学位論文要旨



No 116949
著者(漢字) 阿部,充宏
著者(英字)
著者(カナ) アベ,ミツヒロ
標題(和) 出芽酵母グルカン合成酵素の生合成過程における活性制御機構の解析
標題(洋) Regulation of glucan synthase during biosynthesis in Saccharomyces cerevisiae
報告番号 116949
報告番号 甲16949
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4212号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大矢,禎一
 東京大学 教授 黒岩,常祥
 東京大学 教授 東江,昭夫
 東京大学 助教授 西田,生郎
 東京大学 助教授 園池,公毅
内容要旨 要旨を表示する

序論

 細胞壁は高等植物や菌類において細胞を外部環境から防禦するだけでなく、細胞の外側から細胞の形を規定しており、細胞の形態形成にも重要な働きを担っている。出芽酵母Saccharomyces cerevisiaeは体細胞分裂時において、出芽、芽の伸長、細胞の分裂などの一連の形態変化を伴いながら細胞増殖する。また、出芽酵母の細胞形態は外界からの温度や浸透圧などのストレスによっても変化する。このような形態変化は細胞全体ではなく局所的な部分においてのみ細胞壁が新たに合成され再構築されるためにおこる。したがって、細胞周期や細胞極性などの内部環境やストレスなどの外部環境からのシグナルに応じて、細胞壁が適切な時に適切な場所で合成される機構が存在すると考えられる。

 出芽酵母の細胞壁は、多糖類であるグルカン、キチン、マンナンから構成されている。このうちグルコースのポリマーであるグルカンは結合様式の違いから1, 3-β-グルカン、1, 6-β-グルカンに分類されるが、1, 3-β-グルカン(以下、グルカン)は乾重量で細胞壁全体の半分以上を占めること、長い直鎖状の繊維であることから細胞の形態形成にとって最も重要であると考えられてきた。近年、グルカンを合成するグルカン合成酵素は、細胞膜に局在する互いに相同な触媒サブユニットFks1p/Fks2p(Inoue et al. 1995; Mazur et al. 1995)と低分子量GTPaseである制御サブユニットRho1p(Qadota et al. 1996; Drgonova et al. 1996)から構成されることが明らかにされた。しかしサブユニットは明らかにされたものの、グルカン合成酵素が実際の細胞内でどのように活性が制御されているかは全く不明であった。そこで本研究では、まずグルカン合成酵素の活性を制御する上流因子を同定した。さらに、実際の細胞内での活性制御機構を明らかにするために、生合成・輸送過程のグルカン合成酵素に着目し解析を行った。

結果と考察

グルカン合成酵素の上流因子の探索

 Fks1pの推定上の触媒領域に変異を持つ温度感受性変異株fks1-1154は、i)制限温度下で細胞のグルカン合成能が低下していること、ii)制限温度下で芽の先端特異的にグルカンが合成されないこと、iii)膜画分のグルカン合成酵素活性が低下していることから、特に制限温度下でグルカン合成の触媒活性が低下していることがわかった。そこで、グルカン合成酵素の上流因子を同定するために、fks1-1154変異株の温度感受性を多コピーで抑圧する遺伝子の探索を行った。その結果、7つの遺伝子(WSC1, WSC3, MTL1, ROM2, LRE1, ZDS1, MSB1)が得られた(図1)。Wsc1p, Wsc3p, Mtl1pは外部環境のストレスを感知する推定上の細胞壁センサーとして、Rom2pはRho1pの活性化に必要なグアニンヌクレオチド交換因子(GEF)として報告されている。Lre1p, Zds1p, Msb1pは、遺伝学的解析がいくつか報告されているものの、実際の機能については不明な点が多い因子である。これらの多コピー抑圧遺伝子はすべてfks1-1154変異株の低下したグルカン合成能を抑圧したこと(図2)から、グルカン合成酵素に対して正の制御因子であることが明らかになった。得られた多コピー抑圧遺伝子産物がRho1pの活性化を介してグルカン合成酵素を制御しているかを遺伝学的に調べた結果、Wsc1p, Wsc3p, Mtl1p, Rom2p, Lre1p, Zds1pはRho1pの活性化を介した制御、Msb1pはRho1pの活性化以外の制御によりグルカン合成酵素を活性化することが示唆された。

