学位論文要旨



No 116950
著者(漢字) 五十嵐,智女
著者(英字)
著者(カナ) イガラシ,トシメ
標題(和) ツメガエルのp8遺伝子のクローニングとその性質について
標題(洋) Cloning and characterization of the Xenopus laevis p8 gene
報告番号 116950
報告番号 甲16950
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4213号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 浅島,誠
 東京大学 教授 神谷,律
 東京大学 教授 武田,洋幸
 東京大学 教授 野中,勝
 東京大学 助教授 松田,良一
内容要旨 要旨を表示する

 ツメガエル胚の予定外胚葉域であるアニマルキャップの細胞を解離させ、アクチビン処理して再集合させると、濃度依存的に異なる組織を誘導できることが知られている。この系でアクチビン濃度を10ng/mlとして1時間処理すると、高率で再集合体に内胚葉を誘導することができる。近年、内胚葉の形成にはT-box遺伝子であるVegTが関与していることがわかってきたが、内胚葉の形成にはまだ未知の部分が多い。

 そこで、私はアクチビンで内胚葉を誘導した再集合体を用いて、内胚葉特異的な新規遺伝子の探索を試みた。内胚葉を誘導する条件でアクチビン処理した再集合体のcDNAに対して、T-boxの共通配列(GRRMFPとVTAYQN)をもとに設計したdegenerate primerを用いてPCRを行い、そこからランダムに選んだコロニーのsequenceを行った。その結果、既知遺伝子が35個(うちT-boxを含むもの14個)、Xenopusにおいての新規の遺伝子が24個得られた。BLAST searchにより、新規遺伝子の中にラットp8と相同性が高い遺伝子断片が存在することを明らかにした。

 これまでの研究によると、ラットp8は急性膵炎の際に膵臓腺房細胞で発現が増加する遺伝子として1997年に単離された遺伝子であり、現在マウスとヒトでも見つかっている。p8は膵臓において急性膵炎時や再生・発生過程で発現しており、basic helix-turn-helix (bHTH)モチーフとnuclear targeting sequenceをもつ核タンパク質であることがわかっている。さらに、p8タンパク質はDNA結合活性をもち、高移動度タンパク質群HMG(High mobility group protein)の1つであるHMG-I/Yと性質が類似していることが報告されている。in vitroにおいて、p8の発現はアポトーシス誘導因子によって一時的に上昇することや、p8の過剰発現が細胞増殖が促進することが報告されている。さらに、p8は癌転移に関わるcom1 (candidate of metastasis)と同一で、乳癌や膵臓癌の組織で発現していることもわかっている。また膵臓以外の多くの臓器においてもp8の発現が確認され、p8は膵臓特異的な因子ではないことがわかってきた。

 しかし、哺乳類以外においてp8は詳しく調べられておらず、発生過程における詳細な発現パターンやその機能は報告されていなかったが、p8は多様な機能をもつ核内因子であることや、内胚葉を誘導した系からとれてきたことから、発生過程において重要な役割を果たしている可能性があると考えた。

 そこで、3日目胚のcDNA libraryからPCRを用いて全長をクローニングし、塩基配列を決定した。ツメガエルp8(Xp8)は82アミノ酸をコードする677bpの短い遺伝子で、bHTHモチーフをもっていた。ツメガエル、ヒト、マウス、ラット、ゼブラフィッシュ、ショウジョウバエにおけるp8関連因子のアミノ酸配列を比較したところ、Xp8とその他の因子の間には全長では36-60%の相同性しかなかった。しかし、bHTH領域内は非常によく保存されており、51-75%の相同性があることを明らかにした。さらにリン酸化される可能性のあるアミノ酸はよく保存されていることを示した(図1)。

 まず、蛍光タンパク質(Enhanced Green Fluorescent Protein; EGFP)を用いてXp8タンパク質の細胞内局在を調べた。mRNAの微量注入によってアニマルキャップの細胞にEGFPとXp8の融合タンパク質を強制発現させ、蛍光顕微鏡で観察することによって、Xp8タンパク質は哺乳類のp8と同様に核に局在することを明らかにした。

