学位論文要旨



No 116947
著者(漢字) ロベルト・アントニオ・バレロ
著者(英字) ROBERTO ANTONIO BARRERO
著者(カナ) ロベルト・アントニオ・バレロ
標題(和) アラビドプシスAtCAP1遺伝子の機能解析
標題(洋) Functional analysis of Arabidopsis AtCAP1 gene
報告番号 116947
報告番号 甲16947
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4210号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 内宮,博文
 東京大学 教授 長田,敏行
 東京大学 教授 馳澤,盛一郎
 東京大学 助教授 菊池,淑子
 東京大学 助教授 梅田,正明
内容要旨 要旨を表示する

序論

 植物の細胞骨格は、細胞形態形成、器官形成、分化等、多岐にわたる細胞形成において機能的に重要である。たとえば、ミクロフィラメント形成は、細胞分裂時の分裂板の伸長、細胞壁などの諸過程に必須である。アデニレートシクレース関連タンパク質(CAP; Cyclase-Associated Protein)は酵母などのRas-cAMP信号伝達において機能を有しているが、多くの生物におけるアクチン細胞骨格の制御にも関与する。CAPタンパク質自身は、単量体のアクチンとの結合活性を有し、酵母のアクチンフィラメントと重合することが知られている。最近、CAPはショウジョウバエのアイ・ディスク形成において、過剰なアクチンの蓄積を押さえる事により、光レセプターの分化を制御する役割を担っている事が報告されている。

 本研究では、植物では殆ど、その機能の不明なCAPタンパク質をコードする遺伝子をシロイヌナズナから単離しAtCAP1と命名した。

AtCAP1は、436個のアミノ酸から構成されており(図1)、ゲノム上に1コピー存在する(図2A)。私は修士課程において、AtCAP1を酵母で過剰発現すると、そのC末端領域未ドメイン(A6,アミノ酸188個)が、CAP欠損細胞を相補する事を明らかにした。この事は、AtCAP1が、細胞骨格形成に必要である事を示唆したものである。本研究は、植物細胞を用いたAtCAP1の機能解明を目的として遂行された。

結果と考察

 1.AtCAP1の発現とアクチンへの結合

 CAP抗体を用い、その発現を調べたところ、培養細胞や根で発現が強く、茎、葉、花器において低い事が判明した。CAPのC末端領域(A6,アミノ酸158個)を用いて、グルタチオンS-トランフフェラーゼ(GST)との融合タンパク質を作成した(図3.A.B)。このGST-A6を用い、アクチンとの結合実験を行ったところ、in vitroで両者の結合が確かめられた(図2D)。

2.植物個体におけるAtCAP1の過剰発現

 AtCAP1遺伝子を過剰に発現する、いくつかの形質転換アラビドプシス植物が作成された。ベクターとしては、図4に示す構築が用いられた。独立した3系統(S4,S9,S11)について詳細に解析した(図4B)。すべての系統は、本遺伝子を1コピー有する。図4Bに示すように、導入した遺伝子の発現によるAtCAP1タンパク質量は、DEXの量に比例して増加した。S4が最もAtCAP1タンパク質を蓄積し、S11は最も少なかった。アラビドプシス植物体におけるAtCAP1の過剰発現の効果を調べるために、比較的若い植物が用いられた。AtCAP1タンパク質を過剰に発現する植物は、小葉とロゼット葉のサイズが減少したが、主根は野生型と同じであった。このような器官サイズの減少は、本タンパク質蓄積量と正の相関を示した。S4植物では葉身は31.9%横方向に減少した。葉柄の長さは73.8%減少した。このことは、くりかえし実験でも証明された。したがって、アラビドプシスのAtCAP1の過剰発現は葉器官サイズの減少を引き起こすことが示された。このような現象が葉細胞の伸長あるいは数の変化によるのかを調べるための実験を行った。その結果、S4植物の表皮細胞のサイズは野生型よりも小さかった。一方、細胞面積も野生型よりも減少した。第3葉の柵状細胞数は野生型のものの59%であった。したがって、細胞数およびそのサイズの減少が葉の形態変化を誘導するものと思われる。

