学位論文要旨



No 116880
著者(漢字) 仲田,史明
著者(英字)
著者(カナ) ナカタ,フミアキ
標題(和) z〜1.27のやまねこ座超銀河団領域における銀河特性の環境依存性
標題(洋) Environmental Dependence of the Galaxy Population in the Lynx Supercluster Region at z〜1.27
報告番号 116880
報告番号 甲16880
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4143号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 川良,公明
 東京大学 助教授 須藤,靖
 東京大学 教授 井上,一
 国立天文台 教授 田辺,良平
 国立天文台 教授 有本,信雄
内容要旨 要旨を表示する

 これまでのハッブル宇宙望遠鏡(HST)や2-4m級望遠鏡による観測から、銀河が密集して存在する銀河団環境と銀河分布がまばらなフィールド環境では、銀河特性が異なることが知られている。一般に、銀河団ではフィールドに比べて星形成率は大きく抑制され、銀河の形態も早期型銀河(楕円銀河、S0銀河)の割合が大きいことが知られている。この現象を説明するための物理的メカニズムとして、高密度環境下での銀河同士の相互作用による低温ガスのはぎとり、ラム圧力による高温ガスのはぎとりなどが考えられているが、これまでのところほとんどわかっていない。この問題を解決するためには、銀河団中心部とその周辺領域を観測して比較する研究が必要不可欠であるが、望遠鏡の大きさ、視野の制限などにより、銀河進化の効果が顕著になる遠方の銀河団を、周囲のフィールドまで含めて十分広視野に観測することは困難なことであった。

 我々のグループでは、すばる望遠鏡(口径8.2m)の主焦点観測装置である、モザイクCCDカメラ(Suprime-Cam)を開発した。Suprime-Camの視野は約30'で、これはz=1で約15h-150Mpcに相当する。この観測装置を用いれば、8m級望遠鏡の大集光力と広視野をいかして、進化の効果が顕著に現れるz〜1の銀河団でも〜M*+2まで観測し、かつ銀河団中心から境界領域を経て、周辺のフィールドに至るまで1視野で覆うことができる。このことにより、フィールドから銀河団へと至る各環境での銀河特性の違いを系統的に調べることが可能になった。

 我々は、銀河特性の環境依存性を探るためのサンプルの1つとして、z〜1.27に存在するやまねこ座超銀河団領域を、すばる望遠鏡とSuprime-Camで観測した。この超銀河団領域には、z=1.27, z=1.26の2つの銀河団が4.'2(3h-150Mpc)の角度距離で存在していることが知られており、現在分光観測により確認されている、最遠方の超銀河団である。観測はV, R, i', z'の4バンドで行われた。観測された視野26'.4×24'.1は、Ω0=0.3, λ0=0.7の宇宙論パラメータのとき、z=1.27で13.1×12.5h-170Mpcに相当し、銀河団中心から周辺フィールドまで十分な広さで覆っている。

 我々は、この4色の測光データからそれぞれの銀河の赤方偏移を推定し、i'<26.15(〜M*+2.5)までの明るさの銀河2229個をLynx超銀河団に付随する銀河として同定した。このサンプルを「z〜1.27銀河サンプル」とする。このサンプルのうち、青い銀河に比べて赤方偏移を正確に推定できると考えられる、赤い銀河のみについて空間分布を調べたところ、銀河の個数密度が5σ以上で高密度になっている領域が、既知の2つの銀河団を除いて7個存在することがわかった。これは既知の2つの銀河団と同じくらいの密集度であり、新たに発見された銀河団/銀河群候補と考えられる。しかし、これらの領域からはROSATやChandraによるX線観測で、有意な対応天体が確認できなかったため、十分な熱的プラズマが存在しない、メンバー銀河の少ない集団だと考えられる。

 Lynx領域のうち、銀河団中心部では、Keck望遠鏡によりいくつかの銀河が分光観測され、赤方偏移が正確に測られている。これにより、Lynx領域の銀河団銀河であると確認されている銀河は16個である。これらの銀河のi'-z'の色を調べたところ、i'-z'〜0.9に直線状の色分布が存在することが分かった。このような銀河は、銀河形成から約1Gyr以内にその銀河に含まれるほとんどの星を形成し、その後は既にできた星の進化のみによって受動的に進化をするという、受動的進化モデルで進化過程が近似できると考えられている銀河である。しかし、直線状の色分布を示す銀河の色を受動的進化モデルと詳細に比較するとi'-z'で約0.07等級青い色を持っていた。また、これらの銀河のR-i'の色も青いことから、星形成活動が存在することが考えられる。実際にディスクモデルを仮定して星形成量を推定したところ、最大〜3M〓yr-1/1011M〓の星形成量があると推定される。このことから、z〜1.27では、銀河団中心部に存在する、受動的進化をしているように見える銀河でも、大きな星形成が存在することが推定される。

 測光観測から赤方偏移が推定されたz〜1.27銀河サンプルには、実際にはz〜1.27に存在しないフィールド銀河が数多く混入していると考えられる。そこで我々は、今回観測した領域のうち、個数密度ΣでlogΣ<1.1の低密度領域を代表的なフィールド領域として、残りの領域からモンテカルロシミュレーションにより差し引いた。このようにして、統計的にフィールド銀河の混入の無い状態のz〜1.27銀河のサンプルを作った。また、時間進化を調べるため、z=0.41の銀河団A851のカタログを用いて、同様な手法で銀河団に付随する銀河のサンプルを作り上げた。このA851もLynxと同様にSuprime-Camで広視野な観測がなされており、Lynxの観測データと比較するのに大変良いサンプルである。

