学位論文要旨



No 116887
著者(漢字) 小山,崇夫
著者(英字)
著者(カナ) コヤマ,タカオ
標題(和) 海底ケーブル電位差観測によるマントル電気伝導度に関する研究
標題(洋)
報告番号 116887
報告番号 甲16887
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4150号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 深尾,良夫
 東京大学 教授 浜野,洋三
 東京大学 助教授 上嶋,誠
 東京大学 教授 栗田,敬
 東京大学 教授 歌田,久司
内容要旨 要旨を表示する

 太平洋域において、通信用途を終えた海底ケーブルを用いて地球物理観測がおこなわれている。本研究は、海底ケーブルの電位差測定を行なうことで、地球内部の構造・ダイナミクスを理解することを目的とした。本論文は2部で構成される。

 第一部では、数年〜数十年のタイムスケールの地球内部起源の電磁場変動がマントル内不均質構造により散乱される効果が地表の磁場測定によって検出されている可能性について議論をおこなった。磁場はトロイダルとポロイダルの2モードに分離できるが、従来の研究ではポロイダル磁場の散乱効果のみ議論され、その効果は地表で観測できるほどの影響はないとされていた。一方、トロイダル磁場は地表に現れないため観測できないことから議論されることはなかったが、マントル内に電気伝導度の不均質構造が存在する場合、その不均質領域の散乱効果によりトロイダル磁場からポロイダル磁場に変換した成分が地表で観測される可能性はある。本論文ではマントル内で特に不均質性が大きいと考えられているD″layerの不均質構造によりコア内を起源とする電磁場変動が受ける散乱効果を3次元計算により数値実験した。その結果、地磁気60年変動の特徴的な空間パターンが、コア起源のポロイダル磁場が直接地表に現れていることでも説明はできるが、本研究で着目したコア起源のトロイダル磁場がD″layer内の不均質構造により変換したポロイダル磁場によって作られている可能性もあることがわかった。また、1年程度の時間スケールの変動と考えられている地磁気ジャーク現象の特徴的な空間パターンについてもこの効果が地表で観測されている可能性があることを示した。実際に地表で観測されているポロイダル磁場が、コア内のトロイダル磁場起源の成分かポロイダル磁場起源の成分かを区別することは、磁場の観測からでは行なうことはできない。両者を分離するには、他の物理量が必要であるが、特に海底ケーブルなどを用いて電場の観測をおこない、地表での電磁場変動を調べることが有効であることを指摘した。

 第二部では、海底ケーブルの電位差データと陸上の地磁気観測点での地磁気データを用いて、太平洋下の電気伝導度構造の推定を行なった。解析には8本の海底ケーブルの電位差データと16点の磁場観測点での磁場データを用いた。解析法は電場と磁場両方のデータを用いておこなうMT法と、磁場3成分を用いておこなうGDS法の2つの方法を用いた。電場観測データと磁場観測データの両方を使って行なわれる電磁探査法であるMT法は、ローカルスケールの地下構造を調べることに使われるため、通常、地球を半無限媒質、また外部起源の電磁場ソースフィールドを平面波として扱う。しかし、数千kmの空間スケールを持つ海底ケーブルを扱う場合、地球の球形状、および外部ソースフィールドのグローバルな分布を考慮に入れて解析を行なう必要がある。これまでも海底ケーブルを用いたMT法の研究はいくつかなされてきたが、いずれもローカルスタディーで使われる半無限大地と平面波ソースで解析が行なわれているため、誤った構造を求めている可能性がある。また、GDS法もグローバル構造の解析手法であるので、やはり解析を進めるには、グローバルな構造を考慮しなければならない。そこで、本研究では、まず複数の磁場観測点での磁場水平成分から、磁場のグローバル分布の推定を行なった。その結果、1日周期以上の周期帯では外部磁場ソースはP10分布と近似できることがわかった。

