学位論文要旨



No 116929
著者(漢字) 山田,貴富
著者(英字)
著者(カナ) ヤマダ,タカトミ
標題(和) 分裂酵母の組換えホットスポット周辺のクロマチン構造解析
標題(洋)
報告番号 116929
報告番号 甲16929
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4192号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 小林,一三
 東京大学 助教授 渡辺,嘉典
 東京大学 助教授 室伏,擴
 東京大学 講師 名川,文清
 理化学研究所 主任研究員 柴田,武彦
内容要旨 要旨を表示する

 相同組換えは、損傷を受けたDNAの修復や遺伝的多様性の獲得などにおいて大変重要な機能を果たしている生命現象である。しかしながら、相同組換えの素反応については未だよくわかっていない点が多い。また、DNAがクロマチン構造をとって凝縮した状態となっている生体内では、DNA相互作用因子がDNAに接近しにくいことが予想される。転写においては、このクロマチン構造による「障壁」を克服する機構としてクロマチン再編成、ヒストンアセチル化の二つのクロマチン修飾機構が知られているものの、組換えがクロマチン構造中でいかに進行するかについてはほとんど研究が進んでいない。以上のことからわかるように、生体内の相同組換えの分子機構及びその制御機構に関しては依然不明の点が多い。本研究は、「生体内における相同組換えの制御機構の解明」を究極的な目標として、主に組換え頻発部位(ホットスポット)のクロマチン構造が組換えに先立ってどのように変化するかに注目して解析を行った。

 真核生物での相同組換えは減数分裂期に、通常の細胞周期(体細胞分裂期)に比べ約100から1000倍活性化される。このことから、減数分裂を容易に誘導できる酵母は以前から相同組換えを研究するのに格好の生物として扱われてきた。本研究も分裂酵母の減数分裂特異的組換えホットスポットであるade6-M26遺伝子座をモデル系とした。ade6-M26ホットスポットは、ade6遺伝子ORF中のグアニンがチミンに変わるM26点突然変異により形成された7塩基配列(以下、7塩基配列)と、それに結合するCREB/ATF型転写因子Atf1-Pcr1に依存して減数分裂特異的に活性化される。また、ade6-M26周辺では7塩基配列に依存した減数分裂期クロマチン再編成がおこること、およびこのクロマチン再編成が減数分裂を誘起する種々のシグナル伝達経路により制御されていることが明らかになっている。このクロマチン再編成は、野生株、及びコントロールとなる株では見られないことから、減数分裂期組換えに重要な役割を果たしていることが推察されている。

 本研究では、まずade6-M26周辺で見られる減数分裂期クロマチン再編成が一般的な現象である可能性を提案する。続いて、ade6-M26に研究対象を絞り、その周辺で減数分裂期に見られるクロマチン構造修飾の分子機構について考察した。ここでは、先に述べた修飾機構の一つ、ヒストンアセチル化に注目した。

<結果及び考察>

減数分裂期クロマチン再編成の一般性

 減数分裂期クロマチン再編成が他の場所においても見られる一般的な現象であるか、それとも、ade6-M26周辺に限定された特殊な現象であるかを検討した。そのため、以下の3つのケースについて、間接末端標識法によりクロマチン再編成が起こるかどうか調べた。(1)染色体上の他の位置(ura4遺伝子の位置)に移したade6遺伝子のM26の7塩基配列周辺、(2)天然に存在する7塩基配列周辺、(3)ade6-M26遺伝子座の配列を改変して創出された(7塩基配列とは異なる)ホットスポット活性を有する配列周辺。その結果、3つのケースの全てについて減数分裂期クロマチン再編成が観察された。従って、ade6-M26周辺でのクロマチン再編成は一般的な現象である可能性が強く示唆された。

 減数分裂期クロマチン修飾の分子機構〜ヒストンアセチル化の関与〜

 ade6-M26周辺で減数分裂期に見られるクロマチン修飾について詳細に解析することにした。まず、Atf1およびPcr1のクロマチン再編成への関与を調べるため、atf1破壊株、pcr1破壊株について、間接末端標識法により減数分裂期のクロマチン構造を調べた。その結果、いずれの株についてもクロマチン再編成が見られなかった。従って、Atf1及びPcr1はクロマチン再編成に必須の働きをしていることがわかった。

