学位論文要旨



No 116951
著者(漢字) 伊藤,篤子
著者(英字)
著者(カナ) イトウ,アツコ
標題(和) サケ科魚類における精子運動開始機構を制御するタンパク質リン酸化に関する研究
標題(洋) Studies on Protein Phosphorylation Regulating the Initiation of Sperm Motility in Salmonid Fishes
報告番号 116951
報告番号 甲16951
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4214号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森沢,正昭
 東京大学 教授 神谷,律
 東京大学 助教授 奥野,誠
 獨協医科大学 助教授 大竹,英樹
 東京大学総合文化 助教授 上村,慎治
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

 精子鞭毛運動の調節機構にサイクリックAMP(cAMP)依存性蛋白質キナーゼ(PKA)による特定の蛋白質のリン酸化が重要な役割を果たすことはよく知られている(5)。その中でニジマスやシロサケなど、サケ科魚類においては、細胞外のカリウムイオン(K+)の減少が最初の引き金となり、それに続いてcAMPの合成酵素であるadenylyl cyclaseが活性化され、細胞内のcAMP量が上昇してPKAが活性化され、活性化されたPKAによって蛋白質がリン酸化され、精子の鞭毛運動が開始されるという細胞内情報伝達の概略が明らかにされている(5)。更に、精子運動に関与するcAMP依存的にリン酸化される蛋白質として、分子量約22kDaの外腕ダイニンの軽鎖(3)、分子量約48kDaのPKAの調節サブユニット(2)、そして精子運動開始機構における分子量15,000のチロシン残基がリン酸化される15kDa蛋白質(1)が報告されている。また、ダイニン軽鎖のリン酸化の調節には、cAMPだけでなくプロテアソームが関与しているという報告もある(2)。しかし、それぞれの蛋白質の具体的構造は未知で、これらがPKAによって直接調節されているのか、あるいは間接的に調節されているのか、また、精子運動開始の情報伝達系のどこに位置するのかなど、不明な点が多い。そこで本研究では、サケ科魚類精子運動開始の情報伝達機構の詳細な解明を目的として、まずcAMP依存的なリン酸化蛋白質の網羅的な検索を行い、更に、cAMP依存的なリン酸化を引き起こすPKA、cAMP依存的に上昇するリン酸化蛋白質のうち、構造が未知である15kDa蛋白質、について解析した。

第1部 cAMP依存性リン酸化蛋白質群の同定

 TritonX-100で精子細胞膜を除いたモデル精子の再活性化にはcAMPが必須であることが知られている(4)。そこで、第1部ではこの除膜モデル精子の再活性化に関連するcAMP依存的な鞭毛のリン酸化蛋白質の検出を試みた。これまで、蛋白質の可溶化にはSDSが用いられてきたが、SDSが精子頭部のDNAを溶出し、溶液の粘性が非常に高くなり、蛋白質の収率と実験処理に困難があった。そこで、精子鞭毛の可溶化に尿素溶液を用いたところ、頭部を残して鞭毛全体が速やかに可溶化され、頭部を遠心分離操作によって簡便に取り除けるうえ、鞭毛蛋白質を収率よく回収することができるようになった。この方法を用い、現在までに報告されている22kDa外腕ダイニン軽鎖(3)、48kDaPKA調節サブユニット(2)、分子量15kDa蛋白質(1)に加えて、分子量28kDa、33kDa、41kDa、63kDa、83kDaの5つの新規のcAMP依存性リン酸化蛋白質を検出することができた。これらの蛋白質の精子運動開始における関与について調べるため、精子をK+を含まない溶液中であらかじめ運動させたあとに、除膜操作を行い、この除膜モデル精子にcAMP存在下で[γ-32P]ATPを加えて再活性化させると、既報の3蛋白質と新規の5蛋白質の32Pの結合は明らかに減少した。このことはin vivoでの運動によってリン酸化された蛋白質では、除膜後に新たに32Pを加えても32Pが結合しない、あるいは結合効率がおちるためである。よって上に挙げた8つのcAMP依存的なリン酸化蛋白質は、いずれも精子運動開始機構に関与するリン酸化蛋白質であることが明らかとなった。またH-89やPKAI(PKAの合成ペプチド阻害剤)などPKAに特異的な阻害剤を加えると、除膜精子の運動開始および8つの蛋白質のリン酸化が阻害されることから、これらの蛋白質のリン酸化がPKAによる調節を受けていること、即ち、PKAが運動開始情報伝達機構に必須であることをが裏付けられた。更に、5つの新規の蛋白質のうち28kDa、33kDa、41kDaの3つの蛋白質は外腕ダイニン軽鎖とPKA調節サブユニットが鞭毛軸糸から抽出してくる条件である0.6M NaCl溶液で抽出することができないことから、この3つの蛋白質は鞭毛外腕ダイニン軽鎖に結合あるいは接触している因子ではないと考えられる。

