学位論文要旨



No 116896
著者(漢字) 加藤,愛太郎
著者(英字)
著者(カナ) カトウ,アイタロウ
標題(和) 地震発生環境条件下における岩石のせん断破損過程に関する実験的研究
標題(洋) Experimental study of the shear failure process of rock in seismogenic environments : Formulation of shear failure law
報告番号 116896
報告番号 甲16896
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4159号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 宮武,隆
 東京大学 教授 松浦,充宏
 東京大学 教授 武尾,実
 東京大学 助教授 吉田,真吾
 横浜市立大学 教授 吉岡,直人
内容要旨 要旨を表示する

1.はじめに 地震発生過程は、断層のせん断破損構成則(破壊物理法則)によって記述される。近年の地震波形解析の進展により、断層面上での強度分布は非常に不均一であることがわかってきた。つまり、断層面上では既存の弱面上でのすべり破損過程と既存の弱面を含まない岩石の破損過程の両者が共存していると考えられる。しかしながら、岩石の破損過程に関する研究はほとんど行なわれておらず、岩石の破損過程の性質を地震発生層に相当する温度・圧力条件下で調べることは、地震の発生過程を理解する上で大変重要である。本研究では、せん断破損構成則として岩石の破損過程が記述可能なすべり変位量依存性構成則に基づき、地震発生環境条件下における構成則パラメータ(図1)の温度・有効法線応力・すべり速度依存性を解明することを目的として、以下の研究を行なった。試料としてつくば産花崗岩(長さ40mm、直径16mm)を用いた。空隙率は0.93%、粒径は0.5mm〜2mmである。

2.構成則パラメータの温度・有効法線応力依存性 地震発生層では、温度、封圧、間隙水圧が常温・常圧下と比べて大きく異なっており、せん断破損構成則を規定するパラメータ(τp、Δτb、Dc、図1)は、温度と有効法線応力(封圧、間隙水圧)によって変化すると考えられる。このような効果を定量的に把握することは地震発生過程を理解する上で必要不可欠である。歪み速度を10-5/sに固定し、温度480℃以下、封圧480MPa以下、間隙水圧400MPa以下での様々な温度、有効法線応力(封圧、間隙水圧)条件下で破壊実験を行なった(地殻内の深さ約17kmまでの条件が再現可能)。それぞれの環境条件下で得られた構成曲線をもとに、構成則パラメータの温度・有効法線応力依存性を定量的に評価した。温度300℃以下では温度の効果はほとんど現れず、最大せん断強度τp(図2)は有効法線応力σneffの線形関数として記述でき、破損応力降下量Δτb(図3)と臨界すべり変位量Dc(図4)はほぼ一定値になる。一方、温度300℃以上では、各構成則パラメータは温度と有効法線応力σneffの両者の関数として記述できる。最大せん断強度τpは、温度300℃以下におけるσneffとの線形関係から期待される値に比べ減少し、σneffが大きい程その減少量は大きい(図2)。破損応力降下量Δτbは温度の増加にともなって減少し、σneffが大きい程より減少する(図3)。臨界すべり変位量Dcは主に温度の増加にともなって増加し、σneffが大きい程より増加する傾向にある(図4)。破壊実験後の破損面近傍の顕微鏡観察により、温度300℃以上では黒雲母が顕著に塑性流動しており、同時に石英が若干塑性流動していることを確認した。破損面近傍のほとんどの粒子がクラックにより破砕されており、脆性破壊に若干の塑性流動が混合した結果、上記の様な温度300℃以上における構成則パラメータの変化が生じたと考えられる。また、乾燥試料を用いた場合には、300℃以上においても強度の減少量は小さく、湿潤試料を用いた場合に比べ強度が大きくなる(図2)。このことは、水により応力腐食などの化学反応が進行することで、乾燥状態にくらべ試料の強度が低下することを示唆する。

