学位論文要旨



No 116891
著者(漢字) モハマド ホセイン マムディ ガライ
著者(英字) Mohamad Hosein Mahmudy Gharaie
著者(カナ) モハマド ホセイン マムディ ガライ
標題(和) イラン中部の上部デボン系の堆積相と地球科学 : 特にフラニアン・ファメニアン境界事変に関して
標題(洋) Sedimentology and geochemistry of the Upper Devonian in Central Iran with special reference to environmental changes leading Frasnian-Famennian boundary event
報告番号 116891
報告番号 甲16891
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4154号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 多田,隆治
 東京大学 教授 浦辺,徹郎
 東京大学 教授 松本,良
 東京大学 教授 棚部,一成
 東京大学 教授 村上,隆
 新潟大学 教授 田澤,純一
内容要旨 要旨を表示する

 デボン紀後期のフランヌ期、ファメンヌ期(F/F)境界では、顕生代における五大絶滅事件の一つに数えられる生物大量絶滅が起きたことが知られている。それは何らかの環境変動によるものであろうが、必ずしも明確な統一見解が得られているわけではない。そのような研究は主にフランスからポーランドにかけてのヨーロッパ、そしてカナダの特定の地域に限られていた。イランにはデボン系を含む後期古生代の地層が広く分布しているが、境界問題に関して注目した研究は古生物学的側面以外まったくなかった。本研究では、層序学、堆積学、地球化学などの多岐にわたり検討を行い、デボン紀後期の大量絶滅事件の原因に関する新たな視点を提供した。

 イランプレートは、デボン紀後期には古テチス海に面した低緯度地域に位置し、炭酸塩岩プラットフォームが発達していた。岩相層序学的検討から緩やかな海進を伴う海水準変動が認められ、特にF/F境界付近では海進の傾向がみられた。

 コノドント化石による明確な境界は確認できなかったが、F/F boundary intervalという最後期フランヌ期から初期ファメンヌ期にかけての時期を設定することができた。この時期には、特にその前後の時期と比較していくつかの特徴的な岩相と鉱物学的、地球化学的な変化が集中していることを見い出した。長期的には、デボン紀後期は広大な地域にわたる火成活動が知られるようになってきたが、境界付近とファメンヌ期に岩石化学的組成の検討からイランもその一部と思われる火山活動が確認できた。また鉄と粘土鉱物に富んだウーライトが発達し、その微細構造と鉱物学的特徴からマイクローブの活動と強い風化が原因と推定した。

 F/F境界を挟む2-3百万年のF/F boundary intervalでは、特に気候の温暖化、湿潤化を示す2つの証拠が得られた。一つはストロンチウムの同位体比がこの期間重くなる傾向を示し、これは風化の強化により大陸起源の岩石が侵食され海洋に供給されたことを示す。またkaolinite/illite比もこの期間を中心に特に大きくなり、湿潤気候の傾向が前後の期間より強化されたことを示す。ストロンチウムの絶対量も増大し、これは海水中で沈澱する炭酸塩鉱物が方解石から霰石に変化した可能性が高い。このような環境は塩分濃度の高い環境で起こりうるが、地層からはそのような証拠が見られず、海水のpHの上昇がもっとも可能性が高い。それは大気中の二酸化炭素濃度の上昇により達成され、特に温暖で湿潤な気候が強化したことと整合的である。

 数十万年程度と推測できる、より短期的な出来事として還元環境で沈澱しやすい元素、ウラン、バナジウム、ニッケル、ヒ素などの異常濃集がF/F境界と推定される部分に見られた。参考に検討した南中国の六景(Liujin)ではコノドントによりF/F境界が確認できたが、同様な異常濃集が境界に見い出された。そのほか葉理の発達した黒色頁岩が見られ、特定層準のみに石灰岩に黄鉄鉱が濃集していた。このような還元環境を示す元素の異常濃集と黒色頁岩がF/F境界に発達することはすでに広く知られており、汎世界的な低酸素海水の発達した時期とされている(global oceanic anoxia)。更に地質学的には瞬間的な出来事として、炭素同位体比の明確な負の異常が確認できた。これは従来南中国の2箇所でしか知られておらず、重要視されていなかったが、より広域的な出来事であり、時間的な一致から境界事件と密接な関係があることが予想される。また、炭素同位体比の負の異常は境界だけでなく、boundary intervalの始まりの時期にも見い出され、この時期の環境変動と強い結びつきが考えられる。

 以上にあげた諸特徴はF/F boundary intervalに集中し、それらを個々に関連させながら統合的に解釈することにより、当時の環境変動に関して言及した。まず、デボン紀後期は全体として温暖な環境といわれ、それは広域火成活動の活発化した時期であることと矛盾しない。そのような環境下でboundary interval前後にくらべ、より一定期間のみ温暖な環境が急激に強化されたことが考えられる。その始まりは炭素同位体比の負の異常と同期する。負の異常を形成する要因はいくつかあるが、その規模と期間の短さなどの考察からgas hydrateの溶解がもっとも可能性が高い。全体的な温暖化傾向の中でboundary intervalの開始期においてgas hydrateが溶解した結果、海水のpHの上昇、溶存酸素の低下、大気中の二酸化炭素の増大をもたらし、より強い温暖化の時期となった。その後再び溶解が誘発され、もともと溶存酸素に欠乏した海水は更に貧酸素となり黒色頁岩の堆積や還元環境に特徴的な元素の濃集が起き、貧酸素海水が海洋生物の絶滅を引き起こした。その後風化作用により二酸化炭素はしだいに減少し、ファメンヌ期中期以降はフランヌ期と同様、火山活動のみに支えられた温室環境が継続した。

