学位論文要旨



No 116945
著者(漢字) 飯島,実
著者(英字)
著者(カナ) イイジマ,ミノル
標題(和) 間接発生型および直接発生型ウン胚における内胚葉誘導に関する研究
標題(洋) Studies on Endoderm Induction in the Embryos of the Direct and Indirect Developing Echinoids
報告番号 116945
報告番号 甲16945
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4208号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 雨宮,昭南
 東京大学 教授 野中,勝
 東京都立大学 助教授 西駕,秀俊
 お茶の水女子大学 講師 清本,正人
 東京大学 講師 上島,励
内容要旨 要旨を表示する

典型的なウニ胚発生様式は、浮遊し採餌する幼生期間を経て、幼生体内で成体器官を成長させた後に変態する間接発生型である。成体原基の形成中心である体腔のうは、陥入した原腸(=内胚葉)からくびり切れてでき、原腸自身はその後、幼生の消化管へと分化する。原腸形成は胞胚期に肥厚した植物極板の陥入に始まる。植物極板を構成するのは64細胞期におけるveg2割球層の全てと、veg1割球層の一部である。その予定内胚葉領域が正常なタイミングで内胚葉へと特異化されるには16細胞期に植物極端に形成される小割球群との相互作用が必要であること、また、小割球には予定外胚葉に内胚葉を誘導する能力があることが実験的に示されてきた。以上のことを基に、Davidson(1989)によりウニ胚発生過程における内胚葉誘導カスケイドのモデルが想定されている。

 このモデルは、卵割期初期に小割球から出された誘導シグナルがveg2割球層に伝わり、さらにveg2割球層とveg1割球層との間で相互作用が起こることで、veg2割球、veg1割球内で内胚葉化する領域が特異化されてゆくというものである。しかし一方で、小割球シグナルが後期胞胚期に存在することが原腸陥入の開始には十分であることも示されている。これまでに、小割球シグナルは発生初期(16-64細胞期)と後期(後期胞胚期)と、少なくとも異なる2つの時期で働いていることが明かとなっている。

 一方、直接発生型と呼ばれる発生様式は系統進化上、間接発生型から派生し、幼生形質の削除などが起こったと考えられている。その発生は一般的に、第4卵割は等割であり小割球は形成されないため、間接発生型で調べられている動植物極軸に沿った内胚葉誘導カスケイドを直接発生型の初期胚においてそのまま適用することは不可能である。しかし、日本固有種ヨツアナカシパンは、直接発生でありながら例外的に小割球を形成することから、卵割初期における割球間相互作用を間接発生型と同様に解析することが可能である。ヨツアナカシパンは幼生腕を持つことなどから直接発生型の中でも省略型と呼ばれることがある。

 本研究は、内胚葉誘導作用が空間的、時間的に受け渡されているカスケイドとなっていることを明らかにし、また誘導カスケイドの変化と発生様式の進化に関連のある可能性を提示している。

 本研究においては、間接発生型ウニ胚としてはバフンウニ(Hemicentrotus pulcherrimus)とハスノハカシパン(Scaphechinus mirabilis)を、直接発生型ウニとしてヨツアナカシパン(Peronella japonica)をそれぞれ用いた。

Part 1 間接発生型ウニ胚における内胚葉誘導カスケイド

すでにHorstadius(1938)やLogan and McClay(1999)により誘導カスケイド中のveg2割球にも内胚葉誘導能があることが示されているが、それがどれくらいの誘導能であるかは詳細に述べられていなかった。そこで、本研究を始めるにあたり、まずバフンウニ(Hp)とハスノハカシパン(Sm)において、動物半球(A)と蛍光色素でラベル(下線)したveg2割球層(V2)との再構成胚[AV2]を作成し、予定外胚葉である動物半球細胞がどれくらい内胚葉化するか(=veg2の誘導能はどれくらいか)を調べた。その結果、原腸陥入を起こした再構成胚において、Hp[AV2]では動物半球細胞が内胚葉化してもせいぜい後腸までであったのに対し、Sm[AV2]においては全てにおいて中腸までが誘導されていた。このとき消化管内の動物半球細胞は内胚葉特異的な酵素(アルカリ性フォスファターゼ:APase)活性を見せたので、それらは単に物理的に引き込まれたのではなく、内胚葉へと分化して陥入していたと言える。また、veg2割球数を変化させた再構成胚[AV2(x)](割球数=x)を作成したところ、割球数が少ない程、いずれの種の消化管においても動物半球細胞はより前方の領域まで形成していた。