 次にXp8の発現パターンを調べた。RT-PCR解析を行い、Xp8の発現は原腸陥入期より始まり、その後幼生期になっても続くことを示した。さらに、成体では哺乳類のp8と同様に多くの臓器で発現していることを示した。ただし、脾臓では発現が確認できなかった。原腸陥入期における詳しい発現パターンを調べるために、stage 10.25の胚からanimal,vegetal,dorsal,ventral領域を切り出してRT-PCRを行った。vegetalにおける発現は比較的が弱いが、他の領域間ではほとんど差がないことを示した。なお、stage 10の胚ではp8の発現は見られなかった。またこのとき、各領域を単独培養してRT-PCRを行い、それぞれの外植体において胚葉間の相互作用なしにXp8の発現が上昇してくることを明らかにした。また、全長をプローブとしてwhole-mount in situ hybridizationを行ない、Xp8の空間的発現パターンを調べた(図2)。Xp8の発現は神経胚期から予定神経領域で始まり、幼生期になると中枢神経と脳神経で発現していることを示した。特に脳のdorsal topとventrolateral領域、脳から伸びる三叉神経(第5脳神経)と内耳神経(第8脳神経)、鼻原基、後交連や松果体の位置で強く発現していることを明らかにした。これらのことからXp8が神経形成に関与していると考えられたため、神経誘導因子の一つであるchordinのmRNAを顕微注入することにより神経化されたアニマルキャップにおけるXp8の発現が増加するかをRT-PCRで調べた。しかし、Xp8の発現の増加は見られなかった。中枢神経の中で強い発現が見られた領域では他の領域に先行してニューロンの分化が起きていることが知られており、Xp8は神経細胞への分化自体ではなく、神経の機能に関係していると考えられる。

 Xp8遺伝子のgrowth factorに対する応答能をアニマルキャップ・アッセイを用いて調べた。アニマルキャップをbasic fibroblast growth factor (bFGF)、アクチビンまたはBMP-4で処理してRT-PCRを行ったが、未処理のアニマルキャップ自体がXp8を強く発現しているため、これらの処理によるXp8の発現の変化を検出することはできなかった。

 さらに詳しくXp8の機能を調べるためにXp8 mRNAを微量注入して過剰発現させたが、特徴的な表現型は得られなかった。しかし、Xp8モルフォリノ(MO)を注入してXp8の機能阻害を試みたところ、外形上はstage 42まではほぼ正常に発生していたが、stage 46では軽度の浮腫や腸の巻きの遅滞が観察された。この時期の消化管はダイナミックな細胞のインターカレーションによって厚くて短いチューブから薄くて長いチューブへと変化し、複雑な腸の巻きを形成することが知られている。コントロールMOを注入された胚ではこのような腸の発生が正常に進んでいたが、Xp8 MOを注入された胚では腸の発生が遅れていた。Stage 40-46の内胚葉でXp8 mRNAが発現していることをRT-PCRで確認しており、Xp8の機能阻害によって腸の形成不全が引き起こされることを示した。切片を作製して組織学的に詳しく観察し、Xp8 MOを微量注入したオタマジャクシでは、腸の形成不全と内蔵の配置異常が起きているが、心臓、膵臓、肝臓の形成は起きていることを示した。他に、浮腫が見られるので前腎管の形成不全が起きていることも示した。また、最近Xp8の関連遺伝子が見つかっており、その配列の違いより今回用いたMOではこの機能を抑えることができないことが予想される。従ってXp8 MOにより強い表現型が得られなかったのはXp8自体のredundancyに起因することも考えられる。以上、これらの結果から、新規にクローニングされたXp8は多様な組織において存在し、腸の発生に関与する核内因子の一つであることを示した。

図1 p8関連遺伝子から予想されるアミノ酸配列の比較

ツメガエル(Xp8)、ゼブラフィッシュ(zp8)、マウス(mp8)、ラット(rp8)、ヒト(hp8)、ツメガエルEST(XEST)、ショウジョウバエ(dp8)におけるp8関連遺伝子のアミノ酸配列を比較した。すべてのp8関連遺伝子において保存されているアミノ酸は太字で示した。p8はbHTH領域とNuclear targeting sequenceをもつ。bHTH領域は異種間で比較的よく保存されている。

図2 Whole-mount in situ hybridizationによるXp8の発現パターンの解析

(a)Stage 30の側方からの全景と(b)頭部の拡大写真を示した。中枢神経(赤い矢頭で示す)と脳神経で強いシグナルが見られた。点線は眼と耳胞の位置を示している。AN,肛門;NC,脊索;CG,セメント腺;VN,内耳神経(VIII脳神経);TN,三叉神経(V脳神経);OP,鼻原基

