学位論文要旨



No 116931
著者(漢字) 吉村,邦泰
著者(英字)
著者(カナ) ヨシムラ,クニヤス
標題(和) バクテリアペプチド鎖解離因子のリボソーム結合ドメインの機能解析
標題(洋)
報告番号 116931
報告番号 甲16931
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4194号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 飯野,雄一
 東京大学 教授 斉藤,春雄
 東京大学 教授 正木,春彦
 東京大学 教授 渡辺,公綱
 東京大学 助教授 渡辺,嘉典
内容要旨 要旨を表示する

研究の背景・目的

 翻訳過程は開始、伸長、終結の3つの反応に大別され、これらの反応は全てmRNA上の塩基配列(コドン)によって支配されている。翻訳終結反応において終止コドンの認識は、センスコドンの認識と異なり、tRNAのような核酸分子ではなく、ペプチド鎖解離因子(Polypeptide-Chain Release Factor:以下、解離因子)と呼ばれる蛋白質因子によって行われる。解離因子は、リボソームAサイトにおいて終止コドンを認識し、リボソームのペプチジルトランスフェラーゼセンターによるペプチド鎖の解離反応を触媒するという、終結暗号解読のアダプター分子である。原核生物ではRF1, RF2という二種類の解離因子が存在し、RF1はUAGとUAAを、RF2はUGAとUAAをそれぞれ特異的に認識する。蛋白質性の遺伝暗号解読分子であるRF1, RF2は、核酸分子tRNAとの機能的類似性が幾つか示唆されている。特にコドン認識機構については、tRNAのアンチコドンに相当し終止コドンを識別する「ペプチドアンチコドン」と呼ばれる領域が、コドン識別を行うことが明らかにされている。一方、リボソーム結合に関しては、tRNAはEF-Tuによってリボソームに運搬されるのに対し、RFは単独で結合するという相違点があり、このリボソーム結合様式や、それにかかわる機能ドメインについては、これまでほとんど解析されていなかった。リボソームによる伸長反応もしくは終結反応の発動は、リボソーム上の遺伝暗号に応じたtRNAまたは解離因子との競合・選択的な結合によって決定されることから、解離因子の分子動態をそのリボソーム結合様式の側面から明らかにすることは、翻訳研究全般に重要である。そこで筆者は、解離因子のリボソーム結合性に関する新たな機能的側面を明らかにすることを目的として、RF1, RF2の終止コドン特異性に着目した分子遺伝学的解析を行い、解離因子のリボソーム結合領域の特定と、その結合特性についての研究を行った。

解離因子のリボソーム結合領域の検索

 本研究では、まず分子遺伝学的手法に則り、RF1, RF2のコドン特異性の壁を越えた変異体として、今回新たに、RF1が認識する終止コドンUAGのナンセンスサプレッサーとして機能する優性RF2変異体、即ち野生型RF1に対して阻害的に働くRF2変異体(cross suppressor mutant: csu)の分離を行い、9つの独立したクローンを得た。9つのクローンうち4つはナンセンス変異体であり、5つがミスセンス変異体であった。これらの変異体の塩基配列を調べたところ、変異アミノ酸はすべてRF遺伝子のの後半部分にマッピングされ、RF1, RF2両方で極めて保存性の高いアミノ酸であった。このことから、RF2csu変異体はRF1, RF2に共通な終結反応素過程に支障を来した変異体であることが示唆された。加えてナンセンス変異体が分離されたことから、このcsu表現型(野生型RF1の翻訳終結阻害)はRF2のC端側領域の機能欠損によりN端側が単独で機能することによって引き起こされることが示された。続いてRF2csu変異体の性状解析を行ったところ、RF2csu変異体はUAGコドンにおいてリボソームに結合することが推察された。そこで、両端からの系統的な欠失解離因子シリーズを作製し、csu表現型を指標に、リボソーム結合に必要な最小機能領域の検索を行った。

