学位論文要旨



No 116938
著者(漢字) 住吉,英輔
著者(英字)
著者(カナ) スミヨシ,エイスケ
標題(和) 線虫における紡錘体形成に必要なプロテインフォスファターゼ4の解析
標題(洋)
報告番号 116938
報告番号 甲16938
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4201号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 竹縄,忠臣
 東京大学 助教授 室伏,擴
 東京大学 助教授 飯野,雄一
 東京大学 教授 神谷,律
 東京大学 教授 山本,正幸
内容要旨 要旨を表示する

 中心体は細胞内の主要な微小管形成中心であり、紡錘体の形成に寄与することで細胞分裂に重要な役割を果たしている。中心体は二つの中心粒(centriole)およびそれらを取り囲む中心粒外周物質(pericentriolar material, PCM)から成る。PCMは微小管の形成に重要な役割を果たしている。多くの生物において、PCMの微小管形成活性に関して非常に重要な役割を果たしている分子としてγ-tubulinが知られている。細胞分裂期が近づくと、PCMの体積の増大および、γ-tubulinをはじめとする中心体タンパク質の局在量の増大が見られ、それに伴って中心体の微小管形成活性が劇的に増大する。この現象は中心体の成熟と呼ばれる。

 G2/M期における中心体の成熟の機構は詳しくは分かっていないが、哺乳類細胞等においてサイクリンB/cdc2複合体およびPOLO様キナーゼといったタンパク質リン酸化酵素が関与していることが知られている。サイクリンB/cdc2複合体およびPOLO様キナーゼは中心体に局在し、中心体タンパク質の中心体への局在化および紡錘体の形成に関与していることが示されている。一方、タンパク質の脱リン酸化もまた、分裂期における中心体による微小管形成に関与している。いくつかの知見によって、オカダ酸感受性のタンパク質脱リン酸化酵素が中心体による微小管形成活性の増大に関与していることが示唆されている。

 プロテインフォスファターゼ4(PP4)はオカダ酸に感受性のセリン/スレオニン型タンパク質脱リン酸化酵素である。セリン/スレオニン型タンパク質脱リン酸化酵素には、そのアミノ酸配列上の特徴から区別されるPPPおよびPPMという二つのファミリーが知られている。PP4はPPPファミリーに属し、哺乳類およびショウジョウバエにおいてPP4は、中心体に局在することが知られており、微小管形成に対する関与が考えられていた。ショウジョウバエにおいてはPP4のmRNAの発現量が減少したcmm変異体が得られている。cmm変異体は多核性胞胚期の分裂期において染色体の凝縮が起きるが紡錘体の形成が起こらない、あるいは中心体から紡錘体が外れてしまうという表現型を示した。また、cmm変異体ではγ-tubulinの中心体への局在が減少する。これらの知見から、PP4が中心体の微小管形成能に関与すると考えられた。しかしながら他の生物におけるPP4の機能は明らかではない。そこで、本研究では逆遺伝学的解析に適しており、また細胞分裂過程の観察が容易な線虫C. elegansを用いてPP4の機能解析を行った。

 C. elegansゲノム上には二つのPP4相同遺伝子が存在していた。それらをpph-4.1およびpph-4.2と名付けて以下の実験を行った。まず、RNA干渉法を用いて各々の遺伝子機能を阻害した。pph-4.1に対応する二重鎖RNAを野生型成虫個体(P0)の生殖腺に注入した場合、注入した個体の孫にあたるF2世代(pph-4.1(RNAi)F2胚)において高い割合で胚性致死となった。一方、pph-4.2に対応する二重鎖RNAを生殖腺に注入した場合、注入した個体の子であるF1世代に低頻度で幼虫致死が見られた。これらの結果から胚発生においてはPPH-4.1がとくに重要な役割を担っていると考えられた。従って、以後はPPH-4.1の機能に焦点を絞って解析を進めることとした。

 第一卵割の過程を観察することで、pph-4.1(RNAi)F2胚が細胞分裂にどのような欠損を示すかを調べたところ、雄性前核を2つ持つものおよび雄性前核を持たないものが見られ、また4極の紡錘体を形成することが観察された。雄性前核および中心体はともに精子によって胚に持ち込まれるものである。従ってpph-4.1(RNAi)F2胚においては精子形成に異常があるために雄性前核および中心体が余分に持ち込まれている可能性が考えられた。そこでpph-4.1(RNAi)F1雄個体での精子を観察した結果、pph-4.1(RNAi)Fi個体由来の精子には核の個数に異常を示すものが多く見られた。また、pph-4.1(RNAi)F1個体由来の精母細胞の減数分裂においては、染色体の分配に異常が観察された。また、pph-4.1(RNAi)F1個体における精子形成時の減数分裂における紡錘体構造を抗α-tubulin抗体によって観察したところ、紡錘体形成に異常が有ることが観察された(図1)。

