学位論文要旨



No 116903
著者(漢字) 八木,勇治
著者(英字)
著者(カナ) ヤギ,ユウジ
標題(和) 日向灘と三陸沖における地震時滑りと非地震性滑りの相補関係
標題(洋)
報告番号 116903
報告番号 甲16903
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4166号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 加藤,照之
 東京大学 教授 菊地,正幸
 東京大学 教授 松浦,充宏
 東京大学 教授 阿部,勝征
 東京大学 助教授 宮武,隆
 東京大学 助教授 吉田,真吾
内容要旨 要旨を表示する

 Global Positioning System (GPS) 連続観測網の整備に伴い,プレート境界における非地震性滑りが時間変化することが明らかになってきた.本論文では,非定常的な非地震性滑りを「間欠的なゆっくり滑り」と呼ぶ.間欠的なゆっくり滑りの時定数は,数時間から数ヶ月で,通常の地震に比べて非常にゆっくりとした断層滑りである.また,アセノスフェアにおける粘性緩和の時定数(約数年から数十年)より有意に短い.大規模な間欠的なゆっくり滑りは,地震発生領域における応力の再配分をもたらすため,大地震の応力蓄積過程を考える上で重要である.しかし,地震時滑り領域と間欠的なゆっくり滑り領域とがどのような空間的な関係にあるのかは必ずしも明らかになっていない.二つの場合が考えられる。一つは,地震時滑り領域と間欠的なゆっくり滑り領域が重なっている場合で,もう一つは,地震時滑り領域と間欠的なゆっくり滑り領域が空間的に相補的な関係にある場合である.二つのモデルのいずれかを選択することで,大地震の応力蓄積過程の解釈は大きく異なる.前者の場合には,間欠的なゆっくり滑りが地震時滑り領域の応力を解放する.後者の場合では,間欠的なゆっくり滑りにより地震時滑り領域に応力が付加される.従って,仮想震源領域がどのような状態にあるのか理解する上で,両者の関係を明らかにすることは重要である.さらに,両者の関係を明らかにすることは,プレート境界面における摩擦滑り構成則のパラメターの空間分布に制約を与える上でも重要である.本論文では,「地震時滑り領域と非地震性滑り領域(特に,間欠的なゆっくり滑り領域)が,重なるのか否か?」を明らかにすることを目的に,日向灘地域と三陸沖地域で発生した地震時滑り領域と非地震性滑り領域を同定した.二つの領域では,大地震の発生間隔が短く,大規模な間欠的なゆっくり滑りが観測されている.

 日向灘における非地震性滑りの解析には,国土地理院によって観測された900日間のGPS連続記録を使用した.三陸沖における地震時滑りと非地震性滑りの解析には,国土地理院と弘前大学で観測された100日間のGPS連続記録を使用した.本論文では,GPS連続記録から直接プレート境界面における滑りの時空間変化を求めるために,境界面におけるすべりの時空間分布を未知数として,一次のスプライン関数で基底関数展開した.ここで,地震時滑りについては,滑り時間関数をステップ関数で近似した.また,地震時滑りと非地震性滑りを分離するために,地震波解析から得られた地震時滑り分布を先験的な情報として採用した.

 開発した手法を日向灘と三陸で発生したイベントに適用した結果明らかになったことを以下にまとめる.

1.日向灘においてはプレート間大地震のアスペリティ・間欠的なゆっくり滑り領域・定常的な滑り領域がそれぞれ相補的な関係あること(図1),三陸沖においてもプレート間大地震のアスペリティと間欠的なゆっくり滑り領域が相補的な関係にあること(図2)が明らかになった.これらの結果は,それぞれの領域が異なる滑り特性を持つことを示す.

2.間欠的なゆっくり滑りの深さ範囲は,日向灘で15〜40km,三陸沖で20〜50kmの範囲であり,プレート間地震発生領域の深さ範囲(日向灘:10〜20km,三陸沖:10〜50km)と重なる.間欠的なゆっくり滑りの深さ範囲は,温度の効果のみでは説明できなく,蛇紋岩化等の物性の変化を考える必要がある.

3.間欠的なゆっくり滑りと地震活動に明瞭な関係が見られる.このことは,間欠的なゆっくり滑りに伴い,周辺の大地震のアスペリティや小地震をおこすパッチに応力が付加されることを示す.

4.三陸沖の地震カップリング率は,地域全体の平均では,30%と低い値を持つ.しかし,細かく見ると,地震カップリング率がほぼ100%で地震時滑りにより歪みを解放する領域と,地震カップリング率がほぼ0%で間欠的なゆっくり滑りもしくは定常的なゆっくり滑りにより歪みを解放する領域に分けることができる.

図1 プレート間地震の地震時滑り領域,間欠的なゆっくり滑り領域,定常的なゆっくり滑り領域の比較.

