学位論文要旨



No 116885
著者(漢字) 関根,秀太郎
著者(英字)
著者(カナ) セキネ,シュウタロウ
標題(和) 地動振幅トモグラフィーによる日本列島下の三次元減衰構造
標題(洋) Tomographic inversion of ground motion amplitudes for the 3-D attenuation structure beneath the Japanese islands
報告番号 116885
報告番号 甲16885
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4148号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 平田,直
 東京大学 教授 ゲラー,ロバート
 東京大学 助教授 古村,孝志
 東京大学 助教授 纐纈,一起
 東京大学 助教授 卜部,卓
内容要旨 要旨を表示する

1.研究の目的

 地震動の振幅分布や震度分布が同心円状に広がらず異常な形状を示す例などから日本列島下の減衰構造は速度構造と同程度に三次元的に複雑であることが予想される.そこでこの減衰構造を地震動の振幅データに対してQ値を指標としたトモグラフィー解析を行うことによって求める.その結果から火山フロントや海洋性プレートなどに代表される日本列島下の地殻や上部マントルの構造を三次元的に捉える.また,得られたQ値構造に対して地震動シミュレーションを行った.

2.データ

 気象庁の地震月報(1994年1月〜2000年12月)の上下動最大速度振幅データのうちP波あるいはS波の到着時刻から2秒以内に読み取られたものをP波あるいはS波の最大振幅とし,さらに周期の情報から5Hz(周期0.1-0.3s)と2Hz(周期0.4-0.6s)中心の振幅データとして選択した.5Hzの場合,P波では2328個の地震から得られた合計19260個の振幅データを,S波では3236個の地震から得られた合計31004個の振幅データを解析に用いた.また観測点の総数は947点である.

3.解析手法

 ある周期での地動振幅Aijは,震源の効果Si,観測点近傍での増幅率Gj,幾何減衰1/Rijと値の効果のコンボリューションで書き表されるとし,その式の対数をとったを観測方程式とした.ただし振幅データは大きな観測誤差を含んでいる事が予想されるため,初期値として地殻およびマントル内のQは500,太平洋スラブ内のQには1500を与えて逐次的な最小二乗法で解いた.

また震源での振幅は方位依存性のないω2モデルを仮定し,その値は全データの平均値を用いて計算することとした.また震源距離Rij,および走時Tkを計算する際に必要な三次元P波およびS波速度構造に関しては吉位・他(2001)のモデルを用い,Koketsu and Sekine(1998)の方法により三次元の波線追跡を行った.

4.解析結果

図1の上段にS波のQ値(Qs)の深さ10, 25, 40kmでの分布を,下段にP波のQ値(Qp)の分布を示した.東北地方の火山フロントに沿った地域ではQ値が低く,その東側では非常に高いQ値を示していることが特にQsで明瞭に見える.この傾向は九州地方の火山フロントにも若干見られる.また関東地方におけるフィリピン海スラブ上面の深さ40km付近には低Qs領域が現れた.この地域はKamiya and Kobayashi(2000)がポアソン比から蛇紋岩分布の可能性が指摘した地域である.

一方,西南日本におけるフィリピン海スラブの沈み込みに伴う高Q値は,特にQpで明瞭であり微小地震活動から得られているスラブ上面とよく似た形状を示している.また瀬戸内海ではフィリピン海プレートが深さ65km付近まで確認できる.

5.地震動シミュレーションへの応用

 茨城県の海岸線付近,深さ約100kmの地震を例に観測された振幅値をみると図2(a)のように火山フロントの東側では大きな距離でも振幅があまり減衰しないのに対し,火山フロントの西側では同じ距離でも東側に比べて大きく減衰していることがわかる.求められた三次元Q構造に対する地震動シミュレーションを行いこのような現象の再現を試みた.図2(b)はQ構造を考慮した場合であり,図2(c)はQ構造を考慮しなかった場合の図であるが,Q構造を考慮した場合,絶対振幅を含めてかなりの精度で観測振幅を再現できることが分かった.

図1:(上段)左から10km,25km,および40kmにおけるS波Q値の分布を,(下段)左から10km, 25km,および40kmにおけるP波Q値の分布を示す.

どの図も寒色系の色が高Q値を示し,暖色系の色が低Q値を示している.また図中の三角は第4紀の活火山を示す.

