学位論文要旨



No 116905
著者(漢字) 米澤,千夏
著者(英字)
著者(カナ) ヨネザワ,チナツ
標題(和) 人工衛星搭載合成開口レーダ取得データの都市域における干渉
標題(洋) Analysis and Modeling of Satellite Radar Interferometry in Urban Area
報告番号 116905
報告番号 甲16905
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4168号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大久保,修平
 東京大学 教授 六川,修一
 東京大学 助教授 池田,安隆
 東京大学 助教授 小口,高
 東京大学 助教授 佐々木,晶
内容要旨 要旨を表示する

1.はじめに

 人工衛星搭載合成開口レーダ(SAR : Synthetic Aperture Radar)取得データの干渉性の利用(干渉SAR)は1990年代以降盛んとなった。SARはマイクロ波を地上に照射しその後方散乱を受信する能動型・全天候型のセンサである。干渉SARでは,同じ場所について得られた2つのSARデータを干渉させ,位相差を抽出することによって地表面の高度や変動についての情報を面的に得ることができる。2つのデータの取得間に地形に変位が生じた場合,衛星の視線方向にマイクロ波の波長の半分の変位につき1周期の干渉縞が生じる。ここで主に解析に用いたERS(European Remote Sensing satellite)1,2号に搭載されたSAR(ERSSAR)は波長5.7cmのCバンドSARであり,センチメートルオーダー以下の変位を捉えることが可能である。しかしながら,干渉SARにおいてデータの干渉性は2つの衛星の距離である基線長や地表面の安定性などに影響されることから,データ組み合わせの選択が重要となる。また,大気中の水蒸気の影響によってマイクロ波の伝播の過程での位相の遅延がおきることも知られており,これは干渉縞による標高・変動抽出にとっては誤差要因となる。一方,干渉性の良し悪しの目安であるコヒーレンスは2つのデータの複素相関から計算される。コヒーレンスは地表面の安定性に敏感であることから土地被覆分類に用いることが可能であることが知られている。

 ここではERS SARデータを中心に,日本の都市域における干渉SARの利用について,干渉縞による変位抽出およびコヒーレンス情報の応用について検討をおこなった。日本国内を対象地域とした干渉SARによる変位抽出はLバンド(波長23.5cm)であるJERS-1(Japanese Earth Resources Satellite -1)搭載SARによる解析が主であり,ERS SARによる解析はあまりおこなわれていない。

2.関東平野における雲による位相遅延と地盤沈下の検出

 ERS SARデータ組み合わせ72組について干渉縞の抽出を試みた。うち基線長垂直成分が200m以下のデータ組み合わせからは,データ取得間隔が6.5年以上の場合でも都市域では干渉縞の抽出が可能であった。データ取得間隔が長い場合でも干渉縞抽出が可能であることは,長期間にわたる微細な変動の抽出が可能であることを示す。

 得られた多くのインターフェログラム(干渉画像)において,明らかに残存軌道縞・地形縞とは異なり,かつ実際の変位によるとは解釈できない干渉縞がみられた。特定のデータを用いた複数のインターフェログラムには常に同じパタンがみられたことから,このようなパタンはマイクロ波の伝播の過程における位相の遅延によると考えられる。パタンの様相や場所はデータ毎に異なっていたものの,多くの場合同一のデータを用いた複数のインターフェログラムにおいて共通するパタンが表れた。このような傾向は特に夏期(6〜9月)に取得されたデータを用いたインターフェログラムにみられた。例えば99年8月2日取得データと,99年2月8日,99年5月24日,99年6月8日データをそれぞれ干渉させた結果,全てのインターフェログラムにおいて共通する,変動や地形および軌道縞とは無関係な干渉縞パタンがあらわれた。図1に99年2月8日と99年8月2日データによるインターフェログラムを示す。図2は99年8月2日取得のSPOT HRVの画像である。観測時刻はSARデータ取得時よりも約18分遅いものの,観測される雲の分布は図1に示される干渉縞のパタンとよく一致する。雲の分布する地域において位相差は増加しており,99年8月2日データに該当地域における位相の遅延があったことと矛盾しない。また,SARデータ取得前後の気象衛星GMS-5の可視センサ画像にみられる雲の移動方向はSARにみられる干渉縞のパタンが雲によることと一致した。

 データ取得間隔が3年以上の殆どのインターフェログラムには共通してさいたま新都心周辺地域における同心円状の沈降のパタンが認められた。インターフェログラムで得られた変位をすべて鉛直方向への変位によるものとみなし,この地域において毎年1月1日を基準とする水準測量結果との比較をおこなった。100以上の水準測量の観測点についてデータ取得期間が類似した水準測量による変位とインターフェログラムによる鉛直方向の変位を比較したところ,両者はよく一致した(図3)。

