学位論文要旨



No 116892
著者(漢字) 幾島(西山),宣正
著者(英字)
著者(カナ) イクシマ(ニシヤマ),ノリマサ
標題(和) パイロライトの下部マントルにおける相関係の精密決定 : マントル上昇流のダイナミクスヘの応用
標題(洋)
報告番号 116892
報告番号 甲16892
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4155号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 講師 船守,展正
 東京大学 教授 藤井,敏嗣
 東京大学 教授 八木,健彦
 東京大学 教授 栗田,敬
 東京大学 教授 川勝,均
内容要旨 要旨を表示する

 マントルには地震波の高速度異常、低速度異常として観測される水平方向の不均質が存在していることが、マントルトモグラフィーにより、明らかにされている。高速度異常域は低温の沈み込む海洋プレートとして、低速度異常域は高温のマントルプルームとして解釈されている。マントルプルームには核−マントル境界から地殻まで連続する大規模なものとマントル遷移層に起源をもつ小規模なものが存在することが、地殻およびマントルに存在する地震学的不連続面の凹凸を考慮にいれた全マントルトモグラフィーにより、明らかにされつつある。

 マントルプルームの主体を構成する岩石がどのような化学組成をもつのかは未解決の問題である。マントルプルームの主体を構成する岩石として以下の二つの岩石がその有力な候補である:第1に、下部マントルの大部分を構成していると考えられている未分化なマントル物質(パイロライト);第2に、沈み込んだ海洋プレートによって地球深部に運ばれた枯渇したカンラン岩(ハルツバーガイト)。

 これら2種類のマントルプルームの候補(パイロライト・プルームとハルツバーガイト・プルーム)の下部マントルから上部マントルに到る上昇プロセスを物質科学的な研究により推測し、それを全マントルトモグラフィーから得られているマントルプルームの描像と比較すれば、マントルプルームの化学組成に制約を与えられる可能性がある。

 マントルプルームの上昇プロセスを推測するためには、マントルプルームと周囲のマントルの密度差を見積もる必要がある。マントルプルームの密度を見積もるためには、マントルプルームと周囲のマントルの間の温度差、マントルプルームの鉱物組み合わせとその構成比、マントルプルームを構成する鉱物の状態方程式が必要である。そこで、本研究ではパイロライト・プルームの上昇プロセスを推測するために2種類の実験を行った。

 第1に、下部マントル最上部(深さ670km)とやや深部(深さ806km)に相当する圧力、平均的な下部マントルの温度分布よりも高い温度(1600℃以上)において、パイロライトを出発物質とした急冷回収実験を行った。高温高圧実験はKAWAI型装置を用いて行った。回収試料の化学組成分析をエネルギー分散型組成分析装置のついた電子顕微鏡を用いて行った。さらに回収試料の微小領域X線回折実験を行い、構成鉱物の常温常圧下での格子体積を測定した。これらの測定にもとづき、それぞれの回収試料の鉱物構成比と常温常圧下での密度を決定した。この実験の結果から、以下のことが明らかになった。深さ670kmに相当する圧力(24 GPa)・温度1600-2000℃(100℃間隔)の条件で行った実験の回収試料において、ガーネットの体積比は温度の上昇とともに急増し、マグネシウム珪酸塩ペロブスカイトとカルシウム・ペロブスカイトの体積比は減少する:1600℃,マグネシウム珪酸塩ペロブスカイト(MPv)-76 vol%、マグネシオウスタイト(Mw)-16 vol%、カルシウム・ペロブスカイト(CPv)-7 vol%、ガーネット(Gt)-1 vol%; 2000℃, MPv-54 vol%、Mw-16 vol%、CPv-8 vol%、Gt-25 vol%。それに対して、深さ806kmに相当する圧力(30 GPa)・温度1600-2200℃(200℃間隔)の条件で行った実験の回収試料においては、鉱物構成比の温度依存性はほとんどない。

