学位論文要旨



No 116918
著者(漢字) 藤原,雅大
著者(英字)
著者(カナ) フジワラ,マサヒロ
標題(和) 含テルルイオンを対イオンにもつ分子性導体の開発
標題(洋) Development of Novel Molecular Conductors with Tellurium-based Counter Ions
報告番号 116918
報告番号 甲16918
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4181号
研究科 理学系研究科
専攻 化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 田島,裕之
 東京大学 教授 太田,俊明
 東京大学 教授 西原,寛
 東京大学 教授 小林,昭子
 東京大学 助教授 森,初果
内容要旨 要旨を表示する

 分子を構成成分とする電気伝導体「分子性導体」において、結晶構造(→分子配列)と分子の形式電荷(→バンドフィリング)を制御することは、"望んだ物性"を得るための最も重要な課題である。特にラジカル塩の形態をとる分子性導体では、電気伝導を担うラジカルイオンの配列・配向および形式電荷が、電気伝導には直接関与しない閉殻イオン(対イオン)の形状・寸法・電荷によって大きく影響を受けることが知られている。したがって、特徴ある対イオンの開拓は、分子性導体の結晶設計において重要な意味をもつ。

 テルル(Te)は、価数によって配位構造が大きく変化することが知られている。一般に、2価のときは低配位状態になり平面構造をとりやすく、4価のときは高配位状態になり多彩な配位構造をとる。また、Teは硫黄のような「柔らかい」原子と"secondary bonding"と呼ばれる、特徴的な分子間相互作用を形成することでも知られている。本研究では、このようなTe原子の特性を分子性導体における分子配列・配向および形式電荷の制御に活かすため、新規のものも含めて種々の含Teイオンを対イオンにもつ一連の分子性導体を合成し、その結晶構造と物性を検討した。

 得られた新規分子性導体は、次に示す2つのカテゴリーに分類される。

i)含Te(IV)三角錐型カチオンと電子受容体(アクセプター)系のM(dmit)2

ii)含Te(II)平面型ハライドアニオンと電子供与体(ドナー)系のTTF誘導体

1)Te(IV)三角錐型カチオン系アニオンラジカル塩;RxR'3-xTe[M(dmit)2]2

 この系の特徴は、含Te三角錐型カチオンとdmit分子末端のチオケトンとの間のTe…S接触(Teの"secondary bonding")が分子配列そして電子構造に大きな影響を与えていることにある。

Pd(dmit)2アニオンラジカル塩では、一般に、Pd…Pd接触により強く二量化したPd(dmit)2分子が積層して伝導層が形成されている。これまでよく研究されてきた四面体型カチオンの塩では、伝導層はすべて結晶学的に等価で、したがって、1種類のバンドしか存在しない場合が多かった。一方、対称性の低下した三角錐型トリアルキルテルロニウムを対イオンに用いると、すべての場合で単位格子内に'結晶学的に非等価な2つの伝導層'をもつ構造が得られた(図1)。その結果、これらの塩はFermi面の形状やフィリングが異なる2種類のバンドが共存しているという特徴的な電子構造を示す。このような電子構造をもつ構造化学的な要因としては、積層方向の異なる伝導層においてTe…S接触の様式が異なること(Me3Te塩の場合)と、Te…S接触により分子末端のチオケトンどうしが近づけられることによって生じる伝導層間の相互作用(Et2MeTe塩の場合)の2つが挙げられる。Teは、複数のチオケトンと相互作用しており、三角錐型に結合しているアルキル基まで含めると、配位数は5以上である。

 Me3Te塩の比抵抗と静磁化率の温度依存性を図2に示す。常圧下での電気伝導は、かなり低温まで金属的挙動を示す。従来のPd(dmit)2塩は、その多くが、常圧下では、half-filledバンドをもつため、Mott絶縁体であると考えられている。しかし、テルロニウム塩では2つのバンドが異なるフィリングをもつため、各バンドの占有状態がhalf-filledからずれて金属状態が安定化されたと考えられる。磁化率は、高温部で金属状態特有のPauli常磁性的挙動を示すが、電気抵抗が増大する温度域で急激に減少し、最低温度部では室温付近の値の約半分まで減少する。これは2種類あるFermi面の一方が電荷密度波(CDW)により消失したことを示唆する。低温X線回折ではCDWに伴う超格子は確認できなかったが、低温構造をもとにしたバンド計算は一方のFermi面がより1次元的になっていることを示しており、CDWの可能性を支持している。

