学位論文要旨



No 116893
著者(漢字) 伊藤,民平
著者(英字)
著者(カナ) イトウ,ミンペイ
標題(和) 石灰質扁平礫レキ岩の起源と時代依存性
標題(洋) The origin and the age dependent distributions of flat-pebble conglomerates
報告番号 116893
報告番号 甲16893
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4156号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 棚部,一成
 東京大学 教授 浦辺,徹郎
 東京大学 教授 松本,良
 東北大学 助教授 中森,亨
 東京大学 助教授 大路,樹生
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

 カンブリア・オルドビス系浅海炭酸塩プラットフォームには、石灰質扁平礫レキ岩(FPC)と呼ばれる特徴的な岩相が多産することが知られている。FPCとは礫・基質双方が炭酸塩で構成され、主に礫支持の構造を持つレキ岩である。最大の特徴は礫の形態が扁平であることである。FPCは顕生代を通じてその分布が局在し、強い時代依存性が存在することが知られている。特にカンブリア・オルドビス系からは世界中の浅海炭酸塩プラットフォームからの報告があり、顕著である。こうした時代依存性は、Sepkoski (1982)によって初めて指摘されたもので、彼は生物擾乱の頻度がその原因だとした。カンブリア・オルドビス紀は、その後の時代に比べると生物擾乱の程度が非常に低かった事がDroser and Bottjer (1988)などの研究から明らかになっており、不活発な生物擾乱が堆積物の層構造を保存し、その結果扁平な礫を作り出したとSepkoski (1982)は解釈した。しかし生物擾乱の見られる堆積相においても同様に礫が産出するという矛盾点があり、この説のみでは時代依存性の原因を説明することができないという問題点が存在する。

 また、FPCの起源について、多種多様なFPCを1枚1枚分離し、詳細な記載を行い、堆積相との関連を詳しく見ることから起源を考察した研究がほとんどなく、FPC形成の具体的なプロセスについては不明な点が多い。

 そこで本研究では堆積学的な見地から、多様なFPCの起源を明らかにすることを目的とし、さらにその過程で抽出される制約条件を考察することで、時代依存性の原因について新たなシナリオを提示する事を目的とする。

層序

 上記の目的に適した調査地として、中国、イラン、韓国のカンブリア・オルドビス系を対象として選んだ。いずれも、嵐の影響を頻繁に受ける浅海炭酸塩プラットフォームにおける堆積で特徴付けられる。FPCはこうした浅海堆積相に産出し、ストームの堆積を示すハンモック状斜交層理や、同じくストームによる浸食痕であるガッターカストなどと共に産出することから、ストーム起源であることが示唆される。

堆積サイクル

 FPCの産出する堆積相は頻繁に上方浅海化サイクルを形成している。このサイクルは下位から、頁岩→ノジュール状石灰岩→石灰岩頁岩互層→層状石灰岩→塊状(生痕)石灰岩という重なりで特徴付けられ、1-5mの厚さのサイクルを形成する。このサイクルがさらに重なって数10mの厚さの浅海化サイクルを形成している。FPCはこのいずれの堆積相からも産出が認められ、これはFPCの生成に海水準が影響を与えていなかった事を示している。

FPCの特徴

 通常厚さは5-30cm程度で平坦〜波状の浸食性基底部を持つ。礫の大きさは長径が2-10cm、時に15cmを越えることもある。礫は薄いレキ岩においては層に平行に配列することが多いが、その他の場合、層に高角に立った配列や、扇状、インブリケーションを示す場合もある。

しかし概してランダムな配列が卓越する。基質は、粗粒基質と細粒基質に分けられ、前者は生砕物、ペロイド、破砕した礫で構成され、その量は全くない場合から35%を越える場合まで、かなりばらつきがある。礫と粗粒基質から構成されるレキ岩の主体は時に平行〜斜交葉理を持つ細粒なミクライトやペロイドに覆われる。礫の大きさや形態、粗粒基質の組成や量は多種多様で、生成に関与した物理プロセスを反映しているものと考えられる。これらを元にFPCのタイプを認定した(Fig.1)。個々のタイプはその特徴が下位の堆積相と非常に強い関係があり、多様な下位の石灰岩を浸食する事で、多様な特徴を持つFPCが生成したと考えられる。

