学位論文要旨



No 116934
著者(漢字) 倉橋,洋史
著者(英字)
著者(カナ) クラハシ,ヒロシ
標題(和) 分裂酵母の接合過程における細胞融合に関わる遺伝子の解析
標題(洋)
報告番号 116934
報告番号 甲16934
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4197号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 馬渕,一誠
 東京大学 教授 宮島,篤
 東京大学 教授 東江,昭夫
 東京大学 教授 大矢,禎一
 東京大学 教授 山本,正幸
内容要旨 要旨を表示する

 膜融合は様々な生命活動にみられる重要な現象である。膜融合は、高等生物においては受精や骨格筋細胞を形成するための筋芽細胞の融合に重要な役割を果たす。一方、細胞極性の確立は、細胞の形態の維持や成長方向の決定、さらにタンパク質の局所的な輸送などに関わっており、生物体において枢要な現象である。細胞極性の形成には細胞骨格が非常に重要な役割を持つことが知られている。本研究では、酵母の接合過程における細胞融合という現象を用いて、細胞極性と細胞膜の融合という二つの問題を扱った。

 本研究の研究対象とした分裂酵母は、栄養源が豊富な条件下では、通常一倍体で生育し、均等な細胞分裂によって増殖する。しかし、栄養源飢餓条件下では、その環境に耐えるために胞子を形成する。胞子形成のためには、まず二つの細胞が接合し、細胞融合、核融合を行って二倍体の細胞になり、その後に減数分裂を行う。細胞融合には、細胞壁の分解と細胞膜の融合の2段階が必要とされる。細胞壁の分解は、外界の浸透圧によって傷つけられやすい過程であるため、高度に制御されていなければならない。つまり接合部位においてのみ局所的に細胞壁の分解が行われ、且つ、時間的にも短時間に限られると思われる。

 分裂酵母においてこれまでに、細胞融合不能の遺伝子として報告されているのはfus1のみである。Fus1pは、出芽酵母で細胞融合に関わっているBni1pと同様に、FHドメインを持つformin familyに属している。また分裂酵母では、FHドメインと相互作用すると考えられているアクチン結合タンパク質のプロフィリン(Cdc3p)が、細胞融合に関わることも示されている。アクチン脱重合剤を加えることによっても分裂酵母は細胞融合不能になることから、アクチンフィラメント(F−アクチン)が細胞融合に重要な役割を持つことが示唆されている。本研究では、分裂酵母の接合過程における細胞融合の分子的な機構を明らかにするため、新たな細胞融合不能(fus)遺伝子3種をクローニングし、その解析を行った。

 当研究室では今井により、細胞融合に欠損を持つ新規の変異体株6種(fus2-fus7)が分離されていた。第2章においてfus4-1変異体に分裂酵母ライブラリーを導入し、相補するプラスミドを得たところ、それらにはトロポミオシンをコードするcdc8が挿入されていた。そこで温度感受性変異株のcdc8-27とfus4-1の遺伝的距離を調べたところ、すべての四分子で、細胞融合不能と生育の温度感受性が2対2に分かれる両親型を示した。すなわち、fus4遺伝子はトロポミオシンをコードするcdc8遺伝子であると考えられた。以後、fus4-1変異をcdc8-F41と呼ぶことにする。

 cdc8-F41変異体は接合に際して前接合子の状態で停止する。この時に細胞質が混合しているかいないかをマーカータンパク質を用いて確認したが、細胞質は混合せずに止まっていることが判明した。Calcofluor Whiteで細胞壁を染色すると、cdc8-F41では細胞壁が十分に分解せずに残っていた。cdc8-F41は温度感受性のcdc8-27とは異なり、どの生理的な温度でも生育することができたが、野生型よりは生育速度が遅かった。さらにcdc8-F41は細胞分離せず枝分かれした異常な形態を示した。cdc8-27では制限温度の35℃で細胞質分裂ができずにダンベル型の形態を示すことが知られている。cdc8-27を半制限温度で培養すると、cdc8-F41で観察された異常な形態の細胞が出現した。また半制限温度で接合させると、細胞融合に欠損の見られることが判明した。このことから、細胞融合におけるCdc8pの機能と、生育における機能とは分離できないもので、cdc8-F41はいかなる生理的温度においてもその機能に部分的に欠損がある特異なアリルであると思われた。