 綿密な野外調査と室内における鉱物、化学分析に基づいてF/F boundary intervalには特に温室環境が強化されたことを見い出し、個々については様々な解釈が可能な現象を自らのデータを元に取捨選択し、時系列に沿って上記のような従来全く考えられていなかった仮説を提示した。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は顕生代デボン紀後期における生物の大量絶滅事件(ファメニアン/フラニアン境界事件)を引き起こした地球表層の環境変動の実態を明らかにし、その変動要因を堆積学的、地球化学的に検証しようとするものである.ファメニアン/フラニアン境界事件の原因としては、気候の温暖化、海洋の貧酸素化、海水準の全般的は上昇後の急激な低下、隕石の衝突などが提唱されているが、いずれも観察された現象の一部は説明するが、一部については矛盾が生ずる説であり、あるいは、そもそも地質学的な証拠、根拠に乏しいものであった.本論文では、従来、研究が殆どされていなかったイランのセクションと中国南部のセクションについて、非常に詳細な調査を行っている.高分解能の試料採取、最新の手法による化学分析、同位体分析を行い、ファメニアン/フラニアン境界における変動が、1、現在の東ヨーロッパにおける大陸の開裂(リフティング)に伴う火成活動、2、その結果としての大気二酸化炭素量の増加による地球温暖化、3、温暖化による海水温度の上昇と海底堆積物中のメタンハイドレートの分解、4、メタンハイドレート分解に由来する大量のメタンガスの大気−海洋系への放出、5、放出されたメタンによる更なる温暖化、6、メタンによる海洋の貧酸素化の促進、という一連の変動によって引き起こされたものであることを示した.

 ファメニアン/フラニアン境界事件とは顕生代における5大生物絶滅事件の一つで、生物進化の上からも、地球環境変動のメカニズムを知る上からも、重要な研究課題である.この境界については古くからヨーロッパで研究が盛んで、この時代に近い地層から隕石孔が発見された事から、有名な白亜紀/第三紀境界以前から、隕石衝突説が提唱されていたものである.イラン出身であるホセイン氏は、それまでの調査経験を生かし、これまで殆ど堆積学的、地球化学的研究がされていないイラン中部および南部の6カ所で、ファメニアン/フラニアン境界を含む連続的な炭酸塩セクションの詳細な地質調査を行った.論文前半では、境界付近に赤色の石灰岩や頁岩が発達し、強い化学風化があったこと、気温が高く湿潤な環境が卓越したことを示した.この考えを、堆積物中の粘土鉱物に風化生成物であるカオリナイトが多い事、この時代の石灰岩のストロンチウム同位体比が異常に高い値を持つ事実によって補強した.イラン北部のセクションからは境界層付近に厚い玄武岩溶岩を発見した.その岩石学特徴は、当時東ヨーロッパに広く分布するリフティングに関係する火山岩に近く、この時代、広範囲に火成活動が起きていたことが示された.大量の炭酸塩サンプルについて炭素・酸素同位体組成の測定をした.その結果、境界とその直下に複数の炭素同位体の負の異常ピークを見い出した.最も強いピーク位置では、微量元素のモリブデン、ヒ素、ウランの濃集が認められ、当時の海洋が還元的であったことを示した.さらに、希土類元素含有量が境界付近へ向って全般的に増加すること、炭酸塩のストロンチウム同位体比の増大することを示し、化学風化の進行による河川フラックスの増大をしめした.強い化学風化による大気二酸化炭素の吸収は河川・海洋の炭酸塩アルカリ度を増大させる.炭酸塩鉱物中のストロンチウム濃度の増大は、当時の海洋で無機的に沈澱した炭酸塩がアラゴナイトであることを示唆し、海洋のアルカリ度増大と整合的である.

 最近の研究から、海底堆積物中にはメタンガスと水分子とからなるメタンハイドレートという固体ガス物質が広く分布していることを引用する.これは、低温、高圧で安定であるが、僅かの温度上昇や圧力低下(海水準の低下)で分解することが分かっている.今から5500万年前の暁新世末期の絶滅事件は、多くのデータにより、メタンハイドレートによって引き起こされた境界事件であることが明らかにされている.デボン紀後期においても海洋には広くメタンハイドレートが分布していたと考えて良い.さらに、堆積学的観察から明らかになった強い温暖化により、メタンハイドレートの少なくとも一部が分解したと考えるのが妥当である.境界に見られた炭素同位体の強い負の異常はメタンハイドレート仮説によって非常に良く説明される.本論文の主要な議論は、イランのセクションに基づいているが、隕石説が想定されている中国南部のセクションについても比較調査を行っている.その結果も、イランからの結果を調和的である.

 本論文は、詳細なデータに基づいて、顕生代初期の生物絶滅事件が、メタンハイドレートの分解によって引き起こされたことを明らかにしたもので、単に、イランのフラニアンとファメニアンの境界の地質を明らかしただけでなく、境界事変の原因を解明しようとする研究に大きなインパクトを与えたと言える.以上の点を鑑み、審査委員全員が、本論文は地球惑星科学、とくに地球生命圏科学の新しい発展に寄与する優れた内容であると判断し、博士(理学)の学位を授与できると認めた.

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