学位論文要旨



No 116904
著者(漢字) 山本,幸生
著者(英字)
著者(カナ) ヤマモト,ユキオ
標題(和) MUSES−C搭載用蛍光X線分光計の機上ソフトウェア開発
標題(洋)
報告番号 116904
報告番号 甲16904
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4167号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤原,顯
 東京大学 助教授 中村,正人
 東京大学 教授 水谷,仁
 東京大学 助教授 比屋根,肇
 宇宙科学研究所 教授 加藤,學
内容要旨 要旨を表示する

本研究は、小惑星探査機MUSES-Cに搭載する蛍光X線分光計(XRS)の機上ソフトウェアの開発を行い、性能評価を通して性能向上のための仕様変更にフィードバックを掛け、高い性能を実現させた研究成果をまとめたものである。

最近の急速なCPUの性能向上に伴い、装置開発におけるソフトウェアの果たす役割の重要性が向上してきている。CPUの使用方法として、これまでのコマンド・テレメトリの通信制御と言った単純な処理だけでなく、より高度な機上解析を行う事が可能である。これまで速度的な面でハードウェアによって実装することを余義なくされていた状況に対し、開発の効率化、さらには装置の性能向上をも実現可能である。

XRSはその制御にSH7708(SH3)を用いた宇宙探査用に開発した専用のOBCを使用する。SH3は惑星探査用のCPUとしては60MHzの高周波数で動作し、かつ民間で広く使用されているため強力な開発環境が整備されている。XRSではこのCPUを用いた処理として、基本的な通信制御と機上解析を同時に行うことで、性能の向上を狙っている。

地上試験においては、X線CCDをX線検出器として使用する際に、画像を100枚以上(データサイズ200MB以上)使用しエネルギー波高解析を行う。XRSでは、X線CCDの特徴である高エネルギー分解能の利点を利用し、惑星探査としては弱点である画像データサイズの問題点をハードウェア、ソフトウェアの両面を使用して克服している。

本研究では地上試験と同程度のエネルギー分解能を維持したまま、データサイズのみ減少させる方法として

1.ハードウェアによるX線イベント抽出

2.ハードウェアによるBinning処理

3.ソフトウェアによる機上波高ヒストグラム処理

を提案しXRSに導入した。

データサイズの減少法を反映したXRSの性能評価を通して、X線のイベント検出を行う際の重要なパラメータであるEvent Thresholdの設定値の改修や、バックグラウンドデータ計算時における不良データ発生の原因とそれに対する対処方法の考案を行った。

改修の結果、提案したデータサイズの減少方法がうまく機能していることを確認し、また取得したデータをソフトウェアで機上解析を行うことによりXRSとして重要な波高ヒストグラムを直接地上へと送信可能とした。

このようにして取得した波高ヒストグラム(図2)は、地上試験と同程度のエネルギー分解能を有しており、XRSの性能として、過去の惑星探査と比べてエネルギー分解能にして5〜6倍ほど精度良くX線を分光可能とした。

図1 開発したMUSES-C搭載用蛍光X線分光計

小惑星表面からの蛍光X線観測用にX線CCDを4枚搭載している。また標準試料を搭載しており、標準試料からの蛍光X線を測定用にX線CCDを1枚使用している。

図2 地上試験用モード(左)と主観測モード(右)の波高値ヒストグラムの比較

X線源55Feを測定した。地上試験用モードではX線CCD画像100枚(約200MB)からX線イベントを抽出して波高ヒストグラムを作成。主観測モードでは1000パケット(約1MB)に含まれる波高ヒストグラムから作成。ほぼ同程度のエネルギー分解能(<200eV@5.9keV)を達成している。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は小惑星探査機MUSES-Cに搭載される蛍光X線分光計の機上データ処理方法の提案,開発,および性能試験についてまとめたものである.

 探査機による,惑星表面からの蛍光X線の観測は,惑星の表層元素組成の決定に有力な手法として,1970年代のNASAのApollo計画から始まり,近年ではNEAR Shoemaker探査機でその成果を挙げている.しかしながら,従来惑星探査用として使用されてきた蛍光X線分光計はX線の検出器として比例計数管を主体としたものを用いていた.比例計数管は惑星の構成物質として重要なMg, Al, Siの固有X線を分離するのにエネルギー分解能が十分ではなかった.実際Apollo, NEARの探査ではこの問題点を解決するためにフィルタを用いて行ったが,定量分析として十分な結果は得られていなかった.本研究で使われる蛍光X線分光計は主としてMg, Al, Siの定量分析を目的とし,X線の検出器としてX線CCDを使用することによりこれを実現しようとするものである.X線CCDは1993年に打ち上げられた日本のX線天文衛星ASCAで使用され,比例計数管と比べてエネルギー分解能が5倍以上とその威力を十分に発揮し,近年の(地球周回)X線天文衛星で主要なX線検出器の1つとして用いられているが,惑星探査では使用の前例がない.