 cdc8-F41変異アリルの変異位置を同定したところ、134番目のアミノ酸のミスセンス変異であった。変化したアミノ酸残基は、出芽酵母の二つのトロポミオシンTpm1pとTpm2pにも保存されていて、機能的に重要な部位と思われる。さらに温度感受性株のcdc8-27の突然変異位置を決定したところ、129番目のアミノ酸のミスセンス変異であった。

 Cdc8pの特異的なドメインが、細胞融合不能の原因になっている可能性を調べるため、cdc8+に対してPCRによりランダムに突然変異を入れ、それを染色体に組み込むことにより新しいfus変異体をスクリーニングした。その結果、新しい3種類のアリルが得られた。いずれもミスセンス変異で、全長にわたって散らばっていた。さらに、これら全ての変異体は生育にも影響を与えた。このことからも、細胞融合に必要なCdc8pの領域と生育に必要な領域は分離できないことが示唆された。

 野生型のCdc8pの量が減少したときに生じる影響を見るため、cdc8のプロモーターを、チアミンで制御できるプロモーターに置換した株を作製した。Cdc8pの発現を減少させた対数増殖期の細胞では枝分かれ型が増加した。さらに発現を減少させるとダンベル型細胞になった。この現象は半制限温度から制限温度にかけてのcdc8-27の表現型に類似している。しかし、接合に関しては、cdc8-27とは異なり、枝分かれ型になる程度にCdc8pを減少させても細胞融合不能の細胞は現れず、効率よく接合を完了した。細胞融合不能の表現型が現れるのは、ダンベル型になり始める段階よりもさらにCdc8pを減少させなければならなかった。

 Cdc8pの接合中の局在を観察するため、抗Cdc8p抗体を用いて免疫染色を行った。Cdc8pは接合部位に局在しており、さらに細胞質に散らばって見える場合もあった。またBODIPY-FL-phallacidinでF−アクチンを共染色すると、F−アクチンはパッチ状に接合部位付近に局在したが、Cdc8pの強い蛍光とは重ならず、隣接した位置にあった。細胞融合に必要なFus1pもまた、接合時に接合部位に局在する。接合中のcdc8-F41変異株を観察したところ、Fus1pもF−アクチンパッチも野性株と同様の局在を示し、Cdc8pはこれらの局在には影響を与えないようであった。

 以上、fus4はcdc8と同一遺伝子でトロポミオシンをコードしており、細胞融合に必須なことが示された。また、トロポミオシンは細胞質分裂に必要であることが知られているが、細胞融合はより少ない量で可能であることが示唆された。トロポミオシンはアクチン結合タンパク質であるが、接合管の先端あるCdc8pはF−アクチンパッチと共局在しなかった。接合管上で細胞融合に働いているF−アクチン構造体は小さなもので、その構築にCdc8pが関わっているのではないかと現在のところ考えている。

 第3章ではfus2変異体株に分裂酵母ライブラリーを導入し、細胞融合不能を多コピーで相補する遺伝子をスクリーニングした。得られたプラスミドにはSPAP7G5.03が挿入されていたので、SPAP7G5.03遺伝子破壊株を作製して表現型を調べたところ、細胞融合不能になった。SPAP7G5.03とfus2の遺伝的距離を調べるためランダムスポア分析を行うと、すべての子孫のコロニーが細胞融合不能の表現型を示したので、SPAP7G5.03遺伝子はfus2遺伝子そのものであると考えられた。fus2遺伝子のORFは約2.1kbであり、703アミノ酸をコードしていると推測される。その産物は細胞融合に必要なことが知られている出芽酵母のPrm1pと相同性がある。Hydrophobicity解析によると、Fus2pは7回貫通型膜タンパク質と予想された。cdc8-F41と同様に、fus2の前接合子において細胞質は混合していなかった。しかし、一方の細胞膜がもう一方へつきだしている様子の細胞が観察された。このような細胞では細胞壁が弱くしか染色されず、分解されているようであった。

