学位論文要旨



No 116882
著者(漢字) 古澤,久徳
著者(英字)
著者(カナ) フルサワ,ヒサノリ
標題(和) 測光的赤方偏移に基づくすばるディープフィールドの銀河の光度関数の進化
標題(洋) Evolution of the Galaxy Luminosity Function Based on Photometric Redshifts in the Subaru Deep Field
報告番号 116882
報告番号 甲16882
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4145号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉井,譲
 東京大学 教授 尾中,敬
 東京大学 助教授 河野,孝太郎
 国立天文台 教授 小林,行泰
 国立天文台 助教授 関本,裕太郎
内容要旨 要旨を表示する

 本研究は、多波長撮像データに対し測光的赤方偏移法を適用することで、中間赤方偏移帯域での銀河の光度関数進化を調べるものである。

 銀河の進化を明らかにする為の手段として光度関数の議論が用いられる。銀河の光度関数は、銀河の絶対等級に対する単位共動体積当たりの個数密度である。光度関数の赤方偏移に対する推移を調べることは、宇宙のどの年代に、どのような物理量を持つ銀河(種族)がどの程度存在するかを調べることに相当する。単純には、銀河の進化は個々の銀河の明るさの変化と個数そのものの変化とが考えられ、光度進化のみを考慮する純粋光度進化(PLE)と、個数変化に説明を与える、冷たいダークマターに基づいた宇宙密度揺らぎからの構造形成モデル(HCE)がしばしば両極端の仮定として議論の引き合いに出される。前者は昔に遡るほど銀河の星形成期を見込むことになるので光度関数は明るい方向へ移動し、後者は合体前の姿を見込むことになるので個数が減る方向へ働く。典型的なPLEとHCEではz=1までに光度関数の予想される明端の位置が1等級程度差異なることが知られている。また、銀河を色や形態によってクラス分けして光度関数を調べた場合、全体としてのものよりも種族別の強い傾向が見られることが知られている。すなわち、光度関数の形を厳密に決められれば、モデルの予測との比較から銀河進化のシナリオに制限を付けることが出来る。

 光度関数に基づいて銀河の形成進化を宇宙年齢規模で調べようとする比較的大規模な赤方偏移サーベイが90年代後半から行われるようになり、例えばCFRS(Lillyら1995)では、現在から宇宙年齢の約半分までの間に青い銀河が強い光度進化をしており、赤い銀河は比較的一定であるという結果を得た。しかし測光の限界に対して分光限界が非常に浅い為(8mクラスでもI=24.5〜25等程度)、高々z=1までの銀河をサンプルするのが限界である。銀河数にして500から2,000個、最も著名な研究の一つであるCFRSサーベイも観測面積にして100平方分程度に留まっている。z>1では限界等級の問題とは別に、赤方偏移によって分光観測に有用なスペクトル線が赤外域に入る為、分光が困難になる。以上のことから、赤方偏移て系統的に大きなサンプルを完全に得ることは現在も困難である。

 先に述べたような赤い銀河の進化が緩やかであることは早期型銀河の多くは宇宙の比較的早くに形成されたとするとPLEモデルの予測とよく一致していたが、同じく中間赤方偏移サーベイであるCNOC2による結果では赤い銀河の光度進化や青い銀河の個数進化の可能性が示唆され、HCE研究者によるモデルも改善され中間赤方偏移帯(z=0-1.5)での銀河描像は明らかではない。HDFやドロップアウト手法を中心としたさらなる遠方銀河研究のゼロ点としても使われることが多く重要な赤方偏移帯である。

 この分野の研究には距離情報が必要な為、分光観測の困難が障壁となるが、ハッブルディープフィールドが公開されて以来、従来にはなかった広い波長基線にわたる多波長サンプリングによる、測光的赤方偏移(photo-z)が頻繁に用いられるようになった。photo-zは多色測光に基づいて分光を用いず赤方偏移を見積もる手法である。銀河のモデルSEDを用い、測光観測データとモデルSEDとをテンプレートフィットすることで赤方偏移を見積もり、およそ0.1等規模の誤差で見積もられることが知られている。photo-zを用いることで距離に10性質を見積もる場合には非常に有用である。光度関数はこの部類に属する。最近では、多波長サーベイ観測データにphoto-zを適用し、中間赤方偏移帯の様子を議論する研究が行われ始めたが、領域が非常に狭いものや限界等級の限られるものが多く結果が収束しているとは言えない。

