学位論文要旨



No 116889
著者(漢字) 松原,誠
著者(英字)
著者(カナ) マツバラ,マコト
標題(和) 速度に空間的相関を持たせた走時インヴァージョン法による東北脊梁山地の3次元P波,S波速度構造
標題(洋) Three-dimensional P- and S- wave velocity structures in the Backbone Range of Tohoku, northeast Japan, by a travel time inversion method with spatial correlation of velocities
報告番号 116889
報告番号 甲16889
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4152号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩崎,貴哉
 東京大学 教授 松浦,充宏
 東京大学 助教授 纐纈,一起
 東京大学 助教授 佐藤,比呂志
 東京大学 教授 平田,直
内容要旨 要旨を表示する

1.はじめに

 東北脊梁山地は,東西圧縮場の典型的な島弧に位置し,脊梁山地を挟む形で活断層が存在し,活断層に関連する内陸大地震も発生している.これまで,東北地方の地殻構造について,屈折法探査による2次元構造(Iwasaki et al., 2001)や,トモグラフィー法(Zhao et al., 1992)による3次元構造(中島他,2001)が提示されている.しかし,これまでの地殻構造推定のトモグラフィー法は,グリッド配置の影響で実際の構造を反映していない場合があった.また,活断層に挟まれた領域について,10km程度の詳細な構造は求められていない.

 そこで,本研究では,データのもつ解像力を最大限に引き出して,最も高分解能な構造を求めるトモグラフィーの手法を開発し,その手法を用いて東北脊梁山地の下,特に千屋・北上低地帯西縁断層の二つの活断層に挟まれた領域の3次元P波・S波速度構造を明らかにし,速度不均質構造と活断層の深部構造・微小地震活動との関係を解明することを目的とした.

2.観測・データ

 詳細な構造を知るためには観測点を密に配置した観測を行う必要があった.そこで,1997-1999年に東北脊梁山地では,広域テレメーター観測・オフライン稠密微小地震観測・屈折法地震探査・反射法地震探査が行われた.私は,オフライン観測について,観測点配置の決定からデータ処理・解析まで携わり,広域テレメーター観測にも参加した.これらの観測で得られた自然地震の地震波の到達時刻のデータと,屈折法地震探査で得られた人工地震からの走時データをインバージョンに使用した.

3.解析手法

 詳細な構造を反映したモデルを得るためには,グリッドを細かく配置することが望ましいが,その場合,未知数が増えてunderdeterminedになる.そこで,相関距離(Lc)内のグリッド間の速度に相関を導入して,これを解消した.

 未知数は,震源座標と各グリッドでのslownessとした.さらに,データの分散,slownessの分散共分散,相関距離を与え,最尤法によって解を推定し,slownessを求めた.速度分布に空間的相関を持たせるために,重み行列(Cs-1/2)を次のように設定した.

ここで,xiはi番目のグリッド座標,σijは初期値から許容されるslownessパーターベーション,σは隣接するグリッド間のslownessパーターベーションの許容される差を示している.数値実験の結果,構造の不均質の波長Lnに対し,グリッド間隔(Lg)とLcが,Lg≦(1/4)Lh,Lc≦(1/8)Lhの場合に,データを最大限に生かした構造を求められることが分かった.今回の観測では,観測点密度が異なる領域が存在するため,新しい手法では観測点密度に応じたグリッド配置を設定できるようにした.

4.東北脊梁山地の速度構造解析

 東北の観測で得られたデータに,新たな解析手法を適用した.広域テレメーター観測と微小地震観測により得られた706個の自然地震(図1)と50個の発破からの33,993個のP波,18,483個のS波の走時データを用い,インバージョンを行った.グリッド間隔と相関距離は表1に示すとおりである.