礫・基質の起源

 礫は下位の岩相と多くの場合同一で、形態やサイズが下位の石灰岩と類似し、強い相関が存在する。故に礫は基本的にin-situな浸食に由来する。粗粒基質の主要な物は生砕物が構成しており、礫の量と緩く逆相関する。ポイントカウントデータを元にした収支計算から、FPCの基質の生砕物はin-situな浸食と浅海からの運搬の組み合わせであることが判明した。

 これらからFPCの形成プロセスを考察すると、ストームの複合流によって海底で部分的に固結した石灰岩層が浸食され、ローカルな場に由来する扁平な礫が形成され、生砕物の運搬の量に伴って基質の量に多様性の見られるFPCが形成されたと考えられる。

時代依存性

 上記のようなプロセスが駆動するためには、ストーム時に石灰岩が固結しているという条件が必須であり、時代依存性を作り出す鍵は石灰岩の早い固結である。これらの石灰岩の固結のタイミングについては、ノジュールの差別圧密や炭素同位体の変動パターンより、石灰岩が堆積後の初期続成において早い段階で固結した事が明らかとなった。また石灰化されたマイクローブ群集の存在も早い段階における炭酸塩の沈殿を支持している。では石灰岩の固結を促進させたものは何か?

 その一つの候補として本研究ではマイクローブ群集の影響が指摘される。調査地においてはFPCが多産する層準にマイクローブ群集が豊富に観察される。時に両者は互層を形成する事もあり、両者の間の密接な関係が示唆される。さらに、イランにおいてはFPCの礫そのものにシアノバクテリアの一種と考えられているGirvanellaのバイオマットが観察された。これらの観察事実はマイクローブ群集がFPCと密接に関わっていただけでなく、炭酸塩の沈殿促進を通してFPCの生成に寄与していた事を示している。調査地以外でもこの時代には世界中からマイクローブ群集が多産するという報告があり、この時代に世界中から多産するFPCの生成に重要な寄与をしていた事が示唆される。しかしながら、マイクローブ群集が関与していた事を明瞭に証明するGirvanellaの礫は、産出が乏しく、マイクローブ群集の寄与のみによる説明では不十分である。

 一方、カンブリア・オルドビス紀の無機的な環境としては、海洋のCa2+濃度、HCO3濃度、温度のいずれも顕生代の中でも極大であった事が知られており、炭酸塩の沈殿にとって非常に有利な状況であった。故に、生物(マイクローブ群集)の寄与と、無機的な環境の双方が機能して全体として炭酸塩の沈殿が活発になっていたものと推測される。

 こうした、希に見る条件の一致がカンブリア・オルドビス紀の炭酸塩の沈殿速度を上昇させ、平坦な炭酸塩岩の薄層の素早い固結を可能にし、FPCを多産していたと考えられる。このような意味で、FPCが産出するという事は、炭酸塩の沈殿が活発で石灰岩が素早く固結した事を示している。つまりFPCは炭酸塩の沈殿速度の良い指標として用いる事ができる事が本研究によって示された。

Fig.1 FPCタイプと堆積相の頻度。

FPCタイプは下位の堆積相と非常に密接な関連がある。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、石灰質扁平礫レキ岩の堆積環境、起源とその時代依存性について明らかにしたものである。石灰質扁平礫レキ岩とはレキと基質の両方が炭酸塩で構成されている炭酸塩岩で、主としてレキ支持の構造をもつ.レキはその名の通り扁平である。この堆積岩の特徴は、その形態だけでなく、特定の時代にのみ良く発達するといいう点にある。本論文の主題は、石灰質扁平礫レキ岩がどのような環境で堆積したものであるか、この岩石が形成されるためにはどのような条件が必要か、その条件が特定の地質時代に限られるのはどのような事情か、という3点である。野外での特徴的な見かけから、これまでにもいくつか研究があるが、系統的な観察/記載が不十分であり、提唱されている成因論も、一面的であり、その時代依存性について十分な説明を与えていない。本論文では、野外調査と詳細な記載、地球化学分析データに基づき、十分に説得的な生成モデルを提唱すると共に、その時代依存性の理由について妥当なモデルを提起した。

