 田中,培生
 東京大学 教授 安藤,裕康
 東京大学 教授 久保野,茂
内容要旨 要旨を表示する

 r(rapid)-過程元素合成(以下r-過程)は、中性子捕獲のタイムスケールがβ崩壊のタイムスケールより速い元素合成過程であり、β安定線から離れた中性子過剰な領域を通って反応が進む。鉄より重い元素の約半分がr-過程によって合成されると考えられているため、r-過程を知ることは銀河の化学進化を知る上で非常に重要である。そのため、多くの研究がなされ、r-過程は非常に中性子過剰で高温、かつ、エントロピーが高い爆発的な現象で起こるということがかわっている。そこで、r-過程が起こるサイトは、重力崩壊型の超新星爆発、OneMgコアの超新星爆発、中性子星の合体などいくつか考えられており、その中でも重力崩壊型の超新星爆発が最も有力である。

 重力崩壊型の超新星爆発は、コアのバウンスによる衝撃波によって外層が一気に短時間で吹き飛ばされる爆発(prompt explosion)と、バウンスによる衝撃波が一度弱まったところをニュートリノの再加熱によって、衝撃波が再びエネルギーを獲得して外層を飛ばす爆発(delayed explosion)とがある。どちらの機構が起こるかははっきりとわかっていないが、少なくとも重い星の爆発ではdelayedメカニズムで爆発すると考えられている。

 このような爆発現象では、衝撃波の通過によって原子核は自由核子に分解され、温度がさがるにつれて、まずα粒子が合成される。そして、安定核付近のα捕獲反応(以下α-過程)によって質量数A〜100程度の鉄族元素(r-過程で中性子がくっつく種になる核という意味でSeed核と呼ぶ)を合成し、Seed核からr-過程が始まり、中性子過剰領域を反応が進むと考えられていた。そのため、これまでのr-過程の研究では、重い元素のみ注目され軽い元素は安定核付近のごく限られたものしか扱われていなかった。特に、陽子数Z<10の元素については、4He(αn,γ)9Be、4He(αα、γ)12Cと、12C以上の安定核付近のα捕獲のみ注目されており、それ以外の反応はほとんど無視されていた。

 しかし、BigBang元素合成でさえ、軽い中性子過剰核の反応が非常に大きな役割を果たすことが知られている。そこで、これまで扱われていなかった軽い中性子過剰核のニュートリノ反応を含めた全ての反応をとりいれた原子核反応ネットワークを構築し、元素合成計算をした。その結果、非常に短いタイムスケールかつ中性子過剰な爆発現象では、軽い(Z<10)中性子過剰核反応が非常に大きな役割を果たし、重い中性子過剰核の組成比が1桁程減少し、逆にA〜50程度の軽い核の組成比は増加するということがわかった(図1)。これは、r-過程が非常に軽い核から始まったことと、物質が十分遠くに飛んで温度がさがった状況でもr-過程によりSeed核をつくり続けた結果である。ここでは重い中性子星(M=2.0 Msolar)を仮定したdelayed explosionのモデルを用いたが、prompt explosionや中性子星の合体などの中性子過剰な環境で、かつ、爆発のタイムスケールが非常に短い爆発現象では、非常に重要であることが期待される。

 Delayed explosionでは、非常に強いニュートリノフラックスが発生し、ニュートリノと原子核の反応がr-過程を抑制することが知られている。さらに、ニュートリノ過程がr-過程に与える影響を最小限にするためには、爆発のタイムスケールがニュートリノ反応のタイムスケールより充分短い爆発モデルが必要であることがわかっている。典型的な中性子星の質量は1.4 Msolarと考えられているが、これまでの理論計算では、M〜2.0 Msolar、R〜10 kmという非常に重いコンパクトな中性子星を残すモデルしか、太陽系のr-過程元素の組成比を再現できなかった。しかし、先の研究からdelayed explosionのように非常に短いタイムスケールの爆発では、物質が十分遠くに飛んで温度がさがった状況でのr-過程が重要であることがわかった。そこで、境界条件となる圧力(P)をパラメーターにし、超新星爆発のシミュレーションを行った。そして、r-過程元素の組成比の境界条件依存性を調べた。その結果、典型的な中性子星、M=1.4 Msolar、R=10 km、を仮定した場合でも、r-過程が起りうることがわかった(図2)。

 一方、これまでr-過程は起こらないとされていたprompt explosionについてもシミュレーションを行い、再度r-過程元素合成のネットワーク計算を試みた。Prompt explosionは比較的軽い星の超新星爆発と考えられているため、ここでは中性子星の質量を1.2 Msolarとした。その結果、A>100の元素について太陽系のr-過程元素の組成比を非常によく再現できた(図3)。さらに、爆発により放出される重元素量を計算したところ、銀河の化学進化を説明できることもわかった。

 以上、本論文では、r-過程の起こる最も有力なサイトだと考えられている重力崩壊方の超新星爆発におけるr-過程元素合成を詳細に調べ、r-過程において重要な原子核反応、r-過程の起こる条件を調べた。その結果、重力崩壊型の超新星爆発でr-過程が起こる可能性は非常に大きいことが確認できた。今後は、現在進んでいる、古い星での重元素の観測、不安定な中性子過剰核の実験の結果を、随時取り入れ比較することによりさらに詳細な制限を試みる。