生合成過程におけるグルカン合成酵素活性

 生合成・輸送過程のグルカン合成酵素について調べるために、制限温度下でタンパク質輸送が停止するsec変異株を用いて解析を行った。まず、グルカン合成酵素がどのような機構で細胞膜に局在化するかを調べるために、間接蛍光抗体法でグルカン合成酵素の局在を調べた。その結果、分泌小胞で停止するsec1, sec6変異株、ゴルジ体で停止するsec7, sec14変異株、小胞体で停止するsec12, sec16変異株のいずれの変異株でも制限温度下でFks1p/Fks2p及びRho1pは細胞内に蓄積することがわかった(図3)。また、制限温度下で培養したsec1変異株からゲルろ過で精製した分泌小胞画分には、Fks1p/Fks2p, Rho1pが含まれていることが確認された(図4A)。したがって、多くの細胞膜タンパク質と同様に、グルカン合成酵素はリボソームで合成された後、小胞体、ゴルジ体、分泌小胞、といった小胞輸送により細胞膜に輸送されることが示唆された。この輸送過程のどこで活性化されるかを調べるために細胞のグルカン合成能を調べた結果、いずれの変異株でも制限温度下で合成能が低下することがわかった(図5)。また、抗グルカン抗体を用いて免疫電顕を行ったところ、制限温度下で培養したsec1変異株の分泌小胞内では染色されなかったことから、細胞膜へ到達する最終ステップである分泌小胞内でもグルカンを合成していないことが確認された(図6)。したがって、生合成・輸送過程のグルカン合成酵素は活性が抑制され、細胞膜に局在して初めて活性化されることが明らかになった。

分泌小胞中のグルカン合成酵素の制御機構

 まず、sec1変異株の膜画分においてグルカン合成酵素活性を測定したところ、前述の細胞のグルカン合成能とは異なり、Rho1pを活性化型に変換する試薬GTP-γSを加えると十分に上昇することを見出した(図7)。この活性はsec1変異とグルカン合成酵素活性が低下するrho1変異との二重変異株では見られないこと、二重変異株に精製した組換えRho1pを加えると顕著な酵素活性が見られるようになることから、sec1変異株の膜画分で見られた高いグルカン合成酵素活性は、Rho1pに依存していることがわかった。また、膜画分だけでなく精製した分泌小胞画分でも、GTP-γSを加えると十分な酵素活性が見られた(図4B)。活性化型Rho1pを特異的に認識する抗体を作成し細胞内の局在を調べた結果、活性化型Rho1pは細胞膜の一部に局在していたが、分泌小胞には局在していないことがわかった。これらの結果から、分泌小胞膜上ではまだRho1pが活性化型に変換されていないためにグルカン合成酵素の活性が抑制されていることが明らかになった。

 分泌小胞中のRho1pが活性型へ変換しないのは、上記の遺伝学的探索で得られたグルカン合成酵素の上流因子のいずれかが、細胞膜ではRho1pと直接作用できるが分泌小胞中では作用できないためである可能性が考えられた。そこで、上流因子にタグを付け、上流因子の細胞内局在を間接蛍光抗体や細胞分画によって調べた。その結果、Rho1pのGEFであるRom2pの局在を調べたところ、分泌小胞でタンパク質輸送を停止させたにもかかわらず、分泌小胞中には局在せず細胞膜に局在していた(図8)。さらに、sec1変異株でRom2pを過剰発現したところ、分泌小胞内にグルカンが蓄積することが免疫電顕により観察された。したがって、分泌小胞内でグルカン合成酵素の活性が抑制されているのは、Rom2pが分泌小胞中には局在せず、分泌小胞中のRho1pに作用できないためであることが示唆された。