 以上のような流れの中で、すばる望遠鏡主焦点広視野カメラ(Suprime-Cam)によるプロジェクトサーベイ観測「すばるディープフィールド(SDF)」(1視野543平方分)が進行中である。Suprime-CamによるSDF観測は2001年3月から6月の性能試験時間に行われ、BVRi'z'バンドで撮像された。現在までの限界等級は2"φ3σを設定したとき(B=27.7, V=27.2, R=27.0, i'=26.8, z'=26.0(AB等級))となっている。この等級は概ねz=1.5-2のSbc銀河程度を完全にサンプルする等級に相当する。5バンドにわたる多波長データの測光内部エラーを最小限に抑える為、Gunn&Strykerの恒星SEDとの比較から測光の整合性が確立された。色空間での分布と銀河計数を調べ、HDFやSDSSとのよい一致を見た。

 本研究では、SDFの多波長測光データに対して、HDF銀河で試験したphoto-z法(古澤ら2000)を適用する。現在十分に分光サンプルが存在し、photo-zの精度を試験できるのは事実上HDFのみである。photo-zは測光誤差に影響を受ける手法なので、今回はS/Nの比較的高い等級でカタログを切ることにしたが(B=26.2, V=25.7, R=25.5, i'=25.3, z'=24.5)Suprime-Camの広い視野により、各バンドで約20,0000個の銀河をサンプルすることが出来た。HDFとは特に限界等級の面と、バンドの形状が異なるSDFサンプルに対して、試行錯誤の上いくつかの条件を課して妥当性の高いphoto-zを得た。

 私は、今回得られたphotozカタログを用いて、Bバンド光度関数と紫外光UV光度関数を調べた。本研究の優位な点は、Suprime-Camによる非常に広い撮像面積と十分に深い多波長観測データ、多波長の利点として銀河の静止系光度を観測等級の内挿入から正確に求められるということがある。解析の結果、以下のことがわかった。Bバンド光度関数(LF)から、LFのM<-17の明るい側はSDSSなどの近傍光度関数と非常によい一致を示したが、暗い側ではスロープの変化が見られる。またこれらはSbc銀河より青い銀河によって占められている。これらの急スロープ内の銀河には輝線銀河が多いという議論も過去になされている。光度関数全体としては、赤方偏移に対して緩やかな増光傾向があるが、=0.75付近で個数密度の低下も見受けられ、純粋なPLEではない。また典型的なHCEモデルは我々の観測に対して個数密度を高く見積もりすぎである。

 色別に光度関数を見積もった場合、赤い銀河に個数密度の進化が見られ、遠方ほど個数が減る。しかしその強さは、典型的なHCEモデルが予想する変化よりは有意に緩やかである。CNOC2のように3色で分類した場合、最も赤い銀河の個数変化が強調される。これはこれらの種族が光度関数全体における光度比率が小さい為である。また、我々は銀河サンプルが非常に多い為、青い銀河を従来には行えなかったImより青い銀河だけに細分することが出来る。この結果、非常に青い銀河の光度関数はpower-law的でありに一定を保っているが、z=1付近で個数密度に増加が見られる。UV2000Aの光度関数を求めることで、より直接的に星形成の強さを知ることが出来る。得られたUV光度関数は、<1.25で緩やかに増光することが分った。別の観点から議論する為に、Madau(1998)に基づいて、UV光度を星形成率へ変換し、Bバンド絶対等級に対する星形成率の分布を調べた。過去にCowieらに提唱されているのと同様の傾向として、z=0-1.25の範囲で遠方ほど、明るいシステム内での星形成率が活発になるという結論を得た。