 第2に、KAWAI型装置を用いた高温高圧下におけるX線回折実験を行い、鉄とアルミニウムの固溶がマグネシウム珪酸塩ペロブスカイトの熱弾性的性質に与える影響を評価した。この実験では、鉄とアルミニウムが固溶したマグネシウム珪酸塩ペロブスカイト(FeAl-MgPv)とMgSiO3組成のペロブスカイト(MgPv)を同一の高温高圧セル内で合成したので、これら二つのペロブスカイトのV/V0を同一の温度圧力条件下において直接比較することができた。本研究で測定したFeAl-MgPvの熱弾性的性質とMgPvのそれは、実験の誤差範囲内で区別できない:FeAl-MgPv, K300, 0=250±4 GPa、圧力24 GPaにおける温度298-1000Kまでの平均の熱膨張率(<α>)=2.05±0.12×10-5 K-1; MgPv, K300, 0=249±7GPa、<α>=2.01±0.11×10-5 K-1。このことは、パイロライト組成の下部マントルに存在すると考えられる鉄とアルミニウムを固溶したマグネシウム珪酸塩ペロブスカイトの状態方程式をMgSiO3組成ペロブスカイトのそれで近似し、その状態方程式を用いて下部マントルのダイナミクスに関する考察をおこなうことの正当性を保証する。

 以上のパイロライトの鉱物構成比とマグネシウム珪酸塩ペロブスカイトの熱弾性的性質の実験結果にもとづき、深さ670kmと深さ806kmにおけるパイロライトの密度とバルク音速の温度依存性を算出した。深さ806kmにおけるバルク音速の温度依存性とマントルトモグラフィーから得られている下部マントルにおけるバルク音速の低速度異常から、パイロライト・プルームの周囲のマントルに対する温度差を約400℃と見積もった。ハルツバーガイト・プルームの周囲のマントルに対する温度差も400℃であると仮定して、これら2種類のマントルプルームの密度プロファイル(上昇にともなう密度変化)を、本研究の結果、およびこれまでに行われているパイロライトとハルツバーガイトの相平衡実験の結果、さらに構成鉱物の状態方程式を用いて算出した。その密度プロファイルを周囲のマントルの密度と比較し、パイロライト・プルームとハルツバーガイト・プルームの上昇プロセスを推測した。

 マントル遷移層−下部マントル境界をなすオリビンのスピネル−ポストスピネル相転移境界が負の勾配をもつため、この境界はマントルプルームの上昇を妨げる。下部マントル深部から温度差に起因する浮力により上昇してきたパイロライト・プルームが下部マントル最上部に達すると、プルーム内で低密度相であるガーネットが急増する。これにより、パイロライト・プルームの密度は大幅に低下する。この密度低下は、パイロライト・プルームに大きな浮力を与え、かつマントル遷移層−下部マントル境界における抵抗力を小さくする。したがって、パイロライト・プルームは、その浮力がマントル遷移層−下部マントル境界における抵抗力を上回ると考えられるため、マントル遷移層−下部マントル境界を突破して下部マントル深部から地殻まで滞ることなく上昇すると推測した。

 一方、ハルツバーガイト・プルームは下部マントル深部から化学組成差と温度差に起因する浮力により上昇してくる。ハルツバーガイトはアルミニウムに乏しいため、下部マントル条件下において、ガーネットの安定領域をもたない。よって、ハルツバーガイト・プルームがマントル遷移層−下部マントル境界で受ける抵抗力は、パイロライト・プルームのそれに比べて大きい。したがって、ハルツバーガイト・プルームはマントル遷移層−下部マントル境界で受ける抵抗力に打ち勝てずに、そこに滞留すると推測した。マントル遷移層−下部マントル境界に滞留したハルツバーガイト・プルームは熱境界層を作り出し、そこからの熱拡散と元素拡散により、二次的なプルームを生成する可能性がある。