 この結果を用いて、地下の電気伝導度構造を解析する。解析手順として、まず、すべてのデータを平均的に満足するような太平洋下の1次元鉛直構造を求め、続いて、その1次元構造からのズレとして3次元不均質構造を求めることにする。電気伝導度の1次元構造解析は比較的容易であるため、ローカルおよびグローバルスタディーにおいて、これまでも盛んに行なわれている。ただし、地表付近にある微細な不均質構造により電場が歪む効果が電場データに含まれるため、この影響を考慮せずに地表で得られた電磁場データを用いて解析を行なうと、全く異なった構造を誤って求めてしまうことが、「ガルバニックディストーション」としてローカルスタディーにおいてはよく知られている。特に本研究は太平洋という海洋地域を解析対象とするので、3 S/mと高伝導体である海水と0.001 S/m程度である固体地球との不均質により電場が大きく歪むので、この「海陸不均質」によるガルバニックディストーションの影響が考慮されなければならない。従来までの研究では「海陸不均質」の影響を扱うものの、第一次的近似としての取り扱いしかなされていなかった。そこで本研究では、「海陸不均質」を適切に考慮した解析法を新たに開発した。さらに、MT法、GDS法などの電磁探査法は電磁誘導を利用した方法だが、電磁誘導が拡散方程式に従うため、地下での電磁場の急激な変化は、地表には鈍って伝わる。そのため、電磁探査法は、地下の不均質境界を検出することは原理的に困難であるという、根本的な欠点がある。本研究ではこの欠点を補うため、地震学、高圧実験の結果を利用し、深さ400km、650kmの2箇所には電気伝導度の急激な変化が存在するという先験情報を加えて、太平洋下の平均的な1次元鉛直構造の推定を行なった。その結果、深さ400kmではおよそ1.5桁、650kmではおよそ3倍、電気伝導度が上昇することがわかった。この構造を、高圧実験による岩石の電気伝導度測定の研究結果と比較したところ、マントル主成分と考えられているMg1.8Fe0.2SiO4を扱ったXu et al. [1998]の測定結果に非常に近いことがわかった。その一方で、この1次元構造からは系統的にずれているデータを示す観測点があり、その原因として電気伝導度構造の3次元性を考える必要がある。

 電気伝導度はオーダーで変化する物理量であるため、電磁誘導方程式の3次元計算を行なうときはその計算の条件数が悪くなり、3次元解析は非常に困難になる。これまでも3次元解析はほとんどなされておらず、本研究のようなグローバル解析に限れば、これまでにわずか2例しかない。そこで、本研究では新たにグローバル3次元電磁誘導の逆問題解析手法を開発した。計算量を極力抑えることを考え、グリッドサーチのようなglobal minimization methodではなく、初期モデルから出発して求める逐次近似法を採用した。その中でも特に、計算量が少なくてすむ最急降下法とBFGS更新公式による準ニュートン法を採用したインバージョンアルゴリズムを開発した。

 この手法をデータに適用し、初期モデルである平均的な1次元構造からのズレに着目し、3次元不均質構造の推定を行なった。その結果、ハワイ下の遷移層が1次元構造に比べて3倍高伝導、マリアナ下の400km付近が3倍高伝導、フィリピン下の遷移層・下部マントルが0.5倍低伝導であることがわかった。これを地震波トモグラフィーの研究により得られている地震波速度構造モデルと比較すると、ハワイ下は低速度異常、フィリピン下は高速度異常があることがわかった。この影響をたとえば温度とみなすと、高温度異常では、電気伝導度は上昇し、地震波速度は減少するので、電気伝導度モデルと地震波速度モデルは矛盾を生じない。また、液体の存在下でも、電気伝導度は上昇し、地震波速度は減少する。このように組成の違いでも電気伝導度の不均質構造を説明できる可能性があるが、どのような組成であるかは未知であり、その効果を見積もることができないので、本研究では簡単のため電気伝導度不均質が温度異常によるものと考えて、電気伝導度異常を温度異常に変換することで定量的な評価を行なった。その結果、ハワイ下は350度の高温異常、フィリピン下は250度の低温異常と見積もられた。この値はS波の速度異常から見積もられる温度異常に近い数値であることがわかった。その一方でマリアナ下は350度の高温異常と見積もられるが、これは電気伝導度構造からのみ検出された。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は2部からなり,いずれも長さ数千キロメートルという長大な通信用海底ケーブルを用いた地電位差観測データをもとに行った,固体地球に関する電磁気学的研究の結果について述べたものである。

 第1部は6章からなり,海底ケーブルで観測される電位差変動のうち,外核で発生した成分について,特にそのマントル最下部の不均質電気伝導度構造との関連に着目して述べたものである.第1章の研究の背景で述べられるように,地球磁場は外核のダイナモ作用によって発生しているが,その発生過程においてトロイダルモードの磁場(動径成分がないために,地表で観測することができない磁場)の役割が重要である事が理論的には知られている.このモードの磁場に対応する電流はマントルにしみ出しており,その地表における電場としての信号は微弱であるが長大なケーブルを用いれば観測可能である.この電場は,マントルの電気伝導度の不均質構造の影響を受けるが,特にその最下部(外核直上)は地震波速度構造の研究からも大きな不均質構造の存在が示唆されている.第2章では,その影響を詳しく調べるための問題設定が行われ,地磁気60年変動およびGeomagnetic Jerkと呼ばれる非常に短い時間スケールの地磁気変動が,外核のトロイダル磁場の変動がマントルの不均質構造によってマントルの磁場変動に変換された結果であるという仮説をたてた.そして,仮説に従った数値実験を行い,観測による検証の可能性を調べることとした.第3章で具体的に電磁誘導方程式を積分方程式法によって数値的に解く方法が示された.第4章では,数値実験の結果が示され,第5章でそれらについての詳しい議論がなされている.さらに第6章では,第1部の研究で得られた結論が述べられている.