 日本のような湿潤な地域を対象としたインターフェログラムでは雲などの影響による位相遅延の影響を評価する必要がある。伝播の過程における位相遅延を含む干渉画像でも,影響のない箇所では変位の抽出は可能と考えられる。その面的かつ局所的な分布を評価する上で,同時に取得された光学センサ画像による雲の分布は重要な情報になりうる。将来的にはSARと同等な分解能を持った光学センサとの同時観測が期待される。

3.兵庫県南部地震による建造物被害地域抽出

 1995年1月17日に発生した兵庫県南部地震は死者・行方不明者6427人の被害をもたらした。被害は神戸市を中心とする20×2kmの地域に集中し,神戸市から尼崎市・伊丹市にかけての被害戸数は20万戸以上に及んだ。建造物の倒壊によって多くの死傷者が生じたことから,建造物被害状況についての情報は地震の被害を把握する上で重要である。兵庫県南部地震の直後には人工衛星リモートセンシングデータによる被害状況の解析が試みられ,うち光学センサであるSPOT画像によって大規模焼失地域および液状化地域が確認されているものの,被害地域全域が抽出されるには至らなかった。

 ERS-1 SARデータ組み合わせ15組についてコヒーレンスおよびシングルルック強度画像のノルム相関(強度相関)を計算した。基線長垂直成分が短い(139m以下)データ組み合わせをみると,コヒーレンス,強度相関とも相関係数の分布は地震前同士もしくは地震後同士のデータ組み合わせでは地表面の安定性の高い市街地では高く,安定性の低い森林では低下することが明らかであった。データ取得間に地震の発生があったデータ組み合わせでは被害集中地域に相当する領域における相関の低下がコヒーレンス,強度相関ともにみられた。但し,基線長垂直成分の長い(858m以上)データ組み合わせではコヒーレンス,強度相関とも全体的に低下した。強度相関の低下はスペックルパタンの変化によると考えられ,その挙動はコヒーレンスと一致した。レンジ方向2アジマス方向10のウィンドウで平均化した強度画像の目視判読も試みたが,地震前の画像でははっきりあらわれていた市街地での道路のパタンが地震後の画像では不明瞭になるなどの違いが認められたものの,被害地域全域の明瞭な抽出は困難であった。

 基線長垂直成分が短いデータ組み合わせについて,地震前同士の相関と地震前後の相関の差をこれらの和で割った値(Normalized Difference)を相関の低下の程度を明瞭にするための指標値として用いた。平滑化処理をおこなった後,この指標値が一定以上だった領域は,現地調査による被害地域の分布と細部においてもよく一致した(図4,5)。このことは対象地域における大規模な建造物被害による後方散乱の変化が相関の低下を引き起こしたこととして説明できる。地震前後の取得データの相関の低下を利用した建造物被害地域の抽出はJERS-1 SARのコヒーレンスにおいても可能であった。

 先の指標値で示される相関の低下の度合いは,現地調査による街区毎の建物被害率(建築研究所,1996)の分布と定量的にも一致する傾向がみられた。ばらつきはあるものの,相関の低下が大きい地域は被害率の大きい地域ということができる結果となった。このことは相関の低下が建造物の倒壊によって引き起こされたことを裏付ける。これらの解析の結果より,SARデータの干渉が同程度の地上解像度の光学センサでは不可能な都市域の建造物被害地域の情報の抽出に利用可能であり,さらに定量的な被害率の推定にも使用できることが明らかとなった。さらに,相関の低下の度合いを大阪平野各地で観測された強震記録より求めた計測震度と比較した。その結果,計測震度が大きいところほど相関の低下の度合いが大きい傾向がみられた。両者の相関にばらつきがみられたことは,同じ計測震度であっても建造物の構造などによって倒壊率が異なることによって説明できる。このことはSARデータの干渉性を利用することによって震度の目安が得られる可能性を示唆する。

4.おわりに

 本研究ではSARデータの干渉性が都市域における地盤沈下観測および大規模な建造物被害地域の検出に利用できることを明示した。人工衛星による地球観測では広域の地表面データを一度に取得することができる。今後SAR搭載衛星の打ち上げは日本を含めた世界数カ国で計画されており,取得データの利用が期待される。干渉性の利用のためには,繰り返し観測によるデータの蓄積および軌道の制御が重要である。

