No | 116953 | |
著者(漢字) | 岩瀬,政行 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | イワセ,マサユキ | |
標題(和) | 出芽酵母の細胞質分裂関連遺伝子の機能に関する研究 | |
標題(洋) | Analysis of genes involved in cytokinesis of Saccharomyces cerevisiae | |
報告番号 | 116953 | |
報告番号 | 甲16953 | |
学位授与日 | 2002.03.29 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第4216号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 生物科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | セプチン遺伝子SHS1/SEP7とセプチン複合体との関係解析 序: 細胞が増殖するためには細胞質分裂が必須である。その細胞質分裂において中心的な働きをしているのがセプチンである。出芽酵母では、セプチンは細胞質分裂の他に出芽位置の決定、M期サイクリン依存的芽の極性成長の変換に機能していることが知られている(図1)。出芽酵母のセプチンはCDC3、CDC10、CDC11、CDC12、SPR3、SPR28、SHS1/SEP7の7遺伝子にコードされ、このうちSPR3、SPR28は胞子形成条件でのみ発現していて通常は発現していない。セプチンはお互い同士で複合体を形成していて、さらにその複合体が重合して繊維状構造をとって、細胞質分裂面バッドネックに局在していると考えられている。近年、セプチンは様々な生物において「セプチン」としての解析は進んできているが、個々のセプチンの解析、およびセプチン同士の関係解析はほとんど行なわれていない。また、出芽酵母において一番最後にゲノムプロジェクトによりその存在が明らかとなったSHS1に関してはバッドネックに局在するということ以外は何も情報がなかった。 私は博士過程において、Shs1がどのように「セプチン」として機能しているのか知るために、SHS1と他のセプチン遺伝子との遺伝学的関係を調べることにより解析を行なった。 結果と考察: 1、SHS1破壊株における他のセプチンの局在 Cdc3、Cdc10、Cdc11、Cdc12はお互い同士依存してバッドネックに局在していることが知られている。セプチン変異株においてセプチンがバッドネックにない制限温度では細胞質分裂ができないため、細胞は増殖できない。Δshs1株は制限温度において細胞質分裂ができず増殖できないが、この時セプチンリングはバッドネックに観察された(図2)。注目すべき点は、セプチンリングがバッドネックに形成されているにも関わらずΔshs1株は細胞質分裂に異常をきたし増殖できないことである。Shs1は通常の細胞においてはセプチン複合体の形成、配列には機能してないが、バッドネックにセプチン複合体が作られた後にセプチン複合体の機能化に働いているセプチンであることが分かった。 2、CDC10とSHS1の関係 SHS1が具体的にどの様に他のセプチンと関わって機能しているのかを調べるために掛け合わせ実験を行なった。Δcdc10株は許容温度ならセプチンリングはバッドネックに形成され、細胞は増殖することができる。しかし、Δcdc10Δshs1株はΔcdc10株の許容温度でも致死性を示し(図3A)、また、セプチンリングは形成されず(図3B)、そのために増殖できないことが分かった。この結果から、Cdc10が存在しないセプチン複合体においては、Shs1はセプチン複合体の形成、配列にも必要であることが分かった。 3、CDC11とSHS1との関係 次にCDC11との関係を調べた。Δcdc11株においてSHS1を破壊すると、Δcdc11株の高温感受性を部分的に相補することができた(図4A)。この時、セプチンリングはバッドネック付近に形成されるようになっていた(図4B)。また、Δcdc11株においてShs1を過剰発現すると致死となることから、Cdc11が存在しないセプチン複合体においては、Shs1の存在はセプチン複合体の形成を阻害し、そのためにShs1がないと増殖が可能になる思われる。 