 次に、小割球シグナルが機能する時期は初期と後期(バフンウニでは初期は16細胞期から64細胞期、後期は胞胚後期)と2つ考えられているが、veg2割球が内胚葉誘導能を獲得するにはどちらの時期のシグナルが重要な働きをしているかを明らかにしようとした。先述の結果から、veg2割球8個を用いたときはその誘導能の変化が比較的小さかったのでveg2割球は8個用いることとした。バフンウニにおいて、動物半球に対するveg2割球の誘導タイミングを調べるため、まず、64細胞期に[AV2]再構成胚を作成し、veg2割球には初期シグナルだけを与え、受精後24-30時間後にveg2細胞を除去したHp[AV2-V2(24-30h)]を作成した。また、初期と後期両シグナルを与えるために、動物半球と[V2+小割球(Mi)]を再構成させ、受精後18-24時間後に[V2+小割球(Mi)]を除去したHp[AV2Mi-V2Mi(18-24h)]を作成した。その結果、いずれの場合も分化した消化管は形成されなかった。しかしApase活性を調べたところ、初期シグナルだけを受けた場合の方が動物半球との接触時間が長いにも関わらず、初期シグナルだけでは全再構成胚中の5%が活性を示しただけで、初期、後期両シグナルを受けた場合は46%の活性がみられた。

 さらに、正常胚での誘導タイミングを探った。正常胚で実際にveg2割球が内胚葉誘導を行うのはveg1割球(V1)に対してであるので、64細胞期に[V2+Mi]を蛍光ラベルしたそれらと挿げ替え[AV1V2Mi]、受精後12-16時間後と受精後18-26時間後でそれらの除去を行ったHp[AV1V2Mi-V2Mi(12-16h)]、Hp[AV1V2Mi(18-26h)]。その結果、APase活性はHpul[AV1]単離胚でも除去胚でもともに高かったが、分節した消化管形成はHpul[AV1]単離胚では全く見られず、Hp[AV1V2Mi-V2Mi(12-16h)]、Hp[AV1V2Mi-V2Mi(18-26h)]でそれぞれ18%と35%でみられた。

Part 2 直接発生型ウニ、ヨツアナカシパンにおける内胚葉誘導シグナル

まず、内胚葉誘導カスケイドの出発点とされる小割球の誘導能について調べるため、16細胞期において小割球除去胚を作成した。間接発生型においては内胚葉化の初期シグナルが欠失することより、原腸陥入が遅れるが、ヨツアナカシパン(Pj)の小割球除去胚Pj[-Mi]は正常胚と同時に原腸陥入が起こった。このことから、ヨツアナカシパンの小割球には内胚葉誘導能がない可能性が強く考えられた。次に動物半球(A)と蛍光ラベルした小割球(Mi)との再構成胚Pj[AMi]を作成した。その結果、受精後20時間後で正常胚では全ての胚で原腸陥入が見られたが、動物半球単離胚Pj[A](0%,N=16)においてだけでなく、Pj[AMi](0%,N=24)でも原腸陥入は全く見られなかった。よって、ヨツアナカシパン小割球には誘導能が欠失している可能性が考えられた。