 また、pph-4.1(RNAi)F2胚は第一卵割において紡錘体の形成に遅延が観察された。正常な精子を受精させることでpph-4.1(RNAi)による精子形成の異常の影響を取り除いた状態でも第一卵割における紡錘体形成の遅延は観察された。これらの結果から、第一卵割時の紡錘体形成の遅延が精子形成の異常の二次的な結果ではなくPPH-4.1が胚における体細胞分裂時の紡錘体形成にも関与していると考えられた。また、pph-4.1(RNAi)F2初期胚をDAPIおよび抗α-tubulin抗体によって染色したところ、染色体の凝縮が見られるのにも関わらず、中心体から伸びている微小管が全くないか著しく減少しており、紡錘体および星状体の形成が見られない胚が観察された(図1、図2)。これらの結果から、PPH-4.1が体細胞分裂および精子形成時の減数分裂において紡錘体の形成に必要であることが分かった。

 C. elegansのγ-tubulinおよびPOLO様キナーゼであるPLK-1は分裂期において中心体に局在することが知られている。これらの中心体タンパク質の局在に対するPPH-4.1機能欠損の影響を調べた。pph-4.1(RNAi)F2胚およびpph-4.1(RNAi)精母細胞においてはγ-tubulinの中心体への局在が見られなかった(図1)。また、pph-4.1(RNAi)F2胚においてはPLK-1の中心体への局在が観察されず、核周辺および細胞質中に異所局在していることが明らかになった(図2)。したがって、PPH-4.1はγ-tubulinおよび、PLK-1の分裂期における中心体への局在に必要であることが分かった。

 哺乳類細胞およびショウジョウバエにおいては、POLO様キナーゼは中心体の成熟に関与し、γ-tubulinの中心体への局在化に必要であることが示されている。しかしながら、C. elegansにおいてはPLK-1のγ-tubulinの局在に対する役割は明らかになっていなかった。そこで、plk-1(RNAi)胚でのγ-tubulinの局在を抗γ-tubulin抗体染色によって観察した。その結果、plk-1(RNAi)胚においてγ-tubulinの中心体における局在は観察されたが、局在する領域が縮小していることが分かった。このことはPOLO様キナーゼがC. elegansにおいても中心体の成熟に関与していることを示唆し、PPH-4.1がPLK-1の中心体への局在化を介してγ-tubulinの局在に関与している可能性が考えられた。

 次に、抗PPH-4.1抗体を作成し、抗体染色によりPPH-4.1の細胞内局在を観察した。その結果、PPH-4.1タンパク質は分裂前期から分裂終期にかけて中心体に局在するが、間期においては中心体には局在しないことを見いだした(図3)。

 さらに、紡錘体形成に関与していると思われるB型サイクリンとPPH-4.1の関わりを検討した。C. elegansにおけるB型サイクリンの相同遺伝子のうちサイクリンB1に高い相同性をつcyb-1およびサイクリンB3に相同性を持つcyb-3の機能を同時に破壊した胚をRNAiによって作成した。その結果CYB-1およびCYB-3は紡錘体形成およびγ-tubulinの中心体への局在に必要であり、そのRNAiによる除去はpph-4.1(RNAi)と類似した表現型を示すことが判った。また、cyb-1(RNAi)cyb-3(RNAi)胚においては、PPH-4.1の中心体への局在が見られないことが判った。これらの結果から、CYB-1およびCYB-3がPPH-4.1の中心体への局在化に関与していることが示唆された。

 また、PPH-4.1の卵形成における機能を解析するために、pph-4.1(RNAi)雌雄同体の成虫の生殖細胞核をDAPI染色によって観察した。その結果pph-4.1(RNAi)個体の卵母細胞においてはダイアキネシス期の核に1価染色体が観察され、相同染色体間のキアズマ形成に欠損が見られた。このことから、PPH-4.1は減数第一分裂におけるキアズマの形成または、その維持にも関与すると考えられた。

 以上の結果より、PPH-4.1はC. elegansの体細胞分裂および精子形成時の減数分裂において中心体の微小管形成能に必要な中心体タンパク質でることが明らかになった。また、PPH-4.1は紡錘体形成以外に減数分裂におけるキアズマの形成または維持にも関与していることが示唆された。

