No | 116958 | |
著者(漢字) | 手島,康介 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | テシマ,コウスケ | |
標題(和) | 集団の分岐中におこる移住が遺伝的変異に及ぼす効果 | |
標題(洋) | The effect of migration on the genetic variation during the divergence of population | |
報告番号 | 116958 | |
報告番号 | 甲16958 | |
学位授与日 | 2002.03.29 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第4221号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 生物科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 生物はその集団中に多くの遺伝的変異を保有している。集団遺伝学は、その遺伝的変異がどのようなメカニズムによって生成され維持されているのかを知ることにより、生物の進化のメカニズムを解き明かそうとする学問である。 遺伝的変異に影響を与える要素は多数知られている。自然選択、組変え率や突然変異率のばらつき、集団サイズの変化や集団構造などがその例である。これらの中でも集団サイズの変化と集団構造は重要である。なぜならこれらの影響はすべての遺伝子座に影響を与えるからである。一方、自然選択などはそのサイトの近傍にしか影響を与えない。したがって、我々は集団サイズの変化や集団構造の有無をまず把握しておかなければならない。これらを把握することによって、初めて我々は自然選択などの影響を正しく考察することが出来るのである。 本研究では特に集団構造について考える。これまでにも集団構造の影響について研究されてきた。しかしそれらの研究の多くは、集団の状態が無限世代前から変わらないという、いわゆる平衡状態を仮定していた。しかし、実際の生物集団では集団構造が不変であるということはない。一方、二集団が共通の祖先集団から由来するというモデルを使っての研究も行なわれている。この種の研究で使われているモデルは、祖先集団がある時を境に突然二集団に分岐するというものである。ところが実際の集団では、祖先集団は突然別れるのではなく、徐々に二集団に分岐するであろう。したがって、これまでの研究は実際の生物集団の状態を正確にとらえられていない可能性がある。そこで本研究では、祖先集団が二集団に徐々に分岐するという状態を考え、その時に観察される遺伝的変異の平均と分散を求めた。以下のように仮定する。Na個の遺伝子からなる祖先集団がT1世代前に二つの集団に分岐を始めたとする。二集団の間には移住率mx、myで遺伝子の交換が起こっているものとする。T2世代前になり、二集団は完全に隔離される。その後、移住は起こらない。二集団はそれぞれNx、Ny個の遺伝子からなるものとし、その大きさは変わらないものとする。このモデルの下で漸化式をたて、サンプルサイズが2、mx=my=mの場合についてその平均と分散を求め、その他の場合については数値計算を行なった。 二つの遺伝子の間にに観察される遺伝的変異、k、の平均と分散は以下の式で表される。 E(k)=2vE(Tc) V(k)=2vE(Tc)+4v2V(Tc). ここでE(Tc)、V(Tc)はそれぞれ共通祖先までたどり着く時間の平均と分散であり、vは突然変異率である。E(Tc)およびV(Tc)は以下の式から求められる。 ここでQ(0)、Q(T2)、Q(T1)、R(0)、R(T2)、R(T1)は、以下のように与えられる。 これらの結果をこれまで研究されてきた単純なモデルの下での結果とともに示したものが図1である。この図から以下のことが明らかとなった。 移住率が非常に大きい場合は集団全体が任意交配集団であるかのように振舞う。移住を起こしている時間が非常に短いと集団全体は任意交配集団であるかのように振舞う。移住率と移住を起こしている時間の積が1よりも大きい場合は、2集団モデルに従う。移住率と移住を起こしている時間の積が0.1よりも小さい場合は、集団がある時2集団に別れるというモデルに従う。移住率と移住を起こしている時間の積が1と 0.1の間にある時は、単純なモデルで表されない。この時、大きな分散を持つ。ここで移住率と移住を起こしている時間の積は遺伝子あたりの平均移住回数を表している。そしてこれらの結果は移住率の大きさだけではなく、遺伝子あたりの平均移住回数も大きな影響を持っているということを示している。これらの結果は以下のようにまとめられる。 ・多くの場合、集団はこれまで研究されてきたような単純なモデルで記述することが出来る。 ・遺伝子あたりの平均移住回数が0.1回から1回の時は単純なモデルで表すことは出来ない。 本研究で注目している、祖先集団が分岐する過程は、とくに集団の分岐時間を推定する時に注意しなければならない。そこで、コンピューターシミュレーションを行ない、集団の分岐時間の推定値の分布と集団が分岐する過程の関係について考察した。図2がコンピューターシミュレーションによって求められた分布の一例である。この図から以下のことがわかる。祖先集団が短い時間で二集団に分岐する場合は、分岐時間の推定値はせまい範囲に分布する。一方、祖先集団が長い時間をかけて分岐した場合は、分岐時間の推定値も広い範囲に分布する。そして、それらの推定値の多くは遺伝子あたりの移住回数が一回以下のところに分布している。すなわち、推定された分岐時間は遺伝子あたりの移住回数によって理解することが出来る。 図1:遺伝的変異の平均と分散。 T1=100N : T1=100Nの場合の変異量。m=10-4 : m=10-4の場合の変異量。Single Unit:集団全体が単一の任意交配集団からなるモデルの下での変異量。Two Populations:無限世代前に別れた二集団からなるモデルの下での変異量。二集団間には一定の移住が存在する。Isolation:祖先集団がある時二集団に別れたとするモデルの下で観察される変異量。全てT2=0、N=100の時の結果。 図2:集団の分岐時間の推定値の分布。 (a):急激に分岐した場合。(b):時間をかけて分岐した場合。実線は分岐時間の推定値、破線は遺伝子あたりの平均移住回数。分岐時間の頻度は左、遺伝子あたりの平均移住回数は右に示してある。ともにT2=0、T1=100N、N=100の場合の結果。 | |
審査要旨 | 本論文は、生物の祖先集団が、移住を伴いながら二つの分集団に徐々に分岐した時に観察される遺伝的変異についての研究である。本論文の特徴は、祖先集団からの分岐と、分岐後に分集団間に起こる移住の両方の影響を考慮している点である。本論文以前にも、集団が分集団に別れており分集団間に移住が起こっている時の遺伝的変異についての研究や、祖先集団が移住を伴わずに分集団に分岐した場合の遺伝的変異についての研究は存在する。しかし、分岐と移住の影響が同時に存在する場合の遺伝的変異についての研究は存在しない。したがって、本論文で明らかにされた事実は、集団構造及び集団の分岐過程の研究に、新たな知見を加えるものである。 本論文では、まず集団構造についての新しいモデルを提示し、そのモデルの下で遺伝的変異の平均と分散が求められている。特に、現在の生物集団からとられた二つの遺伝子の間に観察される変異量の平均と分散ついて、解析的に研究されている。そして、移住率だけでなく、移住を起こしている時間も遺伝的変異の量に重要な影響を与えていることが示された。遺伝子あたりの平均移住回数が重要な要素であるという点も明らかにされている。移住率が重要な要素であることは以前から知られていたが、移住を起こしている時間や遺伝子あたりの平均移住回数が重要であるという事実は、新しい発見であり、興味深い。 さらに、本論文では、コンピュータシミュレーションを行い、集団が徐々に分岐した時に推定された集団の分岐時間についても研究されている。現在一般的に行われている研究では、集団の分岐時間を推定する時には、祖先集団がある時を境に二つの分集団に完全に分岐したとする仮定をおいている。ところが実際の集団の分岐は、徐々に進行することが多いと考えられるため、この仮定は適切ではない。したがって推定された分岐時間に対してどのような解釈を与えればいいのか明らかではなかった。本論文によって、集団の分岐時間の推定値が、現在から数えた遺伝子あたりの平均移住回数によって説明されることが示された。すなわち、大まかに言って、推定された集団の分岐時間は遺伝子あたりの平均移住回数が一回以下の時に対応している。現在から推定された分岐時間までの間には遺伝子は移住していないことが期待されるが、しかし、推定された分岐時間以前の遺伝子は少なくとも一度は移住したと考えられるのである。この研究によってこれまで曖昧にされてきた点に一定の解釈を与えることが可能となった。本研究は、今後の集団の分岐や種分化の研究における分岐時間の解釈に寄与するものと考えられる。 以上のように、本論文は集団の分岐過程における遺伝的変異を求めるという、これまでのところあまり研究が行われていない領域に、新たな知見を付け加える研究である。特に遺伝子あたりの移住回数が重要であるという発見は、これまでに指摘されていない点であり、非常に興味深く、注目に値する。集団構造の解析、集団の分岐過程の解析はこれから研究が進むことが期待される分野である。本論文の成果は、今後の集団遺伝学的研究、特に集団の分岐過程(例えば種分化)の研究に大きく貢献するものと認められる。 なお、本論文は田嶋文生との共同研究であるが、論文提出者が主体となって研究を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
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