学位論文要旨



No 116900
著者(漢字) 濱邉,好美
著者(英字)
著者(カナ) ハマベ,ヨシミ
標題(和) 宇宙塵のその場分析用飛行時間型質量分析法の研究
標題(洋) Study of time-of-flight mass spectrometry for in-situ analysis of dust particles in space
報告番号 116900
報告番号 甲16900
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4163号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 杉浦,直治
 東京大学 助教授 柴田,裕実
 東京大学 教授 藤原,顯
 東京大学 教授 永原,裕子
 東京大学 助教授 佐々木,晶
内容要旨 要旨を表示する

 現在太陽系内に存在する宇宙塵は、小惑星帯や彗星などの太陽系内に起源を持つものだけではなく、太陽系外から高速で流入する星間塵も観測されている。このため、宇宙塵は太陽系内だけでなく、宇宙空間のより始源的な物質情報を持ち、太陽系の進化を解明する手がかりを持っていると考えられる。宇宙塵のサイズ・空間分布、その起源と進化、母天体との関係を明らかにするには、宇宙塵の検出位置、飛来方向、組成情報などが重要であり、惑星探査による直接計測が最も効果的である。これまで搭載されたダスト計測器では、主に宇宙塵の存在と質量・速度が計測されてきたが、化学組成のその場分析はHelios, Vega1/2, Giotto, Stardust, Cassiniに搭載された衝突電離型ダスト分析器のみに留まっている。また、これらの分析器は彗星や土星などの天体を対象としており、惑星間空間での化学組成情報や星間塵に関する組成情報はほとんど得られておらず、物理量と化学組成の同時計測も行なわれていない。これらを同時計測することにより、物理量と化学組成という2つの視点から宇宙塵の起源・進化に関する情報を得ることができる。また、宇宙空間でより多くの宇宙塵のその場分析を行なうには、より大きな開口径(ターゲット)が必要である。しかし、大開口径と高質量分解能とは相反する要素であり、これまでに高質量分解能・小開口径タイプ(リフレクトロン方式)と大開口径・低質量分解能タイプ(直線型分析器)が搭載されてきたが、双方を同時に満たす分析器はない。そこで、本研究ではその2つの要素を相補するイオン光学系を考察・検証し、大開口径かつ高質量分解能を備えた宇宙塵のその場分析用質量分析器を開発することを目的とした。

宇宙塵の質量分析器の開発において、注目すべきは以下の3点である。

1.高質量分解能と広い有効面積を両立させるイオン光学系の開発

2.宇宙塵の高速衝突による宇宙塵自身のイオン化の模擬実験

3.物理量と化学組成情報の同時測定法の確立

1.飛行時間型質量分析器の分解能を低下させる要因として、イオン生成時に生じる初期エネルギーのばらつきによる飛行時間の広がり(時間的広がり)と、イオンの空間的広がりがあげられる。高い質量分解能を得るには、この2点を同時に克服するイオン光学系の開発が必要不可欠である。時間的広がりを抑える手法として、自由空間を飛行するイオンを一度反射させることにより、同じ質量/電荷比のイオンが持つ初期エネルギーのばらつきを打ち消す方法が提唱されてきた(リフレクトロン型質量分析器)。一方、空間的広がりを抑えるための手法に関する研究は、ほとんど行なわれていない。そこで、本研究では、イオンの空間的な広がりを抑えるために、反射領域の電場の形状に注目し、イオンの反射面を曲面にすることにより、イオンを時間的・空間的に収束させることが可能であることを示した。また、この曲面を形成するための手法を開発し、イオン光学シミュレーションソフトSIMIONを用いてイオンの軌道を計算し、時間的・空間的に収束した場合に、質量分解能が1000を超えることを示した。

 次に、広い有効面積を持つ分析器の開発に着手した。広い有効面積と高い質量分解能という相反する要素を相補するイオン光学系をSIMIONにより導き出し、イオンの到達時間から質量分解能を計算した。この場合、小面積ターゲット時の質量分解能より低下するが、300以上の分解能を備え、約8倍の有効面積を持つ質量分析器が実現可能であることを示した。

