学位論文要旨



No 116927
著者(漢字) 北村,彩
著者(英字)
著者(カナ) キタムラ,アヤ
標題(和) セルフスプライシングリボザイムであるグループIイントロンのグアノシン認識機構
標題(洋)
報告番号 116927
報告番号 甲16927
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4190号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中村,義一
 東京大学 教授 横山,茂之
 東京大学 助教授 渡辺,嘉典
 千葉工業大学 助教授 河合,剛太
 東京大学 講師 名川,文清
内容要旨 要旨を表示する

 グループIイントロンは初めて発見されたリボザイムであり,セルフスプライシング反応を行う.グループIイントロンのセルフスプライシング反応は二段階のエステル転移反応からなる.一段階目の反応は,イントロン中に保存されたグアノシン結合部位(GBS)に,遊離のグアノシンが結合することにより引き起こされる.このエステル転移反応により,5'スプライス部位の切断が起こる.二段階目の反応は,イントロンの3'末端に保存されたグアノシン残基(ωG)が前述のグアノシンと置き換わり,GBSに結合することにより引き起こされる.このエステル転移反応により,3'スプライス部位が切断され,5'エキソンと3'エキソンが連結する.二段階目のエステル転移反応は,一段階目の反応の逆反応であることから,両段階の反応を引き起こすグアノシン結合の機構も同じであると考えられる.このグアノシン認識の機構については様々な解析が試みられている.Michelら(1989)は,基質であるグアノシンが,P7ヘリックス中のG264・C311塩基対と相互作用することを示した.また,Goldenら(1998)によりグループIイントロンのGBSを含む領域のX線結晶構造解析も試みられているが,原子分解能レベルでのグアノシン結合の機構はまだ明らかになっていない.渡部ら(1996)は,二段階目のエステル転移反応時のグアノシン結合部位を再現するようなモデルRNA(P7/P9.0/G; 図1A)を構築し,変異体の融解温度の比較からこのモデルRNAがグループIイントロンと同じ基質特異性を保持していることを確かめた.本研究では,さらに,原子分解能レベルでのグアノシン結合機構の解明を目的とし,NMR法により適した22残基のモデルRNA(GBS/ωG; 図1B)を構築し,構造を決定した.

 全体の二次構造を安定化するたに,GBS/ωG中に,安定な構造体であるテトラループを二つ導入した.その結果,GBS/ωGの構造は非常に安定であった.GBS/ωGのNMRスペクトルは,分解能が非常に良く,1H NMR測定のみでほとんどの水素の帰属を行うことができた.さらにωGに関する帰属を確実に行うために,ωGのみを安定同位体標識したRNAを調製し,13C-1H HSQC, 15N-1H HSQCを測定した.非標識の試料について,NOESY, DQF-COSY, TOCSY, 1H-31P HetCorのスペクトルを測定した.上記のスペクトルから,帰属を行い,構造情報を得た.ωGのイミノプロトンとG264のイミノプロトンの間のNOE, ωGのイミノプロトンとC311のアミノプロトンの間のNOEは,ωGとG264・C311塩基対との三重塩基対の形成を示唆する.

 NMR情報を元に,XPLORを用いて400個の構造を計算し,最もエネルギーの低い10個の構造について解析した.全体の構造の収束は良くない(r,m.s.d.=3.26A)が,部分構造については,十分な精度で決定された.P7ヘリックスとUUCGテトラループ部分のr.m.s.d.は,0.97A, P9.0ヘリックスとGAGAテトラループのr.m.s.d.は,1.20Aである.本研究の目的であるGBS領域のr.m.s.d.は,1.48Aである.二つのテトラループの構造は,既に発表されているRNA分子中の構造と同じであった.