 Pd(dmit)2塩と比較すると、Ni(dmit)2アニオンラジカル塩は、一般的に強い二量化を起こさずカチオンに依存して多彩な結晶構造を示す。テルロニウムを対イオンに用いて、現在までに5種類の塩を得た(表2)。すべての塩においてアニオンとカチオンとの間に複数のTe…S接触が見られる。

 β-MOT塩では、Te…O接触によりカチオンネットワーク構造が形成されている(図3)。単位格子は結晶学的に等価な伝導層を2枚含み、伝導層内では二量化した分子が'herring bone'配列をとり積層している。Te…S接触はこの二量体を強める方向に働いていた。さらに、分子末端のチオケトンどうしが近づけられ、伝導層間に相互作用が生じている。この結果、縮退が解けて2種類のバンドをもつ。

 [Me3Te][Ni(dmit)2]2は、結晶学的に独立な2枚の伝導層(A,B)をもち、それぞれ異なったNi(dmit)2の積層方向および積層様式をとる(図4)。分子配列・分子間相互作用の違いがあることから、この塩でもFermi面の形状やフィリングが異なる2種類のバンドが共存している。α-MOT塩では、Te…S接触により結晶学的に独立な2枚の伝導層をもち、分子末端のチオケトンどうしが近づけられ、伝導層間に相互作用が生じるという、上記2種類の中間の状態にあることが示された。得られた塩の比抵抗の温度依存性を図5に示す。

 以上をまとめると、アクセプター系のM(dmit)2(M=Ni,Pd)系において、対イオンとしてトリアルキルテルロニウムカチオンを用いると、カチオン−アニオン間に弱い相互作用(Te…S接触)をもつ種々の結晶構造を得た。これらのTe…S接触の存在により、同一結晶内に性格の異なった複数のFermi面が現われやすい。さらに、各バンドが異なるフィリングをもつとき(フィリングがhalf-filledからずれたとき)に高い電気伝導性の塩を与えることがわかった。

2)含Te(II)平面型ハライドアニオンを用いたTTF誘導体カチオンラジカル塩

 ドナー系分子性導体の結晶構造や形式電荷を制御する上で、シート型ネットワーク構造をもつ対イオンの有効性が期待されている。カルコゲンハライドはこれまで、その結晶構造と結合形態について研究されてきており、それらの成果から、シート状のネットワーク構造を作りだすことが可能である。そこで、平面構造をとると思われるアニオンTeI3-を新たに合成し(図6上)、種々のドナー分子と定電流電気分解によりカチオンラジカル塩を作製した。溶媒にCH2Cl2を用いた場合、TeI42-との塩が得られた(図6中央)。クロロベンゼンを用いた場合、結晶中では2分子のアニオンが会合してジアニオンTe2I62-のテラス状シート型構造が形成された(図6下)。

 Te(II)を含むTeI42-、Te2I62-イオンはともに平面構造をとり、これまでに3つの良導体と3つの絶縁体を得た。ドナー分子が積層し、電子構造を形成する際に固有の次元性を示すことが知られている。対イオンにTe(II)を含むアニオンを用いると、この次元性に依存して以下に示す3種類の特徴的な構造を示すことが分かった。

1) 次元性の高い場合(ET,BETS)、herring bone型のドナー配列を与える。このときの、1分子あたりの電荷は小さい(+2/5〜+1/2)。

2) 次元性の低い場合(TMTTF,HMTSF)、1次元鎖のドナー配列を与え、その鎖はアニオンにより遮断されている。このときの、1分子あたりの電荷は+1価でバンド絶縁体になる。

3) 中間の場合(EDT-TTF)、二量化したドナー分子が2次元的な相互作用をみせる。このときの、1分子あたりの電荷は+1/2価になる。

 なかでも、1)の場合、ETとBETSのTe2I6塩は同型でTe2I62-イオンがI…I接触によってチェッカー状に並んでシート型ネットワークを形成している。単位格子内にある結晶学的に独立な3つのドナー分子はアニオンの作るネットワーク構造に対応して並び、'herring bone'配列をとる。Te2I62-イオンが形成するシート型ネットワークは固く、ドナー分子に関係なく、150Å2の単位面積をもつテラス状の絶縁層をもっている。ETやBETS分子が2次元配列をとった場合、1分子あたりの占有面積は一般的に、30Å2程度なので、アニオン層の単位面積あたり5個のドナー分子に対応することになる。アニオンは-2の電荷をもつので、その結果、ドナーは1分子あたり(2/5)+という比較的珍しい形式電荷をもつ。バンド計算の結果、これらの塩は半金属の状態にあることが示唆された。以上のことから、アニオン面積の調整によってドナー分子の形式電荷が制御できていることを示している。