 典型的な地殻内の温度・圧力・間隙水圧条件(静水圧)下における構成則パラメータ(τp、Δτb/Dc)の深さ変化を図5に示す。最大せん断強度τpは、深さが10km以浅では深さに対して線形に増加するが、深さ10km付近で深さに対する増加率が徐々に減少し、15km以深ではほとんど一定値をとる。この振る舞いは脆性−塑性遷移領域に対応する。Δτb/Dcは深さ10km以浅で一定値をとる(図5)。10km以深では、Δτb/Dcは深さとともに減少し破損過程の安定性が増し、動的な破損過程が発生し難くなる。このことは、地殻内の地震活動の下限が温度400℃付近(深さ15km程度)に相当する要因の一つと考えられる。

3.構成則パラメータのすべり速度依存性 前節において、構成則の温度・有効法線応力依存性に関して定量的な評価をおこなったが、地震発生環境条件下においてすべり速度の変化により構成則の性質がどのような影響を受けるのかに関してはほとんど解明されていない。すべり速度を低下させた場合に、物理化学過程が活性化し構成則パラメータはその影響も受けると予想される。温度・封圧・間隙水圧条件を固定し、歪み速度を10-5/s〜10-7/sの範囲内で変化させ、構成則パラメータのすべり速度依存性を評価した。ただし、歪み速度が10-7/sの実験では、一回の実験に長時間を要するため試料の弾性変形時(強度の約半分まで)は10-5/sの歪み速度で変形させた。すべり速度の減少にともなって、最大せん断強度τp(図6)はすべり速度の対数関数に従いながら減少する。この関係は、乾燥試料を用いた常温下で行なわれた過去の実験でも得られており、クラック先端における応力腐食がその原因だと考えられる。破損応力降下量Δτb(図7)と臨界すべり変位量Dc(図8)も、すべり速度の減少にともない減少する。しかしながら、本研究の温度・有効法線応力条件下においては、すべり速度依存性は顕著ではなく、温度・有効法線応力にほとんど依存しないことがわかった。応力腐食、破損面の固着や塑性流動が、すべり速度依存性のメカニズムと解釈できる。

4.まとめ 地震発生環境条件下における構成則パラメータの温度・有効法線応力・すべり速度依存性を室内実験を基に定量的に評価し、岩石のせん断破損過程の解明を行なった。間隙流体の存在下におけるせん断破損構成則の温度・有効法線応力・すべり速度依存性を調べた研究は重要な成果であり、地震発生過程をモデリングする上で貴重な拘束条件を与えうる。

図1.すべり変位量依存性構成則

図2.最大せん断強度τpと有効法線応力σneffの関係

図3.破損応力降下量Δτbの温度・有効法線応力依存性

図4.臨界すべり変位量Dcの温度・有効法線応力依存性

図5.推定されるτp(左)とΔτb/Dc(右)の深さ分布

図6.最大せん断強度τpのすべり速度依存性

図7.臨界すべり変位量Dcのすべり速度依存性

図8.破損応力降下量Δτbのすべり速度依存性

審査要旨 要旨を表示する

論文は4章からなる.

 第1章では研究目的が述べられる.最近の地震学の研究で断層面上では既存の弱面上でのすべり破損過程と既存の弱面を含まない岩石の破損過程の両者が共存していると考えられているが、岩石の破損過程に関する研究はほとんど行なわれておらず、本論文ではこの研究を行うことが述べられる.

本論文では破損過程をすべり変位量依存型のせん断破損構成則として表す.地震発生環境条件下におけるこの構成則パラメータの温度・有効法線応力・すべり速度依存性を解明するために、つくば産花崗岩(長さ40mm、直径16mm)資料を用いた実験を行っている.

 第2章において、破損過程を表す構成則パラメータの温度・有効法線応力依存性についての研究結果が示される.

地震発生層では、温度、封圧、間隙水圧が常温・常圧下と比べて大きく異なっており、せん断破損構成則を規定するパラメータ(τp、Δτb、Dc)は、温度と有効法線応力(封圧、間隙水圧)によって変化すると考えられている.このような効果を定量的に把握することは地震発生過程を理解する上で必要不可欠である.ここでの実験では歪み速度を10-5/sに固定し、温度480℃以下、封圧480MPa以下、間隙水圧400MPa以下での様々な温度、有効法線応力(封圧、間隙水圧)条件下で破壊実験を行なっている.この条件は地殻内の深さ約17kmまでの条件に相当する.これらの実験をもとに構成則パラメータの温度・有効法線応力依存性が定量的に評価された.

 その結果、温度300℃以下では温度の効果はほとんど現れず、最大せん断強度τpは有効法線応力σneffの線形関数として記述できた.また、破損応力降下量Δτbと臨界すべり変位量Dcはほぼ一定値になった.

 一方、温度300℃以上では、各構成則パラメータは温度と有効法線応力σneffの両者の関数として記述される.また、最大せん断強度τpは、温度300℃以下におけるσneffとの線形関係から期待される値に比べ減少し、σneffが大きい程その減少量は大きいことがわかった.破損応力降下量Δτbは温度の増加にともなって減少し、σneffが大きい程より減少した.臨界すべり変位量Dcは主に温度の増加にともなって増加し、σneffが大きい程より増加する傾向にあることがわかった.

 以上の結果のメカニズムを考察するため破壊実験後に破損面近傍を顕微鏡で観察している.その結果、温度300℃以上では黒雲母が顕著に塑性流動しており、同時に石英が若干塑性流動していることを確認された.破損面近傍のほとんどの粒子がクラックにより破砕されており、脆性破壊に若干の塑性流動が混合した結果、上記の様な温度300℃以上における構成則パラメータの変化が生じたと推測している.また、乾燥試料を用いた場合には、300℃以上においても強度の減少量は小さく、湿潤試料を用いた場合に比べ強度が大きくなった.このことは、水により応力腐食などの化学反応が進行することで、乾燥状態にくらべ試料の強度が低下することを示唆する.

 以上の結果から典型的な地殻内の温度・圧力・間隙水圧条件(静水圧)下における構成則パラメータ(τp、Δτb/Dc)の深さ変化を示し.最大せん断強度τpは、深さが10km以浅では深さに対して線形に増加するが、深さ10km付近で深さに対する増加率が徐々に減少し、15km以深ではほとんど一定値をとることが得られた.この振る舞いは脆性−塑性遷移領域に対応する.Δτb/Dcは深さ10km以浅で一定値をとる.10km以深では、Δτb/Dcは深さとともに減少し破損過程の安定性が増し、動的な破損過程が発生し難くなった.このことは、地殻内の地震活動の下限が温度400℃付近(深さ15km程度)に相当する要因の一つと考えられる.

 第3章では、構成則パラメータのすべり速度依存性について評価が行われている.従来、地震発生環境条件下においてすべり速度の変化により構成則の性質がどのような影響を受けるのかに関してはほとんど解明されていない.すべり速度を低下させた場合に、物理化学過程が活性化し構成則パラメータはその影響も受けると予想される。温度・封圧・間隙水圧条件を固定し、歪み速度を10-5/s〜10-7/sの範囲内で変化させ、構成則パラメータのすべり速度依存性が評価された.すべり速度の減少にともなって、最大せん断強度τpはすべり速度の対数関数に従いながら減少した、この関係は、乾燥試料を用いた常温下で行なわれた過去の実験でも得られており、クラック先端における応力腐食がその原因だと考えられるとしている.破損応力降下量Δτbと臨界すべり変位量Dcも、すべり速度の減少にともない減少する.しかしながら、本研究の温度・有効法線応力条件下においては、すべり速度依存性は顕著ではなく、温度・有効法線応力にほとんど依存しないことがわかった.応力腐食、破損面の固着や塑性流動が、すべり速度依存性のメカニズムと解釈している.

 以上の研究は、地震発生環境条件下における構成則パラメータの温度・有効法線応力・すべり速度依存性を室内実験を基に定量的に評価し、岩石のせん断破損過程の解明を行なったものである.特に間隙水存在下におけるせん断破損構成則の温度・有効法線応力・すべり速度依存性を調べた研究は重要な成果であり、地震発生過程をモデリングする上で貴重な拘束条件を与えうる.このように地震発生場における断層の性質を推定し、地震のメカニズムを考える上で貴重な研究として高く評価できる.従って、博士(理学)の学位を授与できると認める.

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