 

5.結果

 チェッカーボードテストの結果,上部地殻では,20-60kmの波長の不均質構造まで信頼できることが分った.大局的に見ると,表層では,北上低地帯,横手盆地,秋田平野,仙北平野,栗駒山などの火山の付近で低速度になっている.上部地殻では,脊梁山地から西にかけての領域では低速度であり,北上山地の下では高速度になっている.下部地殻では,北上低地帯の下では高速度であるが,脊梁山地では低速度になっている.断層に挟まれた領域に着目すると,表層では千屋・川舟断層のトレース付近では,P波速度が10%程度遅くなっている.脊梁山地の下では,東西の幅7-15km,南北18km程度の領域のP波速度が6-8%遅くなっていることが分った.また,活断層に挟まれた脊梁山地の下の構造は,東傾斜の構造が卓越している(図2(a)).

 19回の繰り返しの結果,残差は,自然地震のP波は0.343秒から0.186秒,S波は0.441秒から0.280秒,人工地震のP波走時は0.503秒から0.158秒へと30-70%程度減少した.

6.議論

 脊梁山地を挟む断層について,反射法地震探査による断層面が得られている(平田他,1999).東傾斜の構造が卓越しているトモグラフィーの結果は,千屋断層との調和はよいが,北上低地西縁断層とは斜交している.

 本研究で求められた微小地震は,千屋断層の断層帯の近傍下部付近と北上低地西縁断層の断層帯の下に分布してる.これらの地震の発震機構は,千屋断層の断層帯付近の微小地震については,逆断層型であり,震源の位置も断層帯の近くにある.一方,北上低地帯西縁断層の下の微小地震は,down-dip compression型である.千屋断層の変位速度は0.8-1.0mm/年であるのに対し,北上低地帯西縁断層帯の変位速度は0.2mm/年である(Nakata, 1976).このことから,変位速度の大きな断層については,断層と調和的なメカニズムの微小地震がより発生しやすいと考えられる.

 北上低地帯西縁断層の深部延長の低速度領域は,MT法から求められた低比抵抗の領域(Ogawa et al., 2001)と調和的である.この領域を構成する岩石を,一般的に上部地殻を主に構成する花崗岩と考えると,熱のみにより周囲に比べ6-8%程度低速度になるためには,600°以上必要である.しかし,火山が存在しない場所では,それほど高温とは考えにくい.一方,この領域のVp/Vs比は1.65-1.70であり,花崗岩(1.70)とほぼ同じか小さい.従って,岩石のメルトの存在する可能性は低い.以上より,この領域の低速度は水に起因すると考えられる.Takei (2001)によりまとめられたdlnVs/dlnVpに対するポアの形状・流体物性の相対的寄与,およびポアの形状を与えたもとでの-dlnVs/dφ(φは流体の占める体積の割合)の値を用いて,本研究で求められたP波・S波速度の低速度の割合を考慮すると,2-8%程度の流体(水)がこの領域に存在することが示唆される.

7.結論・まとめ

 データを最大限生かしたトモグラフィー法を開発した.最適な解を求めるためには,グリッド間隔や相関距離について考慮が必要である.相関距離は再現できる構造の不均質の波長の1/8程度がよい.

 活断層に挟まれた東北脊梁山地の詳細な速度構造を求めるために,東北脊梁山地において多くの観測を行った.観測された地震からのP波・S波の到達時刻データを用い,本研究で開発した新しい手法により,これまでより詳細な構造モデルを得ることができた.波長20km程度の構造では,上部地殻は東傾斜の構造が卓越している.この構造は,千屋断層とは調和的であるが,北上低地帯西縁断層とは斜交している.脊梁山地の下には低速度領域が存在し,低比抵抗の領域と調和的である.Vp/Vs比を考慮すると,この領域には2-8%程度の水が存在することが考えられる.

表1 グリッド間隔と相関距離

図2新しいトモグラフィー法で得られた東北脊梁山地の東西断面図.

(a)P波速度のパーターベーションと活断層(平田他,1999),(b)比抵抗分布(Ogawa et al., 2001),(c)P波速度,(d)Vp/Vs比.白い部分は信頼できない領域.

審査要旨 要旨を表示する

 1997年以来,日本列島においては多面的・学際的な地震学的観測・実験が行われ,"島弧"として日本列島の地殻・上部マントル構造の解明を目指した研究が行われている.1997-1998年に行われた東北日本弧における観測・実験は,上記のプロジェクトの最初であり,日本海溝から東北日本弧を経て日本海にいたる大規模海陸屈折・広角反射法地震探査とともに,東北脊梁山地における反射法地震探査,高密度自然地震観測が実施された.これら3つの観測は様々な波長の島弧不均質構造解明のために密接な連携のもとに行われた.高密度自然地震観測は東北脊梁山地周辺に展開されたものであり,地震探査では明らかにすることができない地殻内3次元的不均質構造の解明のために計画されたものである.この脊梁山地は東西圧縮場にあり,その両側には活断層が発達している.特に,その西麓の千屋・川舟断層系は,1896年陸羽地震の震源断層として知られている.

 本論文は,この高密度自然地震観測データのinversion解析から,過去の研究では明らかにされていなかった短波長の不均質構造(波長にして20km程度)を扱ったものである.このような目的を達成するために,過去に開発されたinversion法をそのまま適用するのではなく,データの持つ解像力を最大限に引出し,高分解能の構造を求めるトモグラフィー法を考案・開発した.本研究においては,先に述べた地震探査データ及びその結果との対比がなされており,上記プロジェクトの利点が活用されている.

 本論文第1章は"緒言"であり,自然地震データを用いた地殻構造推定方法のレビューがその問題的とともに簡潔に議論されている.さらに,本論文の動機付け及び実験・観測及び研究を進めるにあたっての戦略が述べられている.

 第2章は東北日本弧のテクトニクスに関する記述である.これまでの探査や観測によって得られた東北日本弧の構造,地震活動,重力異常の特徴などが簡潔にまとめられている.

 第3章は,観測・実験の詳しい記述,特に高密度自然地震観測の仕様やデータについての詳しい説明がある.このような高密度自然地震観測を実施・維持するには多くの人力が必要であり,また得られるデータは膨大なものである.松原氏はこの観測に立ち上げ当初から参加し,その遂行に多大の貢献をした.

 第4章はデータ処理に関する記述である.松原氏は,この処理についても中心的な役割を果たし,解析用の膨大なデータセット(波形データ・読み取り走時データ)を作り上げた.この作業は,地味であり,かつ膨大な時間を必要とするものである.このようなプロセスから信頼性の高い良質のデータを作成したことは,本論文の重要な成果として評価したい.

 第5章は,データのinversion解析方法についての記述にあてられており,本論文の重要な柱である.より波長の短い不均質構造モデルと得るためには,そのモデルを記述するためのグリッドをなるだけ細かくとることが望ましい.しかし,単純にグリッド数を増やした場合,未知数が増えてinversionは所謂"underdetermined case"となってしまう.この事態を回避する目的で,従来は観測法的式に初期値情報を付加した"damped least squares法"が用いられてきた.本研究では,不均質構造をモデリングするより妥当な方法として,各グリッドの速度についてその近傍のグリッドの速度との間で相関を持たすという方法を考案した.即ち,本inversionにおける未知パラメータを震源座標及び各グリッドのslownessとし,観測データの分散,slownessの分散・共分散,相関距離(Lc)を与え,最尤法を用いて解を求める.通常のinversion解析では,観測方程式に対応する行列に対し,その逆行列を求める必要がある.しかし,データ量が多い自然地震の解析の場合,逆行列を直接的に求めることは難しい.この難点を回避するため,本研究ではLSQR法を用いることとした.

 第6章は,この方法を実際に適用する下準備としての数値実験について述べられている.不均質構造の波長(Lh)に対して,グリッド間隔(Lg)及び相関距離(Lc)をどのように設定するかを考慮する必要がある.本論文ではこの設定に関わる数値実験が入念に行われている.即ち,Lhを仮定し,どのようなLg及びLcを設定した場合にモデルが最も良く再現されるかを調べた.その結果,Lg<(1/4)Lh,Lc<(1/8)Lhという関係が満たされている場合,仮定したモデルの再現性がよいことが確かめられた.