 一方、22kDa外腕ダイニン軽鎖のリン酸化が、種々のプロテアソーム合成基質によって阻害されることから、この蛋白質のリン酸化がcAMPばかりでなくプロテアソームによっても制御されていると考えられていた(2)。また、プロテアソーム合成基質によってPKAの活性は著しく阻害され、かつ48kDaPKA調節サブユニットはプロテアソームによって分解されない(2)。以上からプロテアソームがPKAの未知の活性制御因子を分解して下流の蛋白質リン酸化を制御していると考えられる。そこで、上記のcAMP依存的にリン酸化される蛋白質に対してプロテアソーム合成基質を加えたところ、すべての蛋白質でリン酸化が阻害された。この結果から、cAMP依存性リン酸化蛋白質は外腕ダイニン軽鎖と同じく、PKAの下流でプロテアソームとcAMPの両方によって調節を受けていることが示唆された。

第2部 ニジマス精子におけるPKA触媒サブユニットの単離とその性質

 PKAが精子運動開始に必須であることは第1部での研究で明らかである。そこで、第2部ではニジマス精子のPKAを単離し、その作用機序を調べた。まず、ホヤ精巣から得られているPKA触媒サブユニットのcDNAをプローブとし、ニジマス精巣cDNAライブラリーを作成し、それを用いてニジマス精巣のPKA触媒サブユニットのcDNAをクローニングすることに成功した。精巣PKA触媒サブユニットのcDNAは、全長1324塩基からなり、cDNA配列から予想されるアミノ酸残基は352、等電点は9.3、分子量約41kDaと推定された。予測されたアミノ酸配列を既に報告されている様々動物の組織に由来するPKA触媒サブユニットと比較したところ、相同性が80-87%と種間、組織間で非常によく保存されていることが明らかとなった。しかし、ニジマスでは、N末端とC末端に特異的な配列が見らた。そこで、この特異的な配列を持つmRNAがニジマス組織内で発現しているかについて調べるため、各組織より調整した全RNAを鋳型として、アミノ酸末端の特異的な配列に相当するプライマーを用いてRT-PCRを行ったところ、特異的C末端配列を持つmRNAはニジマスのどの組織でも発現していたが、特異的N末端配列を持つmRNAは精巣でのみ発現していた。

 更に、この特異的に発現するPKA触媒サブユニットが精子にあるかについて調べるため、得られた塩基配列を元に大腸菌で融合蛋白質を発現させ、この融合蛋白質を抗原としてポリクローナル抗体を作成し、免疫蛍光抗体法によりニジマス精子における精巣由来のPKA触媒サブユニットの局在を観察した。その結果、このPKAは精子鞭毛全体に存在していることが確認された。

 また、ニジマス精子鞭毛軸糸から様々な溶液を用いてPKA触媒サブユニットの抽出を行ったところ、除膜に用いられるTritonX-100、外腕ダイニン軽鎖の抽出条件の0.6M KCl、内腕ダイニンや他の構成成分を抽出するTris-EDTAのいずれの溶液でも抽出することができた。しかし、いずれの溶液でも完全に鞭毛から抽出することはできなかった。このことは、ニジマス精子で発現していると考えられるPKA触媒サブユニットの末端部分が、普遍的に報告されているものとは異なることに関係していることが考えられる。