 最近のマントルトモグラフィー[Zhao, 2001]によって明らかにされた、核−マントル境界から地殻まで連続する大規模なマントルプルーム(ハワイ・アイスランド・南太平洋・東アフリカの直下)とマントル遷移層に起源をもつ小規模なマントルプルーム(西アフリカ、南アメリカの直下)は、それぞれ、マントル遷移層−下部マントル境界を突破するパイロライト・プルームと、熱境界層−ハルツバーガイト・プルームがマントル遷移層最下部に作り出した−に起源をもつ二次的なプルームに対応している可能性がある。マントルには、化学組成と規模が異なる2種類のマントルプルームが存在しているのかもしれない。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は5章からなり、第1章は『はじめに』、第2章は『下部マントルのマントルプルームに相当する温度圧力条件下におけるパイロライトの相平衡実験』、第3章は『マグネシウム珪酸塩ペロフスカイトの状態方程式の化学組成依存性』、第4章は『マントル上昇流のダイナミックスへの応用』、第5章は『おわりに』が述べられている。

 本論文第1章では、過去の研究をレビューすることで、第2章、第3章において報告する物質科学的知見の重要性が示されている。グローバル地震学によれば、地球内部には水平方向の不均質が存在する。周囲より地震波速度の遅い領域は、高温のマントルプルームであると解釈されることが多い。本研究は、下部マントルとマントル遷移層の境界、すなわち、地下670km境界におけるマントルプルームの上昇プロセスを物質科学的に考察することを目的としている。上昇プロセスを理解するためには、マントルプルームと周囲のマントルの密度差の情報が重要である。物質科学的に密度差の情報を得るためには、マントルプルームを構成する岩石の相関係と状態方程式を決定する必要がある。従来の研究では、地球内部の平均的な温度分布を仮定して岩石の相平衡実験が行われてきたが、本研究では、マントルプルームに関する知見を得るため、より高温でのパイロライト(モデル岩石)の相平衡実験を行っている。また、下部マントルの最重要構成鉱物と考えられているマグネシウム珪酸塩ペロフスカイトについて、近年、アルミニウムの固溶によって状態方定式が大きく変化するとの報告がなされていることから、実際のマントルでの状態により近い、アルミニウムと鉄を同時に固溶したペロフスカイトの状態方程式の測定を行っている。

 本論文第2章では、30GPa・2500K領域までのパイロライトの相関係について述べている。高温高圧発生に関する技術開発により、従来困難であった2000K以上での相平衡実験が可能になった。地下670kmに相当する24GPaでは、2000 K以上の高温領域で低密度のガーネットの比率が温度とともに急激に増加することが明らかになった。一方、地下800kmに相当する30GPaでは相関係の温度依存性は小さく、高密度のペロフスカイトの比率が全温度領域で高いことが明らかになった。

 本論文第3章では、アルミニウムと鉄の固溶したペロフスカイトの状態方程式について述べている。アルミニウムおよび鉄の固溶したペロフスカイトと純粋なマグネシウム珪酸塩ペロフスカイト(MgSiO3組成)に対し、同一の高温高圧容器内(同一の温度圧力条件)において、X線回折法により格子体積の測定を行った。その結果、アルミニウムと鉄を同時に固溶したペロフスカイトの状態方程式は純粋なマグネシウム珪酸塩ペロフスカイトの状態方程式と実験誤差の範囲内で一致することが明らかになった。

 本論文第4章では、第2章、第3章で得られた知見をもとに、マントルプルームと周囲のマントルの密度差を計算し、地下670kmにおけるマントルプルームの上昇プロセスを考察している。地下670km境界を形成するオリビンのスピネル/ポストスピネル転移は、クラウジウス・クラペイロンの傾きが負であるため、マントルプルームの上昇に対して抵抗力となる。下部マントル深部から温度差に起因する浮力により上昇してきたパイロライト・プルームが下部マントル最上部に達すると、プルーム内で低密度相であるガーネットが急増する。密度低下はプルームに大きな浮力を与え、この浮力がスピネル/ポストスピネル転移による抵抗力を上回ることで、プルームは地下670km境界を突破し下部マントル深部から地殻まで滞ることなく上昇すると推測している。また、プルームがハルツバーガイト組成の場合について、過去の研究報告から密度差を推定し、このプルームは地下670km境界に滞留すると推測している。

 第5章では、研究の成果が簡潔にまとめられている。

 本研究では、高温高圧実験技術の改良によって得られたマントルプルームの上昇プロセスに関する新しい物質科学的知見が報告されており、論文提出者は地球内部現象の解明に大いに貢献していると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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