 その結果、ペプチドアンチコドンを含む20アミノ酸長のRF2断片が、UAGサプレッション活性を示すcsu表現型を引き起こす最小機能領域であることを明らかにした。

 興味深いことに、これらのRF2断片はUAGだけでなくRF2が本来認識するUGAコドンに対してもサプレッション活性を示すことが明らかになった。このRF2断片はペプチドアンチコドン領域を含むものの、もはやコドン特異性を失い、終止コドン非特異的なリボソーム結合性をしめすことにより、結果として、野生型のRF1とRF2の両方に対して阻害的に作用する。この最小機能領域のうち、非特異的結合に関わるアミノ酸残基部位を明らかにするために、続いて、分子遺伝学的手法に基づき、csu表現型の失活変異体の分離を行い、ペプチドアンチコドンと重複する5アミノ酸残基を特定した。

 RF2の断片化によってその領域の機能を観察できたことから、RF2断片が、その機能を保持した安定な機能性ペプチドとして生体内で機能することが明らかとなった。さらに、コドン特異性を決定するという機能によって発見されたペプチドアンチコドンが、終止コドン非特異的なリボソーム結合を行う領域として特定できたという事実は、解離因子のコドン特異性には、近傍配列に加えさらに、今回同定したペプチド領域の外側に存在する比較的大きな機能領域が関わることが明らかである。このことは、tRNAのコドン特異性が3残基目のウォブル塩基を含め、主に塩基対合ルールで決定されているのに較べると顕著な特徴といえる。

RF2csu変異体のリボソーム結合性の解析

 解離因子のリボソーム結合様式の詳細な解析のためには、解離因子とリボソームの結合素過程をin vitroで再構成し、直接検出するリボソーム結合解析系の導入が必要である。しかしながら、定量的な解析を可能とするin vitro解離因子−リボソーム結合反応解析系は確立されていなかった。そこで筆者は、定量性を持つ新規なin vitroリボソーム結合系の構築を行い、その有効性を確認するとともに、この実験系を用いて、解離因子のリボソーム結合性について多角的な検討を行った。

 これまでのin vitroペプチド鎖解離活性測定などから得られている終結反応の分子機構を、今回新たに構築したin vitroリボソーム結合解析の結果と照らし合わせることで、解離因子については、このin vitroリボソーム結合系が定量的な解析を可能とするものであることが確認された。RF1とRF2のコドン特異的なリボソーム解離定数を算出し、比較したところ、RF1がRF2に比べて十倍以上高いリボソーム親和性を示し、またtRNAの三分の一程度であることことが明らかとなった(KdRF1=350±36nM、KdRF2=2.52±0.12μM、KdtRNA=103±19nM)更にこの系の導入によって、リボソーム結合においてRF1はRF2よりも厳密なコドン特異性を有していること、また、RF1とRF2のペプチド鎖解離活性がリボソーム結合強度との強い相関性が新たに明らかになった。そこで、先のRF2csu変異体を用いてコドン特異的なリボソーム結合性を検証した。UAGコドンとUGAコドンに対するリボソーム結合強度を測定し比較することで、このRF2csu変異体が、リボソーム結合においてコドン特異性の低下した変異体であることが明らかとなった。このことから、RF2csu変異体が、当初の予想通り、特異性の異なるコドンに対してもリボソームに結合することが確認された。UAGコドンに対して、このRF2csu変異体がペプチド鎖解離活性を示さないことと合わせて考えると、RF2csu変異体は、特異性の異なるコドンにおいてリボソームから遊離することができない変異体であると結論することができ、解離因子による終結反応において、終止コドン非特異的にリボソームに結合する反応段階が存在することが強く示唆される。