 つぎに、クロマチン構造や転写の制御にヒストンのアセチル化・脱アセチル化が関与していることを考え、ade6-M26周辺の減数分裂期クロマチン再編成にヒストンアセチル化が関与しているかどうかを、抗アセチル化ヒストン抗体を用いたクロマチン免疫沈降法により検討した。その結果、ade6-M26周辺のヒストンH3、ヒストンH4がともに7塩基配列に依存して高アセチル化されていることがわかった。また、atf1破壊株を用いて同様の解析を行ったところ、高アセチル化は見られず、ade6-M26周辺のヒストン高アセチル化はAtf1にも依存していることがわかった。

 ヒストンのアセチル化はヒストンアセチル化酵素によって担われている。そこで、最も解析に進んでいるヒストンアセチル化酵素の一つである出芽酵母Gcn5pの分裂酵母ホモログ、SpGcn5をコードすると考えられる遺伝子gcn5を同定し、そのade6-M26への関与を検討することにした。大腸菌で発現させたSpGcn5標品、およびヒストン八量体を用いて生化学的解析を行った結果、SpGcn5pはヒストンH3を強くアセチル化し、また、弱いながらもヒストンH4をもアセチル化することがわかり、SpGcn5が確かにヒストンアセチル化酵素であることが明らかになった。その上で、gcn5遺伝子破壊株を作製、以後の解析を行った。

 ランダムスポア法で、ade6-M26での減数分裂期組換え活性を調べたが、

見かけ上gcn5遺伝子破壊の影響はなかった。しかしながら、ランダムスポア法は組換えの最終産物のみを解析できる方法であり、SpGcn5が組換えの中途段階で機能している場合、その関与を検出できない。そこで、主にクロマチン構造に注目してSpGcn5のade6-M26への関与を検討した。

 まず、クロマチン免疫沈降解析を行ったところ、ヒストンH3のアセチル化状態が劇的に低下していることがわかった。また、低下の程度はヒストンH3ほど激しくないものの、ヒストンH4のアセチル化状態もやはり低下していた。このことから、SpGcn5がade6-M26周辺でのヒストン高アセチル化に関与している可能性が示唆された。

 次に、gcn5遺伝子破壊のade6-M26周辺での減数分裂期クロマチン再編成への影響を調べた。その結果、野生株においては減数分裂誘導3時間後には見られるクロマチン再編成が、gcn5遺伝子破壊株では誘導後4時間を経た時点でも見られず、誘導4.5時間後になってはじめて認められた。これはSpGcn5がクロマチン再編成を誘起する過程に機能している可能性を示唆するものである。

 クロマチン構造をとったDNAの転写においては、DNA結合性転写因子が、クロマチン修飾因子を導入し、その結果周辺のクロマチン構造が変化することが知られている。このことを踏まえて、これまでの結果を総合すると以下のようなモデルが考えられる。減数分裂期にはいると、M26の7塩基配列に結合したAtf1-Pcr1がSpGcn5を導入しこれによってade6-M26周辺のヒストンが高アセチル化される。その後、クロマチン構造が再編成され、周辺のクロマチン構造が組換えに有利な状態になる。

<今後の展望>

 まず、SpGcn5が確かにade6-M26周辺での減数分裂期組換えに関与していることを確認しなければならない。SpGcn5は組換えの中途段階で機能している可能性が強いので、DNA二重鎖切断の検出系あるいはReturn to Growth実験系など組換え反応のキネティクスを議論できる系を確立する必要がある。その上で、野生株とgcn5遺伝子破壊株との組換えの進行状況の差異を議論することが重要となろう。

 また、ade6-M26周辺でのクロマチン再編成に直接的に関与している可能性が考えられるのはAtf1、Pcr1、SpGcn5の3つである。(このうち、SpGcn5に関しては、直接的に関与している、と断定するには今後の解析を待たねばならない。)実際には、他にも多くの因子がクロマチン再編成に関与していることが考えられる。たとえば、ATPの加水分解のエネルギーを利用してクロマチン構造を変化させるクロマチン再編成因子などもade6-M26周辺において重要な機能を果たしていると推測できる。そうした他の因子を同定することが、クロマチン修飾、ひいては組換え開始の機構の詳細を解析するのに必須と思われる。このためには、免疫沈降法等によりAtf1などに相互作用する因子(特に減数分裂期特異的に相互作用するもの)を同定することが有効であると考えられる。