小胞体中のグルカン合成酵素の制御機構

 sec12, sec16変異株の膜画分におけるグルカン合成酵素活性は、sec1変異株とは異なり、GTP-γSを加えても酵素活性の上昇は見られなかった(図9)。また、精製した組換えRho1pを加えても活性の上昇は見られなかった。したがって、小胞体でグルカン合成酵素活性が抑制されている機構は、分泌小胞における機構とは異なるものであることがわかった。一方、修士課程での解析で、膜画分にグルカン合成酵素に対する阻害因子が含まれていることを明らかにした。さらなる解析から、この阻害因子はスフィンゴ脂質の中間体(フィトスフィンゴシン)であることがわかった。フィトスフィンゴシンの局在を細胞分画により調べた結果、この脂質は主に小胞体膜に局在していた。これらの結果から、小胞体で活性が抑制される原因として、小胞体膜に局在するフィトスフィンゴシンがグルカン合成酵素の活性を阻害することが考えられた。そこで、sec12, sec16変異株でフィトスフィンゴシンを分解するDpl1pを過剰発現し、細胞内のフィトスフィンゴシン量を減少させたところ、低下したグルカン合成酵素活性は部分的に回復することがわかった(図10)。したがって、小胞体ではフィトスフィンゴシンがグルカン合成酵素を阻害するためにグルカン合成酵素の活性が抑制されることが示唆された。

まとめ

1)グルカン合成酵素に対する正の制御因子として7つの上流因子を同定した。

2)グルカン合成酵素は細胞内輸送過程では活性が抑制されており、細胞膜で初めて活性化されることが明らかになった。

3)分泌小胞中にはRom2pが含まれず、分泌小胞膜上ではRho1pが活性化型に変換されないためにグルカンが合成されないことが明らかになった(図11)。

4)小胞体に局在するフィトスフィンゴシンがグルカン合成酵素の活性を阻害することが明らかになった(図11)。

図1 fks1-1154変異株の多コピー抑圧遺伝子の単離

多コピープラスミド(YEpU-FKS1, YEpU-WSC1, YEpU-WSC3, YEpU-MTL1, YEpU-ROM2, YEpU-LRE1, YEpU-ZDS1, YEpU-MSB1)または、恒常的にGTP結合型をとる変異RHO1の単コピープラスミド(YCpU-RHO1(G19V), YCpU-RHO1(Q68L))はfks1-1154変異株の温度感受性を抑圧したが、WSC1, WSC3, MTL1の相同遺伝子MID2は抑圧しない。

図2 多コピー抑圧遺伝子導入株におけるグルカン合成能

細胞に[14C]-glucoseを取込ませた後、細胞からグルカンを精製してグルカンに取込まれたラベルの量を測定した。温度感受性と同様にMID2以外はfks1-1154変異株の低下したグルカン合成能を抑圧した。

図3 制限温度で培養したsec変異株におけるグルカン合成酵素の局在野生株とsec変異株を37℃で2時間培養した後、Fks1p/Fks2p, Rho1pの局在を間接蛍光抗体法で観察した。

小胞体(sec12-1)、ゴルジ体(sec7-4)、分泌小胞(sec1-1)でタンパク質輸送を停止させると、グルカン合成酵素は細胞内に蓄積する。

図4 精製した分泌小胞のグルカン合成酵素

sec1変異株を37℃で2時間した後、分泌小胞をゲルろ過で精製した。分泌小胞のマーカーエンザイム(Invertase)との比較から、グルカン合成酵素は確かに分泌小胞に蓄積していることがわかった(A)。また、GTP-γSを加えると分泌小胞画分でグルカン合成酵素活性が検出された(B)。

図5 sec変異株におけるグルカン合成能

細胞に[14C]-glucoseを取込ませ、25℃または34℃で2時間培養した後、グルカンを精製してラベルの量を測定した。タンパク質輸送を停止させるとグルカン合成能が低下する。

図6 sec1変異株の抗グルカン抗体による免疫電顕

sec1変異株を37℃で2時間培養後、急速凍結置換法で固定し、抗グルカン抗体を用いて免疫電顕を行った。抗グルカン抗体により細胞壁に存在するグルカンは染色されたが、蓄積した分泌小胞内では染色されなかった。

図7 sec1変異株の膜画分におけるグルカン合成酵素活性

25℃または、37℃で2時間培養した細胞から膜画分を単離し、グルカン合成酵素活性をGTP-γS存在下で測定した。グルカン合成能と異なり、37℃で培養した細胞から単離した膜画分ではGTP-γS存在下で顕著な酵素活性を示した。また、グルカン合成酵素活性が低下するrho1変異を導入すると酵素活性が低下することから、この高い酵素活性はRho1pに依存していることが示唆された。