第3部 シロサケ精子における15kDa蛋白質の可溶化とその性質

 リン酸化蛋白質群の中で、分子量約15kDaのチロシン残基がリン酸化される15kDa蛋白質は、リン酸化の経時的な変化が鞭毛運動の開始に匹敵する早さで起こること、cAMPによりリン酸化されるが、それがチロシンキナーゼに関与する間接的なcAMP依存性リン酸化であると考えられることなどから、運動調節機構の比較的下流に位置している興味深い精子運動開始の鍵となる蛋白質であると考えられている(1,)。しかし、その局在が鞭毛基部に強固に結合している可能性などから安定した可溶化法が確立されておらず、十分な解析には至っていない。そこで、本研究では、15kDa蛋白質の安定した可溶化方法の確立し、その構造の解析をおこなった。

 まず、除膜した精子からの鞭毛軸糸の分離を、従来使われてきたテフロン製のDounce型ホモジナイザーでなく、POLYTRON型ホモジナイザーを用いて行い、回収してきた鞭毛を高イオン強度の条件下、2M NaClで処理をして15kDa蛋白質を抽出することに成功した。しかしながら、この方法で回収できる蛋白質量は非常に少なく、また、塩濃度を下げると更に回収効率が落ちるため、構造解析を行うのに必要な量を得ることができなかった。そこで、15kDa蛋白質の収量が少ない理由として、この蛋白質の疎水性が非常に高く、このことが可溶化を困難にしていること、また、鞭毛と頭部を分ける操作の際に鞭毛基部が頭部側に残り鞭毛基部に存在している15kDa蛋白質を完全に回収できないことが考えられた。そこで第1部で用いた尿素溶液で、頭部と鞭毛を分けることなく精子を処理したところ、15kDa蛋白質を安定して可溶化することができた。さらに尿素溶液で抽出した蛋白質を、密度勾配等電点電気泳動カラムクロマトグラフィーとTricine SDS-PAGEを用いて分離したところ、約pH5付近に抗リン酸化チロシン抗体に交差する15kDa蛋白質を明確に検出することができた。更に、CBB染色で15kDa蛋白質の存在を確認することができたため、構造解析に進むための十分な量が得られたと考えた。そこで、この15kDa蛋白質のバンドをゲルから溶出し、逆相カラムクロマトグラフィーで分離後、アミノ酸配列を調べたところ、N末端からHis-Ile-Pheの部分アミノ酸配列を得ることができた。しかし、クロマトチャートなどから得られた15kDa蛋白質は量的には配列解析に十分であるにもかかわらず、N末端から4つ目以降のアミノ酸を読みとることができなかった。このことは、糖などの何らかの修飾がシークエンス反応を阻害しているからであると考えられる。

 次に、15kDa蛋白質を[γ-32P]ATPを用いてリン酸化標識し、オートラジオグラフィーで検出する際、その標識量が非常にわずかであることから、この蛋白質に脱リン酸化反応が起こっている可能性が考えられた。そこで、リン酸化検出の際の再活性化溶液及び2M NaClの抽出液にセリン/スレオニンフォスファターゼ阻害剤であるオカダ酸またはチロシンフォスファターゼ阻害剤であるヴァナジン酸を加えたところ、いずれの場合も15kDa蛋白質のリン酸化の検出効率が上昇した。このことは15kDa蛋白質のリン酸化調節機構にフォスファターゼが関与すること、特にヴァナジン酸の阻害効果が顕著に見られることから、チロシンフォスファターゼが関与していることが強く示唆された。

まとめ

 本研究ではサケ科魚類精子運動開始を支配する細胞内伝達機構に関与するcAMP依存性リン酸化酵素、及びこの酵素によってリン酸化される蛋白質群の同定とそれらの性質について、遺伝子レベル、蛋白質レベルでの研究を行った。

