学位論文要旨



No 116937
著者(漢字) 末次,志郎
著者(英字)
著者(カナ) スエツグ,シロウ
標題(和) WASPファミリータンパク質とArp2/3複合体によるアクチン細胞骨格形成メカニズムについて
標題(洋) Regulation of actin polymerization for cytoskeleton formation through Arp2/3 complex and WASP family proteins
報告番号 116937
報告番号 甲16937
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4200号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 秋山,徹
 東京大学 教授 宮島,篤
 東京大学 教授 山本,正幸
 東京大学 教授 竹縄,忠臣
 東京大学 教授 山本,雅
内容要旨 要旨を表示する

アクチンフィラメントの形成と消失は生物の様々な局面における形態の形成に重要な役割を果たしている。アクチンフィラメントが新たに形成される場合、その鍵となるタンパク質の一つがArp2/3複合体である。Arp2/3複合体はアクチン重合核となり、糸状仮足(フィロポディア)や葉状仮足(ラメリポディア)といったアクチンフィラメントからなる構造の形成に必要不可欠な役割を果たしている。これらの糸状仮足や葉状仮足の形成は細胞運動などに伴う基本的な構造である。WASPファミリータンパク質は様々なシグナルを統合し、Arp2/3複合体の活性を制御している。すなわちWASPファミリータンパク質はArp2/3複合体によって誘導されるアクチン重合の場所を制御していると考えられている。このArp2/3複合体、WASPファミリータンパク質を介したアクチン重合制御は、細胞の形態変化や遊走運動のみならず、生体内で起こる様々なアクチンの関わる局面において重要な働きを持っている。

 しかしながら、WASPファミリータンパク質がArp2/3複合体を活性化することがどのようにしてアクチン細胞骨格形成に結びつくのかは明らかではなかった。本研究ではinvitroのモデル系としてアクチンコメット形成系を用いてArp2/3複合体の活性化に伴う「枝分かれ」したアクチンフィラメント形成の制御がアクチン細胞骨格形成に重要であることを明らかにした。

 アクチンコメットは枝分かれした多数のアクチンフィラメントからなる構造であり、細胞内の様々な局面で見られる。たとえば、細胞内小胞輸送や、病原体の感染に伴ってみられる病原体の細胞内運動である。このアクチンコメットのアクチンフィラメントの形態は細胞の先端で細胞運動などに伴ってみられる葉状仮足におけるアクチンフィラメントの形態と類似している。またアクチンコメットおよび葉状仮足ともWASPファミリータンパク質、Arp2/3複合体がその形成に必要不可欠である。このことからアクチンコメット形成のメカニズムの解明は細胞運動などに伴うアクチン細胞骨格形成のモデル系となると考えられる。

アクチンコメット形成はWASPファミリータンパク質の一つであるN-WASPをポリスチレンのビーズにコーティングする事によって組織抽出液中で再現できる。この系は完全なin vitro再構成系であるので様々なN-WASP上の変異のアクチンコメット形成に対する影響を調べるのに適している。この系を用いて私はN-WASPのアクチンコメット形成に必要なドメインを明らかにした。それらは塩基性ドメインとArp2/3複合体の活性化ドメインであるVCAドメインであった(図1)。

アクチンフィラメントに対する結合を超遠心法によって検討したところ、塩基性ドメインがN-WASPのアクチンフィラメント結合ドメインであることを明らかになった。この活性によりN-WASPがアクチンフィラメントに結合することはArp2/3複合体をアクチンフィラメント上に集積させ、特に細胞にあらかじめ存在すると考えられる古い(preexisting)アクチンフィラメント上の枝分かれを促進する(図2、3)。枝分かれの促進は、生理的な条件でのアクチン重合の促進に重要である。生理条件では、自然発生的なアクチン重合を抑制するためにcappingタンパク質が多量に存在し、アクチンフィラメントの伸長する端(反矢じり端)の露出を防いでいる。このため、新たに重合が開始されても、すぐにcappingタンパク質によって、アクチン重合が抑えられる。Arp2/3複合体、および、WASPファミリータンパク質による枝分かれしたフィラメントの形成はcappingタンパク質を回避しつつアクチン重合を起こすために重要である。このため、枝分かれの促進は

生理的な条件下でのアクチン重合に重要である。つまり、枝分かれの頻度が高い(fulllength N-WASPの方が枝分かれの頻度が低いVCAのみの変異体よりも)ほどcappingタンパク質存在下でのアクチン重合が速い(図4)。この結果、N-WASPはアクチンフィラメントの高密度な構造を形成する事ができると考えられる。高密度なアクチンフィラメントは、力の発生のための足場となり、アクチン細胞骨格形成に寄与していると考えられる。

1 : Suetsugu S, Miki H, Takenawa T. Cell Motil. Cytoskeleton in press

2 : Suetsugu S, Miki H, Yamaguchi H, Obinata, T. Takenawa T. J. Cell Sci, in press

3 : Suetsugu S, Miki H, Takenawa T. J Biol Chem. 2001 Aug 31; 276(35) : 33175-80.

4 : Suetsugu S, Miki H, Yamaguchi H, Takenawa T. Biochem Biophys Res Commun. 2001 Apr 6; 282(3) : 739-44.

5 : Fukuoka M, Suetsugu S, Miki H, Fukami K, Endo T, Takenawa T. J Cell Biol. 2001 Feb 5; 152(3) : 471-82.

6 : Miki H, Yamaguchi H, Suetsugu S, Takenawa T. Nature. 2000 Dec 7; 408(6813) : 732-5.