図8 sec1変異株におけるRom2pの局在

Rom2p-GFPを発現させたsec1変異株を25℃または、37℃で2時間培養後、Rom2p-GFPの局在を観察した。分泌小胞でタンパク質輸送を停止させてもRom2pは細胞膜に局在することが示唆された。

図9 sec12, sec16変異株の膜画分におけるグルカン合成酵素活性25℃または、37℃で2時間培養した細胞から膜画分を単離し、グルカン合成酵素活性をGTP-γS存在下で測定した。

sec1変異株と異なり、制限温度では顕著な酵素活性は見られなかった。

図10 Dpl1pを過剰発現させた時のグルカン合成酵素活性

フィトスフィンゴシンを細胞内で分解するDpl1pを発現させた株から膜画分を単離し、グルカン合成酵素活性を測定した。sec16変異株の低下したグルカン合成酵素活性はDpl1pを過剰発現することにより部分的に回復した。

図11 生合成過程のグルカン合成酵素の活性が抑制されるモデルグルカン合成酵素は少なくとも2つの活性抑制機構のために分泌小胞及び小胞体で活性が抑制され、細胞膜に局在して初めて活性化される。

分泌小胞中ではRom2pが含まれないためにRho1pが活性化せずグルカンが合成されない。小胞体中ではフィトスフィンゴシンがグルカン合成酵素の活性を阻害するためにグルカンが合成されない。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は4章からなり、第一章はグルカン合成酵素の上流因子の探索、第二章は生合成過程におけるグルカン合成酵素活性の解析、第三章では、分泌小胞中のグルカン合成酵素の制御機構の解析、第4章では、小胞体中のグルカン合成酵素の制御機構を解析した。

 まず、第一章ではグルカン合成酵素のサブユニットであるFks1pの推定上の触媒領域に変異を持つ温度感受性変異株fks1-1154が、i)制限温度下で細胞のグルカン合成能が低下していること、ii)制限温度下で芽の先端特異的にグルカンが合成されないこと、iii)膜画分のグルカン合成酵素活性が低下していることから、特に制限温度下でグルカン合成の触媒活性が低下していることをまず明らかにした。次に、グルカン合成酵素の上流因子を同定するために、fks1-1154変異株の温度感受性を多コピーで抑圧する遺伝子の探索を行った。その結果、7つの遺伝子(WSC1, WSC3, MTL1, ROM2, LRE1, ZDS1, MSB1)が得られた。Wsc1p, Wsc3p, Mtl1pは外部環境のストレスを感知する推定上の細胞壁センサーとして、Rom2pはRho1pの活性化に必要なグアニンヌクレオチド交換因子(GEF)として報告されている。Lre1p, Zds1p, Msb1pは、遺伝学的解析がいくつか報告されているものの、実際の機能については不明な点が多い因子である。これらの多コピー抑圧遺伝子はすべてfks1-1154変異株の低下したグルカン合成能を抑圧したことから、グルカン合成酵素に対して正の制御因子であることが明らかになった。得られた多コピー抑圧遺伝子産物がRho1pの活性化を介してグルカン合成酵素を制御しているかを遺伝学的に調べた結果、Wsc1p, Wsc3p, Mtl1p, Rom2p, Lre1p, Zds1pはRho1pの活性化を介した制御、Msb1pはRho1pの活性化以外の制御によりグルカン合成酵素を活性化することが示唆された。