 第1部では、精子運動開始に関与していると既に考えられていた唯一の蛋白質である15kDa蛋白質に加え、精子運動に関与すると考えられていた22kDa外腕ダイニン軽鎖、48kDaPKA調節サブユニット、更に新規に見いだされた28kDa、33kDa、41kDa、63kDa、83kDa蛋白質の合計8個の蛋白質におけるリン酸化が精子運動開始に重要な役割を担っていることが明らかとなった。更に、これらの8個の蛋白質のリン酸化が、プロテアソームによって調節を受けていることも明らかになり、PKAの活性化は、プロテアソームによるPKA抑制因子の分解(2)、及びPKAへの直接的なcAMPの結合の2つの反応によって調節を受け、精子運動開始に関与する蛋白質のリン酸化を制御していることが考えられた。以上から、PKA及びプロテアソームによる調節を伴う直接、あるいは間接的な複数の蛋白質のcAMP依存的なリン酸化反応が網目の様に張り巡らされ、精子の運動開始情報伝達機構を支配していることが示唆された。

 第2部では、蛋白質リン酸化反応の中心を担うPKA触媒サブユニットについて、その遺伝子をニジマス精巣cDNAライブラリーからクローニングし、その遺伝子配列の解析により、特異的N末端部分を持ち、精子の鞭毛全体に存在しているPKAを同定することができた。ヒツジ精子では同様に、特定のN末端を形成する精子に特徴的なPKAがあることが報告されている(6)。このPKAは通常のPKAにはない他の鞭毛構成成分に対する結合性を有しており、従って、PKAの基質を効率よくとらえ、リン酸化を効率よく行うことにより、運動という特徴的な機能に役割を果たしていると推測されている(6)。従って、サケ科魚類精子運動開始という、早い、そしてエネルギーを要する機能において、同様なPKAが関与していることは充分に考えられる。

 第3部では、これまで鞭毛基部に強固に結合してるため、抽出が困難であると考えられていた15kDa蛋白質について、疎水性が非常に高いことを明らかにし、尿素を用いてこの高い疎水性をうち消し、15kDa蛋白質を可溶化することに成功した。更に、アミノ酸の配列の解析を行い、15kDa蛋白質のアミノ酸部分配列を明らかにした。この蛋白質のリン酸化される残基がチロシン残基であることから、15kDa蛋白質のリン酸化調節はチロシンキナーゼが行っていると思われる(1)。従って、セリン/スレオニンキナーゼであるPKAは、チロシンキナーゼをその上流で調節することによって、結果として15kDa蛋白質をcAMP依存的なリン酸化に導いていると考えられる。また、新たに15kDa蛋白質のリン酸化は、チロシンフォスファターゼによって調節されていることも明らかとなり、サケ科魚類における精子の運動開始情報伝達のスイッチのオン/オフにリン酸化−脱リン酸化の反応が重要であることも示唆された。

参考文献

1.Hayashi, H., Yamamoto, K., Yonekawa, H. and Morisawa, M.(1987)J. Biol. Chem. 262, 16692-16698.

2.Inaba, K., Morisawa, S. and Morisawa, M.(1998)J. Cell Sci. 111,1105-1115.

3.Inaba, K., Kagami, O. and Ogawa, K.(1999)Biochem. Biophys. Res. Commun. 256, 177-183.

4.Morisawa, M. and Okuno, M.(1982)Nature 295, 703-704.

5.Morisawa, M.(1994)Zool. Sci. 11, 647-662.

6.San Augustin, J. T., Wilkerson, C.G. and Witman, G.B.(2000)Mol. Biol. Cell 11, 3031-3044.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は3章からなり、サケ科魚類精子運動開始の情報伝達機構の解明を目的として第1部では、精子運動開始に関与するcAMP依存的リン酸化蛋白質の検索、第2部ではcAMP依存的タンパク質燐酸化酵素(protein kinase A:PKA)の構造を決定、第3部ではcAMP依存的に上昇するリン酸化蛋白質のうち分子量15,000のタンパク質(15kDa蛋白質)の解析を行った。

