学位論文要旨



No 116920
著者(漢字) 不破,春彦
著者(英字)
著者(カナ) フワ,ハルヒコ
標題(和) 鈴木カップリング反応を用いる収束的ポリエーテル骨格合成法の開発とその海産毒ガンビエロール合成への応用
標題(洋) Development of a General Method for Convergent Synthesis of Polycyclic Ether Frameworks via B-Alkyl Suzuki Coupling and Its Application to Synthesis of a Marine Toxin, Gambierol
報告番号 116920
報告番号 甲16920
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4183号
研究科 理学系研究科
専攻 化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 橘,和夫
 東京大学 教授 奈良坂,紘一
 東京大学 教授 中村,栄一
 東京大学 助教授 尾中,篤
 東京大学 教授 福山,透
内容要旨 要旨を表示する

【序】

 シガトキシンやブレベトキシンに代表される海産ポリエーテル系天然物はエーテル環が梯子上に連続縮環した特異な化学構造と強力な生物活性を有することから有機合成化学の標的分子として極めて挑戦的である。これら天然物の合成には、効率的な中員環エーテル合成法の確立とともに、エーテル環フラグメントを連結し収束的にポリエーテル骨格を合成する方法が不可欠である。筆者は博士課程において鈴木カップリング反応による中員環を含むポリエーテル骨格の収束的合成法を開発した。

 またこの方法論の応用として、海産ポリエーテル毒ガンビエロールの全合成研究を行った。食中毒シガテラの原因生物である渦鞭毛藻Gambierdiscus toxicusの培養細胞からマウス致死成分として単離、構造決定されたガンビエロールは、主要原因毒シガトキシンとマウスに対する中毒症状が酷似していることから、中毒への関与が示唆されている。しかし天然からの試料供給が極めて困難であり、詳細な生物活性は不明である。筆者は、前述の方法論をガンビエロール合成へ応用し、8環性ポリエーテル骨格の収束的合成を世界に先駆けて達成した。

【鈴木カップリング反応を用いる収束的ポリエーテル骨格合成法の開発】

 筆者は修士課程において、環状ケテンアセタールトリフラートを基質とする鈴木カップリング反応により、6員環エーテルフラグメント同士を良好な収率で連結し、収束的にポリエーテル骨格を合成する方法を開発したが、この反応条件下では7員環エノールトリフラートは直ちに分解してしまった(Eq.1)。そこで、より安定で取扱いが容易な環状ケテンアセタールホスファートを基質として用いることで、この問題を解決した。種々条件検討の結果、Pd(PPh3)4触媒存在下、塩基としてNaHCO3水溶液を用い、DMF中50℃で反応を行うと、高収率で望むカップリング生成物が得られることを見いだした(Eq.2)。

 本反応は6-9の各種環サイズのエーテル環フラグメントの連結に適用可能であり、何れの場合においても高収率でカップリング生成物を与えた(Table 1)。本方法論は中員環エーテルを含むポリエーテル骨格の収束的合成法として極めて効率的かつ一般的である。

【海産ポリエーテル毒ガンビエロールの全合成研究】

合成計画:前述の方法論を適用し、ABC環部17とEFGH環部9の二大フラグメントを連結することで収束的に8環性ポリエーテル骨格20を合成することとした。H環部の官能基化とトリエン側鎖の導入は全合成の終盤に行うこととした。

EFGH環部の合成:F環エキソオレフィン1をヒドロホウ素化して得られたアルキルボランとH環エノールホスファート2とを鈴木カップリング反応により連結し化合物3を得た(Scheme 1)。このとき各種パラジウム触媒を検討した結果、PdCl2(dppf)が最も触媒活性が高いことを明らかとし、小過剰の2を用いて室温で反応を行ってもほぼ定量的に3を得ることができた。さらに8段階でスルホン4aとし、これをAlMe3処理してC42核間メチル基を立体選択的に導入し、三環性化合物5を得た。一方、混合メチルケタール4bをルイス酸存在下AlMe3あるいはZnMe2で処理しても5は全く得られなかった。C41メチル基の立体選択的導入はC42メチル基との1,3-ジアキシアル立体反撥のため困難を極めたが、種々検討の結果、5から6段階で得たオレフィン6のジヒドロキシル化が高立体選択的に進行することを見い出し、続くトシル化とLiAlH4処理によりFGH環部8の合成を達成した。さらに6段階でEFGH環部ホスファート9へと誘導した。