 第2章では、生合成・輸送過程のグルカン合成酵素について調べるために、制限温度下でタンパク質輸送が停止するsec変異株を用いて解析を行った。まず、グルカン合成酵素がどのような機構で細胞膜に局在化するかを調べるために、間接蛍光抗体法でグルカン合成酵素の局在を調べた。その結果、分泌小胞で停止するsec1, sec6変異株、ゴルジ体で停止するsec7, sec14変異株、小胞体で停止するsec12, sec16変異株のいずれの変異株でも制限温度下でFks1p/Fks2p及びRho1pは細胞内に蓄積することがわかった。また、制限温度下で培養したsec1変異株からゲルろ過で精製した分泌小胞画分には、Fks1p/Fks2p, Rho1pが含まれていることが確認された。したがって、多くの細胞膜タンパク質と同様に、グルカン合成酵素はリボソームで合成された後、小胞体、ゴルジ体、分泌小胞、といった小胞輸送により細胞膜に輸送されることが示唆された。この輸送過程のどこで活性化されるかを調べるために細胞のグルカン合成能を調べた結果、いずれの変異株でも制限温度下で合成能が低下することがわかった。また、抗グルカン抗体を用いて免疫電顕を行ったところ、制限温度下で培養したsec1変異株の分泌小胞内では染色されなかったことから、細胞膜へ到達する最終ステップである分泌小胞内でもグルカンを合成していないことが確認された。したがって、生合成・輸送過程のグルカン合成酵素は活性が抑制され、細胞膜に局在して初めて活性化されることが明らかになった。

 第三章では、まず、sec1変異株の膜画分においてグルカン合成酵素活性を測定したところ、前述の細胞のグルカン合成能とは異なり、Rho1pを活性化型に変換する試薬GTP-γSを加えると十分に上昇することを見出した。この活性はsec1変異とグルカン合成酵素活性が低下するrho1変異との二重変異株では見られないこと、二重変異株に精製した組換えRho1pを加えると顕著な酵素活性が見られるようになることから、sec1変異株の膜画分で見られた高いグルカン合成酵素活性は、Rho1pに依存していることがわかった。また、膜画分だけでなく精製した分泌小胞画分でも、GTP-γSを加えると十分な酵素活性が見られた。活性化型Rho1pを特異的に認識する抗体を作成し細胞内の局在を調べた結果、活性化型Rho1pは細胞膜の一部に局在していたが、分泌小胞には局在していないことがわかった。これらの結果から、分泌小胞膜上ではまだRho1pが活性化型に変換されていないためにグルカン合成酵素の活性が抑制されていることが明らかになった。

 分泌小胞中のRho1pが活性型へ変換しないのは、上記の遺伝学的探索で得られたグルカン合成酵素の上流因子のいずれかが、細胞膜ではRho1pと直接作用できるが分泌小胞中では作用できないためである可能性が考えられた。そこで、Rho1pのGEFであるRom2pの局在を調べたところ、分泌小胞でタンパク質輸送を停止させたにもかかわらず、分泌小胞中には局在せず細胞膜に局在していた。さらに、sec1変異株でRom2pを過剰発現したところ、分泌小胞内にグルカンが蓄積することが免疫電顕により観察された。したがって、分泌小胞内でグルカン合成酵素の活性が抑制されているのは、Rom2pが分泌小胞中には局在せず、分泌小胞中のRho1pに作用できないためであることが示唆された。

 第4章では、sec12, sec16変異株の膜画分におけるグルカン合成酵素活性は、sec1変異株とは異なり、GTP-γSを加えても酵素活性の上昇は見られなかった。また、精製した組換えRho1pを加えても活性の上昇は見られなかった。したがって、小胞体でグルカン合成酵素活性が抑制されている機構は、分泌小胞における機構とは異なるものであることがわかった。一方、膜画分にグルカン合成酵素に対する阻害因子が含まれていることを明らかにし、この阻害因子はスフィンゴ脂質の中間体(フィトスフィンゴシン)であることがわかった。フィトスフィンゴシンの局在を細胞分画により調べた結果、この脂質は主に小胞体膜に局在していたことから、小胞体で活性が抑制される原因として、小胞体膜に局在するフィトスフィンゴシンがグルカン合成酵素の活性を阻害することが考えられた。そこで、sec12, sec16変異株でフィトスフィンゴシンを分解するDpl1pを過剰発現し、細胞内のフィトスフィンゴシン量を減少させたところ、低下したグルカン合成酵素活性は部分的に回復することがわかった。したがって、小胞体ではフィトスフィンゴシンがグルカン合成酵素を阻害するためにグルカン合成酵素の活性が抑制されることが示唆された。

 なお、本論文第4章は、西田生郎、峯村昌代、門田裕志、脊山洋右、渡辺公英、大矢禎一と共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行なったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 よって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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