 次に、ヨツアナカシパンにおいて、veg2割球層の内胚葉誘導能を調べるため、蛍光ラベルした動物半球(A)とveg2割球(V2)との再構成胚Pj[AV2]を作成した。その結果、ほとんどのPj[AV2](92%, N=26)において動物半球細胞は原腸の一部を形成していた。よってヨツアナカシパンveg2割球層に内胚葉誘導能があることが明らかになったと同時に、ヨツアナカシパン動物半球には誘導に対する反応能が存在する可能性が強く示唆された。さらに動物半球とveg1割球(V1)との再構成胚Pj[AV1]を作成したが、動物半球に対する原腸誘導は25%(N=12)の再構成胚でみられた。

本研究の結果から、veg2割球には内胚葉誘導能があり、その誘導能は種により違いがある(バフンウニではより弱く、ハスノハカシパンにおいてはより強い)が見い出された(Part1)。バフンウニとハスノハカシパンとは原腸陥入様式が異なり、原腸細胞数は、ハスノハカシパンの方がバフンウニよりも多いことが報告されている。その細胞数の差が内胚葉誘導を受けたveg1細胞数の差だとすると、ハスノハカシパンveg2割球の方が誘導能が強いと考えられる今回の結果と矛盾せず、veg2割球の誘導能と原腸陥入様式の違いとの関連性が示唆される。veg2割球の数が減少した時により強い誘導能が見られた(Part1)。そのメカニズムは不明だが、veg2割球間に働くlateral inhibitionがその可能性のひとつとして考えられる。

 バフンウニveg2割球が動物半球に対して内胚葉誘導能を発揮するには、後期小割球シグナルが必要である。バフンウニ正常胚において、veg2細胞の原腸誘導能は後期小割球シグナルによって増幅されることからも、正常なタイミングでveg2割球が内胚葉誘導能を発揮することに関して、後期小割球シグナルが重要な働きをしていると考えられる(Part1)。

 直接発生進化過程では幼生形質の削除が生じることが知られている。本研究から直接発生型のヨツアナカシパンにおいては、小割球の原腸誘導能が削除された幼生形質のひとつと考えられる。しかし、ヨツアナカシパンveg2割球の誘導能は保存されていた(Part2)。小割球形成は棘皮動物でもウニ類に特異的であること、ヒトデ胚においても植物極端に内胚葉誘導能があることが報告されていることから、小割球をつくらず等割し、植物極端から動物極に向かう内胚葉誘導カスケイドを有する発生様式(現生のものではヒトデ胚がこれに近い)が棘皮動物の祖先型と考えることが可能である。小割球形成が新形質としてウニ綱に導入された際に小割球は内胚葉誘導カスケイドのひき金を引く働きも持ったが、ウニ綱直接発生進化過程で、その働きが削除されるとともに小割球形成自体も削除された可能性がある。ヨツアナカシパンは小割球の誘導能を失ったがその形成だけは残しており、いわば直接発生型への中間段階だと考えられる。

 今回の研究から、間接発生型ウニ胚の内胚葉誘導カスケイドが小割球から始まり動物半球側へと割球層を介しながら進んでゆくこと、しかし正常なタイミングでそのカスケイドが進むには後期小割球シグナルが必要であることが明らかとなった。またヨツアナカシパンは、直接発生型でも幼生形質を比較的多く保存した中間型であることが、内胚葉誘導能が小割球では欠失した、省略された誘導カスケイドを持つ点からも明らかとなった。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は2章からなり、第1章はウニ胚veg2割球の内胚葉誘導能、第2章は、直接発生型ウニ進化課程における内胚葉誘導カスケードの変化について述べられている。