 fus2遺伝子の発現パターンを調べた。接合・胞子形成を誘導する窒素源飢餓下におくと、2.5kbのmRNAの発現が誘導された。fus2遺伝子の上流には、転写因子Ste11pのDNA結合領域のTRボックスが3つあるため、ste11破壊株でfus2の発現パターンを調べたところ、2.5kbのmRNAは発現誘導はみられなかった。すなわち、窒素源飢餓条件特異的に発現するfus2遺伝子の発現誘導はSte11pに依存することが示された。Fus2-GFPの局在を観察したところ、対数増殖期の細胞では蛍光が認められなかったが、接合中の細胞では接合部位にFus2-GFPの局在が観察された。

 以上のことから、膜タンパク質をコードするfus2は、窒素源飢餓下で発現され、Fus2pは接合時には接合部位に局在していることが示された。また、細胞壁の分解はfus2変異株でも進行したことから、Fus2pが細胞膜の融合に関わっている可能性が考えられた。

 第4章ではfus5変異体株に分裂酵母ライブラリーを導入し、相補する遺伝子をスクリーニングした。得られたプラスミドの塩基配列を解析した結果、SPAC4D7.01cが挿入されていた。SPAC4D7.01c遺伝子破壊株を作製して表現型を調べたところ、細胞融合不能になった。SPAC4D7.01cとfus5の遺伝的距離を調べるための四分子分析を行うと、24個全てが両親型を示したので、SPAC4D7.01c遺伝子はfus5遺伝子そのものであると考えられた。

 fus5遺伝子のORFは約5.5kbであり、1811アミノ酸をコードしていると推測される。産物は出芽酵母のSec7pと相同性があり、SEC7ドメインを持つ。SEC7ドメインを持つタンパク質は、多種の生物に保存されていて、小胞輸送に必要なARF(small GTPase)のGDP-GTP交換因子であることが知られている。fus5の前接合子で細胞質が混合しているかどうかを調べたが、混合していなかった。しかし、fus2と同様に、一方の細胞膜がもう一方へつきだしている様子が観察された。このような細胞ではやはり細胞壁の染色が弱く、分解されているようであった。

 これまでにクローニングできている他のfus遺伝子(fus1,fus2,cdc8/fus4)をfus5変異株に導入し、多コピーでfus5を抑圧できるか確認したところ、fus2がfus5を多コピーで抑圧した。fus2とfus5の関係をさらに調べるため、変異株の接合実験を行った。fus2変異体およびfus5変異体は、接合相手が正常なら、細胞融合が可能であった。fus2変異体の接合相手がfus5変異体である場合は、融合は効率的にいかなかった。fus2 fus5二重変異体は、接合相手が野生型の場合、効率的に融合することができた。すなわちfus2とfus5は同一の機能発現に関わっている可能性が示唆された。

 以上、fus5は小胞輸送調節因子として知られているsmall-GTPaseのARFに対するGDP/GTP交換因子(ARF-GEF)をコードすることが示唆され、さらに、Fus5pがFus2pの輸送に関わっている可能性が考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

 分裂酵母は、栄養源が豊富な条件下では細胞分裂によって増殖し、栄養源飢餓条件下では、悪環境に耐えるために胞子を形成する。胞子形成過程では、二つの細胞が接合し、細胞融合、核融合を行って二倍体となり、その後に減数分裂を行う。ここでの細胞融合は、細胞壁の分解と細胞膜の融合の2段階で進行する。学位申請者倉橋洋史は、細胞融合の分子機構を明らかにするために、分裂酵母の細胞融合に必要な遺伝子を同定し、その機能を解明することを行った。