解離因子による終止コドン認識の効率化

 本研究によって、解離因子による終結反応において、ペプチドアンチコドン隣接領域が、終止コドン非特異的なリボソーム結合を行う領域であることが明らかになった。したがって、終止コドン非特異的なリボソーム結合の意義として、このリボソーム結合を介した終止コドン識別の効率化が行われているという仮説を提唱する。伸長反応では、EF-Tuが同様のコドン非依存的なリボソーム結合を行うことで、まず、大まかなコドン識別が行われていることが明らかとなっている。終止コドン認識においても、このリボソーム結合段階が存在することが明らかとなったことから、第一段階のコドン選別として、センスコドンと終止コドンの識別が行われていることが推察される。本研究で分離したRF2csu変異体は、二段階目の厳密な終止コドン識別の後にリボソームから解離できない変異体であると結論付けられる。EF-Tuは、空間的に離れたtRNAのアンチコドンによるコドン識別を、アロステリックに調節していると考えられるが、解離因子は、このペプチドアンチコドンの隣接領域がmRNAとの非特異的結合を行い、さらには、直接終止コドンとの位置関係を決定しているという、伸長反応のアダプター分子とは、根本的に異なった方法でコドン識別効率を実現していることが推察される。本研究によって、コドン識別段階での解離因子の独自性が確認されたことは、翻訳反応における終結反応の位置づけを、その普遍性からだけでなく、独自性に着目して理解することの必要性を改めて示すものである。

図1:クラスI解離因子の終止コドン非特異的リボソーム結合にかかわるアミノ酸の特定

図2:RF2csu変異体のUAG, UGAコドンにおけるin vitroリボソーム結合の終止コドン特異性

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、蛋白質生合成において終止コドン特異的にペプチド鎖解離反応を触媒する分子、ペプチド鎖解離因子の機能解析を行ったものである。解離因子は、tRNAとの機能的類似性を持つことが示されている蛋白分子であるが、リボソーム結合については、tRNAとの相違性を有しており、本論文では、リボソーム結合に関わる機能ドメインの検索とリボソーム結合様式の解析結果について報告している。解析結果は二部から構成されており、それぞれ以下の内容について述べられている。

1.解離因子のリボソーム結合ドメインの検索

 解離因子のリボソーム結合解析の足掛かりとして、遺伝学的手法に基づき、優性に野生型解離因子の機能阻害を引き起こす新規変異体の分離を行った。変異体の性状解析から、この変異体は、C端側領域の機能欠損によりN端側領域のみが機能することで、リボソーム上で野生型解離因子と競合することが示唆された。分離された変異体にナンセンス変異体が存在していたことから、C端側のアミノ酸領域を構造的に欠失した解離因子断片もリボソーム結合活性を有することが示されたため、続いて、系統的に部分欠損解離因子断片を作製し、野生型解離因子に対する機能阻害を指標として、リボソーム結合に関わる機能ドメインの検索を行った。結果として、20アミノ酸長の領域がリボソーム結合に関与することが示された。また、分子遺伝学的手法により、リボソーム結合に関わるアミノ酸残基の検索を行い、コドン認識に関わる「ペプチドアンチコドン」のごく近傍に位置する5アミノ酸残基を特定した。

2.解離因子のリボソーム結合様式のin vitro解析

 in vitroでリボソーム結合の機能解析を行うことを目的として、新たにリボソーム結合解析系を構築し、その有効性を確認した。この解析系を用いて、解離因子の終止コドン特異的なリボソーム結合の定量的評価を行い、ペプチド鎖解離活性の強度がリボソーム結合強度を反映することを明らかにした。更に、先に分離した変異体についてリボソーム結合解析を行い、この変異体が終止コドン識別の段階でリボソームに留まることを明らかにした。

 一連の解析から、解離因子のリボソーム結合には、コドン非特異的な結合とコドン特異的な結合という二つの結合状態が存在し、この二段階のリボソーム結合によりコドン識別の効率化を図るという、「Multi-step ribosome binding仮説」を提唱した。

本論文の意義

 本論文によって、ペプチド鎖解離因子のリボソーム結合に関わる機能領域が初めて特定されたとともに、新たなリボソーム結合状態の存在が明らかとなった。このことは、翻訳伸長反応と翻訳終結反応の機能的相同性を示すものである一方、その機能実現のメカニズムにおける終結反応の独自性を明らかにするものである。また、本論文において新たに構築したin vitroリボソーム結合解析系は、リボソーム側からの終結反応の解析を可能とする有力な解析系であり、本解析系の導入により、更なる終結反応機構理解が深まることが期待される。

 なお、本論文は、伊藤耕一、中村義一との共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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