 本論文は第1〜3章:インロトダクション、研究手法、第4章;層序、第5章:初期固結/セメント作用、第6章:微生物起源堆積物、第7章:全球的環境条件、第8章:石灰質扁平礫レキ岩の起源、第9章:まとめと結論、からなっている。第4章、第5章では石灰質扁平礫レキ岩を含む中国・北京西方、韓国・太白付近、およびイラン・シャハミザード付近のカンブリア系〜オルドビス系の地層の記載が詳しくなされ、石灰質扁平礫レキ岩の野外の産状、周りの岩石との関係、周囲の炭酸塩岩の堆積環境などが詳しく考察される。堆積相は殆どが潮下帯の堆積を示すが、一部にドロマイト岩や蒸発岩に特徴付けられる潮間帯の堆積も認める。潮下帯には、頁岩/泥灰岩→ノジュール状石灰岩→石灰岩頁岩互層→層状石灰岩→塊状生物擾乱石灰岩という重なりで特徴付けられる上方浅海化サイクルと、石灰質タービダイトで特徴つけられる、ストーム波浪限界以深の斜面堆積相を認定した。石灰質扁平礫レキ岩はこれらのうち、上方浅海化サイクルが発達する上部潮下帯に限られ、同サイクルの中ではどの堆積相にも挟在する。同サイクル中にはストーム堆積を特徴付けるハンモック斜交層理が見られる。これらのことから、石灰質扁平礫レキ岩は、ストーム堆積物の一種であることを明確にした。

 石灰質扁平礫レキ岩のレキは、実際は、非常に扁平度の大きいものから、レンズ〜ノジュール状、円礫〜亜円礫まで様々な形態や大きさを有する。礫と基質の量比も様々である。これらの特徴から、石灰質扁平礫レキ岩は5つのタイプに分類された。そのうち出現頻度の高いものは、タイプI:淘汰の良い扁平礫でレキ支持組織、タイプII:淘汰の悪い扁平礫でレキ支持組織、タイプV:円礫〜亜円礫でレキ支持組織、の3タイプである。これらは下位の堆積相と密接に関連する。タイプIは頁岩/泥灰岩とノジュール状石灰岩を、タイプIIは石灰岩頁岩互層、層状石灰岩、塊状生物擾乱石灰岩を、タイプVは圧倒的に塊状生物擾乱石灰岩を覆って発達することが示された。

これらの特徴は、石灰質扁平礫レキ岩が、直下の堆積物がストームで再堆積したものであることを強く示唆する。一方、基質には生砕物が多量に含まれており、その起源を直下の堆積物に求めることは出来ない。ストーム性の流路ガッターカストが発達することから、多量の生砕物基質はストームが浅海〜ビーチから運んだものと説明される。

 ストームによる再堆積作用は地質時代を通じて一般的であるが、カンブリア紀〜オルドビス紀に特に石灰質扁平礫レキ岩が多いことは、再堆積時にすでに固結/セメントが進行していることを意味する。炭酸塩ノジュールの同位体組成の変動から、固結が海底直下に始まっていたことを示した。その理由として、微生物活動によって促進される炭酸塩の沈殿を挙げる。さらに、顕生代を通じてのストロンチウム同位体や海洋のカルシウム濃度変化に関する考察から、カンブリア紀後期〜オルドビス紀前期には特に化学風化が強く、海洋における石灰の沈殿速度が速かった可能性を指摘している。

 以上の様に、本論文は詳細かつ豊富は野外調査データと地球化学的考察に基づき、石灰質扁平礫レキ岩の成因、生成環境、時代依存性の意義について明らかにした。審査員全員が、地球惑星科学、特に地球生命圏科学の発展に寄与する優れた内容であると判断し、博士(理学)の学位を授与できると認めた。

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