 学位申請者は、先に今井により分離されていた分裂酵母細胞融合不能(fus)変異体に、分裂酵母のゲノムライブラリーおよびcDNAライブラリーを導入することにより、細胞融合不能の原因遺伝子3種類(fus2,fus4,fus5)を単離することに成功した。

 塩基配列決定の結果、fus4遺伝子はアクチン結合タンパク質のトロポミオシンをコードするcdc8遺伝子と同一であることが判明した。以後、fus4-1変異をcdc8-F41と表記する。cdc8-F41変異体は接合に際して前接合子の状態で停止した。この時に細胞質は混合していないことが確認された。また、細胞壁は十分に分解せずに残っていた。一方、生育に欠陥をもつものとして単離された温度感受性cdc8-27株は、半制限温度では細胞融合不能の表現型を示すことが判明した。学位申請者はさらに、cdc8遺伝子に対してPCRによりランダムに突然変異を導入し、いくつかの細胞融合不能の変異体を得た。その全ては生育と細胞融合の双方に欠陥を示し、また、これらの突然変異がcdc8の全長にわたっていたことから、細胞融合に必要なCdc8pの機能領域と生育に必要な領域は分離できないことが示唆された。

 野生型のCdc8pの量が減少した時に生育と細胞融合に生じる影響を調べた。対数増殖期においてCdc8pの発現量を減少させると、まず枝分かれ細胞が現れ、さらに減少させると細胞はダンベル型となって生育を停止した。Cdc8pの発現量の低下は細胞融合不能も誘起したが、そのためには細胞がダンベル型になるよりもさらにCdc8pを減少させなければならず、細胞融合のためには細胞質分裂よりも少量の正常Cdc8pがあればよいことが推測された。接合中の細胞でCdc8pは接合部位に局在していた。またF−アクチンを共染色すると、F−アクチンは接合部位付近にパッチ状に局在したが、Cdc8pの強い蛍光とは重ならず、隣接した位置にあった。以上のことより学位申請者は、トロポミオシンは、パッチとは異なる細胞融合のための小さなF−アクチン構造体を接合管の先端に構築するために働いているという考えを提唱している。

 学位申請者はさらにfus2遺伝子の機能を解析し、その産物が7回貫通型膜タンパク質と予想されることを示した。fus2変異体の作る前接合子においても細胞質は混合していなかった。しかし、片方の細胞膜がもう一方へ突き出している様子の細胞が観察された。このような細胞では細胞壁が弱くしか染色されず、分解が進んでいるようであった。fus2遺伝子の発現パターンを調べたところ、窒素源飢餓特異的に発現されるmRNAが存在した。また、このmRNAは有性生殖のためのマスター転写因子Ste11pに依存して発現することが示された。Fus2pは、接合中の細胞では接合部位にその局在が観察された。以上のことから、新規の膜タンパク質と考えられるFus2pは接合部位に局在し、細胞膜の融合に関わっている可能性が明らかになった。

 fus5遺伝子の解析からは、その産物が小胞輸送に必要なsmall GTPase ARFに対するGDP-GTP交換因子(ARF-GEF)であろうと推測された。fus5の前接合子においても細胞質は混合せず、fus2と同様に、片方の細胞膜がもう一方へ突き出している様子が観察された。fus2とfus5の関係をさらに調べたところ、fus2遺伝子がfus5変異体を多コピーで抑圧することが判明した。また、fus5変異体におけるFus2-GFPの観察を行ったところ、Fus2-GFPの接合部位への局在が減少していた。このことから、Fus5pがFus2pの輸送に関わっている可能性が示唆された。

 以上、倉橋洋史は分裂酵母の接合時の細胞融合に関わる3つの遺伝子を同定し、それらの産物を特定するとともに、それぞれが細胞融合に果たす機能について大きな洞察を得た。この成果は、細胞が融合する際の分子機構に関して重要な展開を与えるものであり、学位申請者の業績は博士(理学)の称号を受けるにふさわしいと審査員全員が判定した。なお本論文は今井義幸、山本正幸との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、倉橋洋史に博士(理学)の学位を授与できると認める。

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