 以上、本研究では、分子性導体において種々の含Teイオンを対イオンとして利用し、Teの価数に対応した配位構造や特徴的な分子間相互作用が、結晶構造・電子構造や形式電荷に与える影響について、いくつかの支配要因を明らかにした。これらの知見は、分子配列・配向や形式電荷まで含めた結晶構造設計に有効なものである。

表1.[RxR'3-xTe][M(dmit)2]2の特徴

図1.Me3Te[Pd(dmit)2]2の結晶構造

図2.Me3Te塩の比抵抗と磁化率

図3.β-[MOT][Ni(dmit)2]2の結晶構造

図4.[Me3Te][Ni(dmit)2]2塩の結晶構造

図5.Ni(dmit)2塩の比抵抗の温度依存性

表2.作成したNi(dmit)2アニオンラジカル塩の特徴

図6.TeI3-の合成法(上)とラジカル塩中でのアニオン部の結晶構造(中、下).

図7.(ET)5Te2I6の結晶構造。

ETの分子配列(左)とside view(右).

審査要旨 要旨を表示する

 一般に分子を構成成分とする電気伝導体「分子性伝導体」は、電気伝導を担うラジカルイオンと電気伝導には直接関与しない閉殻イオン(対イオン)を含む。本論文は、テルル原子を含む閉殻対イオンの分子構造を工夫することにより、"結晶設計"を行い、それにより物性を制御することを目的として行なった研究成果に関して述べたものである。本論文は5章よりなる。

 第1章は、序論であり、分子性伝導体の歴史、分子性伝導体における種々の金属−絶縁体転移機構、TTF誘導体を含む分子性伝導体、M(dmit)2を含む分子性伝導体に関するレビューのあとで、本論文の主題である"結晶設計"の例および、さらに含テルル対イオンを用いて"結晶設計"を行ったときに期待される"secondary bonding"の効果に関して述べている。

 第2章はトリアルキルテルロニウムカチオンを対イオンに用いた新規な伝導性Pd(dmit)2塩について述べている。得られたMe3Te[Pd(dmit)2]2、Et2Te[Pd(dmit)2]2塩の結晶構造解析を行っており、構造解析の結果に基づいて、バンド計算を行っている。また物性測定として、磁化率、電気抵抗測定を行っている。構造解析によれば、これらの塩は、いずれも2種類の異なる伝導層を持っており、Teと伝導層を形成するPd(dmit)2分子の末端C=Sとの相互作用によると推定される。またいずれも低温で電気抵抗率の増加を示すが、磁化率は有限であり、また低温でも有限の電気伝導性を有する。このことから、これらの塩では、最低温度でも部分的にFermi面が存在し、金属的挙動が観測されると推定される。

 第3章はトリアルキルテルロニウムカチオンを対イオンに持つ新規なNi(dmit)2塩に関して述べている。Me3Te[Ni(dmit)2]2, Me3Te[Ni(dmit)2]3, α-morTe[Ni(dmit)2]2, θ-morTe[Ni(dmit)2]2, β-morTe[Ni(dmit)2]2の5種類の単結晶を得ており、それらに関して、構造解析、バンド計算、電気抵抗測定を行っている。Pd(dmit)2塩と同様に、Teと伝導層を形成するNi(dmit)2分子の末端C=Sとの相互作用により、同一結晶内に性格の異なったFermi面が現れやすく、また各バンドのフィリングがhalf-filledからずれたときに、高い伝導性が出現すると結論している。

 第4章では含テルル平面型ハライドアニオンを用いたTTF誘導体カチオンラジカル塩について述べている。(ET)4TeI4、(ET)5Te2I6、(BETS)5Te2I6、(EDT-TTF)4TeI4、(TMTTF)2TeI4、(HMTSF)2Te2I6の6つの塩を得ており、それぞれに関して、構造解析、バンド計算、電気抵抗測定を行っている。中でもETおよびBETSのTe2I6-塩は同型で、Te2I6-イオンがI…I接触によりチェッカ状に並んだネットワーク構造に対応して、"herring bone"型構造が実現されていると、述べている。バンド計算に基づき、これらの塩は半金属的バンドをもっていると推定している。

 以上のように本論文は含テルルイオンを対イオンとして含む分子性導体を開拓し、分子性伝導体における結晶設計において新機軸を切り開いたという点で、大きな貢献をしたものとして高く評価できる。

 なお、本論文は加藤礼三、田村雅史、田嶋尚也、今久保達郎、山浦淳一、樫村吉晃らとの共同研究であるが、論文提出者が主体となって、実験、解析、考察を行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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