地震時滑りについては,最大滑り量の半値幅を塗りつぶしてある.

図2 山中・菊地(2001,地震研究所広報)によって推定された東北地方太平洋側の地震のアスペリティ分布(灰色線)と本研究で求められた1994年三陸はるか沖地震の余効滑り分布(黒線)の比較.最大滑り量の半値幅を塗りつぶしてある.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文はGPSデータの逆解析に基づいてプレート境界の非地震性すべりの時空間特性を論じたものである.論文は5章から構成されている。

 第一章では,研究の背景と動機および目的などが述べられている.GPS連続観測網の整備に伴い,プレート境界における非地震性滑りが時間変化することが知られるようになった.この間欠的なゆっくり滑りの時定数は数時間から数ヶ月で,通常の地震に比べて非常にゆっくりとした断層滑りである.大規模な間欠的ゆっくり滑りは,地震発生領域における応力の再配分をもたらすため,大地震の応力蓄積過程を考える上で重要であるが,地震時滑り領域と間欠的ゆっくり滑り領域とがどのような空間的関係にあるのかは必ずしも明らかになっていなかった.そこで,本論文では,「地震時滑り領域と非地震性滑り領域が,重なるのか否か?」を明らかにすることを目的に,日向灘地域と三陸沖地域で発生した地震時滑り領域と非地震性滑り領域を精確に推定することを目的とするとしている.

 第二章においては日向灘における地震時すべり領域と非地震性すべり領域の関係が論じられている.論文では,GPS連続記録から直接プレート境界面における滑りの時空間変化を求めるために,境界面におけるすべりの時空間分布を未知数として,一次のスプライン関数で基底関数展開している.地震時滑りについては,滑り時間関数をステップ関数で近似している.また,GPS記録に見られる季節変動成分を正弦波で近似することにより取り除いている.これまでの解析では,サンプリング間隔が一日であるため,地震時滑りと非地震性滑り成分を分離するのは困難であったが,本論文では,地震波解析から得られた地震時滑り分布を先験的な情報として採用することにより,地震時滑りと非地震性滑りを分離することに成功した.その結果,地震時滑りと非地震性滑りの詳細な関係を議論することが可能となった.

 第三章においては,前章で導入された手法を用い,三陸はるか沖地震の余効変動を論じている.三陸沖における地震時滑りと非地震性滑りの解析には,国土地理院と弘前大学で観測された100日間のGPS連続記録を使用した.解析の結果,三陸はるか沖地震の余効変動が地震時の変動と空間的に相補的な領域で発生したことが明らかになった.

 第四章では,前章までに得られた結果をもとに議論を行い,非地震性すべりと地震性すべりの相補性について,以下の4つの点を主張している.

1.日向灘においてはプレート間大地震のアスペリティ・間欠的なゆっくり滑り領域・定常的な滑り領域がそれぞれ相補的な関係にあること,三陸沖においてもプレート間大地震のアスペリティと間欠的なゆっくり滑り領域が相補的な関係にあることを指摘している.

2.間欠的なゆっくり滑りの深さ範囲は,日向灘で15〜40km,三陸沖で20〜50kmの範囲であり,プレート間地震発生領域の深さ範囲(日向灘:10〜20km,三陸沖:10〜50km)と重なる.間欠的なゆっくり滑りの深さ範囲は,温度の効果のみでは説明できなく,蛇紋岩化等の物性の変化を考える必要性を指摘している.

3.地震後に発生した大中地震は,地震に伴う間欠的なゆっくり滑り領域の縁で発生していることを指摘している.このことは,間欠的なゆっくり滑りにより,これらの大中地震が誘発された事を示唆する.観測により地震活動と間欠的なゆっくり滑りが関わっている点を明確にしている点は新しい結果である.

4.三陸沖の地震カップリング率は,地域全体の平均では,30%と低い値を持つ.しかし,詳細に見ると,地震カップリング率がほぼ100%で地震時滑りにより歪みを解放する領域と,地震カップリング率がほぼ0%で間欠的なゆっくり滑りもしくは定常的なゆっくり滑りにより歪みを解放する領域に分けることができるということを指摘している.これほどの細かいスケールで地震時滑りと非地震性滑りの領域が相補的であることを指摘した初めての論文である.

 以上を要するに,本論文はこれまでの測地データインバージョンに拘束条件のかけ方に工夫をこらすなどの新しい手法を導入し,これをGPSデータに適用して地震性すべりと非地震性すべりの時空間的相補性をはじめて明らかにしたうえ、そのテクトニックな意義について新しい解釈を加えたものであり,博士(理学)の学位を授与するに十分な内容であると認められる.

 なお,本論文は菊地正幸との共同研究であるが,論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する.

 したがって,博士(理学)の学位を授与できると認める.

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