4、shs1変異株の単離 Shs1がどの様にセプチン複合体において働いているのかさらに具体的に調べるためにShs1とCdc12の結合に注目した。Shs1はセプチンの中ではCdc12とtwo-hybrid結合において非常に強く結合する。そこで、Cdc12と結合できないshs1株を取得し、その表現型を調べることでShs1がどのように機能しているのか知ろうとした。まず、Shs1のどの領域がCdc12と結合しているのか調べたところ、全長以外はいずれの領域のShs1も全長のCdc12と結合できなかった(図5)。これは結合領域が複数あるのか、あるいは構造的に全長でないと結合できないためであると考えられる。そこで、ゲノム上のSHS1のC末端100bp欠けた株(図5最下段)を作り、shs1-100c株と名付け、その表現型を調べた。 5、shs1-100cの表現型 shs1-100c株は調べた結果、野生型株となんら変わる表現型を示さず、局在も野生型のShs1同様にバッドネックだった(図6)。これらのことから、shs1-100c変異によるShs1の機能的欠損はCdc12と結合できないことだけであると考られ、次にΔcdc10、Δcdc11株との掛け合わせ実験を行ない関係を調べた。その結果、Δcdc10shs1-100c株はΔcdc10Δshs1株同様に合成致死性を示し、Δcdc11shs1-100c株はΔcdc11Δshs1株同様にΔcdc11株の高温感受性を相補した。以上の結果から、Shs1はCdc12と結合することによりセプチン複合体に対して機能していると考えられる。 まとめとShs1の機能の考察: SHS1は通常条件ではセプチン複合体の形成、配列には必要ないが、セプチン複合体の機能化に必要であることが分かった。しかし、Δcdc10株ではセプチン複合体の形成、配列にも必要で、逆にΔcdc11株ではセプチンの配列を阻害してることを発見した。これらの結果から、Shs1はセプチン複合体の状態によりセプチン複合体に対する機能を変えていくことが考えられる。その機能はCdc12と結合することで行なわれていると思われる(図7)。 図1、セプチンの局在と変異株の表現型 セプチンの一つであるCdc3の細胞内における局在は細胞質分裂面バッドネックで、その変異株は制限温度下で細胞質分裂できなくつながった多核の細胞になり、芽は異常に伸長し、出芽パターンはランダムとなる。 図2、Δshs1株において他のセプチンはバッドネック局在している Δshs1株を制限温度である20℃で6時間培養した細胞において他のセプチンの局在を観察した。他のセプチンはいずれもつながった細胞の一番外側のバッドネックに局在することができた。セプチンがつながった細胞の一番外側のバッドネックにしか局在していないのは、細胞周期の進行に伴い内側のバッドネックからは既に分解、移動してしまったためであると考えられ、Shs1はセプチンの分解、移動には機能していないことも分かった。 図3、Δcdc10Δshs1株は合成致死性を示す (A)Δcdc10株にGAL1プロモーター下で発現するように作ったCDC10のプラスミドを導入した株とΔshs1株とを掛け合わせた二倍体株をガラクトース培地において四分子解析し、得られた分離体をそれぞれガラクトース培地、グルコース培地に塗った。その結果、Δcdc10Δshs1株はグルコース培地において増殖することができなかった。(B)(A)で得られたΔcdc10Δshs1株にGAL1-CDC10のプラスミドを導入した株をガラクトース培地で培養し(a)、その後グルコース培地で8時間培養し、セプチン(Cdc12-GFP)の局在を観察した(b,c)。ガラクトース培地ではCdc12はバッドネックに局在が見られたが、グルコース培地に移すことで局在がなくなった。 図4、Δcdc11株ではShs1は阻害的に働く (A)Δcdc11株とΔshs1株とを掛け合わせた二倍体株を四分子解析し、その分離体を25℃、30℃のプレートに塗った。30℃において、Δcdc11株は増殖できないのに対して、Δcdc11Δshs1株は増殖することができた。(B)30℃におけるセプチン(Cdc12-GFP)の局在を観察した。Δcdc11株ではCdc12はほとんど観察されなかったが、Δcdc11Δshs1株ではバッドネックの周辺にCdc12の局在が見られた。