3.培養細胞におけるAtCAP1の効果

 AtCAP1を過剰に発現するタバコBY-2が得られた(図5A)。そのような細胞株を7日間培養し、DEXを含む培地に移し、24時間培養した。アクチンのレベルは一定に保たれているのに対し、AtCAP1はDEXの添加量の増大と共に増加した(図5A)。さらに本タンパク質の発現は、DEX処理後2時間目から始まることが示された(図5B)。次に、タバコ細胞の増殖を調べたところ、AtCAP1のレベルは増殖の阻害とパラレルであることが示された(図6)。コントロールでは、そのような変化は認められなかった。図7に示すように、AtCAP1タンパク質の発現は、タバコ細胞の分裂活性を押さえているものと考えられた。

4.AtCAP1とアクチンとの細胞内相互作用

 植物細胞内においてAtCAP1タンパク質がアクチンに結合するかどうかを調べるために形質転換BY-2細胞が用いられた。材料をホモジナイズ後、タンパク質をAtCAP1抗体で沈澱させ、電気泳動した。続いて、アクチン抗体で処理したところ、明らかなバンドが認められた(図8)。このことはAtCAP1が細胞中でアクチンと直接あるいは間接的に相互作用する可能性を示唆するものである。

 以上、論議したようにAtCAP1タンパク質は、細胞分裂および伸長の両者を制御すると考えられる。このことは、細胞骨格形成に重要なアクチンとの相互作用をAtCAP1が担っている可能性を示唆するものである。

 今後、本遺伝子のノックアウト植物の解析、あるいは生化学的研究を通して、植物の分化や増殖における本遺伝子の機能が明らかになるものと思われる。

図1 CAPのアミノ酸配列とその構造。

AtCAP1の中央にはプロリンに富む配列があり、C末端領域にはアクチン結合部位と考えられる配列が存在する。

図2 DNAおよびタンパク質の解析。

(A)AtCAP1のサザン解析。DNAは(EcoRI(E), HindIII(H), BamHI(B), SacI(S), XbaI(X))で処理された。(B)植物の各器官から抽出したタンパク質(20μg)を電気泳動し、AtCAP1抗体で処理したもの。

図3 AtCAP1 C末端ドメイン(A6)とアクチンのin vitro結合実験。

(A)GSTおよびA6(AtCAP1のC末端ドメイン)。(B)GSTのクマシーブルーによる染色像。GST(1)、GST-A6(2) (C)GST(1), GST-A6(2)のタンパク質ゲルブロットの抗AtCAP1抗体による処理。(D)AtCAP1 C末端ドメインのアクチンへの結合実験。GST(1)またはGST-A6(2)は各々アクチン混合され、電気泳動、およびゲルブロット後抗アクチン抗体で処理された。

図4 形質転換アラビドプシスにおけるAtCAP1の発現解析。

(A)ベクターの模式図。35S, cauliflower mosaic virus 35S promoter, GVG, the chimeric GVG transcription factor, E9, pea rbcS-E9 poly(A); UAS6, six copies of the DNA binding sites for GAL4; AtCAP1, AtCAP1 coding sequence; 3A, pea rbc-3A poly(A) additional sequence.矢印は転写方向を示す。(B)AtCAP1(52KDa)とアクチン(46KDa)。7日目の植物を異なる濃度のDEXで2日間処理された。

図5 タバコBY-2培養細胞におけるAtCAP1とアクチンの発現。

(A)DEXの濃度変化に伴うAtCAP1とアクチンタンパク質発現の変化。(B)AtCAP1とアクチンタンパク質発現の経時変化(7日目の培養細胞を用いた。)。DEX(1μM)。

図6 タバコBY-2培養細胞の増殖変化。

7日目のBY-2細胞がDEX(1μM)の存在下、あるいは非存在下で培養された(データは2反復の平均値)。

図7 AtCAP1を発現するBY-2分裂細胞の変化。

形質転換BY-2細胞(7日目)がアフィディコリン(5mg/L)を含む培地で24時間培養された。その後、細胞を洗浄し、DEX(1μM)有無の条件で培養。約500細胞を用いて、DAPI染色による分裂細胞数を記録。