 ウニ胚において、細胞運命の決定や細胞分化に細胞間相互作用が機能していることが数多く報告されている。ウニ胚に典型的な発生様式は間接発生型と呼ばれ、成体への成長途中に、浮遊し採餌する幼生期間を経る。間接発生型ウニ16細胞期胚は、動物極側から中、大、小割球の3つの割球層から成る。小割球形成は現生棘皮動物5綱ではウニ綱にのみ見られ、その小割球には内胚葉誘導能があることが古くから知られている。このことは、小割球と予定内胚葉細胞もしくは予定原腸領域との間に細胞間相互作用が働いていることを意味している。ウニ胚の予定原腸領域は64細胞期のveg2割球層全てとveg1割球層の一部である。小割球の内胚葉誘導に関して、ひとつのモデル(Davidson's model)が提唱されている。このモデルの主張は次の2点である。1)内胚葉誘導が小割球層から始まり、veg2層、veg1層へと伝わるカスケイドである。2)誘導カスケイドの開始には卵割初期(16細胞期から64細胞期)の小割球層の誘導作用が重要である。しかし、Minokawa and Amemiya(1999)やIshizukaら(2001)は、ウニ胚正常発生過程において、卵割後期から胞胚後期に、小割球子孫細胞が内胚葉誘導能を発揮していることを示した。近年においては、分子的にも後期小割球シグナルを支持する報告がなされている。一方、ウニ胚には間接発生型以外に直接発生型なる発生様式が知られている。直接発生型ウニ胚は、幼生形質の一部または大部分を削除し、卵割後、直接的に成体へと変態する。系統的に直接発生型は間接発生型から独立に何度も派生したと考えられている。間接発生型と直接発生型との違いのひとつは卵割パターンである。一般的に直接発生型ウニ胚は小割球を形成しないため、間接発生型ウニ胚で知られる小割球を始点とした内胚葉誘導カスケイドを直接発生型ウニ胚にそのまま適用することは不可能である。しかし、ヨツアナカシパン(Peronella japonica)というウニは、直接発生型では例外的に、16細胞期に小割球を形成する。このウニを用いることで、直接発生型における、小割球からの内胚葉誘導カスケイドを調べることが可能である。

 本論文の研究は、間接発生型ウニ胚において、微細手術により、内胚葉誘導カスケイド中のveg2割球層が後期小割球シグナルを受ける場合と受けない場合とで、それぞれ発生のある時期に正常胚からveg2割球層以下を除去し、残された部分胚の内胚葉分化を検討することで、正常発生過程におけるveg2割球層の内胚葉誘導能と小割球シグナルとの関係を明らかにしている。その研究結果は、間接発生型ウニ胚の正常発生過程において内胚葉誘導カスケイドが段階的に進行していることを、初めて明らかにしたものであり、同時に後期小割球シグナルの存在を確固としたものである。また、直接発生型においては、微細手術により小割球除去胚や、小割球と予定外胚葉である動物半球との再構成胚を作成し、内胚葉分化を調べ、ウニ胚の発生様式の進化に伴って内胚葉誘導カスケイドにも進化的変化が起こった可能性を初めて報告したものである。

 第1章において論文提出者は、間接発生型ウニ胚の内胚葉誘導カスケイドの一部であるveg2割球層に注目し、種によりもしくは割球数によりveg2割球層の内胚葉誘導能が異なることを示した。また、veg2割球層がその上の割球層へと内胚葉誘導能を発揮するには、小割球層から後期小割球シグナルを受けることが非常に重要であることを初めて明らかにし、後期小割球シグナルが正常発生過程において内胚葉誘導に関与していることを支持した。第2章においては、直接発生型ヨツアナカシパンでは内胚葉誘導能が小割球で欠失している可能性と、しかしveg2割球層では保存されていることを明らかにした。このことからヨツアナカシパンが直接発生型への進化過程における中間段階とみなすことができ、発生様式の変化に伴う内胚葉誘導カスケイドの進化的変化を初めて明らかにしている。

 本論文に示された新知見は、間接発生型ウニ胚において論争となっていた重要な課題を解決していると同時に直接発生型においては新しい進化的な見解を出している。本研究に用いられたアプローチは適切であり、信頼できる技術によって裏付けされている。

 なお、本論文第1章は、雨宮昭南氏との、第2章は、美濃川拓哉氏、石塚泰啓氏、雨宮昭南氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行なったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)を授与できると認める。

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