図1 pph-4.1(RNAi)F2胚およびpph-4.1(RNAi)精母細胞における微小管およびγ-tubulinの局在。

中心体におけるγ-tubulinの局在を矢頭で示した。

図2 pph-4.1(RNAi)F2胚における微小管およびPLK-1の局在。

中心体におけるPLK-1の局在を白い矢頭で示した。

図3 野生型胚におけるPPH-4.1の局在。

中心体におけるPPH-4.1の局在を矢印で示した。また、間期の細胞を矢頭で示した。

図4 減数第一分裂ダイアキネシス期におけるDAPI染色による染色体の形態の比較。

審査要旨 要旨を表示する

 中心体は細胞内の主要な微小管形成中心であり、紡錘体の形成に寄与することで細胞分裂に重要な役割を果たしている。中心体は二つの中心粒およびそれらを取り囲む中心粒外周物質(PCM)から成る。PCMは微小管の形成に重要な役割を果たしている。細胞分裂期が近づくと、PCMの体積の増大および、γ-tubulinをはじめとする中心体タンパク質の局在量の増大が見られ、それに伴って中心体の微小管形成活性が劇的に増大する。この現象は中心体の成熟と呼ばれる。細胞周期G2/M期における中心体の成熟の機構は詳しくは分かっていないが、哺乳類細胞等においてサイクリンB/cdc2複合体およびPOLO様キナーゼが関与していることが知られている。これらはいずれも中心体に局在し、中心体タンパク質の中心体への局在化および紡錘体の形成に関与していることが示されている。

 学位申請者住吉英輔は、線虫C. elegansにおけるプロテインフォスファターゼ4(PP4)に注目し、PP4と中心体の成熟との関連を解析した。PP4はセリン/スレオニン型タンパク質脱リン酸化酵素であり、哺乳類およびショウジョウバエにおいて中心体に局在することが知られている。ショウジョウバエにおいてPP4のmRNAの発現量が減少したcmm変異体は多核性胞胚期の分裂期において紡錘体の形成が起こらないという表現型を示す。また、cmm変異体ではγ-tubulinの中心体への局在が減少する。これらの知見から、PP4は中心体の微小管形成能に関与すると考えられたが、他の生物におけるPP4の機能はこれまで明らかではなかった。

 学位申請者はC. elegansゲノム上に二つのPP4相同遺伝子が存在することに着目し、それらをpph-4.1およびpph-4.2と名付けた。RNA干渉法を用いて各々の遺伝子機能を阻害することにより、PPH-4.1が体細胞分裂および精子形成時の減数分裂において紡錘体の形成に必要であることを明らかにした。また、C. elegansにおけるPOLO様キナーゼであるPLK-1とγ-tubulinの局在に対するPPH-4.1機能欠損の影響を調べた結果、PPH-4.1はγ-tubulinおよび、PLK-1の分裂期における中心体への局在化に必要であることが分かった。また、RNAiによるPLK-1機能の阻害実験を行い、線虫においてPLK-1がγ-tubulinの中心体への局在化に部分的ではあるが関与していることを明らかにした。したがって、PPH-4.1は部分的にPLK-1を介してγ-tubulinの中心体への局在化に関与していると考えられた。

 学位申請者はさらに、抗PPH-4.1抗体を作成し、抗体染色によりPPH-4.1の細胞内局在を観察した結果、PPH-4.1タンパク質は分裂前期から分裂終期にかけて中心体に局在するが、間期においては中心体には局在しないことを見いだした。C. elegansにおけるB型サイクリンの相同遺伝子のうちcyb-1およびcyb-3の機能を同時にRNAiにより破壊したところ、PPH-4.1の機能破壊に類似した紡錘体形成不全の表現型が見られ、PPH-4.1の中心体への局在化が阻害された。したがってCYB-1およびCYB-3が分裂期におけるPPH-4.1の中心体への局在化に必要であることが明らかになった。以上の結果より、PPH-4.1はC. elegansの体細胞分裂および精子形成時の減数分裂において、中心体の成熟に関与していると考えられた。

 また、PPH-4.1の卵形成における機能を解析するために、pph-4.1(RNAi)雌雄同体の成虫の生殖細胞核をDAPI染色によって観察した。その結果pph-4.1(RNAi)個体の卵母細胞においてはダイアキネシス期の核に1価染色体が観察され、相同染色体間のキアズマ形成に欠損が見られた。このことから、PPH-4.1は減数第一分裂におけるキアズマの形成または、その維持にも関与すると考えられた。

 以上、住吉英輔は線虫おけるプロテインフォスファターゼ4を解析し、それが中心体の成熟にともなう重要な因子の中心体への局在化に重要な機能を果たしていることを明らかにした。またその機能不全が、精子形成過程の減数分裂と、卵母細胞におけるキアズマ形成に重篤な欠損を与えることを見出した。これらの成果は、中心体の機能とプロテインフォスファターゼ4の細胞生物学的役割の理解に対して重要な知見をもたらすものであり、学位申請者の業績は博士(理学)の称号を受けるにふさわしいと審査員全員が判定した。なお本論文は杉本亜砂子、山本正幸との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、住吉英輔に博士(理学)の学位を授与できると認める。

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