図8 AtCAP1のアクチンへの結合実験。

AtCAP1を過剰発現するBY-2細胞をDEX有無の培地に移し24時間培養した。抽出した全タンパク質をAtCAP1抗体(αCAP)処理し、ゲルブロット解析に供し、アクチン抗体で処理した(Pre;コントロール血清)。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、植物では殆ど、その機能の不明なCAPタンパク質をコードする遺伝子AtCAP1について解析したものである。AtCAP1は、436個のアミノ酸から構成されており、ゲノム上に1コピー存在する。論文提出者は、修士課程において、AtCAP1を酵母で過剰発現すると、そのC末端領域ドメイン(A6,アミノ酸188個)が、CAP欠損細胞を相補する事を明らかにした。この事は、AtCAP1が、細胞骨格形成に必要である事を示唆したものである。本研究は、植物細胞を用いたAtCAP1の機能解明を目的として遂行された。

 本論文は、3章よりなり、第1章では、AtCAP1の発現とアクチンへの結合が調べられた。すなわち、CAP抗体を用い、その発現を調べたところ、培養細胞や根で発現が強く、茎、葉、花卉において低い事が判明した。CAPのC末端領域(A6,アミノ酸158個)を用いて、グルタチオンS-トランスフェラーゼ(GST)との融合タンパク質を作成した。このGST-A6を用い、アクチンとの結合実験を行ったところ、in vitroで両者の結合が確かめられた。

 ひきつづいて、植物個体におけるAtCAP1の過剰発現が調べられた。そのため、AtCAP1遺伝子を過剰に発現する、いくつかの形質転換アラビドプシス植物が作成された。独立した3系統について詳細に解析した。すべての系統は、本遺伝子を1コピー有する。導入した遺伝子の発現によるAtCAP1タンパク質量は、DEXの量に比例して増加した。S4が最もAtCAP1タンパク質を蓄積し、S11は最も少なかった。アラビドプシス植物体におけるAtCAP1の過剰発現の効果を調べるために、比較的若い植物が用いられた。AtCAP1タンパク質を過剰に発現する植物は、小葉とロゼット葉のサイズが減少したが、主根は野生型と同じであった。このような器官サイズの減少は、本タンパク質蓄積量と正の相関を示した。S4植物では、葉身は31.9%横方向に減少した。葉柄の長さは73.8%減少した。このことは、くり返し実験でも証明された。

 第2章では、タバコにおけるAtCAP1の過剰発現は葉器官サイズの減少を引き起こすことが示された。このような現象が葉細胞の伸長の変化によるのかを調べるための実験を行った。その結果、導入植物細胞のサイズは野生型よりも小さかった。

 第3章では、AtCAP1を過剰に発現するタバコBY-2が得られた。そのような細胞株を7日間培養し、DEXを含む培地に移し、24時間培養した。アクチンのレベルは一定に保たれているのに対し、AtCAP1はDEXの添加量の増大と共に増加した。さらに本タンパク質の発現は、DEX処理後2時間目から始まることが示された。次に、タバコ細胞の増殖を調べたところ、AtCAP1のレベルは増殖の阻害とパラレルであることが示された。植物細胞内においてAtCAP1タンパク質がアクチンに結合するかどうかを調べるために形質転換BY-2細胞が用いられた。材料をホモジナイズ後、タンパク質をAtCAP1抗体で沈澱させ、電気泳動した。続いて、アクチン抗体で処理したところ、明らかなバンドが認められた。このことはAtCAP1が細胞中でアクチンと直接あるいは間接的に相互作用する可能性を示唆するものである。以上、論議したようにAtCAP1タンパク質は、細胞分裂および伸長の両者を制御すると考えられる。このことは、細胞骨格形成に重要なアクチンとの相互作用をAtCAP1が担っている可能性を示唆するものである。

 本研究は、植物の分化や増殖の制御機構の解明に向けて重要な知見であると判断する。したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。尚、本論文は、梅田正明博士、山村三郎博士、内宮博文博士との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析および解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

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