2.シミュレーションにより導き出したイオン光学系を備えた質量分析器を設計・製作し、その性能を確かめるため、以下の2つの手法を用いて、宇宙塵の高速衝突を模擬した実験を行なった。

1)パルスレーザー照射

 Nd-YAGパルスレーザー(波長:1064nm,パルス幅:6-8ns,最大エネルギー:50mJ)をスリットとレンズに通すことによってビーム径を200μm以下に絞った(強度:〜108W/cm2)。この場合、1μm粒子が3km/s程度の速度で衝突した場合と同等のプラズマを発生させることができると考えられていた。しかし、個々のイオンが持つ初期エネルギーを測定することにより、本研究で用いたレーザーエネルギーは、衝突速度15-20kmに匹敵することが示された。金属ターゲットからイオン(Au+やAg+など)を生成させるためにはさらにレーザー出力を上げる必要があるが、今回は分析器の性能を確かめることを目的としているため、再現性の良いNa+やK+のピークを用いて、新しい光学系の有効性を検証した。Na+やK+は金属ターゲット中に不純物として混入しており、これらは低いイオン化エネルギーを持っているため、低エネルギー衝突でも高い確率でイオン化し、検出される。

 ターゲット金属の違いによって質量分解能は異なるものの、加速・反射領域に印加する電圧を変化させた場合には、イオン到達時間のずれ(広がり)が観測され、直線型から平行反射型、曲面電場型にした時には、質量分解能およびイオン検出効率の向上が見られた。これはシミュレーションで導いた質量分解能より幾分低い値だが、宇宙空間におけるダスト分析をするのに必要な値は満たしている。また、曲面電場では平行電場よりもイオンの検出効率が約10倍高いことを示した。

2)高速微粒子衝突実験

 Van de Graaff静電加速器を用いて、銀粒子(直径0.5-2μm)、鉄粒子(0.4-3μm)、炭素粒子(直径0.3-2μm)ラテックス粒子(0.2-2μm)を高速加速させ、レーザー照射と同じ条件でスペクトル変化を観察した。銀、鉄粒子の衝突速度は10km/s以下であったため、衝突粒子自身のイオン化は観測されなかったが、鉄粒子の場合、レーザー照射と同様に再現性の良いNa+とK+のピークが得られたので、これらのピークを分析器の性能確認に用いた。さらに、本研究では、衝突粒子からのイオン生成、質量分析を目的としており、15km/s以上に加速可能な炭素粒子とラテックス粒子を用いた衝突実験も行なった。炭素粒子の衝突で得られた20個以上のスペクトルを重ねて得られたスペクトルを図2に示す。C+は形成されても不安定でこの状態では検出されないが、C2+, C3+が検出された。ここでのスペクトルが示した質量分解能は500を超えた。

3.大開口径を備えた質量分析器

 これまで、約4cm2という小さなターゲットを用いて実験を行なってきたが、現実験状況で可能な限り大きくしたターゲットを新たに作製し、パルスレーザー照射と微粒子の高速衝突によるキャリブレーションを行なった。ラテックス粒子の高速衝突により得られたスペクトルを図3に示す。ラテックス粒子は広い速度レンジを持っており、生成されるイオンの速度依存性が確認された。小面積ターゲットに比べて、質量分解能はやや低下したが、再現性のよいスペクトルが得られた。

3.衝突粒子の物理量測定

 これまでのダスト用質量分析器では、衝突粒子の物理量(質量や速度)を同時計測することができなかった。本研究では、ターゲットシグナルの立ち上がり時間tとその高さCから速度・質量を求めるキャリブレーションラインを求めた。

 t=6×10-5v-1.098

 C/M=0.007v3.440

 [v,M:衝突粒子の速度・質量]

以上のことから、高質量分解能と大開口径をもち、かつ衝突粒子の物理量と化学組成を同時計測できる分析器の開発に成功したと言える。

図1.リフレクトロン方式質量分析器

図2.高速微粒子衝突実験の結果(炭素→金)