この時、Cdc12は内側のバッドネックに残ったままであることからCdc11はセプチンの分解、移動に必要であることも分かった。 図5、Cdc12と結合するShs1の領域の探索 Shs1の様々な領域と全長のCdc12との結合をtwo-hybrid法において調べたが、Shs1の全長以外は結合しなかった。 図6、shs1-100cの局在 shs1-100cにGFPを融合し、その局在を観察した。shs1-100c-GFPは野生型のShs1同様にバッドネックに局在していた。 図7、セプチン複合体のモデル図 Δshs1株では制限温度下においてセプチン複合体をバッドネックに形成することはできるが、Shs1がないと機能的なセプチン複合体ではなく細胞質分裂できない(上段真ん中)。Δcdc10株ではShs1がCdc12と結合しないだけでセプチン複合体は形成されず、細胞質分裂できず増殖することはできない(中段)。Δcdc11株ではShs1はセプチン複合体の形成に阻害的に働くが、バッドネックに存在していてもCdc12と結合していなければ、セプチン複合体を維持することができ、部分的に細胞質分裂できて増殖することができる(下段)。 | |
審査要旨 | 本論文は4章からなり、第1章では本論文の出発点となったSHS1遺伝子を取得した経緯を述べ、第2章では、SHS1遺伝子について詳しい機能解析を行い、第3章では、SHS1遺伝子相互作用する遺伝子として分離したNIS1遺伝子の解析を行い、第4章ではNIS1と相互作用する遺伝子として分離したREI1遺伝子の機能解析について述べている。これらの因子はいずれも出芽酵母の細胞質分裂に関わり、本論文ではこれらの働きのモデルを提案している。以下に論文の内容を説明する。 第一部(第1章、第2章、第3章)セプチン遺伝子SHS1とセプチン複合体との関係解析およびSHS1と相互作用する遺伝子 1-1、SHS1破壊株における他のセプチンの局在 Cdc3、Cdc10、Cdc11、Cdc12はお互い同士依存してバッドネックに局在していることが知られている。セプチン変異株においてセプチンがバッドネックにない制限温度では細胞質分裂ができないため、細胞は増殖できない。Δshs1株は制限温度において細胞質分裂ができず増殖できないが、この時セプチンリングはバッドネックに観察された。注目すべき点は、セプチンリングがバッドネックに形成されているにも関わらずΔshs1株は細胞質分裂に異常をきたし増殖できないことである。Shs1は通常の細胞においてはセプチン複合体の形成、配列には機能してないが、バッドネックにセプチン複合体が作られた後にセプチン複合体の機能化に働いているセプチンであることが分かった。 1-2、CDC10とSHS1の関係 SHS1が具体的にどの様に他のセプチンと関わって機能しているのかを調べるために掛け合わせ実験を行なった。Δcdc10株は許容温度ならセプチンリングはバッドネックに形成され、細胞は増殖することができる。しかし、Δcdc10Δshs1株はΔcdc10株の許容温度でも致死性を示し、また、セプチンリングは形成されず、そのために増殖できないことが分かった。この結果から、Cdc10が存在しないセプチン複合体においては、Shs1はセプチン複合体の形成、配列にも必要であることが分かった。 1-3、CDC11とSHS1との関係 次にCDC11との関係を調べた。Δcdc11株においてSHS1を破壊すると、Δcdc11株の高温感受性を部分的に相補することができた。この時、セプチンリングはバッドネック付近に形成されるようになっていた。また、Δcdc11株においてShs1を過剰発現すると致死となることから、Cdc11が存在しないセプチン複合体においては、Shs1の存在はセプチン複合体の形成を阻害し、そのためにShs1がないと増殖が可能になる思われる。 1-4、shs1変異株の単離 Shs1がどの様にセプチン複合体において働いているのかさらに具体的に調べるためにShs1とCdc12の結合に注目した。Shs1はセプチンの中ではCdc12とtwo-hybrid結合において非常に強く結合する。そこで、Cdc12と結合できないshs1株を取得し、その表現型を調べることでShs1がどのように機能しているのか知ろうとした。