図1 99年2月8日と99年8月2日取得データによるERS SARインターフェログラム

図2 99年8月2日取得SPOT HRV画像

図3 さいたま新都心周辺地域における干渉SARによる鉛直方向変位と水準測量観測結果の比較

図4 ERS-1 SARの地震前後の強度画像の相関が地震前同士の相関と比較して一定以上であった地域

図5 現地調査による被害地域

(震災復興都市づくり特別委員会(1995)をもとに作成)

審査要旨 要旨を表示する

 人工衛星による合成開口レーダ(SAR)のデータを干渉させ、位相差を抽出することにより、地表高度やその変動についての情報を得ることができる。この干渉SARは1990年代以降に発展した新しい手法である。本研究は、この手法を日本の都市域に適用して、雲の分布が干渉画像に大きな影響を与えるため光学センサの併用が望ましいこと、阪神大震災の前後の建物倒壊が干渉SARデータのコヒーレンスを使うことで定量的に議論できることを明らかにした。

 本論文は、4章から構成されている。まず第1章では、過去の研究をまとめて紹介するとともに、本研究で用いたデータについて説明している。これまで日本国内を対象地域として干渉SARで使われてきたのは、主にJERS衛星の波長の長い(23.5cm)Lバンドであったが、本研究で主に使用したのは、波長の短い(5.7cm)のCバンドである。これにより、センチメートルオーダー以下の変位も捉えることが原理的には可能である。本研究では、これを用いて都市域のデータ解析を行った。

 第2章では、関東平野に干渉SARを適用して位相遅延と地盤沈下を検出し、その過程で雲による位相遅延が存在することを明らかにした。ERS SARデータ組み合わせ72組について干渉縞の抽出を試みて、基線長垂直成分が200m以下のデータ組み合わせからは,データ取得間隔が6.5年以上でも都市域では干渉縞の抽出が可能で長期間にわたる微細な変動が抽出できることを示した。99年8月2日のデータを用いたインターフェログラムには常に、実際の変位によるとは解釈できずマイクロ波の伝播の過程における位相の遅延によると考えられる干渉縞がみられた。99年8月2日に(SARデータ取得時よりも約18分遅く)取得された光学センサSPOT HRVの画像から、観測される雲の分布が干渉縞のパタンとよく一致して、位相差遅延の原因が雲であることが明らかになった。これは世界でも初めての指摘である。一方で、伝播の過程における位相遅延を含む干渉画像でも,影響のない箇所では、地盤沈下に伴う微小変位の抽出は可能であった。この結果は、干渉SARの画像を評価する上で、十分な分解能を持った光学センサのデータを同時に取得して評価に使うことが重要であることを示している。

 第3章では、1995年兵庫県南部地震による建造物被害地域の抽出を干渉SARデータの解析、とくにコヒーレンスを使った解析により、行った。兵庫県南部地震の被害は神戸市を中心とする20×2kmの地域に集中し,神戸市から尼崎市・伊丹市にかけての被害戸数は20万戸以上に及ぶ。人工衛星リモートセンシングデータによる被害状況の解析が試みられ,光学センサSPOT画像によって大規模焼失地域および液状化地域が確認されているものの,建造物被害地域全域が抽出されるには至っていない。

 本研究では地震前後のERS-1 SARデータから15組についてコヒーレンスおよびシングルルック強度画像のノルム相関(強度相関)を計算した。データ取得間に地震の発生があったデータ組み合わせでは被害集中地域に相当する領域における相関の低下がコヒーレンス,強度相関ともに確認された。結果は、現地調査による被害地域の分布と細部までよく一致する。対象地域における大規模な建造物被害による後方散乱の変化が相関の低下の原因であると説明できる。さらに、波長の長いJERS-1 SARのコヒーレンスからも、建造物被害地域を抽出することはできた。

 これにより、SARデータの干渉が、同程度の地上解像度の光学センサでは不可能な都市域の建造物被害地域の情報の抽出に利用可能であり,さらに定量的な被害率の推定にも使用できることが明らかとなった。また、大阪平野各地で観測された強震記録より求められた計測震度と比較した結果,計測震度が大きいところほど相関の低下の度合いが大きい傾向がみられた。これよりSARデータの干渉性を利用することによって震度の目安が得られる可能性を示唆する。

 第4章では本論文の結論がまとめられている。

 本研究では、干渉SARを使い、都市域での地盤沈下検出や地震におる建造物被害の抽出が定量的に行えることを明らかにした。特に、雲による位相遅延が存在することや、震度の目安が与えられることは全く新しい発見である。これは、特筆すべき結果であり、本論文の成果は博士(理学)を与えるに十分な内容であると認められる。

 なお、本論文は竹内章司との共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析・考察を行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。よって、博士(理学)を授与できると認める。

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