 サケ科魚類精子は実験的にはK+の有無で運動性を制御できる利点を持ち、精子運動制御の細胞内情報伝達機構を解明する上で最適な研究材料である。更に、サケ科魚類精子運動開始にはcAMPが不可欠であることが知られている。第1部では、尿素溶液を用いた新しい効果的な精子鞭毛の可溶化法を開発し、精子鞭毛蛋白質を収率よく回収し、分子量から外腕ダイニン軽鎖と同定された22kDaタンパク質、PKA調節サブユニットと同定された48kDaタンパク質、精子運動開始に中心的な役割を果たしていると考えられてきた分子量15kDa蛋白質に加えて、28kDa、33kDa、41kDa、63kDa、83kDaの5つの新規のcAMP依存性リン酸化蛋白質が精子運動開始機構に関与することを明らかにした。また、精子運動性及びこれら8つの蛋白質のリン酸化がPKA阻害試薬及びプロテアソーム合成基質により阻害されることから、精子運動開始がPKA及びプロテアソームにより調節を受けていることが明らかとなった。更に、28kDa、33kDa、41kDa蛋白質は外腕ダイニン軽鎖とPKA調節サブユニットを抽出する0.6M NaCl溶液で抽出することができないことから、鞭毛外腕ダイニン軽鎖に結合あるいは接触していない因子であると考えられた。

 第2部では精子運動開始に必須であるPKAについて既知のホヤ精巣PKA触媒サブユニットのcDNAをプローブとし、ニジマス精巣cDNAライブラリーを作成し、全長1324塩基、予想アミノ酸残基352、等電点9.3、分子量約41kDaと推定されるニジマス精巣のPKA触媒サブユニットのcDNAをクローニングすることに成功した。精巣PKA触媒サブユニットのcDNAの予測アミノ酸配列は既知のPKA触媒サブユニットとの相同性が80-87%で種間、組織間で非常によく保存されていた。しかし、ニジマスPKA触媒サブユニットは、N末端とC末端に特異的な配列が見られた。また、RT-PCRを行い調べたところ、特異的C末端配列を持つmRNAはニジマスのどの組織でも発現していたが、特異的N末端配列を持つmRNAは精巣でのみ発現していた。更に得られた塩基配列を元に大腸菌で発現させた融合蛋白質を抗原としてポリクローナル抗体を作成し、免疫蛍光抗体法により調べたところ、このPKAは精子鞭毛全体に存在していることが確認された。

 第3部では、運動調節機構の比較的下流に位置し精子運動開始の鍵となる蛋白質である15kDa蛋白質は疎水性が非常に高いため可溶化が困難であると考え、また、鞭毛と頭部を分ける操作の際に鞭毛基部が頭部側に残り鞭毛基部に存在している構造を完全に回収できないと考え、除膜精子の全鞭毛軸糸をPOLYTRON型ホモジナイザーを用いて行い回収し、尿素溶液で、頭部と鞭毛を分けることなく精子を処理し、15kDa蛋白質を安定して可溶化することに成功した。さらに尿素溶液で抽出した蛋白質を、密度勾配等電点電気泳動カラムクロマトグラフィーとTricine SDS-PAGEを用い、構造解析に進むための十分な量を分離することができた。この15kDa蛋白質を、逆相カラムクロマトグラフィーで分離後、アミノ酸配列を調べ、N-末端からHis-Ile-Pheの部分アミノ酸配列を得ることができた。しかし、修飾によるシークエンス反応阻害により以降のアミノ酸を読みとることができなかった。更に、チロシンフォスファターゼ阻害剤が15kDa蛋白質のリン酸化の検出効率を上昇させた。このことから15kDa蛋白質のリン酸化調節機構にチロシンフォスファターゼによる脱燐酸化反応が関与していることが強く示唆された。

 以上から、サケ科魚類精子運動開始機構においては、N末端が特徴的なPKA触媒サブユニットを持つPKA及びプロテアソームが関与していることが明らかとなった。更に、それらの下流で起こる22kDa外腕ダイニン軽鎖、

48kDaPKA調節サブユニット、新規に見いだされた28kDa、33kDa、41kDa、63kDa、83kDa蛋白質、鞭毛基部に強固に結合し抽出が困難であり精子運動開始の鍵蛋白質であると考えられてきた15kDa蛋白質の合計8個の蛋白質におけるリン酸化及び脱燐酸化が精子運動開始機構に重要な役割を担っていることも明らかとなった。

UTokyo Repositoryリンク