図1.最終的な元素の組成比。

横軸は質量数で、縦軸は組成比である。実線は、拡張したネットワークを用いた場合で、点線は拡張前のネットワークを用いた場合の計算結果である。データ点は太陽系のr-過程元素の組成比である(Kappeler et al. 1989)。

図2.図1同様、M=1.4Msolarの場合の元素の組成比。

破線はP=1020dyn/cm2、実線はP=1021dyn/cm2、点線はP=1022dyn/cm2の場合である。データ点は太陽系のr-過程元素の組成比。

図3.図1、2同様、元素の組成比。

実線は今回の計算結果を示し、データ点は太陽系のr-過程元素の組成比を示す。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、七章と付録部分から構成されている。第一章は、本論文の研究対象であるr(rapid)-過程とはどのような元素合成であり、r-過程元素の観測と合成の理論モデルで何が問題とされているかをまとめた導入部分である。第二章は、大質量星の重力崩壊過程とそれがニュートリノ加熱で超新星爆発へと転じる機構と、r-過程元素が合成されるための条件をまとめている。第三章は、本研究による新たな発見の一つである、軽い中性子過剰核の反応の役割を明らかにしている。第四章は、本研究の柱となる部分で、中性子星風の力学計算とr-過程元素の合成の計算結果が提示され、r-過程元素の組成比の境界条件依存性が明らかにされている。第五章では、比較的低質量の星の超新星爆発の場合にもr-過程元素の合成が起こりうることを確認する計算例が提示されている。第六章では、今後に残された課題をまとめ、第七章で、結論をまとめている。付録部分は、計算方法と物理過程の詳細を記述している。

 r-過程元素合成は、中性子捕獲がβ崩壊より速く進む元素合成過程であり、β安定線から離れた中性子過剰な領域を通って反応が進む。鉄より重い元素の起源を明らかにする上で、r-過程元素合成がどこで起こるかを明らかにすることを欠かすことはできない。また、最近の観測によって、r-過程元素の組成比が多くのハロー星でも太陽組成比とほぼ同一であることが明らかになり、r-過程元素が共通の過程で合成されたことが示唆されている。

これまでの研究により、r-過程は非常に中性子過剰で高温、かつ、エントロピーが高い爆発的な現象で起こるということが明らかにされてきた。このような条件を満たす場所は、重力崩壊型の超新星爆発、中性子星の合体などいくつか提案されてきたが、太陽組成比をもつr-過程元素を合成するには、非常に特殊な条件を必要とし、合成モデルが成功しているとは言い難い状況にある。そこで、本論文では、重力崩壊型の超新星爆発におけるr-過程元素合成モデルの新たな改良を行ない、典型的な条件下で太陽組成を実現できることを示した。r-過程元素の計算にあたって、本論文は、まず、軽い中性子過剰核の反応の重要性を明らかにした。これまでのr-過程の研究では、重い元素のみが注目され、軽い元素についてはごく限られた核と反応しか扱われていなかった。それに対して、本論文では、原子核反応ネットワークを拡張し、軽い中性子過剰核の反応が大きな役割を果たしてr-過程が非常に軽い核から始まり、重い中性子過剰核と軽い核の組成比が、従来の結果とは異なるものとなることを発見した。

従来の重力崩壊型超新星における定常中性子星風モデルでは、2MΘという極端に重いコンパクトな中性子星から風が吹き出すモデルしか、太陽系のr-過程元素の組成比を再現できなかった。これに対して、本論文では、中性子星風の現実的な動力学的シミュレーションを、外側の圧力の境界条件をパラメーターとして実行した。境界の圧力が十分低い場合には、遠方の温度が十分低くなるためにSeed核の合成量が減る。その結果、中性子とSeed核の比が大きくなり、r-過程が重い核まで進むこと、典型的な1.4 MΘの中性子星からの風というモデルでも、太陽組成のr-過程元素の合成が起こることを見いだした。

また、11 MΘ前後の比較的軽い星が起こす可能性のある短い時間尺度の超新星爆発の簡単化したモデルのシミュレーションとr-過程元素合成の計算を行ない、原子核反応ネットワークの拡張の効果もあって、質量数100以上の元素については、太陽系のr-過程元素の組成比をよく再現できることを示した。これは、このような比較的軽い星がr-過程元素の主要な合成場所であり得ることを定量的に確認した最初の計算例である。

 以上、本論文は、新たな原子核反応ネットワークを構築した上で、r-過程元素合成を、様々な条件下で調べ直し、典型的な重力崩壊型超新星爆発において、太陽組成をもつr-過程元素の合成が起こり得ることを見い出した。この結果は、従来の結論を変更し、これまで不明とされていたr-過程元素の起源の解明に迫る新しい発見であり、銀河の化学進化の研究にも大きく貢献する重要なものとして高く評価できる。

 なお、本論文の第三章と五章は、住吉光介、梶野敏貴、谷畑勇夫、鈴木英之、山田章一、G. Mathewsの各氏と共著論文の形で、既に学術論文に公表されているが、論文提出者が主体となって大部分の計算を実行し解析を行ったもので、論文提出者の寄与は十分であると判断できる。したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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