 ωGは,G264との間の二つの水素結合により,G264・C311塩基対と三重塩基対を形成している(図2A).さらに,C262がωGにスタッキングし,ωGの結合を安定化している(図2B).C262のH5レゾナンスの高磁場シフト(4.63ppm)は,ωGのプリン塩基による環電流効果であると考えられる.バルジであるA263の塩基は,P7ヘリックスのmajor groove側に位置するが,他の残基との相互作用は認められなかった.A263を挟む二つの塩基対(C262・G312, G264・C311)間のtwist angleは大きい(39±8°).この角度により,ωGとG・C塩基対との間の三重塩基対の形成と,C262のωGに対するスタッキングが同時に存在することが可能になっている.我々は,このグアノシン結合部位をBTポケット(Bulge and Twist pocket)と名付けた.また,P7ヘリックスとP9.0ヘリックスの間にある二つの塩基対(G413・C313, C262・G312)間のtwist angleも大きく(46±9°),この結果,P7とP9.0の間でヘリックスの軸が曲がっていた.これらのGBS領域の構造の特色は,グループIイントロンの変異体解析や,低分解能でのX線結晶構造解析の結果と一致する.このことはGBS/ωGが,グループIイントロン中のGBSと同じ構造を保っていることを示す.本研究は,GBS/ωGの構造を決定することにより,グループIイントロンのグアノシン認識機構を原子分解能レベルで決定し,様々な生化学的な実験結果の構造的基盤を明らかにした.

 A265・U311塩基対をG265・U311塩基対に置換した変異体は,基質としてグアノシンよりも2,6ジアミノプリン(2,6-DAP)を好むという実験結果が,Yarusらによって発表されている.Yarusらは,この実験結果から,基質グアノシンとA265との相互作用を提案した.しかしながら,GBS/ωGでは,ωGとA265・U311塩基対との間の相互作用は見られない.そこで,上記のYarusらによる実験結果を検証するために,GBS/ωGの構造を基に,in silicoでこの変異体のモデルを構築した.このモデル体から,2,6-DAPは,A265G変異体に対して結合し得るが,その結合の機構は,GBSに対するグアノシンの結合とは違うということを示した.

 グループIイントロン中のGBSはグアノシンのグアニジノ基に結合するが,同様にグアニジノ基を持つアルギニンにも結合する(図3).HIV TAR RNAもtatタンパク質中のアルギニン残基を結合する.GBSと同じくTAR RNAも,G・C塩基対がグアニジノ基と水素結合を組むことでアルギニンを認識する.結合する基質は違うものの,TAR RNAのアルギニン結合ポケットも,GBSのBTポケットと共通の構造をとる.さらに,16S rRNA中にもBTポケット様の構造がある.そこではシチジン残基(C1200)が,同一分子内の離れた部分にあるBTポケットに結合している.このBTポケット中で,C1200は,C・(A・U)三重塩基対を組むことにより認識されている.このことは,BTポケットが,三重塩基対の多様性を用いて,他種類の基質を認識し得ることを示している.23S rRNA内のアデノシン残基(A2612)も,同一分子内にあるBTポケットと結合している.その際,A2612はA・(A・U)三重塩基対を組む.このように,BTポケットは,グループIイントロンのように遊離の基質を結合するだけでなく,RNAのフォールディングにも用いられている.まだ構造が決定されていないRNA分子内にも,BTポケットが存在し,多様な役割を果たしている可能性がある.