図2:茨城県の深さ約100kmで起こった地震(星印)に対して

(a)実際に観測された上下動振幅(四角は振り切れた観測点を示し,バツ印は初動のみで最大振幅が報告されていない点を示す).(b)Q値を考慮した場合に対する三次元波動シミュレーションの上下動成分の結果.(c)Q値を考慮しなかった場合に対する三次元波動シミュレーションの上下動成分の結果.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は6章からなり、第1章は地震波の減衰構造研究の背景、第2章は研究に用いたデータについての記載、第3章は減衰構造推定の方法の定式化、第4章は本研究によって得られた日本列島の3次元減衰構造、第5章は減衰構造モデルを用いた地震動シミュレーションについて論じ、第6章で全体をまとめている。

 日本列島全域の地殻と上部マントルには、地震波速度分布に3次元的な大規模不均質構造が存在することが、近年の高品質で大量の地震波データを用いた研究によって明らかにされている。地震波速度は、地球内部を構成する媒質の弾性的性質を表しているが、一方、地震波の減衰構造は、媒質の非弾性的性質や散乱による減衰の効果を評価する上で重要である。しかし、日本列島全体の詳細なQ構造は、これまでに得られたことがなく、近年集積しつつある高品位の大量なデータを、高性能な計算機を用いて解析することによって始めて得られる成果である。

 本論文では、まず、日本全体で記録された高品位の地震波振幅データを解析する手法を開発し、その手法を実際のデータに適用し、トモグラフィー解析を行って日本列島下の3次元減衰構造を、Q値を指標として求めた。その結果、(1)地震波速度など弾性的性質と異なる側面から地殻やスラブの構造、例えば、沈み込む海洋プレートや火山の深部構造等が明らかになり、(2)現実的な地震動シミュレーションに欠かせない情報としての減衰構造モデルが提出された。

 本論文では、気象庁の地震月報(1994年1月〜2000年12月)の上下動最大振幅データのうち,P波あるいはS波の到着時刻から2秒以内に読み取られたものを用い,周期の情報から5Hz(周期0.1-0.3s)と2Hz(0.4-0.6s)を中心とした振幅データを選択した。5Hzの場合、P波の振幅データは2,328地震から,S波振幅データは3,236地震から得られた。観測点総数は947点であった。

 本論文では、振幅データから3次元減衰構造をトモグラフィー法によって求める手法を定式化し、計算機コードを新たに開発した。ある周期での地動振幅Aijは震源の効果Si,観測点近傍での増幅Gj,幾何減衰1/RijとQ値の効果の畳み込みであるとし,それらの対数をとったものを観測方程式とした。ただし,振幅データは大きな観測誤差が予想されるので初期値(Q=500,太平洋スラブ1500)を与えた逐次的な最小二乗法で解いた。RijやTkの計算は吉位・他(2001)の三次元Vp, Vs構造においてKoketsu and Sekine(1998)の方法で波線追跡を行った。

 新たに開発した手法により、以下のような日本列島の3次元地震波減衰構造(Qp及び、Qs)が得られた。まず、東北日本の火山フロントに沿った領域に低Q値が、その東側に、高Qの領域が、特にQsである。また,関東地方におけるフィリピン海スラブ上面の深さ40km付近には,Kamiya and Kobayashi(2000)の低速度領域と同じような位置に低Qs領域が現れた。一方,西南日本におけるフィリピン海プレートの沈み込みに伴う高Q値は,特にQpで明瞭で,微小地震活動から得られているスラブ上面とよく似た形状を示している。

 以上の研究によって求められた3次元減衰構造モデルを用いて、地震動シミュレーションを行った。例えば、茨城県の海岸線付近,深さ約110kmで発生した地震では、観測された振幅値が火山フロントの東側では大きな距離でも振幅があまり減衰しないのに対し,火山フロントの西側では同じ距離でも東側に比べて大きく減衰している。このような振幅の分布の特徴を、求められた三次元Q構造を用いた地震動シミュレーションで再現できることを確かめた。

 以上の結果は日本列島の地震波減衰構造と、減衰構造を考慮した強震動予測研究について新しい知見を与えた。

 なお、本論文の第3章と、第4章は、纐纈一起と共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析および論証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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