7 : Yamaguchi H, Miki H, Suetsugu S, Ma L, Kirschner MW, Takenawa T. Proc Natl Acad Sci U S A. 2000 Nov 7; 97(23) : 12631-6.

8 : Mimuro H, Suzuki T, Suetsugu S, Miki H, Takenawa T, Sasakawa C. J Biol Chem. 2000 Sep 15; 275(37) : 28893-901.

9 : Suetsugu S, Miki H, Takenawa T. FEBS Lett. 1999 Sep 3; 457(3) : 470-4.

10 : Suetsugu S, Miki H, Takenawa T Biochem Biophys Res Commun. 1999 Jun 24; 260(1) : 296-302.

11 : Miki H, Suetsugu S, Takenawa T. EMBO J. 1998 Dec 1; 17(23) : 6932-41.

12 : Suetsugu S, Miki H, Takenawa T. EMBO J. 1998 Nov 16; 17(22) : 6516-26.

図1 野生型N-WASP(上段)および塩基性領域欠失変異体(下段)をコートしたビーズによるアクチンコメット形成

図2 N-WASPとArp2/3複合体によって形成される枝分かれしたアクチンフィラメント

図3 古いアクチンフィラメントおよび新しく形成されたアクチンフィラメント枝分かれの頻度

図4 cappingタンパク質存在下でのアクチン重合

審査要旨 要旨を表示する

本論文は3章からなり、WASPファミリータンパク質N-WASPがその活性化の後Arp2/3複合体を介してアクチン細胞骨格を形成するメカニズムについて解析を行っている。第1章ではアクチン細胞骨格形成に必要なN-WASPのドメインを同定している。第2章ではN-WASPの塩基性領域によって規定されるArp2/3複合体によるアクチンフィラメントの枝分かれ形成の頻度が、アクチン細胞骨格形成に重要であることを述べている。第3章ではN-WASPがArp2/3複合体の活性化をするにあたってこれを促進する新たなメカニズムについて述べている。アクチンフィラメントの形成と消失は生物の様々な局面における形態の形成に重要な役割を果たしている。アクチンフィラメントが新たに形成される場合、その鍵となるタンパク質の一つがArp2/3複合体である。Arp2/3複合体はアクチン重合の律速段階となる重合核形成及びアクチンフィラメントの枝分かれを担っているが、それ自体は不活性であり、N-WASPなどのWASPファミリータンパク質によって活性化される。すなわち、WASPファミリータンパク質にシグナル分子が結合し、WASPファミリータンパク質が活性化状態になると、Arp2/3複合体を活性化し、アクチン細胞骨格の再構成を引き起こすとされている。したがって、WASPファミリータンパク質の活性化に依存して、Arp2/3複合体は糸状仮足(フィロポディア)や葉状仮足(ラメリポディア)、アクチンコメットといったアクチン細胞骨格形成に必要不可欠な役割を果たしている。

 しかしながら、WASPファミリータンパク質がシグナルを受け取ってArp2/3複合体に働きかけ、Arp2/3複合体を活性化することがどのようにしてアクチン細胞骨格形成に結びつくのかは、すなわち、フィロポディアやラメリポディア、アクチンコメットと言った構造が形成されるのか、明らかではなかった。本研究ではアクチン細胞骨格形成のin vitroのモデル系としてN-WASPをコートしたプラスチックビーズによるアクチンコメット形成系を用いている。

 論文提出者は、第1章において、アクチンコメット形成をWASPファミリータンパク質の一つであるN-WASPをポリスチレンのビーズにコーティングする事によって組織抽出液中で再現した。この系を用いてN-WASPのアクチンコメット形成に必要なドメインを明らかにしている。それらは塩基性ドメインとArp2/3複合体の活性化ドメインであるVCAドメインである事を明らかにしている。また、Arp2/3複合体の活性化を促進するドメインとして、WH1ドメインを見いだしている。

 論文提出者は第2章において、塩基性ドメインがN-WASPのアクチンフィラメント結合ドメインであることを明らかにしている。この活性によりN-WASPがアクチンフィラメントに結合することはArp2/3複合体をアクチンフィラメント上に集積させ、特にあらかじめ存在するアクチンフィラメント上の枝分かれを促進することを示している。

 枝分かれの促進は、生理的な条件でのアクチン重合の促進に重要である。生理条件では、自然発生的なアクチン重合を抑制するためにcappingタンパク質が多量に存在し、アクチンフィラメントの伸長する端(反矢じり端)の露出を防いでいる。このアクチンコメット形成系においてcappingタンパク質が安定に反矢じり端に結合しているので、既存のアクチンフィラメントから新たにフィラメントをのばすこと、すなわち、アクチンフィラメントの相互結合を必要とするアクチン細胞骨格形成は、枝分かれ以外には難しいと考えられる。このため、Arp2/3複合体、および、WASPファミリータンパク質による枝分かれしたフィラメントの形成はアクチン重合によってアクチンコメットのようなアクチン細胞骨格を形成するために重要であると考えられる。

 第3部においてさらにWH1ドメインがVCAドメインがArp2/3複合体を活性化するのを助ける役割を持っていることを発見した。この活性はアクチン細胞骨格形成にアクチンコメット形成の系では本質的に重要ではないものの、これを非常に促進する役割を持っている事をin vitroの実験により明らかにしている。

 以上の知見はアクチン細胞骨格制御の原理を明らかにする上で重要であると考えられる。

 なお、本論文は東京大学の竹縄忠臣教授、三木裕明助手、山口英樹氏、千葉大学の大日方昂(おびなたたけし)教授、との共同研究であるが、論文執筆者が主体となって分析および検証を行ったもので、論文執筆者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できるものと認める。

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