 また、SDFはCISCOによる深い近赤外外撮像データ(2'x2')もすでに存在しており、私はHDF-N/Sによる全体の光度関数をSDFのものと比較した。するとデータの重なるz<1.25ではエラーの範囲で比較的よく一致した。我々の結果からは、Sawickiら(1997)で報告されたようなz=3付近での急激な増光は見られなかった。以上のことから、種族全体の光度関数では種族ごとの進化の効果が弱まり、3色に分離した場合赤い種族に強い進化が見られることが分った。また、M>-16.5のスロープの変化や、銀河団ではしばしば報告される、赤い種族にみられるM=-17付近のくぼみもフィールドでは過去にないレベルで有意に得ることが出来た。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文はすばるディープフィールド(SDF)の広視野多波長撮像データに測光赤方偏移法を適用し、赤方偏移z〜1までの光度関数の推移を求めることによって、銀河進化の道筋を新しい観点から議論したものである。

 本論文は7章から構成される。第1章では従来の赤方偏移サーベイ観測とその結果が概説されている。特に、これまで狭い領域で求められた光度関数の赤方偏移依存性について、その結論が収束していない現状がレビューされ、広くて深い領域の大規模銀河カタログに基づいて光度関数を決定する本研究の重要性が指摘されている。

 第2章ではSDF広視野多波長撮像データの解析方法が述べられている。このデータはすばる望遠鏡主焦点広視野カメラの性能試験期間中に取得したBVRi'z'撮像データであり、天域の広さは1視野543平方分におよび、解析よって求めた限界等級はB=27.7等級に達している。ここでは限界等級より1.5等明るいB=26.2、V=25.7、R=25.5、i'=25.3、z'=24.5(AB等級)までの銀河をサンプルにとり、各バンドごとに概ね2万個の銀河を含む多波長カタログを構築した。第3章ではSDFカタログに含まれた銀河の計数や色分布がハッブルディープフィールド(HDF)の結果と合致することを示し、SDFは特異なサーベイ領域ではないことを確認した。

 第4章では独自の工夫を凝らして開発した測光的赤方偏移法の信頼性を詳細に論じている。ここでは児玉−有本の楕円/渦状銀河の標準進化モデルにダストによる吸収効果を考慮してエネルギー分布(SED)を計算し、561のモデルSEDをテンプレートに用いることとした。第4章の後半ではHDF多波長撮像データにこのテンプレートを適用して測光赤方偏移を見積もり、既知の分光赤方偏移と比較して、誤差はおよそ0.1であることを示した。第5章ではSDFの一部の領域のBVRi'z'データから求めた測光赤方偏移を、波長基線の広いBVRi'z'JKデータから求めた測光赤方偏移と比較し、z〜1までは誤差が0.15に収まることを十分な説得力をもって示した。この方法をSDF全領域のBVRi'z'データに適用し、測光赤方偏移を完備した世界最大規模の多波長銀河カタログを構築した。

 第6章ではSDF銀河カタログに基づいて、近傍銀河とz〜1までの遠方銀河のBバンド光度関数を求めた。まず、近傍の光度関数において、MB=-17より明るい側はこれまでの近傍光度関数と非常に良く一致するが、暗い側で光度関数は急勾配を示すことを新たに見出した。この暗い銀河の超過は統計的に有意であり、晩期型銀河より更に青い矮小銀河とみなされる新しい種族の存在を示唆する重要な結果を得た。更に、銀河団ではしばしば報告されているが、赤い早期型銀河の光度関数にみられるMB=-17付近のくぼみの存在をフィールドの銀河では初めて確認した。また、赤い早期型銀河は赤方偏移が大きくなるにつれ個数が減る傾向がみられるが、有意な光度進化は確認できなかった。この観測結果は光度進化のみを考慮する銀河の純粋光度進化モデルの予想と相容れない。その一方で、観測された個数進化は構造形成の標準モデルの予想よりも緩やかで相容れない。これらは銀河の進化が両極端なモデルの二者択一で説明できるほど単純ではないことを示した重要な結果である。

 第7章は結果の要約である。

 以上、本論文はSDFの広視野多波長撮像データから測光赤方偏移を求め、z〜1までの光度関数を高い精度で決定したものであり、銀河の進化過程を明らかにする上で重要な手がかりとなる数多くの観測事実を新たに導き出した先駆的研究として高く評価できる。なお、本論分の一部は岡村定矩、土居守、嶋作一大、八木雅文、安田直樹、宮崎聡の各氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。よって、審査員全員一致で博士(理学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク