学位論文要旨



No 116955
著者(漢字) 掛田,実
著者(英字)
著者(カナ) カケダ,ミノル
標題(和) 脊椎動物の血球細胞発生におけるトロンボポイエチン/C−MPLの役割についての分子生物学的研究
標題(洋) A MOLECULAR BIOLOGICAL STUDY ON THE ROLE OF THROMBOPOIETIN/C-MPL SYSTEM IN THE DEVELOPMENT OF HEMATOPOIETIC CELLS IN VERTEVERATES
報告番号 116955
報告番号 甲16955
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4218号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 浅島,誠
 東京大学 教授 石浦,章一
 東京大学 教授 久保,健雄
 東京大学 助教授 広野,雅文
 東京大学 助教授 平良,眞規
内容要旨 要旨を表示する

 造血系は、多分化能と自己複製能をもつ造血幹細胞から各細胞系の前駆細胞そして各血球細胞へと分化・増殖して構成される。哺乳類の造血発生は、例えばマウスの場合、胎生7.5日胚体外の卵黄嚢において胚型造血が始まり、その後胎生10.5日胚の背側大動脈・生殖隆起・中腎(AGM)領域から成体型造血幹細胞が発生する。一方、両生類の造血は、例えばツメガエルの場合、腹部血島(VBI)において胚型造血が始まり、その後背側側板(DLP)中胚葉から成体型血球細胞が発生し(Maeno et al. 1985; Turpen et al. 1997、それらの起源は32細胞期の異なる割球に由来することが明らかとなっている(Ciau-Uitz et al., 2000)。また、ツメガエルの発生過程では哺乳類の造血制御転写因子及び造血マーカーホモローグの経時的発現が認められる(Kelley et al. 1994; Turpen et al. 1997)。これらのことは、哺乳類と両生類において類似の造血発生制御機構が働いていることを示唆している。

 トロンボポエチン(TPO)は、巨核球系細胞の増殖・血小板産生制御を行うサイトカインとして1994年に哺乳類において同定された。分子の大きさが約300余アミノ酸(ヒト;353アミノ酸、ラット;326アミノ酸、マウス;356アミノ酸)の糖タンパク質である。(Bartley et al. 1994; de Sauvage et al. 1994; Kaushansky et al. 1994; Lok et al. 1994; Sohma et al. 1994; Kato et al. 1995; Ogami et al. 1995)。TPOは、サイトカイン受容体スーパーファミリーの一員であるc-MPLを受容体とする。また、TPOは造血幹細胞・前駆細胞に作用してそれらの分化・増殖を制御することがヒトおよびマウスにおいて示されたことから(Zeigler et al. 1994; Carver-Moore et al. 1996; Sitnicka et al. 1996)、未分化な血球細胞に作用するサイトカインであることが明らかになってきた。

 一方、発生過程での機能については、TPOおよびc-MPLのノックアウトマウス解析がなされているが、どちらもnull変異体で末梢血中の血小板数が減少する他は顕著な表現形は報告されていない(de Sauverge et al. 1996,; Alexander et al. 1996)。こうしたことから、TPO/c-MPLシグナルの造血細胞の発生過程における機能は明らかにされないままであった。

 発生過程における分子機能解析を考えた場合、ツメガエルは哺乳類では困難な発生メカニズムの解析を行うことができる有用なモデル動物である。例えば、in vitroにおいてツメガエル胞胚予定外胚葉域(アニマルキャップ)由来の外植体中に中胚葉誘導因子により様々な器官形成を誘導することができる(Slack et al. 1988; Ashshima et al. 1990, 1991; Thomsen et al. 1990; Ariizumi et al. 1991; Green et al. 1990; Dale et al. 1992; Jones et al. 1992; Koster et al. 1994)。また、哺乳類と比べて胚操作・遺伝子導入が容易であること、発生速度が速いことなど、迅速な解析が可能であるなどの利点が挙げられる。

 本研究ではツメガエルを用いて血球細胞発生におけるTPO/c-MPLシグナルの役割について解析を行った。その結果、以下の知見を得ることができた。

1)造血に対する増殖因子の影響をin vitroで評価するのに最適なアニマルキャップ血球分化増殖評価系を確立した(図1)。

2)アニマルキャップの血球細胞誘導反応性及び増殖因子に対する応答性は、胞胚期の中でも経時的に異なることが明らかになった。

3)外植体において、外来性のTPOはアクチビン・BMP-4により誘導された赤・白血球の増殖をTPO用量依存的に促進した。

4)TPOによる増殖刺激は、ツメガエルc-MPL様分子により伝達されることが示された。

5)造血制御転写因子および血球細胞マーカー分子の発現解析の結果から、造血誘導時の外植体では胚と同様の分子現象が経時的に誘導されることが示された。

6)胚において、TPOを過剰発現させるとVBIおよびDLP中胚葉における造血が亢進した。これよりTPO/MPLシグナルは造血幹・前駆細胞の発生段階からその増殖・分化を促進することが示唆された。

7)ラットTPO cDNAとハイブリダイズするツメガエルゲノムDNAクローンを単離した。これよりツメガエルTPO様遺伝子の存在が示唆された。

 以上より、哺乳類のシステムと相同なTPO/MPLシステムが両性類の血球細胞の発生において重要な役割を行うことが示唆された。

 本研究は、TPOが個体発生初期のステージから血球細胞の発生・増殖を促進することを示した最初の報告である。今回得た知見から、TPO/MPLシステムが、セキツイ動物において血球細胞の発生に重要な役割を担っている可能性が示唆された(図2)。今回構築した血球細胞分化・増殖評価系は、個体発生途上における新規造血制御因子の探索および解析に対して有力なツールとして応用が可能であり、今後の造血発生研究への寄与が期待される。

図1;アニマルキャップ血球分化増殖評価系

図2 血球細胞の発生・分化におけるTPOの役割

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は1章からなり、脊椎動物の血球発生の仕組みを調べるためにツメガエル胚の系を使って、トロンボポイエチン/c-MPLの役割について述べられている。造血系は、多分化能と自己複製能をもつ造血幹細胞から各細胞系の前駆細胞そして各血球細胞へと分化・増殖して構成される。ツメガエルの場合、腹部血島(VBI)において胚型造血が始まり、その後背側側板(DLP)中胚葉から成体型血球細胞が発生し、それらの起源は32細胞期の異なる割球に由来することが明らかとなっている。また、ツメガエルの発生過程では哺乳類の造血制御転写因子及び造血マーカーホモローグの経時的発現が認められる。これらのことは、哺乳類と両生類において類似の造血発生制御機構が働いていることを示唆している。トロンボポエチン(TPO)は、巨核球系細胞の増殖・血小板産生制御を行うサイトカインとして1994年に哺乳類において同定された。分子の大きさが約300余アミノ酸の糖タンパク質である。掛田氏は発生過程における分子機能解析を考えた場合、ツメガエルは哺乳類では困難な発生メカニズムの解析を行うことができる有用なモデル動物であると考えて研究を進めた。掛田氏は、ツメガエルを用いて血球細胞発生におけるTPO/c-MPLシグナルの役割について解析を行った。その結果、以下の知見を得ることができた。まず、造血に対する増殖因子の影響をin vitroで評価するのに最適なアニマルキャップ血球分化増殖評価系を確立したことである。そしてアニマルキャップの血球細胞誘導反応性及び増殖因子に対する応答性は、胞胚期の中でも経時的に異なることを明らかにした。次に、外植体において、外来性のTPOはアクチビン・BMP-4により誘導された赤・白血球の増殖をTPO用量依存的に促進し、TPOによる増殖刺激は、ツメガエルc-MPL様分子により伝達されることを明らかにした。このような系を使って、造血制御転写因子および血球細胞マーカー分子の発現解析の結果から、造血誘導時の外植体では胚と同様の分子現象が経時的に誘導されることが示した。更に、胚において、TPOを過剰発現させるとVBIおよびDLP中胚葉における造血が亢進した。これよりTPO/MPLシグナルは造血幹・前駆細胞の発生段階からその増殖・分化を促進することが示唆されたといえる。このように掛田氏は、TPOが個体発生初期のステージから血球細胞の発生・増殖を促進することを示した最初の報告を行った。今回得た知見から、TPO/MPLシステムが、脊椎動物において血球細胞の発生に重要な役割を担っていることが示されたことになる。このように掛田氏は、主としてほ乳類で行われていた血球分化のシステムを両生類のツメガエルにも導入することができることを初めて示したことになる。特に、TPO/c-MPLシグナル系と両生類胚の造血関係を明らかにしたことは今後の造血発生研究への寄与が大きいものと思われる。

 なお、本論文は久野順一、加藤尚志、西川光郎、浅島誠との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析・検定及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク