学位論文要旨



No 116890
著者(漢字) モアメン マフモウド イブラヒム エルマスリー
著者(英字) Moamen Mahmoud Ibrahim El-Masry
著者(カナ) モアメン マフモウド イブラヒム エルマスリー
標題(和) 第四紀の氷期・間氷期サイクルに伴う半遠洋性泥岩中の堆積構造と物理特性の諸変動 : 千葉県銚子地域のボーリングコア記録から
標題(洋) Sedimentation and physical property variability of hemipelagic mudstone in response to the Pleistocene glacial and interglacial cycles : Records from the Choshi area, Chiba Prefecture, Japan
報告番号 116890
報告番号 甲16890
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4153号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 徳山,英一
 東京大学 教授 平,朝彦
 東京大学 教授 浦辺,徹郎
 東京大学 教授 多田,隆治
 千葉大学 教授 伊藤,千夏
 東京大学 助教授 芦,寿一郎
内容要旨 要旨を表示する

 千葉県房総半島から半遠洋性泥岩の銚子コアが採取された.本コア中に記録された物理特性,有孔虫殻の酸素(δ18O)・炭素同位体比(δ13C)および堆積学的な特性を高分解能で分析することにより,これらの変動と氷期−間氷期の環境変動がどのように関係しているのかを明らかにした.本コアは新生代後期に形成された上総−銚子堆積盆中に位置しており,コア長は約250mである.コア記載と火山灰分析結果から,銚子コアの岩相層序は上部から香取層,豊里層,倉橋層,横根層及び小浜層の5つの層準から形成されていることが明らかになった.香取層と豊里層はコア上部からコア深度18mに対応し,小浜層は235m-250mに対応している.本コアの大部分は倉橋層と横根層によって形成され,倉橋層と横根層はそれぞれ118mから18mと235mから118mに対応する.電気抵抗値(Resistivity)と帯磁率(magnetic susceptibility)の変動パターンをもとに,倉橋層はさらにIIIA,IIIBおよびIIICのサブユニットに分けられた.一方,横根層では顕著な物理特性の変化は観察されず,細かなサブユニット分割は行わなかった.

 グラフィックコーリレーション法とスペクトル解析を行った結果,本コア中に産出する浮遊性有孔虫Neogloboquadrina incomptaから得られたδ18Oカーブはこれまでに報告されている外洋域のδ18Oカーブと良く一致することが明らかになった.倉橋層と横根層堆積年代は酸素同位体比ステージ(MIS)22から11に相当し,これら2つの層の境界年代はMIS15とMIS16の境界付近に相当する.

 物理特性と堆積学的特性による総合的な分析から,本コアの大部分を占める倉橋層と横根層は全く異なる堆積環境であったことが明らかになった.その違いを以下に述べる.

1.倉橋層

 自然ガンマ線(natural gamma-ray),帯磁率及び含砂率(sand content)は倉橋層全体を通して変動が激しく,周期が長い.かつ自然ガンマ線はコア上部に向けて減衰していく傾向がある.さらに,自然ガンマ線と帯磁率の間には負の相関が見られた.これらの結果は陸源の粗い粒子(sand and silt)がコアの物理特性に大きな影響を及ぼしていることを示す.一方で,生物源の炭酸カルシウム量は倉橋層全体を通して非常に小さな値をとる.倉橋層堆積時における本コアの古堆積環境は,陸源物質供給の影響が大きい上部大陸斜面であったことが示唆される.さらに,この大陸斜面は地殻変動による隆起の結果,海脚海盆を形成し上総堆積盆からは部分的に隔離されていたのかもしれない.このことは倉橋層がシルトクレイであるのに対し,同層準の上総層が礫状の砂層から形成されていることからも支持される.

2.横根層

 横根層の自然ガンマ線は倉橋層の変動パターンと比較すると,より周期的に変動しており,帯磁率と含砂率が間氷期に高くなり,氷期にはそれぞれ低くなっている.間氷期に観察される帯磁率と含砂率の増加は陸源物質の供給の増加を示す.一方,堆積物の間隙率(porosity)と粒子密度(grain density)は氷期のMIS16,18,20及び22で高くなっており,堆積物の主な起源が生物源の炭酸カルシウムと珪藻であることに起因している.これらの結果は氷期に生産性が増加したことを示しており,氷期に珪藻に富む亜寒帯の親潮水塊が銚子地域に南下したことを示唆している.一方,間氷期には貧栄養な黒潮が北上し堆積物中の珪藻量と間隙率を減少させたことを示唆している.横根層に見られる陸源物質の供給変動は,上総−銚子堆積盆の古地形が大きく関わっていると解釈される.横根層堆積時においては,上総−銚子堆積盆は主に海底谷によってもたらされた厚い海底扇状地堆積物によって形成されていた.間氷期の海水準の上昇が海底谷への堆積物の供給を減少させ,大きく広がった大陸棚上に砕切粒子が広範囲に広がった.結果として,大陸棚上に広がった砕切粒子が大陸棚下部から大陸斜面上部に形成されていた古銚子地域の陸源物質の増加を引き起こしたことをうかがわせる.このように,横根層堆積時の古環境は主に氷期−間氷期のサイクルによって規制されていたことが明らかになった.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は千葉県銚子市に分布する犬吠層群からから掘削されたに半遠洋性泥岩のコアを用いて研究であり、コア中に記録された物性,有孔虫殻の酸素(d18O)・炭素同位体比(d13C)および堆積学的な特性を高分解能で分析することにより,これらの変動と氷期−間氷期の環境変動との関係を明らかにした.論文は6章と結論から構成され、第1章は本研究の地学的背景、第2章は本研究で用いたデータの種類と解析・分析法、第3章はコアの岩相層序と堆積学的研究、第4章はコア試料の酸素同位体(d18O)層序、第5章はコア試料の物性変化、第6章は堆積作用と地球環境変動について延べられている。

 本研究で使用したコアは新生代後期に形成された上総堆積盆中に位置しており,コア長は約250mである.2章および3章ではコア記載と火山灰分析結果から,銚子コアの岩相層序は上部から香取層,豊里層,倉橋層,横根層及び小浜層の5つの層準から形成されていることが明らかになった.香取層と豊里層はコア上部からコア深度18mに対応し,小浜層は235m-250mに対応している.本コアの大部分は倉橋層と横根層によって形成され,倉橋層と横根層はそれぞれ18mから118m、と118mから235mかに対応することが明らかになった。4章では酸素同位体比ステージから、本コアの大部分を占める倉橋層と横根層は酸素同位体比ステージ(MIS)22から11に相当することが明らかにされた。また、酸素同位体比ステージを用いた時間軸から、倉橋層と横根層の堆積速度を求めた。その結果、ステージ14でハイアタスがあるものの氷期−間氷期で堆積速度に際立った変化しないことが判明した。第5章ではグラフィックコーリレーション法とスペクトル解析を行った結果,本コア中に産出する浮遊性有孔虫Neogloboquadrina incomptaから得られたd18Oカーブはこれまでに報告されている外洋域のd18Oカーブと良く一致することが明らかになった.また、物理特性と堆積学的特性による総合的な分析から,上部横根層と最下部倉橋層にかけて物性が周期的に変化するインターバルが見つかった。この間では、氷期は自然ガンマ線が高く、帯磁率が低く、密度も低く、間隙率が高い。一方、間氷期は反対のトレンドを示す。スミアスライドの観察の結果、氷期堆積物には珪藻が多く、間氷期では、シルト質や砂質粒子が増加している。第6章では前章までの成果と、上総層群の既存の酸素・炭素同位体層序区分を統合して、千葉県銚子市に分布する犬吠層群と上総層群との対比を試み、次のような堆積史の解釈を行なった。

1)横根層の下部は、上総層群では厚いタービダイト相の梅が瀬層に対比できる。梅が瀬層では、氷期−間氷期に対応して粗粒相と細粒相が繰り返すが、横根層ではこのような周期性は認められない。従って、銚子は、上総盆地の縁辺の斜面域にあって、乱泥流の雲から逃れて、半遠洋性泥岩が定常的に堆積していた。

2)MIS20-14にかけては、周期的な変動が特徴的である。この時期は、間氷期には陸棚に黒潮が流入したことが、上総層群の市宿層などから知ることができる。銚子域はこのような陸棚相とは離れた縁辺部にあったが、侵食されたシルト質粒子が再堆積してやや粗粒な泥岩が堆積した。一方、氷期には、粗粒堆積物は海盆中心部に運搬され、銚子域では、親潮の南下に伴って珪藻質泥岩が堆積した。

3)倉橋層の大部分はMIS13-12に堆積したものである。この時期は、上総層群では笠森層、金剛地層、地蔵堂層に対比される。上総盆地は明らかに浅くなり、陸棚から沿岸の環境が卓越したが銚子域はまだ比較的沖合の陸棚環境にあり、シルト質泥岩が堆積した。しかし、浮遊性プランクトンの堆積量は少なく、全体として浅海部の堆積作用の影響を多く受けるようになり、堆積速度も増加した。

 本研究では、上総盆地のような活動的な前弧海盆においても、氷河性海水準変動と古海洋環境の変動が地層の層相に大きな影響を与えることを示した。同時に海盆内での位置や海流などとの関係で、複雑な層相変化を示すことが判明した。物性の連続測定、酸素炭素同位体層序学を組み合わせることにより、堆積速度の早い砕屑性の地層においても、詳細な環境変動を追跡できることを明確に示した。上記の研究内容は高解像シークエンス・ストラティグラフィーでは初めてといっても良い素晴らしい成果であり、博士(理学)の学位を授与出来るものと認める。

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