 第7章では,実際の東北脊梁山地におけるデータ解析について記述されている.先に述べた高密度地震観測から,706個の自然地震と50個の人工地震(発破)が選ばれた.これらの地震に対応する走時データは,P波で33,993,S波で18,483である.尚,本研究で用いた観測網の密度は,場所によって大きく異なる.このような事情に即して,本研究で開発したinversionのプログラムでは,観測点密度に応じたグリッド配置が可能である.更に,実際の観測点配置に基づいて模擬データを作成し,得られる解の解像度を調べた(checker board test).その結果では,本研究で得られる解は,上部地殻については20-60kmの波長の構造までは十分な信頼度があると確認された.

 大局的に見ると,地殻最浅部では北上低地帯,横手盆地,秋田平野,仙北平野等の堆積層が厚く分布している領域,栗駒山などの火山付近で低速度となっている.また,その下の上部地殻においては,脊梁山地から西側の領域が低速度であり,北上山地下は高速度となっている.これらの結果は,この自然地震観測とほぼ同時に行われた地震探査の結果と大局的にはよく一致している.断層に挟まれた領域に着目すると,千屋・川舟断層の表層ではP波速度が10%ほど遅く,且つその下には,東西7-15km,南北18km程度のP波の低速度領域が発見された.また,この領域では,東傾斜の構造が卓越している.

 第8章は,"議論"であり,本論文で得られた結果を他の結果と比較検討し,その妥当性や地球科学的意味付けについて述べられている.本論文の結果は,より広範囲のデータを用いた他のインヴァージョン結果と,大局的に一致している.本研究では,より短波長の不均質構造が鮮明となった.

 浅部の低速度領域は,キューリー点温度分布やカルデラの位置と調和的であり,周囲に比べて高温であると考えられる.冒頭に述べたように,脊梁山地を挟む断層については,反射法地震探査による断層面が得られている.本論文で得られたイメージ(低速度体)は,脊梁山西麓から東に入り込む千屋断層の形状と矛盾しない.また,この低速度域は,MT法から求められた低比抵抗領域と調和的である.本研究で得られた地震学的情報から考えると,この部分の速度低下は岩石のメルトではなく,流体(水)に起因している可能性が高い.即ち,本研究で求められたP波及びS波の速度構造から推定すると,1-8%の流体(水)が存在している可能性がある.また,自然地震分布と不均質構造を比較すると,地震は高速度域及び高速度域と低速度域の境界で発生しており,低速度域内における活動は殆どないことがわかった.

 第9章は,本論文の全体にわたるまとめが,簡潔な形で述べられている.

 以上述べたように,本論文は,1997-1998年に行われた東北日本で実施された高密度自然地震観測から得られたデータを詳細に解析することによって,東北脊梁山地下の3次元的な不均質構造をこれまでになく詳細に求めた.この解析にあたり,自然地震データのinversion法を新たに考案した.この方法によって,過去の研究では得られなかった新しいイメージが得られた.即ち,脊梁山地西側に発達している千屋断層と調和的である.また,脊梁山地下に顕著な低速度領域が発達している.この部分は,MT法で求められた低比抵抗体とよい一致を示し,低速度の原因として1-8%の流体(水)であることを指摘した.

 このように,松原氏が高密度自然地震観測で果たした役割の重要性(大量な生データの処理,波形・走時データの構築),開発したinversion解析方法の独自性,得られた結果の重要性から,本論文は学位論文としての水準を満たしている.また,本論文の第3,5及び7章は平田直氏との共同研究であるが,論文提出者である松原氏が主体となってデータのprocessing・解析を行ったもので,同氏の寄与が十分であると判断する.

 従って,博士(理学)の学位を授与できるものと認める.

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