ABC環部の合成:文献既知化合物10をB環に見立てこれを出発物質とし、まずA環部の合成を行った(Scheme 2)。アリルアルコール11のSharpless不斉エポキシ化と続く位置選択的なエポキシドの開裂によりC6位ヒドロキシ基を立体選択的に導入した。12から5段階で誘導したアルコール13をTHF中NaH処理すると、分子内hetero-Michael反応が円滑に進行し14を単一生成物として得た。さらにSharpless不斉エポキシ化を含む19段階でヒドロキシエポキシド15とし、これをPPTSで処理して6-endo環化を行い、C環部を立体選択的に構築した。さらに6段階でABC環部エキソオレフィン17とした。

8環性ポリエーテル骨格の合成:ABC環エキソオレフィン17をヒドロホウ素化して得たアルキルボランとEFGH環部ホスファート9との鈴木カップリング反応はPdCl2(dppf)触媒存在下円滑に進行し、カップリング生成物18を収率86%で得た(Scheme 3)。続く5段階で混合チオケタールへと誘導した後、ラジカル還元により脱硫し、ガンビエロールの8環性ポリエーテル骨格の合成に初めて成功した。この結果は筆者が開発した収束的ポリエーテル骨格合成法が、ポリエーテル系化合物の合成において、極めて汎用性の高い強力な方法であることを示すものと考えられる。

H環の官能基化とトリエン側鎖の導入の検討:FGH環骨格を有する21をモデル化合物として検討した(Scheme 4)。エノン23は、種々検討の結果、伊藤らの方法を用いることでケトン22より高収率で得られた。続く11段階でビニルブロミド24としStille反応によりトリエン側鎖を構築することに成功した。

Table 1

Scheme 1

Scheme 2

Scheme 3

Scheme 4

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は全3章、および結論と実験の部からなる。第1章は序論、第2章は鈴木カップリング反応による環状エーテル同士の連結法の一般化と最適化、そして第3章はこれを踏まえた海産毒分子ガンビエロールの全合成研究への応用について述べたものである。実験の部では各合成段階での詳細な手順と得られた生成物の分光データが記されており、読者による追試と化合物の同定が可能となっている。

 序論では本論文で扱ったポリ環状エーテル海産毒分子の合成に関して、これまで国内外の研究者により用いられてきた合成戦略が列挙されており、本研究の背景とそこでの位置付けが明確になっている。さらに本論文提出者が修士課程で見出した鈴木カップリングを用いる連結法の概略が述べられている。

 本論第1章では南方魚の摂食によるシガテラ食中毒の原因物質として知られるシガトキシンの合成にこの連結法を応用しようとした際に生じた問題の記述に始まり、以後に述べられている研究によりこれを解決した経緯と実験条件の改良による反応の温和化の達成に関して述べられ、さらに連結する環状エーテルの化学構造と用いる触媒との相性に関して考察されている。即ち、本反応による連結分子の一方に用いる6員環ケテンアセタールのトリフルオロメタンスルホン酸エステルが7員環では不安定で取り扱えず、これをより安定なリン酸エステルに替えたところエーテル環の員数によらず適用可能であることが述べられ、さらに触媒の選択により従来加温を要していた同反応を室温にて可能とし、天然物合成への適用により現実的な1:1の連結分子を用いて良好な収率を得る条件を見出している。

 第2章では前章に述べた連結法の実用性を立証すべく、上記シガテラ中毒の原因分子が由来する渦鞭毛藻の培養生産毒分子であるガンビエロール(図)の合成にこれを応用し、この環状骨格部分の合成を達成した経緯を述べている。ここで分子全体を3つに分割し、鈴木カップリングでこれらを順次連結する逆合成計画を立て、これに基づく実際の合成とこの過程で遭遇した問題点とそれらを解決した経緯を述べている。中でもこの類の分子では前例のないメチレンを挟んだ2つの核間メチル基の導入の試みとこれを解決した経緯に関しては特に詳細に記されている。また最後に分子右端モデルを用いた末端鎖の導入法を検討しこれを達成したことが述べられ、これにより本天然物分子の全合成が達成可能となった旨、結論として記されている。

 以上、本論文の研究内容は興味深い生物活性を示すにも関わらず一般的に天然からの量的調達が困難なため生物学的な研究が進んでいない海産ポリ環状エーテル天然物の合成に有用な方法論を確立したものであり、かつこれを実際の天然物合成に応用可能であることを示したことで、他の研究者がこれを応用するであろうものを含めて本分野での今後の研究発展に大きく貢献するものと判断できる。なお、本研究の契機となった論文提出者の修士課程での業績はその発案と企画において本専攻の佐々木誠助教授との共同でなされたものであるが、論文本論に記された実験、データ取得と解析、遭遇した問題の解決、および個々の考察は全て論文提出者が自ら行なったものであり、その寄与は十分である。

 よって、本論文提出者である不破春彦は、博士(理学)の学位を授与される資格があるものと認める。

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