学位論文要旨



No 116895
著者(漢字) 小倉,知夫
著者(英字)
著者(カナ) オグラ,トモオ
標題(和) 海氷分布の決定メカニズムに関する研究 : 海氷力学過程の及ぼす影響
標題(洋) The mechanisms which control the sea ice distribution : Influence of sea ice dynamics
報告番号 116895
報告番号 甲16895
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4158号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高橋,正明
 東京大学 教授 住,明正
 東京大学 教授 木本,昌秀
 東京大学 助教授 新野,宏
 東京大学 助教授 安田,一郎
内容要旨 要旨を表示する

1.はじめに

 海氷は、気候システムを構成する要素の一つとして大気海洋と相互作用しながら分布が決まっており、その分布がどのように決まるか理解することは現在の気候の成り立ちを理解する上で重要である。何故ならば海氷は高いアルベドや移流に伴う淡水輸送等を通して大気や海洋に及ぼす影響が大きいためである。本研究では海氷分布を決定する要因の中で、海氷の力学過程(風、海流応力による移流と海氷内部応力による抵抗)が果たす役割に注目した。

 夏季の海氷面積や冬季の海氷厚の決定に力学過程が重要な役割を果たすことがこれまでの数値実験や観測から指摘されている。しかし(a)海氷と大気、海洋の相互作用を考慮したとき、海氷力学過程は海氷分布へどのように影響するか(b)海氷力学過程の中で風/海流応力と内部応力それぞれの役割の違いは何かは必ずしも明確では無い。そこで本研究では上記2点について明らかにするために2種類のモデル(オフライン海氷モデル、大気海洋海氷結合大循環モデル)を用いて数値実験を行った。

2.オフライン海氷モデルによる数値実験

 問題(b)に答えるためにオフライン海氷モデルを用いて数値実験を行った。このモデルは境界条件として大気の情報(地表気温、下向き短波、下向き長波、地表風速、比湿、降水量)及び海洋の情報(表層流速、海洋熱輸送収束)を入力して海氷の地理的分布(密接度、海氷厚)及び流速場を予報する。モデルの解像度は水平2.8°x2.8°。熱力学部分はSemtner(1976)の0層モデル、力学部分はHunke and Dukowicz(1997)によるElastic Viscous Plastic (EVP)モデルを使用した。

 数値実験(Table 1を参照)は(1)海氷の力学過程(風、海流応力による移流と海氷内部応力による抵抗)を考慮したラン('Control')と(2) 'Control'から内部応力を除いたラン('FreeDrift')と(3) 'Control'から内部応力と風、海流応力両方を除いたラン('No-Drift')の3種類を行い、再現された海氷分布を相互に比較した。

 内部応力の効果は海氷流の収束域における海氷厚の減少(1-2[m])として現れた。これは内部応力が海氷の収束を妨げる抵抗力として働くためである。その影響は北極海(カナダ、シベリア北岸)で顕著であり、南極ではウェッデル海、ロス海の限られた小領域以外は見られない。一方、風/海流応力の効果は海氷収束域(カナダ北岸、ウェッデル海、ロス海)と海氷縁辺部(グリーンランド海、南大洋)における海氷厚増加及び、正味で海氷の移出する地域(南大洋、北極海)における海氷厚減少として現れた。海氷面積への影響は、風/海流応力による拡大(グリーンランド海)、縮小(南大洋)が顕著で内部応力の影響はほとんど見られない。以上のことから、海氷厚を現在の値に維持することに風/海流応力と内部応力(北極海のみ)の役割が大きいこと、夏季海氷面積には風/海流応力の影響が大きいことが確かめられた。

3.大気海洋海氷結合大循環モデルによる数値実験

 問題(a)に答えるために大気海洋海氷結合GCMによる数値実験を行った。使用したモデルは東大気候システム研究センターで開発された大気・海洋・海氷結合モデルの低解像度版である。大気部分はCCSR/NIES AGCM5.6(解像度T21,鉛直11層)を基にし、海洋部分はCCSR Ocean Component Model(COCO)2.1(水平2.8°x2.8°,鉛直20層)を基にする。積分に際してフラックス調節は行わない。大気は40年間、海洋は500年間スピンアップを行った後両者を結合し、表層のドリフトが小さくなった期間(結合後51年目以降)を解析に使用した。

 数値実験(Table 2を参照)は(1)海氷の力学過程(風、海流応力による移流と海氷内部応力による抵抗)を考慮したラン('Control')と(2) Controlから内部応力と風、海流応力両方を除いたラン('No-Drift')の2種類を行い、再現された海氷分布を南大洋に注目して相互に比較した。以下、主要な結果を紹介する。

 3.1.力学過程の効果:夏季

 力学過程により海氷面積が小さくなることはこれまでオフラインモデル等で指摘されてきた。大気海洋相互作用を考慮することでこの効果が増幅されることが示された(Figure 1 (b) (d))。この増幅には、海氷縮小域に大気下層で暖気がより多く流入して気温をより高く、海氷をより小さく維持する正のフィードバックの働きが寄与している(Figure 2)。一方、海氷縮小域で雲のアルベドが増加して地表を冷やそうとする負のフィードバックも働いた。しかしこの効果は海氷縮小による海面アルベド減少の効果に打ち消されるため、海面短波吸収は力学過程により正味では増加した。

 3.2.力学過程の効果:冬季

 海氷面積の総量は力学過程の有無によらずほぼ一定に維持された(Figure 1 (c))。このことは海氷面積の総量は例え大気海洋相互作用を考慮しても、境界条件(太陽放射、海洋深層の水温/塩分分布)によりほぼ一意に決まることを示唆している。(但し、海洋深層まで含めた系で海氷力学過程の有無に対する定常応答を考えた際には異なる結果を得る可能性もあるため、解釈に注意が必要である。)

 一方海氷の厚さは力学過程の効果により薄く保たれる。このことには力学過程が海氷海洋相互作用を通して海洋からの上向き熱フラックスを増加させる効果が寄与している。

 NoDriftの特徴として、厚さ面積ともに10年規模の変動を示すことが挙げられる(Figure 1 (c) (d))。この特徴は特に冬季に顕著であり、ウェッデル海周辺の海氷分布が年により拡大、縮小を繰り返すことに対応する。Controlではこの種の10年規模変動の振幅は小さく、力学過程により海氷分布はより安定することが示された。

4.まとめ

 海氷力学過程が海氷分布に及ぼす影響を評価するために数値実験を行い、得られた結果から以下のことが示唆された。

 海氷力学過程を支配する要因のうち、風/海流応力は海氷の収束域と海氷縁辺部で海氷厚を大きく保ち、海氷の正味の移出がある地域で海氷厚を薄く保つ。一方、内部応力は海氷収束域で海氷厚を薄く保つ。風/海流応力の効果は大陸配置により、夏季海氷面積にも影響を及ぼす(グリーンランド海、南大洋)。

 大気海氷海洋結合過程は南大洋において以下の効果を促進することが示された:(1)海氷力学過程が夏季海氷分布をより小さく保つ効果(2)海氷力学過程が冬季海氷分布をより薄く保つ効果。

 また変動性に注目すると、海氷力学過程は大気海氷海洋結合過程を通して海氷分布の10年規模変動の振幅を小さく保つことが確かめられた。

Table 1:オフライン海氷モデルによる数値実験設定

Figure 1:南半球海氷面積の時系列;(a)冬季(8月),オフラインモデル,(b)夏季(2月),オフラインモデル,(c)冬季(8月),大気海洋海氷結合GCM,(d)夏季(2月),大気海洋海氷結合GCM。

ControlとNoDriftの結果を示す。

Table 2:大気海洋海氷結合GCMによる数値実験設定

Figure 2:気温と風速[m/s]の偏差(Control minus NoDrift;夏期(2月),850[hPa])。

NoDriftの海氷縁位置を破線、Controlの海氷縁位置を実線で示す。

審査要旨 要旨を表示する

 海氷は、気候システムを構成する要素の1つであり、大気や海洋と相互作用をしながら分布を決定する。海氷は高いアルベドや移流に伴う淡水輸送を通して大気や海洋に大きな影響を与えるので、その分布がどのように決まるかを理解することは、気候を理解する上で重要である。本論文では、海氷分布を決定する要因の中で、海氷の力学過程(風や海流による移流と海氷内部応力)がはたす役割に注目している。

 夏季の海氷面積や冬季の海氷厚の決定に力学過程が重要な役割を果たすことが、これまでの数値実験や観測から指摘されている。しかし、(1)海氷力学過程の中で風/海流応力と内部応力の役割の違いはなにか、(2)海氷と大気、海洋の相互作用を考慮したとき、海氷力学過程は海氷分布にどのような影響をおよぼすか、はかならずしも明確になっていない。この論文では上の2点を明らかにするために2種類の実験をおこなっている。

 1章の序説、2章の海氷モデルを記述したのち、3章においては(1)の問題に答えるために、オフライン海氷モデルによる数値実験を行っている。このモデル実験では、境界条件として、大気の情報として地表気温、下向き短波、下向き長波、地表風速、比湿、降水量を、海洋の情報として表層流速、海洋熱輸送収束を入力して、海氷の分布(密接度、海氷厚)および流速場を予報する。モデルの解像度としては、水平が2.8度、熱力学を考慮し、海氷力学を解いている。実験の方法として、海氷の力学過程(風、海流応力による移流と海氷内部応力)を考慮したラン、標準ランから内部応力を除いたラン、標準ランから内部応力と風、海流応力を除いたランの3種類を行い、分布を比較することで、それぞれの役割を調べている。

 内部応力の効果は海氷の収束域における海氷厚の減少(1-2m)として現れている。内部応力が海氷の収束を妨げる抵抗力として働くためである。その影響は北極海(カナダ、シベリア北岸)で顕著であり、南極海ではウェッデル海、ロス海の限られた地域以外はみられない。一方、風/海流応力の効果は海氷の収束域(カナダ北岸、ウェッデル海、ロス海)と海氷縁辺部(グリーンランド海、南大洋)における海氷厚の増加、海氷の流出する地域(南大洋、北極海)における海氷厚の減少として現れている。海氷面積への影響は風/海流応力のよる拡大や縮小が顕著であり、内部応力の影響はほとんどみられない。これらから、海氷厚を維持するには風/海流応力と内部応力(北極海のみ)の役割が大きく、夏季海氷面積には風/海流応力の影響が大きいことを確認している。

 4章では問題(2)を答えるために大気海洋海氷結合モデルによる数値実験を行い、5、6章で具体的な解析をおこなっている。使用したモデルは東大気候センターで開発された大気/海洋/海氷結合モデルの低解像度モデルである。積分に際してフラックス調整は行っていない。大気は40年、海洋は500年スピンアップを行った後、結合しドリフトが小さくなった51年目以降を解析している。

 夏季の結果では、大気海洋相互作用を考慮することで、力学過程により海氷面積がより小さくなることが示された。これには、海氷縮小域に大気下層で暖気がより多く流入して気温を高く、海氷をより小さくする正のフィードバックが働いている。一方、海氷縮小域で雲のアルベドが増加して地表を冷やそうとする負のフィードバックも働いている。しかしこの効果は海氷縮小による海氷アルベド減少の効果に打ち消されるため、海洋短波吸収は力学過程により正味では増加している。

 冬季の結果では、海洋面積の総量は力学過程の有無によらずほぼ一定に維持された。一方、海氷の厚さは力学の効果によりうすく保たれる。このことには力学過程が海氷海洋相互作用を通して海洋からの上向きフラックスを増加させる効果が寄与している。ドリフトを考慮しない場合は、厚さと面積の10年規模変動を示している。この特徴は冬に顕著で、ウェッデル海周辺で海氷は拡大、縮小をくり返す。しかし海氷力学の効果を入れると、海氷分布は安定することを示している。

 以上のような結果は、気候の研究に重要な貢献をするものと思われ、気候学に新しい知見をあたえ、気候学の発展に大きく寄与したと判断する。

 なお、本論文は阿部彩子との共同研究であるが、論文提出者が主体になって解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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