 これらのサンプルを使い、我々はそれぞれの銀河の静止系でのU-Bの色、Uバンド、Bバンド、及び2800A波長での光度、各銀河に含まれる星の質量、各銀河の星形成率を求め、銀河の環境効果及びその時間進化を調べた。Lynx超銀河団領域の銀河特性の環境依存性が最もよく表されている図として、星形成率の時間進化をFig.1に示す。

 ここで、星形成率SFRは、

というMadauらが1998年に求めた関係を用いた。その結果以下のことがわかった。

 1.Fig.1の左図で、A851(z=0.41), Lynx(z=1.27)ともに高密度環境にある銀河の方が、低密度環境にある銀河よりも星形成率が低いことが分かった。これは、z=0.41だけでなく、Figure 1:星質量で較正した、銀河の星形成率の時間進化。左側は高密度環境(丸印;logΣ>1.3)と低密度環境(四角;logΣ<1.3)で比較したもの。ただし、Σはz〜1.27の銀河サンプルで定義した個数密度である。右側は、大質量銀河(丸印;M>1011M〓)と小質量銀河(四角;M<1011M〓)で比較したもの。それぞれz=1.27のLynxの場合とz=0.41のA851の場合をのせている。実線はフィールドの銀河の星生成率を表す。

 z=1.27でも環境効果の存在が確認できたことを示す。ただし、両環境下での星形成率の差はA851(z=0.41)に比べ、Lynx(z=1.27)の方が小さいことがわかった。このことから、高密度環境下における星生成の抑制は、より進化したより低赤方偏移の銀河団よりも、高赤方偏移にある銀河団の方が効果的でないことが分かった。

 2.Fig.1の左図で、高密度環境にある銀河でもLynx領域の星形成率は、近傍fieldの星形成率に比べて約10倍大きいことが分かった。このことから、z〜1.27では、銀河団中心部でも星形成活動は大きいことが示唆される。

 3.Fig.1の左図で、A851領域とLynx領域の星形成率と比較すると、高密度環境にある銀河の方が、低密度環境にある銀河よりも星形成率の減少が大きい。このことから、高密度環境における銀河内ガスのはぎとりなどによる星形成率の抑制メカニズムが、効いていることが分かる。

 4.Fig.1の右図で、高密度環境にある銀河を、大質量銀河と小質量銀河に分けて星形成率を調べた。A851領域、Lynx領域どちらも大質量銀河は小質量銀河に比べて星形成率が小さいことが分かった。このことから、大質量銀河はより高赤方偏移で多くの星形成を終えており、低質量銀河の星形成は続いていることが示唆される。これは銀河の形成は、大質量銀河の形成から進み、小質量銀河の形成が後になるとする「ダウンサイジング効果」の描像と一致する。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、すばる望遠鏡の光学広視野カメラによる多色撮像観測を行うことで、銀河特に銀河団銀河の進化に関して新しい興味深い知見をもたらしたものである。

 論文の第1章の「序説」では、銀河が密集している銀河団内部における銀河団銀河の特性は銀河の密度分布が一様で低いフィールドにおけるフィールド銀河の特性とは異なり、銀河団銀河には楕円銀河やSO銀河のような早期型銀河の割合が高く星形成率も低いことが低赤方偏移銀河の観測から知られていることが述べられている。この違いを説明する仮説はいくつか提唱されているが、はっきりしたことは分かっていない。銀河進化の効果が顕著になる遠方の銀河団をそれを取り巻くフィールドまで含めた広視野で観測すると、この問題を解決するための手がかりが得られるはずである。論文提出者達は、このような視点に基づき、赤方偏移z〜1.27の銀河団が2個存在することが知られていたLynx(やまねこ座)領域をすばる広視野カメラSupreme-Camで観測することにした。

 第2章では、Supreme-Cam、観測、データ整約の詳細が述べられている。光学領域の4バンドVRi'z'で撮像が行われ、検出限界等級は十分な深さまで達した。

 第3章では、4バンドVRi'z'のイメージから天体を検出し、そこで求めた測光値を用いて赤方偏移を推定している。測光赤方偏移のうち1.00

 第4章は、本論文の骨格をなす部分である。まず測光赤方偏移1.00

 以上、論文提出者は、1)z〜1.27にあるLynx超銀河団を観測し、7個の銀河団を発見し、2)これらの銀河団の銀河とフィールド銀河を比較することで、銀河団高密度領域に行くほど銀河の色は赤く、また光度も高くなることを示し、3)z〜1.27における星形成率は、フィールド銀河、銀河団銀河ともにz=0.41のものより10倍大きいことを示した。1)は、高赤方偏移z〜1.27において銀河分布の大規模構造が存在することを示したもので、宇宙論的観点からも重要な発見である。2)は、低赤方偏移で起っていることがz〜1.27でも起っていることを示したものであり、3)は銀河団高密度領域の銀河の星形成率もフィールド銀河同様に高赤方偏移z〜1.27で高くなっていることを示したもので、いずれも銀河団と銀河の進化の関係を考える上で重要な結果である。

 なお、本論文は岡村定矩、土居守、宮崎聡、嶋作一大、児玉忠恭、安田直樹、八木雅文氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって観測・解析・解釈を行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク