学位論文要旨



No 116899
著者(漢字) 並木(隅田),敦子
著者(英字)
著者(カナ) ナミキ(スミタ),アツコ
標題(和) 室内実験によるD″層のダイナミクスの研究
標題(洋) Dynamics of the D" layer : experimental approaches
報告番号 116899
報告番号 甲16899
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4162号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 浜野,洋三
 東京大学 教授 深尾,良夫
 東京大学 教授 木村,龍治
 東京大学 教授 栗田,敬
 東京大学 助教授 小河,正基
内容要旨 要旨を表示する

1 はじめに

 D″層は地球のマントルとコアの間に見つかっている層である。D″層の上面にはマントルとの間に地震波速度のシャープな境界があり、コア側に向かって地震波速度が遅くなる。また、D″層内部に水平方向の大きな地震波速度不均質が見つかっている。また、D″層は水平方向にその厚さが大きく異なる。厚さのばらつきはD″層自身の厚さに匹敵する。これらの事から、D″層は組成的に上のマントルとは別の層であると指摘されている。

 D″層がマントルとは組成的に別の層であるとすれば、隣接するマントルやコアのダイナミクスに直接的に影響を与える事が予測される。また、厚さ200km程度のD″層がマントルと混合せずに長いタイムスケール存在できるかどうかは定かではない。本研究ではD″層の厚さが水平方向に異なる事でマントルとコアに与える影響、及びマントルとD″層の混合について議論する。

2 水平方向に厚さの異なるD″層がマントル及びコアに与える影響

2.1 マントル対流に与える影響

 地震観測によれば、D″層の厚さは場所により極端に異なっている。D″層がマントルとは組成的に異なる層だとすれば、D″層の厚さの違いはマントル対流にとっては下部境界の凹凸にあたる。そこで、2章では下部境界に存在する凹凸が対流にどのような影響を与えるかを調べた。

 まず最初に簡単の為に下部加熱により実験を行った(appendix)。その結果、凸がある値よりも大きい場合凸は対流に対し影響を与えるが、ある値よりも小さい場合には影響を与えない事がわかった。この対流に影響を与えるかどうかの臨界値はほぼ熱境界層の厚さでスケールされる事を示した。

 この結果を実際にマントルに適用する為には内部熱源の効果を考えなければならない。地球のマントルには放射性核種による内部熱源が分布しており、この効果はコアからの下部加熱を上回ると考えられているからである。内部熱源の効果が加わると、対流のパターンと温度分布に上下の非対称性が生まれ、下部の熱境界層は不鮮明になる。凸が上昇域を作れるかどうかは下部の熱境界層の厚さに強く依存する為、内部熱源の効果が大きいマントルの場合に適用できるかどうかは定かではない。そこで、2章では内部熱源の効果を加え、実験を行った。内部熱源の発生にはKrishnamurtiによって導入された、上下の境界の温度を同時に下げる方法を用いた。この結果、内部熱源の効果がある場合にも下部の熱境界層が存在すれば凸は上の対流に対し影響を与えられる事を示した(図1)。

 地球科学における問題の1つとして、ホットスポットの定常性がある。マントルで見積もられるレイリー数は107以上であり、予測される対流パターンは非定常である。実際、マントル対流の下降域にあたるスラブはその沈み込みの位置を時間と共に大きく変化させている。しかし同じ時間スケールで比較した場合、ホットスポットは定常にその位置を保っている。これはホットスポットの根とD″の上端の地形とのカップリングで説明できる事を示した。

2.2 コアからマントルへの熱輸送に与える影響

 3、4章ではD″層が水平方向に厚さが異なる事が、コアからマントルへの熱の輸送にどのような影響を与えるかを上端の傾いた対流層を用い、簡単なスケーリング則に基づき実験的に考察した。

 実験を行なう前に、水平方向に厚さが異なる場合の各場所での動的性質をあらわすローカルレイリー数Ral (x)=pαgΔTl (x)3/κη、及び垂直方向の熱輸送量を示す無次元数qn=[Heat flux (Ral (x))]/[Heat flux (Rac)]を導入した。qnはある層厚(l (x))での熱輸送量をローカルレイリー数が臨海レイリー数(Rac)になるような層厚(l0)での熱輸送量と比較したものである。層が伝導層の場合qn〜l0/l (x)となり、熱輸送量は厚さの逆数に比例し、層が厚くなるほど悪くなる。一方、層が対流している場合、層厚が一定の場合の熱境界層の厚さの見積りδ〜l/2 (Ra/Rac)1/3〜l0/2を使えば、qn=(kΔT/2δ)/(kΔT/l0)=l0/(2δ)〜1であり、熱輸送量が厚さによらない事になる。

 層がRal (x)<Racで伝導層の場合、熱輸送はこの見積もりに従う事が示された。また、Ral (x)>Racであっても上端の傾きが小さい場合にも、熱輸送は見積もりに従う。この時、対流パターンは上端が平らな場合とほぼ同じになる。

 しかしRal (x)>Rac、かつ上端の傾きが大きい場合、下部境界の熱輸送は層の薄いところで最大になり、上部境界の熱輸送は層の厚いところで最大になる事が示された。この場合対流セルは層厚の厚い方から薄い方へ水平方向に移動し、セルは分離、合体を行なうことが観察された。その際見られるプルームが水平方向への熱の輸送を行ない、結果として、主に薄い領域で下から熱を奪い、厚い領域で熱を供給すると思われる。この水平方向の熱輸送がおこる領域を実験的に求めた(図2)。1つの対流セル内での厚さの違いが粘性境界層の厚さを越えると熱の水平方向の輸送が起こると思われる。

 D″層が伝導層の場合、効率的にコアから熱を奪う場所とマントルへ熱を供給する場所は一致する。しかし、D″層内で対流が起こり、水平方向に熱輸送しない場合にはコアから奪われる熱はマントルの対流パターン及びD″層の厚さによらない。また、D″層内で対流し、更に熱の水平輸送が起こるような領域では、効率的にコアから熱を奪う場所とマントルへ熱を供給する場所はずれる。磁場の解析からコアの対流が外側の境界条件であるマントルの温度場に大きく影響されている可能性が指摘されてきた。しかし、直接的にトモグラフィーから予測されるマントル最下部の熱的条件を境界条件に用いた数値計算では地球のコアにみられる特徴を説明できていない。コアの境界条件は直接的にマントル最下部の条件が決めているのではなく、D″層の水平方向の厚さのばらつきが大きな役割をしている事が予測される。

3 2層対流としてのD″層−マントル系

 D″層がマントルとは組成的に異なる層であれば、D″層、マントルは2層対流として扱わなければならない。ここで、D″層の粘性率はマントルよりも低い事が予測される。なぜならば、CMBに近く、高温の領域であり、地震観測、高圧実験の両面からこの付近が部分溶融している可能性が指摘されている。粘性率は融点の関数で書ける事が知られており、融点に近い温度分布は低粘性を示唆する。

 2層対流であった場合、D″層内の温度分布はどのように決まるのだろうか?5章ではD″層の粘性が低い事に着目して、物性値の大きく異なる2層対流での温度分配の決まり方を簡単なスケーリング則を用いて考察した。この結果、D″層内の粘性率が低い場合、D″層内の温度変化はマントルよりも小さくなる事を示した。

 6章ではD″層の粘性がマントルよりも低い事に着目して、粘性の異なる2層での混合について実験的手法を用いて考察した。下層が上層よりも粘性率が高い場合には、下層は上層を粘性によって直接取り込み2層の境界は上方に移動する。しかし、上層が下層よりも粘性が高い場合、2層の境界は移動しない。これは、組成の拡散が粘性と温度に依存する事により、2層の間に中間層が出来る為、上層が下層を直接取り込めない事による(図3)。

 以上の結果を総合し、以下の描像が得られた。まず、D″層が液相濃集元素に濃集し、かつ始源的地球のもつ希ガスを含んでいると仮定する。この場合、マントル対流は低粘性のD″層を直接取り込む事が出来ず、D″層は長期間安定に存在できると考えられる。この場合、D″層とマントルとの間に中間層が発達する。中間層はもともとマントルであるため、マントルとの密度差が小さい。よって沈み込んだ冷たいスラブは中間層に大きな地形をつくる。この地形がホットスポットの位置を固定する。中間層はD″層の成分がマントル側に拡散したものであるから、液相濃集元素や始源的な希ガス成分を含む。ホットスポットはこの中間層を取り込み地表に運び、MROBとは異なる組成のマグマを噴出する。

図1:凸が影響を与える範囲を示した相図。

X軸はレイリー数、左側のY軸は対流層の厚さで無次元化した凸の高さ、右側のY軸は地球のマントルの厚さでスケールした凸の高さを示す。四角は内部熱源の影響を調べた2章の実験範囲を示す。その他は下部加熱を用いた実験による。○は凸が対流に影響を与えた場合、×は凸が対流に影響を与えなかった場合、Δは凸は上昇プルームをつくるがこのプルームは対流パターンには影響を与えなかった場合を示す。直線は熱境界層の厚さを示す。破線は下部加熱の場合、対流パターンが定常の場合と非定常の場合を分けている。内部熱源が入った場合、レイリー数が104以上で対流パターンは非定常になる。

図2:上の境界が傾いている時の対流パターンの相図。

各線分は1つの実験の範囲を示す。太い直線は対流セルの水平移動が見られた領域を、細い直線は対流パターンが上の境界が傾いていない場合と同様になる領域を示す。三角形に挟まれた点線は対流パターンに振動現象がみられた領域を示す。破線は1つの対流セル内での厚さの違いと粘性境界層の厚さの比から計算された角度を示す。線の細い方から、対流セルのアスペクト比を0.5,1,1.5と仮定している。

図3:(a)2層の境界付近の拡大図。

下層の粘性率が上層の粘性率より高い場合を示す。流れ場は流体に混ぜたナイロンビーズの軌跡により可視化されている。赤線は1cmのサイズを示す。水槽が円柱の為、視界は横長になっている。(b)上層の粘性率が下層の粘性率より高い場合。中間層は感温液晶により可視化されている。

審査要旨 要旨を表示する

 マントル最下部のD"層は、地震波速度の水平方向の不均質が大きいことが知られているが、この構造は両側のマントルとコアの活動を反映していると考えられている。従って、地球内部の全体活動を知る上で、D"層の研究は重要である。これまでには物質科学、地震学、及び数値シミュレーション等の側面から多くの研究が行われているが、D"層の成因や役割については、まだ不明な点が多い。本研究は室内実験によって、D"層がマントル対流に与える影響、コアからマントルへの熱輸送に与える影響等を調べたものである。

 本論文は7章から構成される。第1章は導入部であり、D"層に関するこれまでの地震学的な観測成果、これまでに提唱されているD"層の成因等を述べ、本研究の目的をまとめてある。本論文は3部で構成されているが、第1部ではD"層の地形的な効果を実験的に調べ、第2部ではD"層とその上のマントルの間の2層対流の効果を調べている。また第3部ではこれらの実験結果の地球物理的な解釈を述べている。

 第2章と第3章は、D"層の凸凹の効果を調べたものである。D"層の厚さは場所によって大きく異なっており、D"層がマントルと組成的に異なるとすれば、このD"層の厚さは、マントルの対流に影響を与えることが考えられる。本研究では、このD"層の厚さの変化を、対流層の下部の凸凹としておき、その凸凹の大きさ及び波長が上の対流層に与える影響を調べている。この効果はこの凸凹の高さが対流の境界層の厚さより大きい場合に影響があるという結果を得ている。この熱境界層の効果は、対流層が熱源を持つ場合にも下部の境界層が存在すれば、上部の対流に影響を与えることが示された。第3章では、D"層の厚さの変化が、D"層内の対流運動に与える影響を実験的に調べている。実験としては上端の傾いた水槽内での対流実験を行った。この水槽では局所的なレーリー数は水平方向に異なるが、このローカルレーリー数で対流が起きる領域が規定されることを見いだした。ローカルレーリー数が103から3x108という広い範囲で、実験を行い、対流のパターン、温度のふらつき、水平及び鉛直方向の熱輸送を調べている。このように水平方向に温度が一様でない系では、系全体にわたる大規模な対流運動とローカルな対流運動が共存する。本研究では大規模流に伴う水平方向の熱輸送が卓越する条件を見いだしたことが重要な成果である。

 第4章と第5章では2層対流の実験的研究を行っている。D"層とその上のマントルが組成的に異なりD"層の密度が大きい場合は、マントル全体は2層対流として振る舞う。この際、D"層は高温のため、粘性は上側のマントルよりは小さくなっていると考えられる。第4章では、このような密度が小さく粘性の大きな上部層と、密度が大きく粘性の小さな下部層2層からなる対流について、D"層内の温度分布がどのように決まるかを実験的に調べている。この結果、粘性率が低い下部対流層では、層内の温度変化が、上部の層よりも小さくなることが示された。第6章では、粘性の異なる2層の間で液体の混合がある場合に、どのように混合するかを実験的に示した。下層が上層よりも粘性率が高い場合には、下層は上層を直接取り込み2層の境界は上方に移動する。しかし、上層が下層よりも粘性率が高い場合、2層の境界は移動しない。この非対象性は、組成の拡散が粘性と温度に依存することから2層の間に中間層が出来、上層が下層を直接取りこめないことによるとされている。

 第6章と第7章はこれまでの実験結果に基づいて地球のD"層についての考察を行っている。この考察の一つはホットスポットとの関係である。ホットスポットは、マントルの運動に対して不動と考えられており、この原因となる場所がどこかは重要な問題である。マントル対流の上昇部がD"層上端の凸凹に規定されることから、その不動性を説明することが可能である。また、D"層内の凸凹によるD"層内の対流運動による熱輸送には、D"層の厚さの変化が影響を与え、上のマントルの対流運動を規定することが、実験に基づいて示唆されている。第7章では、これまでの実験と考察に基づいたD"層のイメージが簡潔にまとめられている。

 以上述べてきたように、本論文は、D"層の成因やそのコアとマントルの活動に与える影響について、これまでに例の少ない室内実験によってアプローチしたものであり、実験と考察に基づいて、実現可能なD"層のモデルが提唱されている。これらは、今後のD"層及びマントルとコアのダイナミクスの研究の上で多くの示唆を与えるものである。従って、審査委員全員は、本論文が博士(理学)の学位論文として十分な価値があるものと判定した。

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