まず、Shs1のどの領域がCdc12と結合しているのか調べたところ、全長以外はいずれの領域のShs1も全長のCdc12と結合できなかっ。これは結合領域が複数あるのか、あるいは構造的に全長でないと結合できないためであると考えられる。そこで、ゲノム上のSHS1のC末端100bp欠けた株を作り、shs1-100c株と名付け、その表現型を調べた。 1-5、shs1-100cの表現型 shs1-100c株は調べた結果、野生型株となんら変わる表現型を示さず、局在も野生型のShs1同様にバッドネックだった(図6)。これらのことから、shs1-100c変異によるShs1の機能的欠損はCdc12と結合できないことだけであると考られ、次にΔcdc10、Δcdc11株との掛け合わせ実験を行ない関係を調べた。その結果、Δcdc10shs1-100c株はΔcdc10Δshs1株同様に合成致死性を示し、Δcdc11shs1-100c株はΔcdc11Δshs1株同様にΔcdc11株の高温感受性を相補した。以上の結果から、Shs1はCdc12と結合することによりセプチン複合体に対して機能していると考えられる。 第二部(第4章)、Rei1の機能解析、及びmitotic signaling networkの研究 2-1、rei1の表現型 Ybr267wはNis1をbaitにしたtwo-hybridスクリーニングで単離された。このスクリーニングにおいて、同時にmitotic signaling networkの構成員であるNap1も単離された。このことからRei1はNap1、セプチンが含まれる経路において機能しているのではないかと考え、Δrei1株とΔnap1株との掛け合わせ実験を行ない、その表現型を調べた。REI1単独の遺伝子破壊株は形態的な欠損は見られなかったが、Δnap1Δrei1株はΔnap1株よりもさらに芽が伸長した株となった。同様の表現型がΔcla4Δrei1株、Δgin4Δrei1株でも見られた。これらの株の伸長した芽は、さらにSWE1を破壊することで相補された。以上の結果からRei1もmitotic signaling networkの構成員の一つであると考えられた。 2-2、Gin4キナーゼ活性の測定 mitotic signaling networkにおけるRei1の位置付けを行なうため、Gin4キナーゼの活性を測定した。Gin4よりも上流に位置付けされているNAP1の破壊株ではGin4キナーゼ活性は既に報告があるように低下していたが、Δrei1株、Δrei1Δnap1株では野生型株並みの活性が測定された。興味深いことにΔnap1株よりも極性成長に異常が見られるΔnap1Δrei1株では、Δnap1により低下した活性がREI1を破壊することで回復していた。この結果から、Rei1はGin4キナーゼのインヒビターになっていると考えられ、また、Gin4キナーゼの活性は芽の極性成長の変換には必要無いのではないかという疑問が生じ次の実験を行なった。 2-3、Gin4K48Aの表現型 キナーゼ不活性型のGin4K48Aを作成し、Gin4キナーゼ活性が芽の極性成長の変換に本当に必要であるかどうか調べてみた。その結果、Gin4K48Aはキナーゼ不活性型であるにも関わらずΔgin4により引き起こされる極性成長の変換の異常を相補することができた。この結果から、Gin4のキナーゼ活性は芽の極性成長の変換には必要無いことが分かった。 2-4、mitotic signaling networkの構成員同士の二重破壊株の表現型 mitotic signaling networkの構成員は遺伝子破壊株が相加的な表現型を示すものが報告されているが、Δnap1Δshs1株の表現型も同様であった。これはmitotic signaling networkが直線的な経路ではないことの裏付けの一つになると思われる。 以上のように本論文は出芽酵母の新奇の細胞質分裂関連遺伝子を同定しその機能解析を行い、従来の細胞分裂ネットワークのモデルを改訂した。公表された論文は共著であるが、実験計画の立案と執行は申請者によるものであり、共同研究者はアドバイザーである。以上の評価に基ずき、本研究は博士(理学)の学位に十分値するものであることが、審査委員全員の一致により認められた。 | |
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