 本論文では,以下のようにこの開発における重要な視点が述べられている.

X線CCDを惑星探査用として用い,その本来持つ高い性能を発揮させるにあたって,最も大きな問題点の一つはデータ量の問題である.X線CCDは2次元エリアセンサであり,データは通常「画像」として取得される.データ量としては通常1画像あたり1〜2MB程度であり,実際に解析を行う際には,X線のフラックスにもよるが通常100枚以上の画像,すなわち100MB以上のデータを使用して解析を行う.このデータ量は送信データ量が極めて制限される惑星探査機では深刻な問題となる.実際MUSES-C探査機では,蛍光X線分光計は1日あたり約1MBのデータ量が送信可能な量として予定されている.したがって,惑星探査においてX線CCDを用いるために,X線CCDの高いエネルギー分解能を維持したまま,このデータ量を削減することが不可欠である.

 X線のエネルギースペクトルを得るにあたって,X線CCDの画像データを必要とするのは,取得された画像データからX線の入ったピクセルを抽出し,スペクトルを悪化させる原因である,スプリットイベントと呼ばれる現象(X線イベントが隣接する複数個のピクセルにまたがってカウントされる現象)を除去する必要があるためである.この処理を探査機上で行うことにより,多くの画像データを必要とせず,データ量の大幅な削減を行うことが可能である.

 以上の考察を行った上で,これらに対処するための方法の提案と開発を進めている.まずハードウエアによって処理速度を必要とするダークレベル(0点)の計算とX線イベント抽出処理(Event Thresholdを超える波高値をもつピクセルの抽出を行っている.スプリットイベントに対処するためにはピクセルの縦方向Binning処理を行い,ソフトウェアによって機上波高ヒストグラム処理を導入することによって行っている.これによって,分解能を落とさず,データ量を下げ,かつノイズの低減を行っている.これまで惑星探査機で使用されてきたCPUは機上解析処理を行うには性能が低く,主にコマンド・テレメトリなど通信制御処理のみを行ってきた.本論文ではSH7708(SH3)と呼ばれるCPUを使用し,宇宙用に新開発したマザーボードSH-OBCに搭載し駆動周波数60MHzで動作させた.この60MHzという動作周波数は惑星探査用としては最速であり,通信制御,装置制御,解析処理を全てこのCPUを用いて行うことによって,このような機上解析を可能にしている.さらにデータサイズの減少法を反映した蛍光X線分光計の性能評価を通して,X線のイベント検出を行う際の重要なパラメターであるEvent Thresholdの設定値の適正化や,バックグラウンドデータ計算時における不良データ発生の原因とそれに対する処理方法の考案などを行うことによって性能向上を試みている.

 このように設計し開発した蛍光X線分光計について試験を行い,その結果,通常の方法で,X線CCDの画像100枚,データ量200MBを処理して得られるX線スペクトルの分解能とほぼ同等の分解能を,機上解析を行って11KBのデータ量にしたものから得られていることを本論文では示している.最終的に,エネルギー分解能は180eV@5.9keVを達成し,過去の惑星探査機と比べて5倍以上のエネルギー分解能を有したものを完成させている.

 また蛍光X線分光計開発の目標であるMg, Al, Siなどの主要元素の定量分析を行う準備として,MgO, Al2O3, SiO2の調合試料の測定結果も例として挙げられており,実際にこれらの蛍光X線を分離することが可能な性能を有していることが示されている.

 惑星の構成元素として重要なMg, Al, Siなどの元素を,従来より各段に高い高分解能で定量分析可能な惑星探査機搭載用CCD蛍光X線分光計をはじめて開発したことは,MUSES-Cのみならず今後の惑星探査にとって非常に重要で,惑星科学における意義は大きい.

 以上,本論文は博士論文として価値を充分に有していると判断された.したがって博士(理学)の学位を授与できると認める.

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