 第1部において得られた結果を要約すると以下のようになる.従来,地磁気数十年変動やGeomagnetic jerkと呼ばれる急激な地磁気変化には特徴的な空間パターンがあることが知られている.外核における磁場発生そのものに地域性があることはもちろんありうるが,本研究で考察したように,もともとの磁場変動には特別な空間分布がなくても下部マントル最下部の不均質な電気伝導度構造によってそのような空間分布が作られている可能性がある.本研究以前にも,構造の影響を考察した例はあるが,トロイダル磁場のモード変換の可能性を指摘したのは,本研究が初めてである.モデルの妥当性はトロイダル磁場の強さがわからない以上確定的ではないが,海底ケーブルによる電位差観測が可能になった現在,観測によって検証が可能となった.本研究は,それに加えて地球の自転変動の観測データとの直接比較による検証のプロセスも示した.

 第2部は7章からなり,海底ケーブルで観測される電位差変動および地磁気観測点で観測される地球磁場3成分変動のうち,地球外部(電離圏・磁気圏)に原因のある磁場変動によって誘導された成分に着目し,マントル深部の電気伝導度構造との関連について述べたものである.地球内部の電気伝導度に関する研究では,MT法に代表される地球を半無限空間として扱う場合でも観測データから直接3次元構造を求められたことはほとんど実例がない.第1章で研究の背景が述べられるように,地球を球体と扱ういわゆるグローバルインダクションの問題では,観測点が十分に全球をカバーしていないこともあって,1次元(球対称)モデルに基づく解析しか行われていない.しかも,1次元モデルですらモデル間のばらつきが大きく,地震学におけるPREMに相当する標準モデルがない.本研究は,特に海半球計画等で観測点の密度が飛躍的に向上した北太平洋を中心とする全球の4分の1の領域について,信頼できる1次元構造とそれからのずれとしての3次元不均質電気伝導度分布を,インバージョンで求めた点が特に新しい点である.第2章で,観測データから電気伝導度の情報を含む応答関数への変換の方法とその結果が述べられている.第3章では,海陸分布を考慮に入れた1次元電気伝導度インバージョンが行われる.構造を求める際に,地震学や室内実験の結果を参照して,400kmと660kmの深さでは急激な電気伝導度の変化を許すが,それ以外ではなめらかに変わるという拘束条件を与えた.第4章および第5章では,その結果得られた1次元構造を標準モデルとして,3次元構造を求める手順が詳しく述べられている.電磁誘導問題のフォワード解法は本研究の独創ではないが,これを逆問題に組み込んで実際の観測データに適用したのは世界初の結果である.第6章では,本研究で得られた1次元および3次元電気伝導度構造モデルについて,その地球科学的な考察が行われ,第7章で結論が述べられている.

 本論文の第2部の重要な点は,このような解析を世界で初めて試みた点である.今後観測が充実することに伴って,構造モデルそのものは修正されることはあると予想されるが,本研究で行われたアプローチ(正確な1次元構造モデルの決定とそこからのずれとしての3次元構造の推定)は,今後この研究分野における標準的な方法として扱われるものと考えられる.そうした意味で,エポックメアーキングな研究ということができる.結果として得られた3次元電気伝導度構造のうち,例えばハワイの下のマントル遷移層には周囲よりも有意に電気伝導度が高い領域があり,これは地震波トモグラフィーによる速度構造とも対応して同様の傾向(高温領域)を示している.このことからも,将来さらに充実した観測データをもとにした電気伝導度構造の研究により,地球深部の状態およびダイナミクスを理解する上で,地震学的手法とは独立な情報がもたらされることが期待される.本研究は,その出発点となる.

 なお,本論文の第1部は,清水久芳および歌田久司との共同研究であるが,論文提出者が主体となって数値計算などを行なったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断される.

 したがって,博士(理学)の学位を授与できると認める.

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