図1モデルRNAの二次構造

図2GBS/ωGの三次元構造

図3GBSに対する基質の結合の模式図

審査要旨 要旨を表示する

 グループIイントロンは初めて発見されたリボザイムであり,セルフスプライシング反応を行う.グループIイントロンのセルフスプライシング反応は二段階のエステル転移反応からなる.一段階目の反応は,イントロン中に保存されたグアノシン結合部位(GBS)に,遊離のグアノシンが結合することにより引き起こされる.このエステル転移反応により,5'スプライス部位の切断が起こる.二段階目の反応は,イントロンの3'末端に保存されたグアノシン残基(ωG)が前述のグアノシンと置き換わり,GBSに結合することにより引き起こされる.このエステル転移反応により,3'スプライス部位が切断され,5'エキソンと3'エキソンが連結する.二段階目のエステル転移反応は,一段階目の反応の逆反応であることから,両段階の反応を引き起こすグアノシン結合の機構も同じであると考えられる.このグアノシン認識の機構については様々な解析が試みられている.Michelら(1989)は,基質であるグアノシンが,P7ヘリックス中のG264・C311塩基対と相互作用することを示した.また,Goldenら(1998)によりグループIイントロンのGBSを含む領域のX線結晶構造解析も試みられているが,原子分解能レベルでのグアノシン結合の機構はまだ明らかになっていない.渡部ら(1996)は,二段階目のエステル転移反応時のグアノシン結合部位を再現するようなモデルRNA(P7/P9.0/G)を構築し,変異体の融解温度の比較からこのモデルRNAがグループIイントロンと同じ基質特異性を保持していることを確かめた.論文提出者は,さらに,原子分解能レベルでのグアノシン結合機構の解明を目的とし,P7/P9.0/Gを基に,NMR法により適した22残基のモデルRNA(GBS/ωG)を構築し,構造を決定した.本論文では,その研究の成果が述べられている.

 本論文は3章からなる.第1章は,研究の背景と概要について述べられている.第2章は,NMR法によるGBS/ωGの構造解析の課程,その構造の詳細と,GBS/ωGとグループIイントロンのグアノシン認識能との関係が述べられている.論文提出者は,GBS/ωGとその変異体を化学合成で作成し,その融解温度とNMR解析から,GBS/ωGがグループIイントロンと同じ基質特異性を保持していることを確かめた.さらに,NMR法により,GBS/ωGの構造を決定した.その結果,ωGは,G264との間の二つの水素結合により,G264・C311塩基対と三重塩基対を形成することが示された.また,C262がωGにスタッキングすることにより,ωGの結合を安定化することを示した.バルジであるA263の塩基は,P7ヘリックスのmajor groove側に位置するが,他の残基との相互作用は認められなかった.A263を挟む二つの塩基対(C262・G312, G264・C311)間のtwist angleは大きく,この角度により,ωGとG・C塩基対との間の三重塩基対の形成と,C262のωGに対するスタッキングが同時に存在することが可能になる.論文提出者は,このグアノシン結合部位をBTポケット(Bulge and Twist pocket)と名付けた.また,P7ヘリックスとP9.0ヘリックスの間にある二つの塩基対(G413・C313, C262・G312)間のtwist angleも大きく,この結果,P7とP9.0の間でヘリックスの軸が曲がっていた.論文提出者は,これらのGBS/ωGの構造の特徴を,グループIイントロンの変異体解析の結果や,低分解能でのX線結晶構造解析の結果と比較し,GBS/ωGが,グループIイントロン中のGBSと同じ構造を保っていることを示した.

 第3章では,他のRNA分子中にBTポケットが存在することを確かめた.その結果,グループIイントロン中のGBSと同じくアルギニンを認識するTAR RNAも,GBSのBTポケットと共通の構造をとることを示した.さらに,23S rRNA, 16S rRNA中にもBTポケット様の構造があることを示した.これらのBTポケットは,それぞれ違う三重塩基対の形成によって,ヌクレオチド,あるいはアミノ酸を認識する.これらのBTポケットの例から,BTポケットが,まだ構造が決定されていないRNA分子内にも,BTポケットが存在し,RNA-RNA,あるいはRNA-タンパク質間の相互作用を担っている可能性があることを示した.

 なお,本論文は,東京大学の横山茂之教授,武藤裕講師,坂本健作助手,渡部暁博士(現・国立がんセンター),金仁実博士(現・Stanford University),伊藤拓宏博士(現・Harvard Medical School),西谷陽一さん(現・協和発酵工業),渡部広綱教授,大槻高史助手,京都大学の井上丹教授,千葉工業大学の高久洋教授,河合剛太助教授,細野和美博士(現・日本酸素),農業生物資源研究所の山崎俊正博士,加藤悦子研究員との共同研究であるが,論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する.

 したがって,博士(理学)の学位を授与できると認める.

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