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は1章からなり、p8遺伝子について、哺乳類以外では初めて、これをツメガエル胚からクローニングし、その性質について述べたものである。p8はラットで急性膵炎の際に膵臓腺房細胞で発現が増加する遺伝子として1997年に単離された遺伝子であり、現在マウスとヒトでも見つかっている。五十嵐氏がこの研究を開始するまでに、p8はbasic helix-turn-helix (bHTH)モチーフと核移行配列が存在すること、核に局在することから、転写制御因子であることが予想されていた。p8は膵臓において急性膵炎時や再生・発生過程で発現しているが、他の多くの臓器においても発現が確認され、膵臓特異的な因子ではないことがわかっていた。しかしながらp8遺伝子は哺乳類で上述のような研究があるのみであり、哺乳類はもとよりそれ以外の種でも、発生過程における詳細な発現パターンやその機能は報告されていなかった。

 五十嵐氏はこのp8遺伝子をツメガエル胚から以下のような方法でクローニングした。ツメガエル胚の予定外胚葉域であるアニマルキャップの解離細胞を、内胚葉を誘導する条件でアクチビン処理して再集合させ、再集合体のcDNAから哺乳類p8と高い相同性をもつ遺伝子断片を単離した。その断片をもとに3日目胚のcDNA libraryからPCRを用いて全長をクローニングし、Xp8と名付けた。全塩基配列を決定し、Xp8は82アミノ酸をコードする677bpの短い遺伝子で、bHTHモチーフをもつことを示した。この新規にクローニングされたXp8遺伝子のアミノ酸配列の比較において、ツメガエルと哺乳類では約40%の相同性しか示さないが、bHTH領域内は非常によく保存されており、75%の相同性をもつことを示した。

 次にこの遺伝子の性質を調べるために、mRNAを微量注入してアニマルキャップの細胞に蛍光タンパク質EGFPとXp8の融合タンパク質を強制発現させ、蛍光顕微鏡による観察を行い、Xp8タンパク質は哺乳類のp8と同様に核に局在することを示した。このことはXp8が細胞質から核内に移行していることを初めて示したことになる。更にXp8 mRNAの発現パターンを調べた。RT-PCR解析を行い、Xp8の発現は原腸陥入期より始まり、その後幼生期になっても続くことを示した。stage 10.25の胚からanimal,vegetal,dorsal,ventral領域を切り出してRT-PCRを行い、vegetalにおける発現は比較的が弱いが、他の領域間ではほとんど差がないことを示した。またこのとき、各領域を単独培養してRT-PCRを行い、それぞれの外植体において胚葉間の相互作用なしにXp8の発現が上昇してくることを明らかにした。次に全長をプローブとしてwhole-mount in situ hybridizationを行ない、Xp8の空間的発現パターンを調べた。Xp8の発現は神経胚期から予定神経領域で始まり、幼生期になると中枢神経と脳神経で発現していることを示した。特に脳のdorsal topとventrolateral領域、脳から伸びる三叉神経(第5脳神経)と内耳神経(第8脳神経)、鼻原基、後交連や松果体の位置で強く発現していることを明らかにした。一方、Xp8の機能を調べるためにXp8 mRNAを微量注入して過剰発現させたが、特徴的な表現型を得ることはできなかった。しかし、Xp8モルフォリノオリゴヌクレオチドを注入してXp8の機能阻害を試みたところ、外形上はstage 42まではほぼ正常に発生するが、stage 46では腎臓形成に関係すると考えられる浮腫や、腸の巻きの遅滞が起こることをを観察した。Stage 40-46の内胚葉でXp8 mRNAが発現していることをRT-PCRで確認しており、Xp8の機能阻害によって腸の形成不全が引き起こされることを示した。

 上記のように五十嵐氏は哺乳類以外では初めてツメガエルでXp8遺伝子の全長をクローニングし、この遺伝子が細胞質から核へ移行すること、また初期発生では中枢神経形成部位で強い発現を示すことや、阻害実験では腸管形成に関与することなどを明らかにした。

 なお、本論文は黒田裕樹、高橋秀治、浅島誠との共同研究であるが、論文提出者が主体となって全般的に遺伝子のクローニング、分析、及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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