 また、上で同定されるであろうクロマチン修飾に関わる因子(Atf1、Pcr1、SpGcn5を含む)が、減数分裂期誘導後にどのような変化をするのかを解析することは、組換え活性化の制御機構を検討する上で興味深い。クロマチン再編成が減数分裂を誘起するシグナル伝達経路により制御を受けていることから、クロマチン修飾因子も、そうしたシグナル伝達経路により制御されていることが予想される。

 本研究の前半で減数分裂期クロマチン再編成の一般性が示唆されたことを考えると、ade6-M26でのクロマチン再編成機構を解析することは、一般的な減数分裂期組換え、さらには相同組換えの制御機構の理解へとつながるものと考えられる。そこからさらに研究が進み、人為的に相同組換えが制御できるようになれば、様々な応用への道が開けるものと確信する。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は減数分裂期における相同組換えのホットスポット周辺の、組換えに先立つクロマチン構造変化に焦点を当てたものであり、4章から構成される。

 第1章は、序論である。相同組換え、クロマチン構造、減数分裂について順次概説している。最後に、本論文でモデル系として取り扱った分裂酵母の組換えホットスポットade6-M26遺伝子座について、M26変異により形成された7塩基配列とそれに結合する転写因子Atf1-Pcr1に依存して組換えが減数分裂期特異的に活性化されること、及び同遺伝子座周辺のクロマチン構造が7塩基配列に依存して再編成されることについて述べている。

 第2章では、クロマチン構造を解析する間接末端標識法、ヒストンのアセチル化状態を解析するクロマチン免疫沈降法、ヒストンアセチル化酵素活性測定法など、本論文中で用いた様々な実験方法について述べている。

 第3章では、以下の三点の結果について述べている。

 (1)染色体上の他の位置に移したade6-M26周辺でも減数分裂期クロマチン再編成がみられた。

 (2)天然に存在する7塩基配列周辺においても減数分裂期クロマチン再編成がみられた。

 (3)ade6-M26遺伝子座を改変して作られた、ホットスポット活性を有する他の配列周辺でもクロマチン再編成が見られた。

この3つの結果を受けて本章では、減数分裂期クロマチン再編成が普遍的な現象である可能性を提案している。

 第4章では、以下の結果について述べている。

 (4)ade6-M26周辺でのクロマチン再編成に、Atf1-Pcr1が必須である。

 (5)ade6-M26周辺ではヒストンが高アセチル化されている。

 (6)ade6-M26周辺のヒストン高アセチル化はAtf1に依存する。

 (7)本研究で同定した出芽酵母のヒストンアセチル化酵素Gcn5pの分裂酵母ホモログ、SpGcn5がヒストンアセチル化酵素活性をもつ。

 (8)SpGcn5の遺伝子を破壊すると、ade6-M26周辺のヒストン高アセチル

 化が見られなくなり、また、減数分裂期クロマチン再編成が遅れる。以上5つの結果を受けて、本章では、ade6-M26周辺でのクロマチン再編成の分子機構について、「Atf1とSpGcn5に依存してade6-M26周辺のヒストンが高アセチル化され、これにより、クロマチン再編成が促進される。」というモデルを提案している。

 第3章の結果については、これまでade6-M26周辺についてしか確認されていなかった減数分裂期クロマチン再編成が、今回検討した3つのケースについても見られることを示している。これはade6-M26周辺以外のケースにおいても減数分裂期クロマチン再編成が見られることを示す初めての実験例である。

 第4章の結果(5)(6)(8)は、ade6-M26周辺のヒストンが減数分裂期において、Atf1およびSpGcn5に依存して高アセチル化されること、およびヒストンの高アセチル化がクロマチン再編成を誘起する可能性を示している。これは、組換えホットスポット周辺でヒストンアセチル化が起こっていることと、その意義を示す初めての事例である。また、結果(7)で述べられた、SpGcn5がヒストンアセチル化酵素活性を持つということも本論文で初めて明らかにされた。

 以上のように本論文では、これまで明らかにされていなかった減数分裂期相同組換えに伴うクロマチン構造変化についての新しい事実を含んでいる。これらの事実は、組換えの制御機構の解明に貢献しうる可能性を持つものと考えられる。

 なお、本論文第3章の結果は、米国Fred Hutchinson Cancer Research CenterのGerald R. Smith 博士、Mary E. Fox博士、及び理化学研究所の太田邦史博士との共同研究である。また、本論文第4章の結果は、理化学研究所の太田邦史博士、水野健一博士との共同研究である。いずれの章についても、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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