図3.TOFスペクトル(ラテックス粒子→金)

表1.質量分解能の比較

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、宇宙空間でのその場分析用ダスト質量分析器の開発を目的とし、新しいイオン光学系の開発、及びプロトモデルを用いたキャリブレーション実験についてまとめ、その分析器の性能について論じたものである。

 第1章では、これまでの惑星探査によるダスト分析についてまとめられている。従来の分析器では、ダストの物理量と化学組成の同時測定が不可能で、さらに化学組成分析するためには、質量分解能を維持するために開口径を小さくせざるを得なかった。しかし、本論文では、従来と異なるイオン光学系を用いることにより、これまでの分析器より優れた性能のダスト分析器が実現可能であることを確認している。

 第2章では、飛行時間型質量分析器のシステムについて説明された後に、本研究で新しく開発されたイオン光学系について説明されている。従来の反射型質量分析器(平行電場型リフレクトロン)と新しく開発された曲面電場型リフレクトロンとの性能の違いを、イオン光学シュミレーションソフトSIMIONを用いて検証している。質量分解能低下の原因となる初期エネルギーを考慮した上で、曲面電場型リフレクトロンが平行電場型より10倍高い質量分解能を示し、さらにイオンの空間的収束が可能であり、開口径の拡大が可能であることを示している。

 第3章では、第2章で検証されたイオン光学系に基づいて設計・製作されたプロトモデルを用いたキャリブレーション実験について述べられている。宇宙空間におけるダストの高速衝突現象を模擬するために、パルスレーザー照射実験が行なわれた。最も基本的な直線型、従来の平行電場型リフレクトロン、新しい曲面電場型リフレクトロンの3タイプの分析器それぞれについてレーザー照射を行ない、得られたスペクトルの比較、分析器の性能の比較が行なわれた。その結果、曲面電場型リフレクトロンにおける質量分解能の向上が確認されている。

 第4章では、静電加速器を用いた高速微粒子衝突によるキャリブレーション実験について、その手法と測定結果が示されている。直線型、平行電場型リフレクトロン、曲面電場型リフレクトロン、それぞれのモデルで得られたスペクトルを比較し、質量分解能の向上とイオンの空間収束率の向上が確認されている。また、検出されるイオンが微粒子の衝突速度に依存することも確認されている。

 第5章では、曲面電場型リフレクトロンのターゲット領域を拡大したモデルを用いたキャリブレーション実験について述べられている。パルスレーザー照射と高速微粒子衝突の双方に関して、ターゲット上3点で得られたスペクトルの解析が行なわれている。ターゲット面積が小さい場合のスペクトルと比べると、質量分解能は幾分低下するが、目標値に達することが確認されている。

 第6章では、微粒子衝突実験により得られたターゲット信号を解析することにより、衝突するダスト粒子の物理量を推定するための経験式が求められている。また、衝突物質による違いが明らかにされている。さらに、ターゲットの拡大による影響はほとんどないことも示されている。

 第7章では、それ以前のスペクトル解析に基づいて、分析器の性能についてまとめられている。また、CASSINIやSTARDUSTに搭載されている分析器(ドイツ・マックスプランク核物理学研究所製作)の衝突実験の結果と比較を行ない、本研究で得られたスペクトルが本質的であり、さらにイオン検出量の向上が確認されている。

 第8章では、それ以前の章の結論がまとめられている。

 以上のように、本論文では、従来のダスト分析器の短所を補い、さらに分析性能を向上させることのできるイオン光学系の開発を行なったこと自体が新しく、評価に値する。さらに、レーザー照射と微粒子衝突により、曲面電場の効果が実験的に検証されていることに意義がある。また、物理量と化学組成の同時測定が可能であることを示した点も評価できる点である。

 なお、本論文は大橋英雄、柴田裕実との共同研究であるが、論文提出者がほぼ全てにわたり開発、実験、及び検証を行なったもので、論提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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